鶴は千年、生活下手

2004年05月25日(火) 給料日に思い出すこと

給料日だからといって、特別楽しいこともなく。
お天気が良くて、洗濯物がよく乾くのがうれしいだけの給料日。
今月は、交通費が入っているので、少し金額は多めだ。
なんだか4月のお給料は、あっという間になくなって行ったので、
今月は引き締めなくてはという思いはある。(しくしく)

銀行員になって、最初にお給料を貰った時、わたしは何を買った
のだったろうか。
あまりに昔のことなので忘れてしまったが、その頃は姉の家に住
んでいて、母も一緒だったから、母に何か買ってあげたのだった
と思う。
初めてのお給料で、親に何か買ってあげるというのが、社会人に
なったということのような気がしていた。

早く社会人になりたかった。
早く自分で生活できるようになって、母親を楽にしたかった。
大学入試に失敗して、1年間、アルバイトをして免許をとったり、
専門学校の学費を稼いだりしていた頃、初めてのアルバイト先は
市役所の農業委員会事務局だった。農地台帳の整理をしていた。
その時に同じ職場で働いている人で、中学校の2年先輩がいた。
わたしは転校生だから、同じ中学校の先輩でも面識はなかった。
働くということに対しての姿勢を学ばせてもらった。
学歴とかなんとかよりも、もっと大切なものを学んだ気がした。
その頃の経験が有るから、わたしは大学よりも、早く確実に就職
できる専門学校を選んだのだと思う。
自分の力で生活して行くことができるということが大人だという
ことなのだ、と思った。

市役所のアルバイトは数カ月で、そのお金で免許をとった。
その後、母の勤める靴工場でアルバイトした。
そこでは、何かを作ることの面白さを学んだ。
小さなことでもコツがあって、だんだんと上手くできるようにな
って、それを母親以外の大人の人から褒められることのうれしさ。
わたしは、19歳にして、やっとそんなことを学んだのだった。
そして、そこでのアルバイト代は、専門学校の学費になった。

母が亡くなっても、田舎に帰ってその頃の人達に会ったりすると、
今でも「ちづちゃん」と呼んでくれる。

046:練
 口説かれる練習ばかりしてるから本気のあなたを見つけられない
                           (市屋千鶴)


 < 過去  INDEX  未来 >


市屋千鶴 [MAIL]