鶴は千年、生活下手

2003年06月04日(水) 親の存在

今日の新聞の広告にも父の日のプレゼント用にといううたい文句。
子供が産まれたら、来年は父の日も母の日もやるんだろうかと夫
と話した。

わたし達にとって、どちらも関係がないことだった。
それは、お互いが父親でもないし母親でもないということ以前に、
お互いに母親も父親ももういないということを感じさせられる日
でもあった。
どちらかというと、両親がいないということのほうが大きかった。
母が死んだ年の翌年の母の日は、お墓参りに行った。
お墓参り用に売られている花にも、カーネーションが入っていた。

きっと、夫もそれは感じていることだろうと思う。
自分がそうなる立場でないということより、感謝する相手が現実
にはいないことのほうが重くて、二人とも母の日も父の日も無視
していたのかもしれない。
(わたしの父親は存在するけれど、感謝する相手ではないから。)

わたしには、出産の時に面倒を見てくれる母もお姑さんもいない。
考えてみれば、わたし意外のいとこ達(姉も含めて)は、みな母
親に面倒を見てもらっている。
そういう点でも、わたし達は異例なのだった。

わたしの身内の集まりに、いつも快く参加してくれる夫だが、夫
にとって、わたしの叔父や叔母、いとこ達が身近な存在であって
くれればいいといつも思っている。
わたしは、この人達に見守られてこの都会で生きて来れたけど、
夫には何もなかったのだから。

未だに実家に帰ろうとしない夫。
子供が産まれたら、ばあちゃんに見せに行かなくちゃいかんね。
少しは、対応も変わってくれるのだろうか。
家族運のあまり良くないわたし達だが、わたしはせめて親戚運だ
けでもなんとか恵まれていると思うのだ。
少しは夫にも分けてあげられるかなぁ。

ところで、午後になって、メールをチェックしようと思ったら、
メールの受信ができなくなっていた。
なにやら、ニフティのどこかに認証されなくなってしまった。
メールソフトだけの問題なのかもしれない。
だって、ニフティのサイトからのメール受信はできているから。
夫が帰ってきたら、見てもらおうっと。

 送信はできて受信ができないってまるでひとりよがりの恋愛
                          (市屋千鶴)


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