「隙 間」

2010年06月01日(火) 世界の安藤・奥山氏と同じ世界

終日社外で講演会に出席していた。

午前は、「世界の安藤」こと安藤忠雄氏と、「フェラーリ・デザイナー」奥山清行氏の講演である。

ためになる安藤氏のお話を。



「先日仕事で中東から、ゼロ泊二日で関空に帰ってきたんですわ。
そしたら、ロビーでおばちゃんたちにつかまって、まあ、関西のおばちゃんから逃げられる者なんかおりませんですから」

「安藤さんですよね」
「ええまあ」

と、何してるんですか、中東から帰ってきたとこです、わたしたちもおんなじなんですよと。

なんでも、五泊くらいして、毎日やることがないんですよ、周りは砂漠しかないんですから、そこで彼女たちは何をしてたんだか聞いたんです。

毎日五時間、ホテルでエステ、だそうで。

まあ優雅でいいですねえ、と穏便に済ましたんですよ、そしたら。

「効果なんかあるんですかねえ」

一緒にいた若いものが、冗談でぼそりと言ったんですわ。

おばちゃんたちがもっと遠くなるまで待てばいいのに、聞こえてしまったんですね。
おばちゃんが戻ってきて、言ったんです。

「安藤さん。可能性は、かけなくちゃあいけないんです」

なるほど確かに、と思ったんです」

つまり。

不況だ何だと、諦めて何もやらずに口だけになっていてはいかん、と。

夢のために、明日のために、何をしてますか?

可能性はゼロじゃない。
諦めて何もしなければ、いつまで経っても、可能性はゼロなんです。



当たり前のことだが、言われなければなおざりにして忘れたままにしてしまうことである。

可能性のために、やることを忘れてはならないのである。

大層なことではない、たとえば晩酌のビール(発泡酒)をうまく飲りたいために、懸命に働くとか。
帰ってきた旦那に、おっこれ美味いね、と言わせてみるために、味付けを変えてみるとか。

尺度は各々、自由である。

さて、もうおひと方の奥山氏のお話を。
奥山氏はフェラーリの特別限定車のデザインを勝ち取ったときのエピソードを話してくれたのである。

そのデザインは、

「十五分で描き上げたデザイン」

と言われたらしい。

フェラーリ社の社長が、最終デザイン決定のために、移動ヘリのタービンを回したまま待機させるという、超過密スケジュールのなかやってきたのである。

公的に決定案として見せたのは、本人から見ても納得しきれないものであった。

本人がそうなのだから、社長も当然、そう感じる。
それじゃあ、と社長が帰ろうと背を向けたとき。

当時の奥山氏の上司がドアの前に立ちはだかり、「サンドイッチでも召し上がってゆかれませんか」と。

ちょうど昼前だったのである。

「十五分。この間に、別のを描いてこい」

奥山氏への時間を、稼いだのである。

氏は急ぎ戻り、デスクの引き出しに山と詰め込んであった、ひとつのデザイン画を取り出す。

これまでに、軽く二年間は悩み、壁にぶつかり、破り捨て、また描いてきたなかのひとつ。

コレだ。

十五分の残りで着色し、社長の元にとって返す。

人生で、二度とない最大のチャンスであり危機でもあった十五分。

たったの十五分で、奥山氏は人生を変えたのである。

「たったの十五分のために、どれだけの時間と自分自身を費やし、可能性を生み出せるか」

プロとアマチュアの大きな違いがあります。

たったひとつに精力を尽くし、最高と思える成果品を生み出す。
それで尽き果てて、満足してしまう。

それは、アマチュアです。

最高と思えるひとつだけではなく、それは見るひとによって違うかもしれない、だから別に幾つもの種類を用意して、一が駄目でも二が、三が、とすぐに対応できるのが、プロです。

「皆さんもプロの方々ですから、「精一杯よくやった。だけど駄目でした」では仕事にならないのは、おわかりだと思います」

ましてや技術の進化により、時間が持つ意味が、大きく変わっています。

「人生には、たった十五分でその後を変えてしまう、変えるだけの力を持つ時間があります」

いつ来るか、いや来ないかもしれない。

「その時間のために、出来る限りの武器と選択肢と可能性を、ストックしていなければならないのです」



ご尤も、である。
「人生が変わる十五分」のためにとは言わないが、かつてわたしもよくよく言われていたことである。

「この案が駄目と言われて黙り込んじゃうのは、頼むからやめてくれ。

シロウトじゃあないんだから。

相手にとって、例えお前が一年生の物知らずだとしても関係ない。

ひとりの「プロ」として、相手の前に立ってるんだからな」

我が師から、常々言われていたことである。

本当に?
本当にそれしかないの?
こういうのは駄目なの?
なんでそれなの?
理由は?
どうやったらそうできる?

ひとつしか見なければ、可能性も結果も、ひとつしかない。

答えはひとつきりじゃあないのである。
ひとつきりの小さな答えはひとの数だけあり、だからそれらをひっくるめた大きな答えをとらえなければならない。

交渉ごとにおいて、ごく当たり前のことである。

それがたまたま「人生を変えてしまう機会」にあるかどうかということであっただけであり、ひとを相手にするときは常にあることなのである。

自分ひとりのことだけであれば、ひとつきりでもよいだろう。
しかしそれが、組織や家族や友人らのため、となれば、「大きな答え」を意識してゆかなければならないのである。

お二方とも、ごくごく当たり前のことだが忘れがちなとても大切なことを、お話し聞かせていただいたのである。


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