さて明日からはもう日常がはじまってしまう。
その前に、新年のご挨拶をしておかねばならない。
そして、運試しも、である。
歩いて五分の、まさにお膝元。
根津神社
にて、御祭神の素戔嗚尊(スサノオノミコト)に新年のご挨拶と、諸々の抱負を告げ、まあみとってつかあさい、と手を合わす。
こちらにはほかにも菅原道真公や大国主命もまつられているが、そちらはとりあえず会釈ていどにすましとく。
世をはかなむ飛び梅の……。
おっと道真公、貴公はあらためて湯島にて近い内にお伺いいたすので、雷雲を頭上に轟かせながら、いじけてすねてみせずにいてもらいたい。
そこの小槌をぶんぶん振って主張している大国さま。 あとで神田に伺うから、ちとそちらで待っていてもらいたい。
そうして、いざ、運試し。
念を込め、えい、と。
「末吉」
である。 ふむ、前哨戦としては、なかなかである。
しかし、手放しで喜べるものではない。 粛々と籤を納め、いざ鎌倉、ならぬ、神田、である。
おっと、忘れてはならない。 鳥居でぺこりと一礼し、根の津から、稲の原を焼き尽くさんが勢いの再戦の炎を灯し神田の地へ。 江戸総鎮守「神田神社」 である。
参拝の列に並び、わたしの少し前で、
じゃらじゃらじゃらぁん。
「おおぉっ」
どよめきと共に、大量のお賽銭が流し込まれた音が響き渡ったのである。
これでは、わたしのがかすんで、いや、なきにも等しく思えてしまうではないか。
「大事なのは、気持ちがこもっていることです」
有名な甘木江の原氏のことばを思い出す。
うむ。 勝ち負けではないではないか。
握り締めた汗でじっとり熱くなった小銭を、折り曲がらんくらい強く握り締めなおす。
ぱん。ぱん。
ええ、武士は食わねど高楊枝。今年も突っ張らかってゆきますよ。 だから今年も、かなえるのが簡単そうなほうだけ、とりあえずお力添えを。 いや、肝心なまさに最後は運だけが必要なときには、ちょいと風を吹かせてくださいな。
んむむ、と最後に一度だけ、意味もなく眉間に力を入れ、一礼す。
よし、鋭気は整った。 いざ、運試しの決戦へ。
おみくじの列に並ぶあいだ、精神を集中する。
わたしは何樫の谷中に住まう甘木と申します。 およそふた月と間を置かず、ご挨拶に伺ったりなぞしてる者でございますが、見覚えがございますようでしたら、どうぞ、新年のはじまりの運試しを、気持ちよいものとしてくださいませ。
なむなむ。
なんたる不甲斐なさ。
これしきのことで、もはやすでに、我が力を信ぜずあまつさえ、都合のよい神頼みにすがっているではないか。
これはいかん、と慌て首を振る。
振ったはいいが、振り落としきれぬうちに、「次の方、どうぞ」とわたしの番になってしまったのである。
えい、ままよ、と、シャラシャラかき混ぜ、はあっ、と籤を引き落とす。
おおっ。
「……番です」
なんとはじまりにふさわしい番号であろう。
「大吉」
である。 拳に力が入る。
浮かれたりはしゃいだりせぬよう、ようやく己を落ち着かせる。
しかし、気を抜くと、頬が勝手にゆるむ。
にまあ。
なんともめでたい、幸先のよい、年のはじまりである。
それはそれは、鳥居を出ての一礼にも、覇気がみなぎる、というものである。
六つ星の占いでは、今年はもっともよろしくない年らしいが、だからなんという。
平気の平佐、銭形平次である。
まことに自分勝手なものではあるが、こうして年男でもある新年がはじまったのである。
見事な月が、不忍池の向こうでわたしを笑っている。
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