| 2009年07月08日(水) |
入谷朝顔市と「あの歌がきこえる」 |
月曜日から本日水曜日までの三日間――。
「入谷朝顔市」
が催されていた。
意地である。
たとい、ここずっと、八時だ九時だ十一時だと品川を出る日々が続いていたとしても。
朝顔市は今日の日付が明日のそれに変わるそのときまで、やってくれている。
コンビニ袋に入れなければ持てないほどの「超大盛」「メガ盛」「成長期盛」「元気盛」焼きそばを今年も食わなければ、初夏の訪れを実感できない。
最終日の、夜十時も半ば過ぎた頃にようやく入谷にたどり着いたものだから、夜店もあちこちが店じまいをはじめている。
朝顔の鉢が、まだまだずらりと棚に、道端に並べられている。
朝顔は「団十郎」。
なかには「沖縄朝顔」などという種類もある。
今年も、わたしのトカワサツキは不在である。 したがって、朝顔を買って帰ることもないのである。
コンビニ袋の底に溢れかえる「焼きそば」をもしゃもしゃと頬張りながら帰る。
うむ。 初夏の到来である。
さて。
重松清著「あの歌がきこえる」
吉田拓郎、かぐや姫、松任谷由実、サザン、RCサクセション、ビートルズ、オフコース……。
それぞれの名曲をタイトルに書き綴られた著者の自伝的連作短編集。
青春――。
だめっス。 ヤバいっスよ、重松さん……。 泣かせるんじゃなく、胸の奥をキュッと締めて、腹んなかをじわぁっとあったかくさせてくるなんて。
コウジ、ヤスオ、シュウの、曰わく「ダチ」トリオ。
甘酸っぱい、乳臭い、顔が熱くなるような、青春の物語。
カセットテープに選んだ曲を録音して、A面からB面に入れ替えたり、巻き戻しでキュルキュルとすり減ったり伸びてしまったり。
曲の合間に「告白」のメッセージを吹き込んで渡したり。
今の携帯プレイヤー世代の若者たちには、きっと「は?」というようなこととかこそが、「青春」だったり、する。
「文句」ならさんざん口にしてきたことが、気がつくとそれが「愚痴」に変わっていたりして、それが「ガキ」から「オトナ」になったことだったり、する。
ウソだと鼻で笑って見せたくせに、こっそりビニ本の黒塗りを指でこすってみたり、駄目ならバターやマーガリンをつけて何度も試してみたりしていたのが、インターネットで目を覆いたくなるような侘びもサビもない鮮明巨大画像があちこちで見られたりして、「かんだかなあ」とうんざりした気持ちになるだけだったり、する。 それも今や遠い昔のことで、「じゃあ今は?」と聞かれると、「今さらべつにそんな物」と笑ってごまかしたりするだろう、たぶん。
わたしはほかのひとに比べて執着だとか物欲だとかが、さほど、それこそ執着心がうすく、不自由だとか苦労だとかがなく、今に至っている。
それはつまり、わたしの力によるものでも、運の強さによるものでもないことは、わかっているつもりだ。
目を閉じてみよう。
「あの歌がきこえる」
だろう。
weekend with no name...
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