| 2009年06月29日(月) |
慈雨と「ロルナの祈り」 |
不忍池の植え込みの縁石に、ずらっと四角形の新聞紙やダンボールを石ころで押さえた列が並んでいる。
これは、炊き出しの列の順番取りである。
一日におよそ千人が、上野公園一帯各箇所各団体の炊き出しに集まる。
列の中には、わたしよりも若いだろう姿が目立つようになっていた。
保護施設へ向かうのかわからないが、湯島の街を彼らの一部が列になって歩いてゆく姿も、よく見る風景となっている。
施設の補助金の不正受取などの問題も騒がれている。 しかし、「屋根があるところで寝られる、飯もこづかいももらえる。それだけで天国だ」と彼らは口にする。
「山谷でみとる」
保護施設で彼らのひとりが末期ガンにかかり、それを家族の、実兄姉に何十年ぶりに連絡を、施設がとりつなぎ、何はともあれ会いにくる、ということになった。
「こんな姿じゃ、会えねぃよぉ」
面会を拒み、部屋に閉じこもる。 訪れた兄姉が、インターフォン越しに話しかける。
「来年、よくなったら自分から会いに行くからさぁ。今は会えねぃよぉ」
末期ガンである。 保護施設にかろうじて屋根を借りているだけの身分である。
一年後に、どちらも有り得ないことだとわかっている。
扉の向こうに、やっと、数十年ぶりに連絡がとれた弟に会いに、田舎から駆けつけてきた皆が、いる。
「会えねぃよぉ」
マイクに向かって、そう、むせび泣く。
「今こそ、こんな世界だからこそ、救いの手を、差し伸べられているのです」
炊き出しの前にスピーカーから「神の救い」について、熱く繰り返し説く。
行儀よく方形に地べたに座り、耳を傾けている。
これが済めば、飯をもらえる。
本当に神さんがいるなら、今から飯をくれるあんたたちだよ。 あんたらのいう神さんは、今の俺たちを作り出して、何も救っちゃあくれない。
あっちでも飯をわけてもらえっからよ。
炊き出しの物資が追いつかない。 地方からの寄付やカンパをかき集めても、なお。 週に一回だけの温かい飯。 パンなどのとっておけるようなものは、少しずつ日にちをかせいで食べることにする。 温かい湯気のたつ汁物は、そのすべてのあたたかさを忘れないように、両手で包んでゆっくり味わう。
余計にもらったりなどしない。
もらいそびれた者たち、炊き出しの情報を事前に知るすべをもっていなかった者たち。 にわかにこの立場になってしまった者たちが、溢れている。
どうしたらそれを知ることができるのか。 どこでどうしたらいいのか。
民間の部屋や建物を行政が借り上げて、シェルターを設ける活動も行われている。
見識者たちが、口角泡を飛ばして議論する。
あげあしとじそんしんの取り合い奪い合い守り合い。
派遣村代表者が、ただ自分たちだけではどうしたらよいのかわからず、誰をどこを頼りに訴えればよいのか、助けを求めればよいのか、それは誰だってどこだっていい、えらそうなごもっともな理屈や自己弁護や主張などどうでもいい、と戸惑っている。
じゃあ、明日、助けてくれますか?
無理な話である。
雨が彼らの背中を濡らしている。
さて。
「ロルナの祈り」
をギンレイにて。
これはなかなか難しい物語である。
お金を稼ぐために偽装結婚を繰り返すロルナ。 麻薬中毒の夫クローディアとは早く離婚手続きをすませ、次に待つロシア人と結婚をしなければならない。
「ヤク中はいずれヤクで死ぬ」
偽装結婚の片棒を担いでいる仲介のファビオは、クローディアをヤクで殺害しようとするが、ロルナの前の彼は、
「もう手は出さない。君の力を貸して欲しい」
とロルナを必要とし、心から頼る。 それにロルナは応えようと、ファビオには穏便に離婚を進めさせてくれと懇願するが、それは叶わなかった。
生まれるはずのなかった愛が、密かにロルナの中に芽生えていた。 それはやがて、ロルナの妊娠として芽吹く。
しかしそれは、現実が許すはずも、また認められるものではなかった。
ロルナは家族を、愛を、皮肉にも求めている自分のことを押し殺し続けていた。 愛するひとは、たしかにいた。彼はふたりのために共に金を稼ごうと、ロルナの偽装結婚に賛成していたのである。
ロルナは自分の中にある愛だけを頼りに、生きることを信じた。
生まれるはずのない愛
が、この作品の命題である。 明日を待つ理由は、まさにひとそれぞれである。
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