気がつかなかった。
「衣替え」
である。
クール・ビズという名の、ノー・ネクタイが許される期間がはじまっていたのである。
タイよ、さらば。
べつに、トム・ヤン君やナンプ等と親しい交流があるわけでもない。
くだらないことを、と思われただろう。
くだらないのであるから、のぼることにしよう。
さてどこをのぼるかというと、上野の山をのぼったのである。
ただのいつもの帰り道、と思われるかもしれないが、じつは、山自体は微妙に迂回してよけることがほとんどなのである。
上野駅が目的でないかぎり、まず山を越えて向かうことはない。
陽があるうちは、休日の大道芸をひやかしに寄ることがなくもないが、陽が落ちると、まず、寄る理由がなくなる。
とはいえ、時折、芸大前を通り、裏手から我が家に帰ることがなくもないのだが、足は早足が常である。
花見の時期以外は、どうにも長く留まりたい気にはならないのである。
知るひとも多いと思うが、上野の山は様々なものが積み重なってきた山でもある。
江戸の大火。 戊申戦争。 東京大空襲。
などの言葉にならぬ思いやら魂やらが逃れ集まり、折り重ねられ、天に手向けられた場でもある。
勘ぐらねば大したことなどない、水と緑と歴史の豊かな山である。
さわさわと、葉桜が手を振る。
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