「隙 間」

2008年12月11日(木) 生きるという意味

 今宵は十三夜月。

 正確には、十三夜とは九月十三日のことをいうのだけれど、十五夜の二日前だから月齢的には間違いじゃあ、ない(笑)

 きれいです。
 とても。

 強すぎず、
 露わすぎず、

 もっとも美しいと評判の、十三夜月です。

 テレ東の「ガイアの夜明け」にて、どう生きる高齢者、という内容がやっていました。

 孤独、パートナー探し、独りの道を選ぶ、など様々な道や視点があります。

 おのおの、選んでください。
 すべては、おのれが望むもの、信じるもの、のために。

 そして、久米さんの「テレビってやつは」のなかで、瀬戸内寂聴さんがゲストだったのだけれど……。

 なんで生きるのかわかりません。

 などという悩みなどを耳にしました。

 なんで生きるのか、だって?

 わたしは思わず、反射的に答えてました。

 生まれたから、だって。

 たったひと言、です。

 それ以外に答えなんてある?

 他人の誰かに、自分が生きるための何かを教えてもらいたい、だなんて、なんだか楽を求め過ぎじゃないの。

 それに、誰しもが立派な目的や意味やらのために毎日を生きているわけじゃあ、ないでしょ。

 なんで、

 生きている

 ということだけを考えられないのでしょうか。

 ある意味、贅沢、です。

 就職難、リストラ、さも悲劇のように伝えられているけれど、今の生活レベルを落としたくないから、失いたくないから、余計に騒いでるところもあるのでは。

 なくして、地面に這いつくばったことはあるんですか?

 泥だらけの地べたに這いつくばっているひとだけが、そうする権利がある。

 やりたくない、そんな理由で仕事を選んで、仕事がない、と嘆いてる。

 本当にないの?

 将来、いや一週間後を考えてそう思っているなら、考え直すべき。
 本当に、明日の、いや今日のことだけでめいいっぱい、というひとは、どれだけいるのだろう……。


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