| 2006年12月29日(金) |
なんかてきとーに書き散らし。 |
憲法九条を世界遺産にしますというマニフェストを掲げて議論していた、今日の『太田総理…秘書田中。ダメな日本を大掃除!幸せ願って大激論SP』
みてました。途中から途中まで(爆) 幼児育児中は、さすがにテレビに没頭することはできません。
っつか、ほかのだんなさんもこんなにテレビ見れなかったり自分の時間取れなかったりするんだろうか(^^;
ちなみに、今は何を見ようかと検討した結果『細木数子の緊急大予言』をつけてます。
もう、世間のテレビも、一年総決算に突入しつつあります。 毎年大晦日に書いてる、おいらの年間総決算、書けるだろうか(^^;←というより、見てる人がいるのだろうか
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憲法九条の問題にしても、いじめの問題にしてもそうなんだけど、知識のレベルが同等でない人たちが話し合いをしても、なんら問題解決になっていない気がします。 議論をして、こういう考え方もあるんだ、という目からうろこがあってもいい。 けど、知らないことがあって、その知らないことを知らないままに理論構築をしていっても、『問題解決』という観点からすればまるで無駄。 ただ、解決、ということを目的にしない、意見の衝突ならば、それは知識の吸収の意味合いもあるから、すごく大きな意味はあると思うけれど。
まあ、今まで議論していて結論が出ない問題に、自分なりの意見をぶつけていくという意味では、上記の番組はすごくいいと思うんだよね。 おいらは、自分自身が知識的に完璧でないと思っている。 だからこそ、ああいう議論を聞いて、なぜその議論が引き出されてきたのか、という背景がすごく勉強になる。 そういう意味でのテレビはすごく有用だよね。 読書もそうだし新聞もそうなんだけど、与えられた情報について、疑うのが非常に難しい。 その方面にある程度知識があれば、そこから類推してこの記事はおかしい、ということもいえるのだけれど、そうでない場合鵜呑みにしてしまう場合が多い。 ところが、テレビの議論の場合、自分以外の人がその議論の問題点について代弁してくれる場合があり、「そうか」と瞠目することも多い。
どちらの媒体がいいという優劣をここで言うつもりはないけれど、他者の意見に対しての他者の反論が聞ける、というのはすごくテレビは有用だね。 新聞の対談モノって、スペースの割に同調で終わってしまっている気がしてならない。 まあ、エキサイトして両方の席の人間がギャーギャーわめいているのをリアルに文面化するのは無理だから、仕方ないんだけど。
久しぶりに、脳の使っていない部分を動かした気がした。
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動かしたといえば、メイドマッサージ。 そこで別の患者と先生との話で、「いつも動いていないと、過去に経験していたことでも、体が覚えているつもりでも体は素直に動いてくれない」という話が出た。そのときには、たまに小学校の運動会に参加するパパが徒競走でひっくり返る話を例としていたのだけれど、おいらは別のことが頭によぎっていた。 群馬にいた頃に二回だけ練習に参加したサッカーチーム。 そこでのミニゲームで、とにかく体が動かなかったのだけれど、いいタイミングでボールをけり込めるボールが出たことがあった。 ところが、頭で意図しているプレーができなかったことがあり、ショックを受けたことがあった。 スピードも十分だったのに。 体が一瞬戸惑ったのだ。
一刻も早くサッカーやらないと、体が忘れてしまうのではないか。 そんな危機感に駆られている。
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けどね。 今のおいらには遊んでいる余裕はおろか、友人と共にのみに行く金すらない。 今の職場の給料が安いのもそうだけれどもね。 家のことを空いた時間でやりつつ、会社の収入にプラスアルファを出す。しかも賭けではいけない。 そんないい方法があるのかどうか。 試行錯誤をしながら探していかなきゃいけない。 単純なのは、バイトでガス馬車に乗ることなんだけど、今のおいらの東京の道路事情の知識ではまだ戦えない。 かといって学ばないわけにも行かないし。 どうしましょ。
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今日は、ゆずの気分転換をかねて、武蔵村山市の元日産の跡地にできたダイアモンドシティというショッピングモールに行ってきました。 おいらが群馬にいた頃のショッピングモールみたい。 広いね。でかいね。 けれど、ほとんどの店舗に用はないね(爆) でも、ゆずも気分転換になったのではないかな。 腹が張っただけっぽいけど。
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