2006年12月28日(木) 泊まりあけて

最近思うのが、職業の選択の自由が奪われて、不適切な人が不適切な職についている気がする。
そして本人も不適切であることを認めている……。

チンピラを乗せたが、途中でラーメンを食いたくなったので駐車場で待たされているガス馬車御者から電話。
「精算しようとしたら、『精算したら金がなくなるから、待ってろ』といわれたらしい。それでも、とぐずったら一喝され、一万円札を二つに破られて渡された」のだそうだ。
一万円のはんぴらもらえれば、相手ははんぴらを持ってたってつかえないんだから、黙って待っていればもらえる。
それは、この業界で戦ってきた人間ならばわかること。
しかし、その待っている時間が恐ろしくて仕方ないのだそうだ。
まあきもちはわかる。
けれど、お客さんから現金を払ってもらって何ぼの商売。
逃げたらだめ。
もし、それが怖くて仕方ないなら、それはこの商売には向かないといわざるを得ない。案の定、予想通りにはんぴらもらって一万円で帰ってきたそうな。

もう一人も、先日、お客さんに待てといわれて待っていたら、後ろの車のドライバーに扉を開けられ引きずり出されそうになったとか。

人の心を読んで、先手を打てない人間には、この商売はつらい。
ある意味本当に自分の才覚のみで仕事をしているのだ。

今回は、不適切者が弱者として見えるが、お客にきつく当たったりしてクレームが来るのも実は同人種。
相手が怖いから、大声を張り上げたり、語調を荒くすることで相手を威嚇し自分を守ろうとする。
それでも通用しないと、みっともないぐらいに尻尾を巻く。

人間恐怖を感じるのは仕方のないこと。
それは、人間が、というより動物としての本能。
けれど、それをカバーするのが経験であり、人格。
いずれにせよ、クレームがくるようなガス馬車御者は、やはりまだ人間として未成熟といわざるを得ない。


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彩葉 [MAIL]

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