ここ最近、高校生になりたての子供の意味不明の行動に悩まされている。
4/1の路線変更で、車両の大きさが変わった路線ガス馬車。 あまりに人が乗らないので9人乗りになった……のだが、ある時間帯だけ20人以上のる事態が起きている。 それは、高校への駅からの通学便。
これだけは、既存の9人乗りでは対応できない。 なので、うちからガス馬車を数台出して路線ガス馬車のバックアップとしている。 で、単純に、人数は乗り切れるはず……なのだが、乗り切れないというのだ。 正確には乗らない、というほうが正しい。
何日か試してみてはっきりわかったのだが、その高校生たちには乗らない理由があった。 それは、六人なら六人のお友達軍団が一台のガス馬車に乗れなければ嫌だ、というのだ。 じゃあ、その嫌だ、という意思表示があるかといえばない。 ただ、お互いに顔を見合わせ、乗れといわれたものには乗らないが、だからといって代替手段を講じるわけでもない。 ただ駅前でボーっと突っ立っているのだ。
路線なので、ある程度の時間が来れば、お客さんに確認を取り、明確な意思表示がなければ乗らないものとして出発してしまう。 公共交通機関なら当然の処置だ。 ところが、それをその子供たちの親は役場に文句を言ってくる。 ガス馬車御者の態度が悪いから乗らないのではないか、と。 で、それを鵜呑みにする役場はおいらたち事業者に注意をしてくる。
でも、それはおかしくないかい? ガス馬車の車両の寸法を間違ったのは役場だ。 事業者は、そのミスを帳消しにするためにガス馬車を配車している。 それは、とにかく乗りたいという意思を持つ人間をすべて収容し目的地まで送り届けることにある。つまり、形態はどうあれお客さんを目的地に届けさえすればいいのだ。 何人グループだろうがかまわない。とにかく行きたいという意思を持つ人間を載せて運べばいいのだ。同じ車両に乗れなければ嫌だといわれても、一台に乗せてしまえば法に抵触する以上、それは実施できない。
おかしいのは高校生。 何のためにみんな群れて行動する? 高々数分の別離くらい、かまわないだろうに。 お友達と一緒でないから遅刻してまで一緒にいるのか? お前らは何のために高校に行くのか? 自分が高校を卒業するために行くのに、友達と一緒じゃなきゃ行かないのか? 今の高校生は、一体何を考えて通学しているのだろうか。 まあ、親に行けといわれたから通学している。ただそれだけなんだろうな。 そこに自分の意思は全くない。
おかしいのは高校生の親。 乗れる準備はしているバスに乗らない自分の子供を責めずに、自分たちの子供が要求した完全な形のものでないために文句を言う親。 最終的にはバスのシートの形や色までけちをつけて来かねない。 公共交通なんだよ、こっちは。 税金でやってるんだよこっちは。 そこまで要望するなら、税金上がって文句言わないでくれ。 税金は上がるのはいやだが、公共のサービスの質が落ちるのも嫌だ。 そんなわがままがあるか。 物の道理がわかっていない人間がそのまま大人になったいい例。 金をかければいいものになる。いいものにしようと思えば金がかかる。 ある程度努力で何とかなるものもあるが、何とかならないものの方が多い。 何のためにガス馬車の車両が小さくなったと思ってる? 一部の道理のわからない大人が乗らないガス馬車ならやめちまえ、などと大騒ぎしたからだろうが。 で、乗れなくなったら今度は車両が小さすぎるだと?
おかしいのは役場。 もっとお客さんがどの時間帯にどこに乗るか、どこに乗りたいか、市場調査をすれば今回のミスは防げたはず。 毎回バカやってる交通政策の人間だが、まさかいきなり電話をしてきておいらのせいにされるとは思わなかったよ。 断固突っぱねたけど。 何のためのガス馬車なのか。 交通弱者のためのガス馬車なら、乗らない便もあるだろう。 行政なら、のりたいときに乗れるものにするべきじゃないのか? たとえ空っぽでも、それがあると思っていれば、いざ乗る必要がでたときには乗れる。 ところが、乗らないから走らせないのでは、公共交通の意味がない。 赤字でいいからがんがんはしらせろ、とはいわない。 しかし、今回の路線変更は、『乗らないから走らせない』のか、『走らないから乗らない』のか、鶏が先か卵が先かという問題提起がなされているのだということにいい加減気づけ。
しつけのされていない子供と、道理のわからない大人と、何がしたいのかわからない役場がそろっての今回の醜態。 もっと考えろ。大人も子供ももっと考えろ。 猛省を促したい。
|