2005年08月21日(日) 富弘美術館

本日、ゆずとゆずっこをつれて、草木ダムそばの富弘美術館に行ってきました。

星野富弘さん。
教諭時代に事故により付随になってしまった手足。しかし、彼は口で筆を持ち、絵を書き詩をつづった。
存在は知っていたが名前は知らなかった。
そして、ゆずが彼の詩のファンであることも今日初めて知った(まさか、ゆずにそういう文学を楽しむ趣味があったとは……(@@)

彼の美術館に行き、彼の絵と詩を見る。
正直言って、絵心ないですから、よく口で持った筆であそこまで細かくかけるな、というのが絵に対する感想(^^;
コメントを雑記帳に残した小学生と変わらんコメントだ(−−;

詩はというと……。
重い。
限りなく重い。
似たような言葉をつづる詩人はいる。しかし彼の詩ほど重くない。
なんでだろう。
詩を見て感じるのは、彼はまだ悩んでいるんだ、ということ。
手足が不自由になり、しかし口を使い語ることで彼はいろんなものを手に入れた。
キリスト教に帰依し、キリストに対する言葉も詩にはある。
それでも、日々彼は荒れ、あるいは穏やかになり、毎日を送っている。
だからこそ、その言葉に重みがあるんだろう。
そして、何より、彼のつづるその言葉は、いろんな人のいろんな状況に当てはまる。
だからこそ、いろんな人に共感を得るのだろう。

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来訪者のコメント帳を見てみた。
いろんな人が来て、いろんなものを受け取って帰っていった。
もちろん、人生経験が少ないものは、それなりのものを。
彼と近しい悩みを持つものは、先駆者の彼に勇気を貰い。
彼とは異なる悩みを持つものは、彼の言葉にヒントを貰い。

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大学受験のとき、詩の問題がでて、それに対する解答を求められたことがある。
でも、詩について解釈をするのはナンセンスだ。
それがたとえ研究者の解釈であったとしても。
つづられた言葉から受け取るものは人それぞれでいい。
受け取らないのも一つの選択。
論文ではないのだ。
限られた言葉の中で、広がる想像の世界を楽しめればそれでよし。

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その後、山を越えるロングドライブを敢行しましたが、ゆずにもゆずっこにも不評でした(−−;


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彩葉 [MAIL]

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