2005年06月22日(水) 愛とは

という、哲学にも似た問いを友人が友人の会社の社長から受けたらしい。
瞬時に答えられなかった自称『愛の超戦士』である彼(爆笑)。
同じ問いをおいらにも彼は振ってきた。

おいらは即答する。
愛。それは自己満足の究極形。誰でもが共感する(だろうと思われる)自己満足の形。

-------------------

われ思う。故に我あり。

こういったのは確かデカルト。
つまり、これは、ある人物が何かを考えるときには、必ずといっていいほど『私は』が前につく。もしくは省略される。

腹減った。
あの子かわいい。
あの女とやりてえ(だんだん下品に(−−;)
あの子が幸せになるためにはこれが一番いい。

これは、すべて考える私から見た観点。

自分はどうなってもいいから家族には幸せになってほしい。
こういう人は、単純に、自分が不幸せであってもかまわないから、もしくは財政的に厳しくてもかまわないから、家族が幸せであればいいと思っている。
つまり、家族が幸せであることが自分にとって、何物にも変えがたい、ということだ。
自分にとって。
ここ重要。

暗い男の中には、振られた女に対して、無駄に操を守る奴もいる。
彼女のために操を守る。
いや、それ、あんたの自己満足でしょ。
彼が好きで好きで仕方ない。
でも、彼が迷惑かもしれない。ならば告白しないほうがいいかもしれない。
いや、それも結局自己満足でしょ。
私に告白されたら彼は迷惑だと思うかもしれない、と勝手に思っている私。
つまりそういうことでしょうに。

世の中で語られる美談も、自己満足。
自分がいいと思うから、その現状を受け入れる。
単純にすべてがその構図。

-------------------

でもね、おいらはそれを否定するつもりはないんだ。
自己満足が人間をここまでにした。
それが人間だと思ってる。
それでいいんだよね。
こういうときばっかり人間賛歌。


 < 過去  INDEX  未来 >
ご感想をどうぞ。




彩葉 [MAIL]

My追加