本日親父様の日。 ということで、実家に帰り親孝行。 といいたいところだが、銀皿の寿司を取らせて、食事して、わいわい騒いで帰ってきました。 うーん、親孝行!!?
でも、バーちゃんの介護で疲れた母が爆笑(というより泣き笑い。涙流して笑ってた)しているのを見ると、帰ってよかったな、と思う。 バーちゃんのボケは進んでいる。 何度もゆずの名前を聞かれ、ゆずっこの名前を聞かれた。 けれど、痴呆が進んでいるなりに、一生懸命ゆずとゆずっこを受け入れようとしているバーちゃんの姿勢は嬉しかった。 さすがに抱かせることはできない。 自分の体を支えるのが一生懸命の人間に、たとえ数キロとはいえゆずっこの体を支えてもらうことはできない。 ばーちゃんとゆずっこ、双方の命にかかわる。 けれど、ひ孫を抱かせてあげたい。その頭はつねにある。
親父は親父で、かえでやゆずっこのかまい方をわからないなりに一生懸命かまおうとしているのがわかる。 ゆずっこを連れて帰った効果は、前回から継続している。
かえで(柴犬)はかえでで、ゆずっこを受け入れようとしている。 ゆずっこを近づけると、忠誠を使う目なめ(実際はなめさせたらばっちいけどさ)をする。 その一方で、親父も母親も姉もおいらもゆずもすべてゆずっこに目が行くと、自分が蚊帳の外にいるようで嫉妬をする。 けれど、その嫉妬の中身も、自分をかまえ、ではなくて、自分もゆずっこをかまう集団に混ぜろ、という感じだった。 犬というのは、本当に面白い動物だ。
孫の力は偉大だ。 赤ん坊の力は偉大だ。 子供ができるだけでいろんな問題が、希薄になるのは間違いない。 解決はしないでも。
唯一の問題は、その子供が親やその親から待たれて生まれてきた存在であるということなのだが……。 そうでなくても、そうなる可能性は十分にある。 いろんな意味で、赤ん坊の可能性は無限大なのだ。
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