本当は書くか書くまいか迷ったんだけど、書いちゃいます。
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うちのガス馬車御者にクレームが入ったんで、それを当人を呼んで注意した。 ところが、その事象そのものは認めたわけだが、そのガス馬車御者はまあ、おいらがガス馬車御者時代からの人で、いろいろ教わっていたわけだ。
なので、まあ、あっちゃこっちゃ昔のことを引っ張り出す。 とはいえ、おいら自身、そんなめちゃくちゃした覚えもないし、卑怯なことをした覚えもないが、彼は自分のそういうことを指摘されると、相手のことをほじくる癖がある。 なので、まあ、過去の失敗を穿り返すわけだわ。
まあ、それはそれとして聞き流していたが、どうしても納得できないものがあった。 それは、おいらが、ほかのお客から来たクレームの中で、おいら自身が聞かれもしないのに大学出だといって回ったという話。
一般であればそういうはったりも通用するかもしれない。 けれど、おいらは、自分の高校生活、大学の状態に対して劣等感を持っている。 そういう人間が、自分が大学でてるとかなんとか吹聴するわけがない。 もっとも、それをほかの人に言ったところで仕方ないから黙ってたけどさ。 (ここは本音を書き散らすなんにゅうの場だからかいてるだけで)
大学内の生活は、満足のいくものだったし、生涯の友人も得た。 (生涯続くよね(^^;) ゆずも含めた家族ぐるみでのつきあいもさせてもらっている。 スパーダを買ったのだって、悪がき三人組の一人が購入したのを実際に見せてもらって、いい車だと判断したからこそ、選択肢にあげたわけだし、彼の目は信頼に値すると思っている。
けれど、やはり大学生になるまでの期間は暗黒の時代だった。 入試が終わって全滅に近い状態で迎えた入学式は屈辱以外の何ものでもなかった。
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今は、大学受験の勉強の仕方が悪かった、と失敗した原因を分析し、それを繰り返さないようにはしているが、やはり、ミスは帳消しにはならない。
要は、大学の話はその傷口なわけなのだ。 どんなにがんばっても、帳消しにはならない事実。 そして、おいらだけかもしれんが、過去の自分の自分に対する不満は決してなくならない。
後悔とまではいかない。 あの時ああすればよかったとか、そういう感情ではないのだ。 今の自分はあの当時があったからこそある、とは思っている。 あの時、全部自分の行きたい大学やらにいければ、あほの取締役みたいになっていたかもしれない。 学業やスポーツ以外の人の才能を見る目をもてなかったかもしれない。 一流大学の人間にも負けないように、それでいて、痛みがわかるように、必死になって戦ってきた。 『ばねにして』とはきれい過ぎる表現かもしれない。 そこまで立派な人間にはなってません。 でも、自分に対してやましい気持ちは持たないようにできるようには振舞ってきたつもり。 (常識とか慣例とかにとらわれない)真の自分の気持ちに対して正直に生きるすべだけは身に着けてきたつもり。
ただ、あんまりだな、と思ったんで、書いてみました。
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自分の恥部ですので、そのうちけしちゃって、『あほむかつくー』とかの日記になっているかもしれません。
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