昨日、久しぶりに他人の原稿を読ませていただきました。 荒っぽさは否めないし、年齢上のボキャブラリー不足や、経験不足ゆえの理解不足、そして、日本語のニュアンスの理解不足はどうしてもありますが、それでも光るものがありました。
オチが読めてしまったり、というのは日本語の技術や、構成でカバーできるからいいとして、やはりそういうものを描こうとするスタンスって大事だな、っと思います。
影響受けるよなー。 あほや馬鹿、どうしようもないガス馬車御者連中に惑わされている暇があったら、原稿書けって感じだもんね。 あのころの燃える情熱はどこにいった。 大観覧者の道は進んでるけど、作家の道は全くといってすすんでないですな。 日本語を、特に小説の文章を書くって言うことは、簡易ながら奥深いものを書かなければならない。 それはビジネス文書とも、書き殴り的な日記とも異なる。
この前、小説大賞の一次選考結果がありました。 自分より年下も年上もいる。 しかもおいらよりも数歩先に。 まだ、あきらめてないんだ。 ただ動けないだけなんだ。 そんなの言い訳に過ぎない。 五枚でもいい。十枚でもいい。ショートを書くところからかな。 (でも、仕事終わるころには頭つかれ切ってるんですが(−−;)
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