今日、ガス馬車が先頭の玉突き事故があった。 病院の敷地内に歩道を横切って進入しようとしていたガス馬車が、小学生が通過するのをまっていたら、後ろから来た車に突っ込まれたのだ。 その衝撃で前に出てしまったガス馬車が小学生に接触してしまったのだ。小学生はすぐに立ち上がったが、救急車を呼んで処置したという。
問題は、後ろが二台いるということ。二台目がぶつかって、三台目がぶつかったのか、三台目がぶつかって二台目を動かしガス馬車に追突したのか。
どちらに請求するかが悩みの種だ。 昔であれば真後ろの車に請求したというが、今は最も後ろに請求するという。
おいらが今回一番迷ったのは、誰の指示に従えばいいのか、だ。 当然、うちのガス馬車会社は個人の自己主張が強い。 誰かの言うことを聞けば誰かの顔をつぶすことになるという不思議なところ。 誰の顔もつぶさずに作業をすることが如何に難しいことか。
アホの取締役にできるのは丸投げにあら捜し。 課長は正しいのだろうが、意外に無気力。 倅は論外。はげはやる気なし。 元大型ガス馬車の所長はハゲに対抗するために過剰にアピール。
結局、内部の力比べに終始する事件。
みんな、どこを向いて仕事してるんだろう。 お客様に対しての仕事がまるでできないサービス業は笑止。
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銀行強盗した金を返した事件。 あれは、ある意味共感できるなあ。 本当に反省している人間に対しては、おいらは法律にのっとった罰則が本人の反省に答えるものだとは思わない。 反省している人間にとっては、日々の生活そのものがとてつもない重圧となる。 反省していない人間に対する懲役刑が意味がないのと同時に、反省している人間にあえて罰を課すことも意味がないとおいらは思っている。 (この話だと、両方とも懲役刑は意味がないといわれそうだけど) 反省していない人間は、何をやっても憎しみを増大させるだけで、釈放させればその怒りを放出するだけだ。その結果は火を見るより明らか。反省している人間にとっては、社会で生活するほうがプレッシャーがある。 懲役は、反省し始めた人間に対して効果があるのかな、とおもう。 考える時間がなかったから思い至らなかったのであれば、その時間を与えてやればいい。
思い至ったときに、その人間は初めて成長する。
どうでもいいけど、懲役刑と罰金刑以外の刑罰ってないもんだろか(^^;
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