今日は、悪がき三人組の飲み会だったが、それ自体は非常に楽しかった。
問題は姉。 ぼけたバーちゃんを相手にしていてすさむのはわかる。 年中、出て行けだの何だのを言われていれば、嫌な気持ちにはなるだろう。 その結果一人暮らしを決意するのもまあわかる。 だが、親との相談の結果、かってもらうということで話になったチャイルドシートを「親に金をたかりにきた」と表現するのはあまりに失礼。
群馬では車で移動するのが常識。 となれば、産婦人科から帰るのにもチャイルドシートが必要。 チャイルドシートの購入の優先順位は高い(都内であれば必要でない家も当然あるだろうが)。 チャイルドシートを買うのは決まっていた。 搭載された機能による検討で、買うものは決まっていた。ただ、新品で買うか中古で買うか、という話だった。 本当は中古で買うつもりでいた。だが、おいらの親にちらりとその話をすると、買ってくれる話になった。
当日。 母親が一緒に見に行くはずだったが、母親の息抜きの時間と重なることが判明したので、現金だけ受け取って、こっちで買う算段がまとまっていた、はずだった。 ところが、姉が吐いた一言は「赤ん坊にかこつけて親に金をたかりに来た」。
経緯を知らずに言葉を吐く愚かさよ。 別に最初からチャイルドシートを買うために現金をたかりにきたわけじゃない。 それは親も納得していたはず。ところが、姉の話を聞いているうちに不思議に思えてきたのだろうか。
さすがに後は反省の念というか、まずいと思ったのか話をそらしていた姉がいる。 だが、出てしまった言葉はもう戻らない。
五万円をもらったが、やはり受け取る気分にはなれず突っ返してきた。 別にギリギリの生活をしているつもりはない。 仮にも家庭をひとつこさえて生活をしているのだ。誰の力も借りず、二人で構築した家庭で生活をしている。完全に閉じた生活なのだ(楽じゃないけどさ)。 世の中には、親におんぶに抱っこの夫婦もある。金銭面でもなんでも。 だが、おいらたちは少なくとも、誰にも負担を強いない、閉じた家庭を作っているつもりだ。 パラサイトとは違う。 実家におんぶに抱っこのままの姉に何を言われても説得力はない。 今のおいらを支えているのは、何とかゆずと協力し、金銭面もそれ以外の面でも自分たちだけで何とかやっているというくだらないかもしれない、つまらん意地だけだ。その意地があるからこそ、ゆずができない家事も率先してやっている。たまにつらいときもあるけど、己に鞭打ちやっている。
今のままの気持ちでは、姉が独自にくれるといういわいも受け取ることができない。受け取れるはずもない。受け取りたくもない。
一人暮らしをして、少し生活をするということは本当はどういうことなのか、という厳しさをわかってもらえればいいと思うのだが。
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