日々逍遙―この1冊、この1本、この1枚―
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散歩の途中に出会ったあれこれを…。

2002年03月07日(木) サウンド・オブ・ミュージック

昨年の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で、そして今年になって「ムーラン・ルージュ」で思わず「サウンド・オブ・ミュージック」に再会しました。
この2本の映画、その味わいはおよそかけ離れたものですが、どちらもまったく新しい試みのミュージカル映画です。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリヤー監督は1956年生まれ、「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン監督は1962年生まれ。
ブロードウェイで「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台が評判を呼んだのが1960年、ロバート・ワイズ監督によって映画化されたのが1965年です。
公開から5年、再上映された1970年に観た映画「サウンド・オブ・ミュージック」。
そのストーリーにも映像にも音楽にも深く惹き付けられました。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ムーラン・ルージュ」の両監督もそれぞれに、
この映画を心に刻みつけた経験があるのでしょう。
その表現の趣が違うものなので「それぞれに」、がどんなふうにだったのかが気になりました。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、ミュージカルを愛し、過酷な運命を背負って生きている主人公セルマ(ビョーク)が、白昼夢のように夢みるシーンがすべてミュージカル仕立てになっています。特別な舞台や衣装などなく、働いている工場や、汽車の上でそこにあるものを使ってのミュージカルシーンです。この部分の曲の作詞、作曲はセルマを演じるビョーク。
それとは別に彼女が所属するアマチュア劇団が練習しているのが「サウンド・オブ・ミュージック」。セルマはマリヤ役。
この現実と夢想とが並行し進展していく物語を字義通り、子の犠牲となり悲しい最期を迎える母親の話として受け止めてはいけないのかもしれません。
1年たって振り返ると夢見るセルマの夢の場面が、確かなセルマの現実にも見えてくるのです。
「ムーランルージュ」は、映画はビロードの赤い幕がひかれて始まります。
舞台は1900年のパリ、モンマルトル。喧噪に満ちて猥雑なムーランルージュに迷いこんだ若者と女優志願の高級娼婦との悲恋を、既成の耳に親しい数々の名曲(エルトン・ジョンの”Your Song”ビートルズの”All You Need Is Love”マドンナの”Like A Virgin”など)に新しい詞を乗せて、そしてセリフではオリジナルの歌詞を使って、最初から最後まで約束事としての「おはなし」として描ききってしまうという芸当をこのオーストラリアの監督はやってのけています。
これらの中に「サウンド・オブ・ミュージック」もありました。
美、自由、真実、希望、愛こそ、人が究極的に求める幸せ、と感じているバズ・ラーマン監督は普遍的神話であり、ラブ・ストーリーであると監督自ら言うこの物語をいかにもつくりものの世界の中で展開させています。
再び幕がひかれ、死にひきさかれた2人の愛の真実だけが観客に残される、というのがこの監督の意図するところのようです。

期せずして「サウンド・オブ・ミュージック」を介して並んだ2作品が、共にミュージカル映画の新機軸をうちだしたものと言われること、またデンマーク人のトリヤー監督が60年代のアメリカを、オーストラリア人のラーマン監督が1900年のムーラン・ルージュを舞台に選んでいること等々、興味はつきません。

この2作品を観たあとでの「サウンド・オブ・ミュージック」は?
私にとっては30年という時を経ても、いつも新鮮な喜びをもたらしてくれる糧なのです。


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みねこ

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