世界。
体重がちょっと戻った。 けど何となく健康的ではない気がした。
「いやんもうおいしくって仕方ないわ〜(はあと)」的な食いっぷりで太るならともかく、腹痛いわ気持ち悪いわクーラー病が顔を出し始めたっぽいわ頭痛も起こるわな状況で無理矢理食ったり食わされたりした結果で太るっていうのは何だかいい傾向じゃないような気がする。
なんて思ってたら吐いた。(笑) ・・・やっぱりね。
そんでその翌日が飲み会だったんで休むに休めず働いた。
嫌いなヤツの送別会だからオッケーなお話なんだけど、コイツって酒が入ると普段に輪を掛けて態度が悪くなるんだよね。 だから一緒の酒の席はご遠慮したかったのだが、「最後だから、最後だから」と自分に暗示かけて付き合う羽目になった。
で、やっぱりコイツは店員にケンカ売ってました。 もうこの店には行けない。 でもその店員も気に入らなかったから(笑)もう行かない。
今の店に来てもうすぐ1年になるけど、その間に課の人間が半分以上入れ替わりました。 何でアタシはそっちのメンバーじゃなかったんだろう。 不真面目なヤツが残るのがあの店の不幸なさだめなんだろうか。
ネットをしない生活が普通になった。 会社へ行く道も帰る道も変わらないのに、それを視るアタシは変わったのかもしれない。
ちょっと前まではネット依存症だと思ってた。 でもなきゃーないで平気だということが分かった。
元々、自分は何かに依存するタイプじゃなかった。
アタシが死にたいとココに書いた時、それを読んだ人はどんな風に感じたんでしょうか?
「また言ってるな」程度かな。 「自分もそう思ったことあったな〜」って思い出したりするのかな。
それとも「もうすぐacid androidのライブあるんだからコイツが死ぬわけないじゃん」とか?
それはちょっと前のアタシが自分に使っていた言い訳だった。 今、それは力を失っている。
自分でなくてもいいじゃん。
それに当てはめないのがラルクだった。 でも、今はそうではなくなった。
自分でなくてもいい。 他に同じヒト、同じモノを好きな人がたくさんいるんだから、アタシでなくてもいいじゃん。
acid android を好きな人はたくさんいるんだから、自分がライブに行かなくても、別にいいじゃんか。
そう、思うようになった。
・・・・・・ま、どうせ土壇場になったら福岡だろうが水戸だろうが行くんでしょうけどね。(死)
「執着」は醜いけれど、それを無くしたら世界が狭くなった。 欲しいモノがなくなった。 理由も見当たらない。
自分の世界を生かすも殺すも、自分次第。
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