2007年05月28日(月)
日曜の聖堂の朝。 この日は、一般の人も礼拝に来るので普段はプリースト達だけで行う静かな礼拝もにぎやかな風景となる。 俺、ノアルは以前のようにこの人ごみの中を掻き分けてその人に近寄って行った。
「おはようございます、フローラ司祭長。」 「あら・・・おはよ、ノアル・・・。」
俺に呼び止められた青い艶やかな長い髪を持ったその人は、いつものそのハイテンションからは想像がつかないほどやつれて振り返る。
「た、体調悪いんスか?」
「ん・・・ちょっと一昨日の朝から寝てないだけよ・・・。」
寝 て く だ さ い よ。
「ナニやってたんスか・・・?」
以前聞いたことはある。 休日前の司祭長はよく夜中遅くまでギルドメンバー達とギルド狩りにいったりしているらしい。 それは知っていたが、今回のはひどそうだ。
「ん〜・・・まぁ、一昨日は普通に仕事だから朝に目が覚めるでしょ? それで仕事して次の日休日だから朝までギルド狩りして、そのあとおきている人たちで雑談。 で、お昼になって寝ようと思ったら保護者を頼まれて夕方まで付き合ってたらダンナが起きてきて家事とかしてたら夜になって。 そんでまた朝までギルド狩りという感じね・・・。」 「何ですか、そのハードスケジュール・・・。いつか体壊しますよ?」
いつもいつも溢れんばかりの元気を振りまく快活なフローラ司祭長はどこへやら。 彼女は今にもぶっ倒れそうな青ざめた顔をしている。
「・・・ふふ・・・、平日のほうが睡眠時間が多いのが不思議ね・・・。・・・あ、やば。」
遠い目をして語っていたら、危険を知らせるその言葉を合図にフローラ司祭長は重力に抵抗する意識を手放しているのか素直にその前へ倒れようとする。 瞬間はスローモーションのようにコマ送りされたようだった。 俺は助けようとしてすぐそこのフローラ司祭長の落下地点に向かって飛び込もうとした。
バスッ!! ゴンッ!!!!
が、俺よりも早く赤い法衣を着た・・・女性のハイプリーストがフローラ司祭長の体を受け止めた。 結果、俺はその人に顔面から体当たりをすることとなった。
「す、すいませ・・・。」
全力でぶつかったのでかなりそのハイプリーストに衝撃を与えたはずだったが、その人はびくともせずフローラ司祭長を抱きかかえて立っている。 その音もそうだが花形司祭長が倒れたとだけあって人目を引くには十分だったらしく周囲が俺たちを囲んで騒ぎ始めた。
「やっぱり・・・。倒れると思ったぞよ。」
ハイプリーストはふぅ、とため息をついて意識を失ってるフローラ司祭長の頬を一撫でしてヒールをかける。 肩までできれいに切りそろえたストレートの緑色の髪を真ん中・やや左寄りで分けていておしゃれな帽子をかぶっているその人の肩に貼り付けられているギルドエンブレムは、フローラ司祭長のものと同じ。 と、言うことはこの人もフローラ司祭長や斬玖さんと同じギルドの人なのだろうとまでは容易に推理できた。
「ち、治療室までお運びします!!」
しばらくして大聖堂の医療班に所属する新米プリースト二人が担架を持って駆け寄ってきた。 緑の髪のハイプリーストはすっと手をかざしやんわりと断りの姿勢を見せた。
「よい、このまま家に連れて帰るぞよ。」 「し、しかし、フローラ司祭長にもしものことがありましたらば・・・司教様たちにお叱りを受けてしまいます!」 「ただの睡眠不足。それに、この子はあたしゃのとこの子だよ。あたしが面倒見る。」
司教が怒る・・・?まだ助祭・・・アコライトの俺にはわからないが色々と上がうるさいんだろうか? そんなことを考えていたら、礼拝のときに教壇に立って説法をとくくらいでしかお目にかかれないケンベル司教が騒ぎを聞きつけこちらに駆け寄ってきた。
「さっさと病人を運ばんか!何の騒ぎだ・・・ッ!!?き、貴様は、メグミ・・・!!?」 「ん、あぁ、おひさ、ケンちゃん。」 「貴様、ここは立ち入り禁止だと言い渡したはずだぞ!!!?」
な、なんだろうこの人・・・。ケンベル司教に向かって「ケンちゃん」呼ばわりだなんて・・・。 ハイプリーストにしては今まで大聖堂で見たことないからケンベル司教と同格ってことはありえなさそうだし、立ち入り禁止ってことは過去に何かあったのか・・・?
「はぁ?誰が立ち入り禁止なんていっとるの?そんな処分言い渡された覚えないぞよ?」 「よくもしゃぁしゃぁと・・・。さぁ、つべこべ言わずフローラ司祭長を渡すんだ!彼女は大聖堂の集中治療を行う!!」
ケンベル司教が力ずくでフローラ司祭長を奪おうと近寄ったそのとき!
じゃッ・・・! ヒュッ!!
「メグミ」と呼ばれた緑の髪のハイプリーストは腰にぶらさげていたチェインをケンベル司教の鼻先に寸止めで突きつけた。 ケンベル司教は瞬間に動きをとめて、ぶわっと脂汗を一気に流した。
「『うちの子』に汚い手で触るんじゃないよ、ハゲ。いいかい?名声のためにさっさと冒険者から引退したアンタと違ってあたしゃまだまだ現役なんだ。 この+10トリプルブラッディチェインの餌食になりたくなければあたし含め『うちの子』の視界に入らないようにすることだね。」 「ヒ、ヒィ!!神聖なる大聖堂の中で!しかも一般人の前でそんなことしてタダですむと思うな!!??」 「タダですまないのはどちらでしょうねぇ・・・?」
凶器を片手にケンベル司教に鋭い眼差しで対峙するメグミというハイプリーストとその気迫に気圧されてすっかり逃げ腰のケンベル司教の間に割って入ったのは司教達の中でも一番若いカルロ司教。
「・・・!カルロ!!?」
いつも敵対しているらしいカルロ司教の登場でケンベル司教はさらに困惑しているようだ。
「メグミ姐さんはお優しいからかなりオブラートに包んで警告してくれていたうちに引き下がればよかったのではないですか?ケンベル司教。」 「な、なんのことだ!?!」
落ち着いて笑顔で話すカルロ司教とはまったく違い、ケンベル司教はかなり動揺している。
「最近、女性司祭から相談を受けるんですよねぇ、私。 『ケンベル司教お抱えの医療室にいったら必ずセクハラに遭う』、ってね?!」 「ち、ちがう!ぬれぎぬd・・・」
口の右端だけを上げて微笑むアルカイックスマイルでカルロ司教はケンベル司教の罪状を暴露する。 それを慌てて否定しようとするケンベル司教だが、多数の女性司祭・助祭の訴えにかき消された。
「濡れ衣なものですか!あたしは一昨日触診だといわれて胸をもまれたわ!」 「あたしも『ここが育ちすぎなんじゃないのか?』ってお尻触られました!!」 「あたしも!」 「わたくしもよ・・・」
次々と暴露されるセクハラの数々に一般人たちは冷たい視線をケンベル司教とそのお抱えの医療班に向ける。 すこしずつ逃げの体勢になっているのか3人はあとずざりしている。
「だから、メグミ姐さんは可愛いかわいいギルドメンバーをあなたの魔の手から守るためにとった正当防衛をしたまでですよ。・・・ちょっと過激ですけどね?」
最後に付け加えたカルロ司教のその言葉に女性司祭・助祭たちは大きくうなづいた。中には、「過激なもんですか!妥当よ!!」というものまで出る始末。 そして言い逃れのできなくなったケンベル司教たちは一目散に自分の執務室へと逃げていった。
ケンベル司教たちがその場からいなくなって騒ぎは収まり、そこに注目していた人たちも散り散りになって。 カルロ司教は大きなため息をついてメグミさんに向き合った。
「姐さん、後生ですから揉め事を発生させに大聖堂に来ないでくださいよ・・・。」 「や、別にあたしゃ揉め事作りに来てるわけじゃないんだが・・・。」 「そこは重々承知してるんです。私も、大司教様も。だから大司教様が数年前泣いてすがって土下座して 『お願いだから大聖堂には来ないでくれ!礼拝やその他の司祭としての職務は全て免除するから!!!!』といったんじゃないですか!」 「あー・・・、もしかして、ソレがさっきケンベル司教が言ってた『大聖堂出入り禁止処分』ですか?」
少し置いてけぼりを食らっていた俺はカルロ司教に話かけた。そうしてようやくメグミさんが俺に興味を持つ。
「あ、そうそう。カルたん。これがフローラたんの言ってた子?」 「どんな噂話してるのか知りませんが、そうですよ。ノアルです。」
ど、どんなことはなしてるんですか、フローラ司祭長・・・。
「ノアルたん、遅くなったけど初めまして。あたしゃ貴稚宮 恵。メグミとかおばはんとか呼ばれとるよ。いつもフローラたん『が』お世話になっとるね。」
強調された接続詞でなんとなく理解のある人だということは判ったので差し出された握手の手を受け入れた。
「こちらこそ、お世話になっております。ノアル=ヴァンシュタインです。ノアルと呼ばれています。」 「ノアル、この方はフローラ司祭長の所属ギルドのギルドマスターさんだよ。」
フローラ司祭長のギルドマスター・・・!? 確か深淵の騎士を殴り殺すのが日課だっていう、アノ人・・・!!?
「ノアルは攻城戦をやってないからちょっとわからないかもしれないけど、彼女は『ケイオスの殺意』という異名で恐れられているほどの人物なのだよ。」 「な、なんかものっそい異名ですね・・・。」 「こんなかよわいあたしにそんな名前似合うわけが。」 「はーい、ノアルー。右から左へ聞き流すんだよー。」
かよわいと言い張る割りに、フローラ司祭長を小脇に片手で軽々と担いでいる様は見ていて圧巻されると思います。 しかし、あれだけの騒ぎになったってーのにびくとも起きる気配がないところ見るとよほど疲れてたんだな、フローラ司祭長。
「あぁ、そうそう。ノアルたん。フローラたんに何か用事があったんじゃないかね?」 「あ・・・。そうです、今日転職する旨を伝えようと思ってたんです。」 「なんと!それは一大事!!起こす?」 「あぁ!いえいえ!!おきてないならそれはそれでかなり好都合・・・げふっげふん!!じゃなくて、疲れてるのに無理やり起こすのもかわいそうなので!! 言わないと烈火のごとく起こりそうなので目が覚めたらそのことだけ伝言お願いできますか!?」 「りょ。転職試験がんばってね。フローラたんの暴走はあたしがしっかり止めておくから。」
転職のその場にいたらそれこそカーニバルのように祝われそうな気がするので、転職することも伝えようかとても迷ったが、なんと言っても何度も保護者してもらった恩もあるし、言わなくて転職してしまったときの怒りのほうが恐そうだから言うことに決意したが疲れて寝てしまったので伝えれなかったとなればとても好都合なことだ。 ・・・しかし、フローラ司祭長の暴走を止められるなんて、カルロ司教でもできないのにこの人、本当にすごい人なんだなぁと改めて思う。
「じゃ、あたしゃこの子連れて帰るぞよ。」 「よろしくオネガイシマス、姐さん。」 「あ、転職のこと、できましたら斬玖さんにもお世話になったので伝えていただけますか?」 「わんこ、にね。おっけ。んじゃ、またね、カルロたん、ノアルたん。」
フローラ司祭長を担いでメグミさんはワープポータルを出す。 手を振ってそのポタに乗り込んで、術者を飲み込んだそのポタは瞬時に消えた。
「カルロ司教・・・。」 「なんだい?ノアル助祭。」 「メグミさんって・・・、殴りプリですよね?」 「そうだよ。」 「STR・・・高いですよね・・・!?」 「高いどころか。カンスト。補正込み120だよ。きっとトップクラスに入る殴りプリだろうねぇ・・・。」 「カルロ司教、勝てます?」 「あ、無理。」 「うわ、即答ですか。」 「だって、姐さん、実は『殴り』という種族を作った開祖様だよ?私なんかが手におえる人間じゃないね。」 「・・・だから『ケイオスの殺意』ですか。」 「うん。あそこのギルドは曲者が多くてもアノ人がいるからまとまってる節もあるね。」
そして、俺はその日の午後、無事にプリーストへと転職を果たし、ちょうど転職が終わった直後に起きたフローラ司祭長から、 「メグミ様も一緒に祝いたいからうちのギルドぐるみで祝賀パーティ開くから今すぐきなさい!倉庫圧迫してる低級カードたんまりもって!!」 という、後半訳のわからない狂喜乱舞のウィスが届いて、モロクへ向かうハメになった。
後記:またもや勇 大和ちゃんのHPに送りつけた駄文でございます。 こっちのフローラと本編のフローラの性格はかなり違いますけどソコは突っ込みなしでオネガイシマス・・・。
|