いいこと見聞録

2009年06月19日(金) 檸檬

 丸の内オアゾで、丸善が創業140周年を記念して「檸檬」という万年筆を売り出したのを知った。丸善が舞台として登場する梶井基次郎の作品名に由来したものである。チラシに写っている万年筆のレモンイエローを見て、その短編を読んだときの浮遊した微熱感、その微熱感とレモンのヒンヤリした手触りが溶け合って、一瞬自覚される生の実感が身体の中に甦った。

 梶井基次郎は1901年に生まれ、肺結核により僅か31歳で亡くなった早世の人だった。幼い頃から病弱で19歳で肺結核にかかり、人生のほとんどを死の予感の中で暮らした。生前20編の短編を残したが、目の前の事物・風景の細部を自分の体温を通して見つめ切り取って、そのフラジャイル(脆弱)性を執拗に浮かび上がらせる。

 その昔、開高健のエッセイからこの人の本を読んでみようと思ったのだが、こちらの体調が良いときは、書かれている世界観がスッと入ってこないし、体調が本当に悪いときはやられてしまう。読んでいてつらいのだ。ちゃんと読もうとすると、これほど読み手のコンディションの許容ゾーンが狭い作家も少ないのではないか、とも思う。

 しかしながら、24歳で発表された「檸檬」は、文章から立ち上がってくる温度・湿度・色・重さ・手触り・匂いの対比が鮮やかで、レモンの存在感を活き活きと浮かび上がらせてくれる。読後に爽快感も残る詩的な作品だ。定番の小説として新潮文庫・集英社文庫に収められている。気になる人は、是非一度は目を通して欲しい。(Toshi)


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