鶴は千年、生活下手

2021年04月26日(月) 育つもの

夫が息子に言った一言。
  「めんどくさい」は育つ

まったくその通りだ。
ちょっとめんどくさいということをそのままにしておくと、
めんどくさいはどんどん大きくなって、すごくめんどくさい
ものになってしまう。
育つのだ。
「めんどくさい」を育てがちなわたしだが、親譲りなのか、
息子も育てがちで、ちょっとめんどくさいうちにやってしま
えば良かったと、後悔することも多い。
育つのが「めんどくさい」ならまだましだが、「不満」を育
てていくととんでもないことになる。
「不満」もちょっとのうちに解消しておくのがいいんだと。

ついこの間も、ちょっとした不満があった。
感覚過敏とまではいかないが、匂いや音に敏感なわたしは、
洗濯のときも洗剤の匂いで「うっ」となることが多い。
世間一般で言う「いい匂い」も、わたしにとってはきついと
感じることもしばしばだ。
夫にそれを訴えても、微妙な匂いを感じとることができない
夫には、わたしの思い過ごしだと思われてしまう。
感覚が鋭いことを、サバンナですごく遠くのキリンが見える
か見えないかという例えで話した。
しかし夫が言うには、見えなくてもそこにキリンは確実にい
るんだけど、匂いは見えないからあるのかどうかがよくわか
らないと。
見えないものは無いと思われちゃうよねと。
たしかに、キリンの例えは、見える人がいると言うならそこに
いるのだろうと推測できるが、匂いはその場で感じとれなけれ
ば無いと思うだろう。

感覚過敏の辛さの一端を体験したような気がした。
親には到底理解できない範囲で、息子は匂いや音や噛み心地と
いったことに囚われることが多いのだろう。

わかってもらえないという不満を、息子はあきらめで押さえ込
んでいるのだろうか。
せめて母くらいは、その不満を感じとってやれる存在でいたい
と思う。
不満やあきらめを大きく育てないように。


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市屋千鶴 [MAIL]