そっと唇で食んだ水は 分厚く柔でひんやりとして 寄せては返す血潮に合わせ 膨れ上がっては萎んでいく
碇の付いた腕を掲げて 空気を掬って掻き分け掻き分け 少し左に傾きすぎると そのまま陸地を恋しく想う
私は服を着ているのだから 砂利の不快感を恐れず 足をびたんと踏みしめて 跳ねる雫にただ浸っていればいい
沁みないように瞼を閉じれば まばたきの音が途絶え 舌の表面を風が過ぎ去って 喉まで真っすぐ抜けていく
柔らかと温かが似て 明るいと痛いが混ざり 漸く言葉を放し飼いにする まるで孵ったばかりのように
涎がつうと垂れ 私がはみ出す まるで還っていくかのように
そっと唇で食んだ水は 分厚く柔でひんやりとして 寄せては返す血潮に合わせ 膨れ上がっては萎んでいく
碇の付いた腕を掲げて 空気を掬って掻き分け掻き分け 少し左に傾きすぎると そのまま地べたを恋しく想う
私は裸なのだから 砂利の不快感を恐れずに 床をびたんと踏みしめて 跳ねる雫にただ見惚れていればいい
沁みないように瞼を閉じたら まばたきの音が途絶え 舌の上を風が過ぎ去って 喉まで真っすぐ抜けていく
腹の底で燻る花が 風に煽られ大きくなって ゆらゆら花粉をまき散らす ぐらぐらと世界を覆う とうとう口から漏れ出た炎は 世界を赤い闇に染める
涎がつうと垂れ 私がはみ出す まるで生まれたてのように うしろへ、うしろへ
柔らかいと温かいの違いが分からず 明るいと痛いがまるで同じに思えて このまま文字を放し飼いにすることを 私は眠りと呼んでいる
痩せた月が笑えば くしゃみ 桃色をした猫が ぴやぴやと鼻を疼かせた
思い切り伸びをして 段 段段と 段 落ち続けるトンネルで 音も色も感情も ひとり分遅れて降ってくる
罪悪感が涙を流し 携帯電話を握りしめても コンセントは届かない 名前を読んだら 束の間のおはよう
「私が戻れたらならきっと 私の言葉を聞きたがるから 私を覚えていて欲しいんだ」
口にした端から 言葉が薄皮のように剥がれ 他人事になっていく 伸ばした指より遠いところで 浮かれたように漂って
ハルは誰にでも優しい いわゆる博愛主義者の如く 美しさを鼻にかけることなく 儚げな香りをまとってほほえみ 気紛れな手でいともたやすく 別れの切なさに震える乙女の頬を撫で 新たな門出に向かう若人の背を押す
ゆえに誰もが凍えながら君を待ち侘び 君が去るのを惜しむのだろう
どれだけ皆に愛されようと 決してひとところに留まろうとせず 飄々とした足取りで音もなく通り過ぎ 後には痕跡さえ残さないから 苛烈な日差しにつむじを焼かれた者は 果たしてあれは幻ではなかったのかと 自らの記憶を疑う羽目になる
ゆえに人々はあらん限りの言葉を尽くして 君との思い出を記録するのだろう
寄り添うように温かな雫を降らせ いっとう華麗に散る花弁を贄に 人の涙を美しい過去に変えてしまう 優しく残酷な季節にこの詩を捧ぐ
昔から春の種を巻く人は後を絶たず 細かな根を張り土壌と一体となっているから 私の取り分などはもう残っていないのだ
桜の話をしたく思えど 種まく人は後を絶たず 微細な根が隙間に這い入り 土壌を抱いているために 例え枝葉を引き抜いたとて 足の下にはみっしりと 桜の根がはびこっている
掘り返された剥げ山に 吹きさらしの砂丘に 果ての見えない湖に ひび割れたアスファルトに 滑りやすい喫茶店の床に 桜の根ははびこっている
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