ゆうべのことば

2017年04月09日(日) くるまめく夜

夜を切り裂き続ける
タイヤの擦れる甲高い音
ブレーキをかけているのに
どうして停まれないのだろう

交差点を照らすのは
赤くまんまるな光だけ
三色を行き来するはずの信号が
怠慢して点滅ばかりを繰り返す

月は真新しいマンションの陰で
すっかりサボりを決め込んで
人間に作られた紛い物が
代わりに道を照らしている

それすらいかにも渋々で
わざとらしい咳払いを繰り返す
怠け者ばかりの夜なのだ

まったく困ったご時世である
ひとつしかない役割を投げ出しては
他にすることもなかろうに

ひょっとしたら俺以外
誰もが休んでいる夜なのか

ひょっとしたら俺だけが
走り続けている夜なのか

たったいま前を通り過ぎた
隣の家のコロですら
万歳をして犬を休んで寝ていたよ



2017年04月08日(土) 涼やかに鳴り響く明日(2005)

一切合切しょーがない
ぬるい風が足元を通り過ぎた

沢山魚がぶら下がって重くなっているネクタイ 大漁
重そうだね苦しくありませんか
テレビの砂嵐みたいな模様のリュックサック しょって
行ってみようか他所の国

誰も呼んでない 誰も待ってない
見つけた人だけの為の舟に乗り込んで

さぁ いってらっしゃい みてらっしゃい



2017年04月07日(金) アイロンとワイシャツ(2005)

濡らして 熱して 押し付けて
その音はまるで拷問のようです

押し付けられて 伸びて 硬くなって
その様はまるで囚人のようです

悪意の無い刑罰
恐怖の無い悪人
そう考えてみれば大差は無いような気もしますが



2017年04月06日(木) 化け猫

痩せた月が笑う夜
花の色をした猫と出会った

そいつは酷く饒舌で
甲斐甲斐しい恰好をして
言葉巧みに私を誘い
段を登らせ穴を覗かせ
思い切り背を蹴飛ばした

放り込まれた空洞の中
景色は私の眼に追い付けず
ただ色として上に流れる
私自身の意識も同じく
後から遅れて着いてくる

「申し訳ない、申し訳ない」

ぼろぼろ涙を流しながら
謝る己の声を聞く
握りしめた携帯は
何処に繋がっているのだろう

手繰り寄せた記憶の先に
見覚えのある名が浮かぶ
文字を表示した画面が
頭の片隅に残っていた

夢を見る時は連絡すると約束したのだ
にわかに我を取り戻す

「戻ったら私はきっと
『私は何を言ったのか』と尋ねるから
代わりに覚えていて欲しい」

口に出した端から言葉が剥がれて
他人事のような気になる
声も視界も何もかも
手を伸ばしても届かないほど上空で
浮かれたように漂っていた

この先どこに落ちるのか
落ちたらどうなってしまうのか
恐れない私を私は恐ろしく思った

(後の事は覚えていない
ただ唐突に時間が来たことを知った
ラッパを吹き鳴らす兎が居らずとも
大人は一人で帰れるものだ

「だから教えて欲しいんだ
『私は何を言ったのか』」

人の言葉を手放して
只管にゃんにゃんと口ずさむ私は
酷く饒舌だったらしい)

**********
桃色の猫と出会った

そいつはひどく饒舌で
甲斐甲斐しい恰好をして
俺を言葉巧みに滑り台の上へ誘うと
思い切り背中を蹴飛ばした

「申し訳ない、申し訳ない」

ぼろぼろ涙を流しながら
謝る己の声を聴く
握りしめた受話器は何処に繋がっているのだろう

手繰り寄せた記憶の先には一人の男の名があった
その名前がディスプレイに表示されていたのを
頭のどこかで記憶している

これが夢だと理解したから
「戻ったらすべて忘れてしまう。
お前が代わりに覚えておいて」
そう頼んだら肩の荷はすっかり下りて
あとはもう落ちる事だけ考えた

にゃんにゃんと口ずさむ俺はひどく饒舌だったらしい
一人の男の感想だ



2017年04月05日(水) 骨の羽化

リィリィと骨が鳴る
空を探して首をもたげてみると鳴る
どうしたものかと不思議がって首を傾げてみると鳴る

ちょうど頭と体が交わるところ
ざらついた岩を乗せられて
潰され 削られ 粉々になった 砂が流れる
森の奥であぶくを吐き出し続ける秘密の湧水のように

鳥たちは木の上にいる
獣たちは草の陰にいる
虫たちだけが骨の傍らに寄り添っている

小指の爪に点在する白い斑ほどのごく微かな虫たちは
薄っすら透けた甘露のごとく色の混ざった羽を震わせ
精いっぱい足を踏ん張り互いに押し合いへし合いしながら
どうにか己の取り分を増やそうと必死になってもがいている

それは確かにひとつの生き物だった

うごめく集合体はやがて歪に膨れ上がって
自分たちの輪郭を作っていたはらわたを突き破り
真赤な砂をそこらじゅうにぶちまけて
月の光に照らされながら散り散りに飛んでいった

リィリィ リィリィ これでおさらば

一人分にも足りなくなった骨は手を振る事もできずに
ただ音もなくないている


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小石ゆうべ [MAIL]

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