a Day in Our Life


2006年12月30日(土) 涙の理由。(濱&大)


 「濱ちゃん俺、辛い恋をしてるんかも知れへん」

 ため息混じりにそう言った中田は文字通り辛そうな顔をしていて、濱田は一瞬、返す言葉を失くした。
 「…それは、分かってて好きになったんやろ?」
 「まぁ…そうやけど」
 思った以上に辛かったのだ、と中田は言った。
 それは思いのほか優しい歓声だったのだと言う。その声に、脊髄反射で泣き出したのは大倉と錦戸で、連鎖するように渋谷も涙を流しそして、村上も。
 「村上くんが泣くだけでも信じられへんのに、その涙を止める術なんか俺にはないねん。一緒に泣けるエイトの皆もスゴイし、何か、敵わへんのやろなぁって」
 随分と抽象的に、またため息を吐いた中田がその時、具体的に誰を想定したのか濱田には分かったけれど、合えて突っ込むのは避けた。色んな意味で敵う筈がないと思える相手。いつも、最後の最後を締める人。
 「…諦めるん?」
 いつだって手のひらの上で転がされて、キスさえもさせて貰えなかったと言っていた。百戦錬磨の村上の隣には、それでなくとも横山の存在があったから。想えば想うほど、その手は遠く離れて行くのかも知れない。
 「まさか!」
 けれど中田は濱田の問いに、即答で視線を返した。その距離を嘆いてみても、諦めるつもりは毛頭ないと言う。尊敬しているから似たのか、似ているから好きなのか、その人がよくB型の典型だとからかわれたポジティブさで、中田は村上を好きだと言う。そんな中田の潔さが濱田は愛しいと感じて、この気持ちは何なのだろうと思った。
 「そう言えばな、この間」
 ふと、思い出したように中田は呟く。くるくると会話が変化する、マイペースな中田らしい。先ほどまでのどんよりした空気はもう消え去って、上目遣いで記憶を手繰り寄せる表情になった。
 「暇やったからネットサーフィンしてたら、俺らの事が書いてあるページがあってな。濱ちゃんと俺は横山くんと村上くんみたいやって」
 果たしてそう言われて中田は喜んだのかどうか。濱田には判断をしかねたけれど。
 「やから、な。今後ともよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げて笑った中田に微笑み返しながら、そういう事か、と何となく濱田は納得をした。



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横蟻オーラスの雛の涙。

2006年12月25日(月) 赤丸急上昇。(大智雛)


 親以外とは初めて入るようなレストランで、中田大智は今、じっと一点を見つめていた。

 その日のコンサートのMC中に、トークの流れで勇気を出してみた結果だったと思う。正直誰が言い出しっぺだったかはもう覚えてないのだけれど、ここだ、と思って乗っかったら案外ノリのいいその人は二つ返事でOKを出し、もちろん舞台上の営業トークではなく実際にその公演が終わってすぐに、店の手配をしてくれたらしい。
 クリスマスシーズンの真っ最中、例年ならそこでは関ジャニ∞のクリスマスコンサートが行なわれている筈だった。けれど今年は何と自分達関西ジャニーズjr.の冠のついたコンサートと、そして3人の先輩達のソロ公演が用意される事になった。ソロコンのラストを引き継いだ3人目である村上信五は、ソツなく自分達を引っ張ってくれていた。
 ソツがない、という表現が的確で、好意的なのかどうかは分からない。
 けれどそれらをひっくるめて盗むところは多いと思う。全ての人間に好かれる必要はないし、そうなれる術は少ない。だから村上のやり方はたぶん、合理的なのだろうと中田は思うし、そういうやり方は好きだと思った。
 尊敬する先輩として、村上を挙げるようになったのはそう遠い昔ではない。正直、事務所に入りたての頃は特に注目していなかったような気がする。今よりもっと色んな意味でコドモだったその頃は、わかりやすく目立つ人にばかり目が行きがちだったし、そういう華やかさに憧れたのだ。
 けれど、村上の魅力はたぶん、それとは違う類いのものだったと思う。具体的にこれ!と一つ挙げるのは難しい代わりに、そのオールマイティな能力に憧れを持った。それ以上に常にくるくると回っているであろう、その頭の中身に興味を持った。
 今、ちゃっかりキープした隣に座る村上は、同じテーブルの別のジュニアの話に上手い相槌を打ちながら、楽しげに笑っている。人と食事に行くのが好き、と言いながらその箸はなかなか進んでいないから、要するに物を食べるのではなく人と会話を交わすのが好きなのだろうと分かる。そうしながら時折、人数が多すぎて別れて座っている別テーブルのジュニア達にも目を配る事を忘れない。
 そんな目まぐるしく変化する様子をぼんやりと見ていたら、不意に声を掛けられた。
 「大智、お前ちゃんと食うてるか?」
 あっちに比べてこっちのテーブルは品数が少なくて悪いけど、と笑った村上は、でも俺が目の前におるからって遠慮することないで、ときちんとフォローをする。その言葉を鵜呑みにして、ほっとした様子になった桐山が、こっそりとメニューに手を伸ばすのが視界に入った。
 「俺はいいですよ。どうせ濱ちゃん辺りのテーブルから余った肉が回ってくるでしょ。頼みすぎても勿体ないですから」
 言えば僅かに目を丸くした村上が、すぐに笑みを浮かべる。お前はそういうとこドライよな、と知った顔をする村上から視線を逸らすことがなかったから、自然見つめ合う形になった。
 「お前は俺にちょっと似とんねん」
 お前は嫌がるかも知れんけどなぁ、と村上はまた笑う。すっぴんの顔には吹き出物が浮かんでいて、けれどそのシャープな輪郭を見ていると、ここ数年で随分とその人の顔が変わった事が分かる。
 「いや、嬉しいですよ」
 憧れてるって言うたじゃないですか、と言えばあぁあれな〜ええねんで気ィ遣わんでも、と冗談に流されてしまう。至って本気なのだけれど、そこをムキになってコドモに見られるのも嫌で、黙っておいた。すると見透かしたような黒目が覗き込む視線を向けてきた、と思ったらまた笑みに変わる。
 「そういう所もな。まぁ、ええねんけど」
 一瞬、沈黙が下りた。
 「村上くん」
 普段、傍目から見ていて感じる以上に真直ぐに人の目を見る村上は、その深い黒目でただじっ、と中田を見た。何か気の利いた話でもと考えたけれど咄嗟に何も浮かばずに、そうしている間に隣のテーブルから呼ばれた声に振り返った村上の、視線が離れていく。
 好きです、と言おうかと思った。
 別に何をどう告白するつもりもなかったのに。深底から腕一本分、じわりと這い上がってきた思いがその時、確かに中田を支配した。言ってどうしようと思ったのか、言われた村上がどう反応を返したのか。タイミングを逃した今となっては分かりようもなかったけれど。横目で盗み見た村上はもう、中田を見ていなかったから。
 視線を動かした先に、一つテーブルを挟んだ濱田と目が合った。障害物のない状態で真直ぐに中田を見る濱田は一瞬真顔になった後、ゆっくりと唇だけで笑みを浮かべた。優しいその笑みを見た中田は笑い返そうかと思ったけれど、思い直し黙って目を逸らした。



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雛紺以降、右肩上がり。

2006年12月22日(金) もう君以外愛せない。(横雛)


 「なあ、ヨコぉ」

 その呼び声はひどく甘ったるくて、横山は普段よりゆっくりめに振り返った。
 「ちょおそこに跪いて」
 「?」
 何かのプレイかと訝しがりながらも言う通り膝をついた横山に、無言のままの村上が近付いて来た。と、思った瞬間にその両腕に抱き止められた。横山が膝を折っているせいで、ちょうど頭が村上の胸の辺りに当たる。肘を折り曲げて、両腕ごと頭を抱え込まれた。
 「…」
 ぎゅ、とその胸に抱き込まれたまま、さて横山は思案する。冗談でも悪いプレイでもなさそうな村上の様子を、窮屈な状態のまま、上目遣いで盗み見た。
 (…そういや何か、書いとったな)
 出たばかりのその雑誌を見たのはたまたまの偶然で。入所したての頃じゃあるまいし、自らの載っている記事をわざわざ買い求めたりはしない。だからたまたまその雑誌のたまたまそのページが開いていたからたまたま目を通しただけで、しかもたまたまその項目に目を止めたのも、たぶん偶然だった、と思う。
 (ラジオ終わりの午前1時に人恋しくなるとかナントカ)
 それを読んだ時は喧嘩でも売られているのかと一瞬眉を顰めた横山だったけれど、村上がそんな回りくどい喧嘩を売るタイプではない事にすぐに思い至った。むしろ可能性としては、喧嘩ではなく。
 (………)
 こつ、と気持ち頭を傾けて、村上の胸に顔ごと預けてみる。案外強く抱き留められているせいで、動きとしては僅かなものだったけれど。
 それは窮屈な体勢だったけれど、悪い気分ではなくて。ハードスケジュールの中で少しだけ疲れた顔をした村上の、洗いざらしのシャンプーの匂いを嗅ぎながら。
 (…コイツは今、人恋しいんか、癒されたいだけか、どっちなんかな)
 正直どちらでもいい、と横山は思った。珍しい状況で珍しい村上の抱擁を受けながら、たまにはこんなのも悪くない、とも。
 「…ヨコ」
 横山の思惑をよそに、頭上からぽつ、と村上の声がする。
 「何やチクチクして抱き心地悪いわぁ。やっぱヨコの髪はもっと長い方がええね」

 好き勝手な言われように思わず、横山は苦笑いを浮かべた。



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雛紺初日感想文。

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