a Day in Our Life


2006年02月23日(木) 2006雛誕。(安雛)


 実際、村上くんは滝沢くんのことが好きやと思うし、俺に流されてもちょっと、困っちゃうんだよなぁ。

 その日、滝沢くんから珍しい電話が鳴って、どうしたのかと思ったら「助けに来て」やって、村上くんの誕生日会をしているという会場で何が起こっているのか、村上くんがどうなっているのか、想像出来るような、したくないような。しかも何で俺に電話なんだろうとか思いながら指定された店に着くと、もうすっかり出来上がった酔っ払いの村上くん。激しい密着ぶりで村上くんに抱き付かれた格好の滝沢くんが、
 「よぅ」
 って自然な動作で手を上げる。ちょっとだけ眉尻を下げたその顔は、確かにほんのちょっとだけうんざりと困っているようだったけれど、それだけのようにも見えた。
 「わざわざ悪いね。でももう、ちょっとひどくてさ、この酔っ払い何とかしてよ」
 苦笑混じりの滝沢くんの声を至近距離で聞き咎めた村上くんは、大袈裟な動作で一度大きく滝沢くんを仰ぎ見て、また勢いよく滝沢くんに抱き付つく。どちらかと言うともはや抱き締める状態で、ぎゅぅ、と滝沢くんに近付いた。
 「そんなん言うて、タッキーも俺のこと好きなくせになぁ?大丈夫、俺も好きやで〜」
 『俺のこと好きなくせになあ?』の部分は果たして俺に質問を寄越したのか、一瞬こちらに顔を向けた村上くんの視界に俺はどうも入ってなかったみたいやけど。ぎゅうぎゅうと体を寄せる村上くんを抱え直した滝沢くんを、他の仲間達は面白がって、放置することに決めたようだった。
 「もうずっとこの状態なんだよ。安田、後は頼む」
 言った滝沢くんはあくまで乱暴でない強さで村上くんをべりべりと剥がして、隣に座る俺に押し付けて寄越して来た。案外おとなしく俺に手渡された村上くんを見て、滝沢くんはふぅ、と肩をコキコキ。実際少しは本当にお疲れだったらしい滝沢くんが、ゆっくりとトイレに消えて行く背中を目で追ってから、手の中の村上くんに向き直った。
 とりあえず今までの滝沢くんの続きでぎゅ、と俺に抱き付ついた状態の村上くんが、滝沢くんにしたのと同じように俺にも50回好きだと言ってくれるんかな、と、ほんのちょっとだけ期待したんだけど、現実はもちろんそんなに甘くはなかった。何度か瞬きをしてやっと俺の存在に気付いたらしい村上くんは(やっぱりさっきのは個別認識されてなかったらしい)これまた大袈裟に数回瞬きをして、やや舌っ足らずな声で「安田、ちょうここ座れ」と既に座っている俺に説教を始めた。
 ネタのような展開で笑うしかないんやけど、酔っ払った村上くんはたまに本気でウザいと思えて、けれどそれだけ絡みに絡むほど酔っ払っているのに個別認識はきちんと出来ているんやなぁ、と思うと感心する。だからそれが村上くんなんだって、言ったのは亮ちゃんだったか、すばるくんだったか。この人には抱き付く、この人にはチューする、この人には…etcってそういうの、横山くんが聞いたらただ事じゃないと思うんやけど、そう言えば、横山くんがそういう事を聞いてきた事は殆どない気がする。まぁ、横山くんの性格上(シャイやから!)なかなか素直には聞かれへんのやろうけど、それだけやないんやろなぁ、とぼんやりと考えた。
 それは多分わざと気に留めてない、んじゃないかと思う。本当に気にならないのか、気にしないようにしているのかは分からないけど、実際、気にし出したらキリがないだろうし、現に俺だったら色々と気にしてしまってがんじがらめになってまうんじゃないかと思う。村上くんは手に余る。だからこそあえて放し飼いにする(って表現はちょっとどうかと思うけど)横山くんはきっと正解なんやろなぁ。
 だからこそ、ちょっと聞いてみたくなる。
 「村上くんは、俺の事は好き?」
 延々と続く村上くんの説教をぶった切って、唐突にそう問うた俺に一瞬毒気を抜かれた村上くんは、ムッとするのも忘れて目を丸くして(そうすると小動物のようにも見える、村上くんをかわいいと思える最近では数少ない瞬間だった)それからそう考えずに答えた。
 「好きやで?ヨコとタッキーとすばると亮と…(以下延々続く)分からんけど何番目かに大好き」
 そうやって、酔っ払った村上くんの口から一番最初に横山くんの名前が出る事を、俺は嬉しいと思う。だからにこにこ笑っている俺に「何やねん、ニヤニヤすんな」とまた説教を始めた村上くんの様子を見て、トイレから戻って来た滝沢くんが一瞬で気の毒そうな顔をするのと目が合った。



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雛誕暴露話@歩誌より。

2006年02月17日(金) RABUメール。(横雛昴+安)


 のちのち聞いた事には、その時の村上の怒りも相当なものだったらしい。

 「でも、何で分かったんですか?横山くんがもう怒ってないって」
 今でこそ笑い話で聞いてきた安田に、村上は「ん?」と顔を上げた。安田に対し、珍しく穏やかな笑みを滲ませて、それは今だから振り返って幸せを噛み締める、村上の喜びに他ならなかった。
 「そやなぁ。元々何か理由があって怒っとるんやろなぁ、ってのは冷静に考えたら分かることやってんけど、その時は俺も相当頭にきとったから、すぐには分からんかったよ。本気で別れよ思とったし」
 「そうやったんですか?」
 言えば本気で驚いたらしい安田が目を瞬かせる。
 「ホンマ。むしろ一度別れたんやろなぁ、あん時」
 やから寄りを戻した事になるんかな、とのほほんと笑う村上は、今の状態に自信があるからこそ、なのだろう。その左手に控えめに光る指輪は、楽屋にいる今だけ村上の指を飾る。もうしばらくしたら本番を控えて、こっそりと外されることになるのだけれど。
 「あん時な。リハ中に呼び出して話途中に大喧嘩したやろ。飛び出して行った手前、戻るに戻れへんようになってなぁ。ぅわ、どないしょこのまま楽屋に戻るんめっちゃ気まずいやんけ、思って途方に暮れてたら、すばるからメールが来てな」
 「すばるくんから?」
 「俺ら以上に、あいつにはお見通しなんやろうなぁ」
 ぽつんとそう呟いて、何気なく取り出した携帯電話に今、そのメールが届いた訳ではないのだけれど。まるでついさっきメールが届いたかのように、村上はその文面をそらで思い出せる。
 「”ヨコがモゴモゴ謝る練習をしとるから、そろそろ戻って来い”やって。何やそれでハラワタ煮えくり返っとった俺の気持ちもすーっと和いでいってな。まぁ、戻った俺の顔を見たヨコは、結局謝ってはけぇへんかってんけど」
 タイミング逃したっていうかなぁ、顔見たら急に億劫になったんやろな。その横で俺より顔を顰めてたすばるの顔も、よぅ覚えとるわ、と村上はまた笑う。
 「…やっぱり仲人は、すばるくんにやって貰たら?」
 その話を自分のように喜んだ安田も、村上の笑みが移ったのか、知らず笑い顔になる。それは改めて二人の仲直りを喜んだのが一つ、それから改めてその恋愛の成就を喜んだのが一つ。
 改めて、よかったと思うのだ。
 村上が今、目の前で笑っている事。少し離れた向こう側で、やはりこちらも子供のような笑顔を浮かべる横山の指にも、同じ指輪が嵌っている事。シャイな横山がきちんとそれを嵌めている、何よりそれが雄弁に幸福を語る。
 「それなぁ。そうしたいんは山々なんやけど、後々の為にもここは社長を立てとかんとな」
 大真面目な顔をして眉根を寄せた村上を見ながら、披露宴ではすばるくんから新婦(?)への手紙ってのもありかも、村上くん号泣やで、と安田はうきうきと考えた。



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元ネタは「56通の涙のメール」という本。

2006年02月07日(火) 賽は投げられた。(晋+康平)


 「もしもの話ですよ。もし…和也さんが生き返ったら、康平さんは何を言いますか?」

 晋が幾分言い難そうに、けれど聞いてみたい好奇心に駆られてそう問うてくるのを振り返った康平は、黙って見返した。
 「いや、今ドラマやってるやないですか。10年前に消えた飛行機が、現代に突然現れるってやつ。研二と言うてたんです。もし、そんな風に急に和也さんが現れたら…って」
 そのドラマなら康平も、原作の方を読んでいた。晋の言わんとすることは分かる気がする。そう思うのは残された方に、何か言い残したことがあるからなのだ。突然に逝ってしまった和也には、そうなることすら予測出来なかったのだが、それこそ言い残したことが山のようにあった。言おうとして言えずにいた事や、そうされた事に対して、言ってやりたい文句も。
 「晋は?どうすんねん」
 そうなったら、と反対に康平は問う。質問に質問を返された晋は、おとなしく受け取った問いを両手に持って、少し俯いた。
 「謝りたい…です。和也さんに、生意気な事を言ってしまったから」
 その時点で病気の事を知らなかったとは言え、和也に対してひどく当たってしまった。その事をずっと晋は気に留めていた。思えば和也には時間がなかったから、焦って苛付いて、当然だったのだ。その焦りだって克典の為、バンドの将来の為、今出来ることを精一杯やっておきたい和也の想いだったに違いなかったのに。
 だから、それに気付けなかった自分達も辛い、と思い出すたびに晋は心を痛めた。
 研二もそうやと思います、と晋は、ここにはいない元ピアニストの言葉をも代弁した。こんな事になるならあの時あの4人でしか奏でられなかった音をもっと大事にすればよかった、と現実主義の研二にしては珍しくいつまでも悔やんでいた。その背中を思い出しながら、それとは違う所で康平は考える。

 もし、和也が生き返ったなら、自分はどうしたいだろう?

 叶わない夢であり、無意味な想像だったけれど、康平は真剣に考えた。
 何か言うよりも先に、彼を抱き締めたい。
 言葉なら交わした(と思った)。和也の気持ちは受け取ったと思った。けれど生前の和也に終に触れてやる事が出来なかったのが、今でも心残りで。ALSに犯されていた和也がその腕を動かせないのなら、和也の分まで自分がそうするから。
 強く強く、その体を抱きしめたい、と康平は思った。



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けれど神はサイコロを振らない。

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