a Day in Our Life


2005年12月25日(日) 10 SWEET.(横雛)


 「なぁ、さっきちょっと泣いてたん」

 4年目を迎えた恒例のクリスマスコンサートも一公演を残したその時間。静かな楽屋内にぽつ、と発せられた声は自分のものではなかったから、もう一人楽屋を共にする相手が洩らしたのだと知れた。
 質問が質問だっただけに少々バツの悪い気持ちを抱えたから横山は、顔だけを上げて村上に視線を合わせる。何の話やねん、とその先は分かり切っているというのに、知らない振りをして咎めるように村上を見る。
 「さっき、最後の挨拶で。泣くん堪えて上向いてたやろ」
 けれど、わざとそうしているのかそれとも単に無神経なのか、あっさりと村上は核心を付いてきた。気付かれていない自信もなかったけれど、当たり前のように村上は、気付いていたらしい。
 「別に、泣いてへんわ」
 泣くんやったら大倉か錦戸やろ、メンバーで一ニを争う泣き虫なO型二人の名前を挙げて、横山は更に誤魔化そうとする。それでなくとも村上の言葉に泣きそうになった自分を認めたくなかったのかも知れない。恥ずかしいより先に、珍しく感じやすかった自分を、果たして村上がどう思ったのか。
 「そぅか?ほんならそういうことにしとくけど」
 それこそが長年の付き合いの賜物か、必要以上に絡んで来なかった村上はあっさりと流して、もう会話を終わらせる。これが舞台上のMCならまだしも、楽屋に二人、他のメンバーすらいない状態で、無駄に横山を怒らせることもない、と判断したらしい。そんなあうんとも言える呼吸が、楽なようで、心地いいようで、たまに淡白だと感じさせる。横山以上に横山を知っているんじゃないかと思える村上は、だからこそ引き際が鮮やかすぎるのかも知れない。
 10年という数字を。
 何となく意識してしまったら、何だかすごいなぁ、と思えてしまった。
 継続は力なり、とは言うけれど。10年前のあの日から少しは何か、成長しているのだろうか。それをつい先日のMCで現状維持だと皮肉って村上に笑われたけれど、あながち嘘だとも思っていなかった。悲観しているのではなく、良くも悪くもそれこそが自分達の味だと思えたし、そうやっていつまでも自然体でいられるのは、自分がただ一人ではないからなのだと思う。
 「なぁ、」
 「ん?」
 一度離れた視線を再び戻した村上は、思いのほか横山の顔が近かったことに、少し驚いた顔をした。口で言うほどブサイクだとは思っていないその顔を一瞥して、表情を変えないままに両手でその頬を引っ張る。
 「おまえも泣けや」
 頬の肉を引っ張られる痛みに何か文句を言いかけた口は、開いたまま止まって、横山の言葉を聞いた。おまえも、と言った時点で先ほど自分が泣いていたことを認めてしまっていることには横山も、おそらく村上も深くは気付いていなかったに違いない。
 「泣けへんよ」
 薄っすらと微笑んだ村上は、軽い動作で横山の両手を掴む。ゆっくりと下ろした手をそのままに、近い位置で横山の目を覗き込んだ。
 「俺は、笑ってたいもん」
 横山が10年という数字を案外意識していたことが、村上はほんの少し意外だと思った。およそ区切りという節目をいちいち振り返るようなタイプではなかったから、答えを探すように、その目を見遣る。
 「おまえは笑うんか」
 珍しくその目を逸らさなかった横山は、僅かに笑ったようだった。そぅか、ともう一度呟いた横山は心なし嬉しそうで、村上もつられてまた少し笑って、「何?」と聞いた。
 「おまえとおったらずっと幸せかも知れんなぁ」
 横山の呟きに、村上はまた少し驚く。意味を考える前に、その言葉を素直に嬉しい、と思った。
 長いようで短かった10年を振り返った時、おそらくお互いが、その傍らに互いの存在を認めただろう。それだけの長い時間を共に過ごしてきた。だからこの先も、ふと立ち止まって傍らを見た時に、隣で笑っている存在が何より在り難いと思うに違いない。
 横山の言葉を噛み締めた村上は、でも、と思う。でも、そう言う横山こそが。
 「ヨコが笑わせるから、俺が笑うんやで。それでヨコが幸せなら、きっと俺も幸せなんやわ」
 村上の言葉の意味を考えた横山は、みるみると頬を染めていく。耳まで赤く色を変えて、思えば恥ずかしい事を言ったかも知れない、と後悔した時には既に遅かった。けれど随分と嬉しそうな村上は、笑いながらもちょっとだけ泣きそうになっていたから、真っ赤に照れた横山の表情は潤んだ視界の先、涙に滲んでしまっていた。



*****
おめでとう10周年。(しかししみじみロマンチックな入所年日だなぁ)

2005年12月21日(水) 甘い涙。(横雛)


 「ヨコ」

 不躾じゃない程度に覗き込んだ横山の目から、つるり、と涙が滑った。
 「泣いとるの?」
 そのままを聞いた村上の声に反応して、横山は僅かに顔を動かす。涙は流れたまま、横山の白い顎を伝ってぽたん、と一粒落ちた。
 「泣いとる…んかな」
 微妙な答え方をした横山の表情は静かで、無表情に近いそれから感情は読めなかった。だから村上は、重ねて問う。
 「悲しいん?」
 「…悲しい、んかな」
 「寂しいん?」
 「寂しいんかもな」
 「悔しいん?」
 「どうやろ、分からん」
 村上の問いに一つ一つ首を傾けた横山は、結局のところ自分が何故泣いているのか分からないらしかった。けれど変わらず流れる涙は澄んで、横山の頬を濡らす。
 横山の隣に腰を下ろした村上は、もう一度横山を覗き込むように顔を近づけて、言った。
 「俺に何か出来ることはある?」
 至近距離で目を合わせた横山の目は潤んで、その瞳に映る村上はぼやけて輪郭すら判りかねた。けれど横山の目には村上の瞳に映る自分が見えたらしい。その中の自分を探るように、じっと村上を見た横山は、また一筋、涙を流した。
 「傍におって」
 横山にしては珍しい一言を、その時は気にしようとも思わなかった。その言葉の意味するところを探して、村上は更に問う。
 「傍におったらヨコは泣かへんの?」
 「ヒナがおるから泣かんことはないけど、涙は止まると思う」
 美しい横山が流す涙を、止めたいと思ったのか、それともただその様を見ていたいと思ったのか。考える間もなく村上の手が動く。僅かに空気一つ分、空けただけの横山の手を取って、指を滑らせた。
 手を握ろう、と思ったことに意味はなかったに違いない。村上の表情もやはり変わることなく、横山に向けられていた目線は今、横山の指先に移っていた。指と指の間に入り込んでくる自分以外の体温。感じ慣れた村上の温度は、高くもなく低くもなく、すぐに横山の体温に溶けて馴染んでいく。指先を動かして骨と骨の間の肉を撫でれば、さらさらと乾いた感触が吸い付くように追いかけてくる。
 繋いだ手を軽い力だけで動かす。素直に付いて来る村上の手を返して、その甲で涙を拭った。横山の涙が村上の乾いた手に滲んで、すぐに消えていく。残ったのは冷たい涙の質感、それは横山の流した、寡黙で透明な。
 もう片方の涙も拭って、それで本当に横山の涙は止まったようだった。あとは僅かに濡れた睫毛が、その存在を示すのみ。
 されるがままに黙って、村上は横山を見る。一つ瞬きをした横山の目に、村上が映っていた。
 泣くことがないように傍にいる、だなんて調子のいい事は言わない。
 だって互いの手の届かないところで、悲しければ涙は出るし、嬉しくても悔しくても泣くのだろう。だからせめて横山が泣く時は、傍にいてその涙を見たいと思うのだ。何も出来ないししないけれど、そうすることが許されるのならば。

 だから村上は、横山がそう望むことが、とても嬉しいと思った。



*****
横雛には互いが泣く時に、側にいて欲しい。

2005年12月13日(火) 初雪。(丸雛)


 「うわ、雪や」

 外に出た瞬間、感嘆にも似た声を上げた丸山は、ちらちらと舞う雪を見上げた。
 「どぅりで寒いと思ったわ」
 ぶる、と身を震わせた村上も、同じように辺りを見回す。
 その日、随分と冷え込んだ気温は今年の初めての雪を降らせたらしい。一日中建物の中に篭っていたので、そんなことには気が付いていなかった。寒いには違いないが、それでも何故だか少し、嬉しそうな丸山はふと振り返って、村上を見遣る。
 「村上くん、何泣いてるんすか」
 見た先の村上の目には涙が浮かんで、それで思わず聞いてしまったのだけれど、泣いてへんわ、と言葉を返した村上は、またぶるり、と身震いをした。
 「あんまり寒いから涙出てきよったんや」
 京都は大阪よりももっと寒いから、だから丸山が平気と言う訳ではない。京都にだって寒がりな人はいるし、京都の寒さはもっとこう、芯から凍えるような。けれど今、明らかに丸山よりも寒そうな村上は、単純に気温にそぐわない軽装というだけかも知れなかったけれど。
 「それとも村上くんが気付いてへんだけで、泣きたい気持ちなんかも知れませんよ」
 ぽつん、と零れた丸山の言葉に、村上は目を丸くする。
 「…最近のマルちゃんは随分と詩的やね」
 言った村上が毎週のWeb連載の事を含め、そう言ったのだと丸山は理解した。なんだかんだとメンバー内でも購読率が高いらしいそれらの連載の、村上はもちろん殆どに目を通しているらしかった。自分では無意識だったのだけれど、そう言われると、考える事柄や浮かべる言葉は、昔に比べて詩情的になったかも知れない。
 「表現力をつけたいんですよ。いろんなものに対して敏感になりたい。芸術とか、感情とか」
 呟くように言った丸山は、村上に答えたというよりは、独白に近い感覚だったかも知れない。最近の丸山が、言葉通りに様々アンテナを広げているらしいことは知っていた。それは努力というよりは小さな積み重ねと言えただろう。そうやって、小さな気持ちの揺らぎに気が付く。
 それは、唐突に見た白い雪のせいだったか、じわじわと凍える寒さのせいだったか。
 強い風に煽られて、舞っては落ちる白い結晶。普段見慣れないその姿に惑わされたのかどうか。
 吐く息は白く、厳かでいて豊満な。安らいで、乱される。隣で同じように空を見上げる丸山が何を感じているのかも、またその横顔に、感じた思いがどういう種類のものだったかさえ、村上にはすぐに表現出来なかった。
 泣きたい気持ちなのかもと言った丸山の言葉は案外間違いではなかったのかも知れない。出来るならこの気持ちを丸山に代弁して欲しい、と冗談のように村上は思った。



*****
丸ちゃんは、寒い時に側にいて欲しい人です。

2005年12月04日(日) 冷たい手。(亮雛)


 「何、してるんですか?」

 暖かい室内に足を踏み入れた錦戸は、やや背を丸めて屈むような村上の後ろ姿に声を掛けた。
 「手が冷えるねん」
 素で年寄りくさい発言をした村上は、電気ストーブを前に手を翳す。そこだけ僅かに赤くなった指先は、確かに室内にいるというのに冷えて血色がないように見えた。冷え性というなら横山の専売特許で、村上にしては珍しかったけれど、今日は一際冷え込んだからかな、と錦戸は簡単に納得をする。
 「俺は心が寒いですよ」
 温めてくれます?と冗談めかしたものの、内心自分でも寒いと思った。言いながら近づいた村上はふと顔を上げて、
 「俺の手を温めてくれたらな」
 まるで普通に差し出された手を条件反射で握ってしまった。もう片方の手も添えて、両手で包み込むように触れた手は当人の言葉通り冷たくて、けれど錦戸の手もさほど温かくないことに気が付いた村上は、意外だという顔をした。
 「亮の手も冷たいやん」
 ほなアカンわ、とあっさり手を退いた村上は、それは外から戻って来たばかりなのだから当然かも知れない、と改めて考えた。別に本気で温めて貰いたかった訳でもないし、結局は元の電気ストーブに戻る。その背中に向かって「そんなん言われたら、ドキドキするやないですか」と小声でボヤいた錦戸の声は、聞こえない振りをしたけれど、目を合わそうとしなかった錦戸も、どこまで本気なのかは分からなかった。
 握ったり、伸ばしたり、ジャンケンでいうグーとパーを繰り返し、人工の温もりに晒しているうち、指先に徐々に血が廻って来た。そんな気がしただけかも知れないが、満足して独り占めをしていた電気ストーブから離れようとした時。
 背後で動く気配がした、と感じたのは気のせいではなかったらしい。回転イスの足をごつ、とぶつけながら錦戸が近付いた、と気付いた時にはもう手を取られていた。
 「何?」
 問うてはみたものの、答えは返らない予想はしていた。案の定、黙って村上の手を取った錦戸は、やはり黙ったまま先程と同じように、両の手でそれを包み込む。それが愛情なのか、優しさなのか、それとも違うものなのかはまるで理解らなかった。そういう意味では黙って自らの手を差し出した村上だって、随分と思わせぶりだったに違いない。大事そうに、錦戸の両手が自身の右手を包み込むのを黙って見ていた村上は、僅かに微笑んだ。
 「もう、温まったからええよ」
 強く退いた訳ではなかったのにあっさりとそれだけで、手は離れていく。

 その手の余韻が少しでも寂しいと思ったのは、果たしてどちらだっただろう。



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手が冷たい人は心があたたかいと言いますが。

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