a Day in Our Life


2005年08月29日(月) 十二夜。(クローディオ×アントーニオ)


 「アントーニオ、ここへ」

 呼べば目だけで頷いたアントーニオが、機敏な動作で近づいて来、恭しく傅く。垂れた頭を見下ろしたクローディオは、苦笑とも取れる笑いをその頬に浮かべ、優しい声を出した。
 「アントーニオ。これは命令ではない、だからそれがおまえの意に添わぬなら、拒絶する権利がおまえにはある」
 命ではない、と言われたアントーニオは、いまだ片膝を立て、王の目前に傅いたまま、背だけを伸ばしてその目を瞬かせた。ばさり、と睫毛が落ちそうな瞬きを数度、繰り返したその漆黒の瞳を覗き込むように見たクローディオは、自らも片足を折り、視線を合わせる。王としてではなく、今、ただ一人の男として、目の前にある手を取った。
 「私が欲しいのは、忠誠でも同情でもない。欲しいものはただひとつ、おまえの気持ちなのだ」
 おまえは恐らく、知っているのだろう、とクローディオは淡い笑みを浮かべる。それは諦めのような、悟りのような。穏やかな目をしたクローディオの、握られた手に熱が篭もる。
 「おまえを、愛している」
 と、それは母が子にそう言って聞かせるような、どこか懐かしい、覚えのある声色で、言ったクローディオは優しく微笑んだ。瞬間的に引いてしまいそうになったアントーニオの手を、けれど強制ではなく、捕えたまま離さない。
 「クローディオ、様…」
 やっとの思いで絞り出した声は、儚くも掠れて。アントーニオは自身の心臓が壊れんばかりに脈打つ、その躍動を意識する。
 「アントーニオ、」
 軽い呼吸困難で上気した頬に、クローディオの骨ばった指が、明確な意思を持ってゆっくりと触れた。その、瞬間に。それはアントーニオが意識してそうなったのか、それとも無意識に体がそうなるのか。小刻みに震えだしたその体に、クローディオは気が付いた。
 「アントーニオ。私が怖いか」
 澄んだ瞳が涼しげにアントーニオの潤んだ瞳を覗き込む、その視線だけでまた、震える体を意識した。
 「いえ、そうではありません。そうでは…ないのです」
 違う、と繰り返すアントーニオの言葉とは裏腹に、その体は震えるばかりで。頭と体が切り離されたような、それは、おそらく幼少の頃から刷り込まれたトラウマで。最愛の父に憎め、と教え込まれたその人を、今でも体が拒絶してしまうに違いなかった。
 それが、自分の意志なのか、そうではないのか、アントーニオには咄嗟に判断が出来兼ねて、ますます頭は混乱する。可哀想なほど、ただ震えるアントーニオの頬に、クローディオは先ほどとは違う温度でもって触れた。
 「アントーニオ。震えないでおくれ、私はおまえを苦しめたい訳ではないのだ」
 ただ愛しくて、ただ触れたいだけなのに。
 クローディオは、その大きな瞳を苦しげに閉じる。その両腕で震える体を、精一杯に抱き締めた。そんなことで彼の震えを止めることは出来ないと分かっていても。むしろ、そうすることで余計に、彼を困らせると分かっていても。けれど今、愛しさと切なさに狂いそうになりながら、クローディオはただ、アントーニオを抱き締める。
 彼の震えが止まることを祈りながら。



*****
孤高の王。

2005年08月25日(木) 一周年。(横雛)


 「盛り上がっとんなぁ」

 薄い壁越しに、遠くから聞こえる歓声を耳にして、ふと顔を上げたタイミングが同じだった。
 夏恒例の舞台。4年目を迎えた今年は例年以上に演じる、というものを大事にした結果、芝居に幅は出たけれど、その分ショータイムは削られ、自分たちの出演時間は減っていた。静と動、正と悪を分かりやすく前面に押し出したことから、劇中、悪の権化と評された自分たち親子は、悪役らしく、要所要所にしか出てこない。ゆえに、こうやって楽屋で待機しながら舞台上を眺めることになる。
 「そういえば今日は、一周年やねんな」
 何の、などとは言わなくてももちろん通じ合っていた。
 誰に言われた訳でもなく自身が既に意識している。昨年のCDデビューから今日でちょうど丸一年。地域限定デビューから全国へ、その後年内には東京進出、そして先日、夢の一つであった大阪城ホールでのコンサートを終えたばかりだった。とんとん拍子、と言うには様々なことがありすぎた一年、それはこうしている今も、安泰ではない。それでも恵まれていたと思うし、それらのチャンスを無駄にせず、モノにしてきた自信も少なからずあった。その区切りである今日を、こんな風にのんびりと振り返っている自分たちが少し、不思議に思えた。
 そやなぁ、MC何喋ろ。とまるで自然体の村上は、楽屋での空き時間が増えることを考慮してか、持ち込んだバランスボールに飽きず乗っていた。それはまぁ、いいのだけれど、中途半端に舞台衣装を纏ったまま、雄雄しくも半分アントーニオで半分村上が、ボールに乗ってバランスを取っている様は何というかこう、がっかりというか、ほっこりというか。
 「何?」
 目が合った横山は、彼にしては珍しく視線を逸らすこともなく。今思い出した、というようにぽつりと零した。
 「ぃや。今年は出番も少ないし。待ち時間も長いから、ヤりたい放題やなぁ、て思てたんやけど」
 「やりたい放題?」
 「ヤりたい放題」
 ひらがなとカタカナの微妙な違いは、もちろん村上にはすぐに理解って、くすくすと笑った村上が、バランスボールから降りてくる。
 どちらかと言えば去年も出番は多くはなかった横山が、あえてそう言うのはつまり。今年は二人して待ち時間が長くて。珍しく二人、同じ楽屋で。だから。
 「いつ、誰が入ってくるかも分からんのに。そうやなくても隣の部屋にはすばるもおるんやから」
 アホなこと言いな、と言いつつ村上が、満更でもない様子はなんとなく分かったから。
 「そんなん、やってみなわからんやろ」
 こちらもやはり、舞台衣装そのままの横山が、大ぶりの指輪を嵌めた指を伸ばした。と、思った瞬間にもう腕を捕まれて、縺れ合うように畳に転がった。
 「えぇ〜?嫌や、ヨコすぐその気になるんやもん」
 ぼやくように笑う、村上のうるさい口を唇で塞いで。転がった勢いのまま、しつこくキスをした。音を立てて。角度を変えて。その気になったのはどちらが先だったか、目を閉じたのは村上の方が早かったと思った横山は、けれどその舌の感触に気を取られ、そのことをもう忘れていた。
 「おまえこそ、その気になったくせに」
 唇を離しただけの至近距離でそう囁けば、戯れのようなその吐息がくすぐったくて、村上は艶やかに笑う。肌に触れるその視線と、体温だけで体の芯から熱くなるだなんて、そんな。
 「けどなぁ、問題があるとすれば」
 ごろり、とまた二人して転がった先に、放置されたままのバランスボールにぶつかって。その勢いでまた半回転を転がって、たまたま上になった村上を見上げた横山が、真顔で呟いた言葉が村上は本当におかしくて。
 「この衣装、どこからどぅ脱がしたらええんか分からへんねん」

 笑っている間に、出番が迫ってきていた。



*****
(関西)デビュー一周年。

2005年08月19日(金) rose of heaven. (クインス×アントーニオ)


 「クインス」

 背後から掛けられた声に振り返ったクインスは、相手の顔を見、美しい笑みを浮かべた。
 「クローディオ様」
 「こんな所で何をしておいでです」
 王となった今でも、それは目上の者に対する礼儀か、クローディオはごく親しい会話の時はそうやって、敬語を使う。今、城の庭にある薔薇園で花を摘むクインスに、クローディオはそう言って問うた。
 「男ばかりの執務室はむさ苦しくていけません。せめて花でも飾ろうかと摘んでいるのです」
 答えるクインスは、その手にとりどりの薔薇を抱えていた。むせ返るような甘い薔薇の香りの中で、その姿は気高いほど美しく、この世のものではないようにすら思える。無言で頷いたクローディオは、一歩を進んで手を伸ばし、たくさんの薔薇の中から一本を抜き取る。手にした薔薇は鮮やかな黄の色をして、クローディオの目を楽しませた。
 「そうか。では、私からもこれを」
 「これは見事な薔薇。アントーニオも喜ぶことでしょう」
 アントーニオ、の言葉に反応してクローディオが不意に笑んだ、それに気付かぬ振りをしたクインスも、微笑みを浮かべたまま恭しい動作でその花を受け取った。
 「今日の講義は予定通りだとアントーニオに伝えてくれ。私の部屋で待っている、と」
 「は、確かに申し伝えます」
 薔薇を抱えたまま一礼を寄越したクインスに、僅かに頷いたクローディオはもう、踵を返して庭を出て行ってしまった。その、優美なる後ろ姿を見送ったクインスは、抱えた薔薇に目を移し、その中にひとつだけ、異色たる黄色の薔薇を見つめた。
 「”嫉妬”、”貴婦人の気品”…王はどちらの意味をお込めになったか」
 楽しそうに笑んだクインスは、大切に花を抱え直し、やがて王に続いて庭を後にした。








 「父上、これは…?」
 部屋に入って来たアントーニオは、まずはその香りに気がついて僅かに眉を動かし、次いでテーブルの中央に飾られた美しい花に目を向けた。
 「庭の薔薇園で摘んできたのだ、気に入らなかったか?」
 「いえ、そうではありません。が、何故急に花などを」
 「それはだ、アントーニオ」
 音もなく近づいたクインスが、伸ばした指に捕らわれてはじめて、アントーニオはその意図に気が付く。声に出す前に唇を塞がれて、抗う気もなく瞳を閉じた。触れるだけの唇はすぐに離れて行って、名残惜しそうに目を開けたアントーニオに、クインスは透き通るような美しい笑みを浮かべて、
 「淫靡な薫りを、薔薇の香りに消してしまおうと思ったのだ」
 言えばアントーニオは昨晩の情事を思い出し、本物の薔薇に負けないくらいその頬を鮮やかに染め、口篭もってしまう。月明かりに裸体を晒し、父の前で痴態を晒した。陽の光の下、衣服を着込んで執務室を見遣れば、その空々しさに余計に気恥ずかしさが火のように噴き出す。うぶなその様子がクインスにとっては可愛くて、意地が悪いと知りつつつい、からかってしまう。その心を知ってか知らずかアントーニオは、照れ隠しも手伝ってわざと父の胸に顔を埋め、甘えるような仕草をした。父はそれがやはり可愛いと思ったから、手を回してその体を抱き締める。甘い栗毛の髪を撫でてやると、気持ちよさそうに顔を擦り寄せる様が、やはり可愛くて仕方がなくて、その髪にも音を立てて口付けた。
 「…父上に抱き締められると、薔薇の香りがします」
 うっとりと呟いた息子の言葉にクインスはまた、美しい微笑みを浮かべて。
 「それは先ほど薔薇を摘んできたから、匂いが移ったのだろう」
 言った言葉に「いいえ」とアントーニオは僅かに体を起こし、
 「父上から薔薇の香りがするのです」
 大真面目に言うからクインスは笑みを浮かべたままさらに優しく、甘くその体を抱き締めた。その体温や、力加減や、なによりむせ返る甘い香りに包まれて、アントーニオは思う。

 まるで天国にいるようだ、と。



*****
「クインス」の花言葉。

2005年08月17日(水) 冬物語。(クインス×アントーニオ)


 陶器のように白く美しい指が触れた瞬間、まるで電流が走ったように体が痺れるのを感じた。

 「アントーニオ」
 クインスの声は低く、静かに。囁くように優しく掛けられた声だけでアントーニオはもう、身動きが取れなくなる。促されるがままに窓辺に置かれたベッドサイドに腰を掛け、父の飴色の瞳に覗き込まれると、火傷のせいだけではない、体がちりちりと焦がれるような気がした。
 「火傷の具合はどうだ」
 今日、ホープランドの森の中で、足元を照らすランプをうっかりアントーニオに近づけてしまったのは母エミリアだった。気が動転した訳ではあるまいに、一度ならず、二度までも。胸と、背中。不慮に二つの火傷を負ったアントーニオは、その重厚な衣服の下で、醜い傷を隠しているに違いなかった。
 「…大したことはありません、父上」
 今。父クインスは、その固い布地の上からゆっくりと傷痕を撫でる。まるで分かりきった嘘を吐く息子を嗜めるように、それでいて、その嘘を愛おしむようにも見えた。
 「嘘を吐いてはいけない、アントーニオ。あれほどきつく火に当たったのだ、大したことがない筈がないだろう。父に見せて御覧、手当てをしてやろう」
 「いえ…父上、」
 「アントーニオ」
 見え透いた嘘を吐くアントーニオは、それでもまだ、父の申し出を断りたかった。けれどそれが許される筈もなく、咎めるような声で名を呼ばれ、アントーニオは口を噤む。
 「さあ、服を脱いでごらん」
 殆ど唇が触れそうな距離で、そう、微笑まれてアントーニオは、覚悟を決めたようにゆっくりと指を持ち上げる。止め具を外し、マントを脱ぐ。上衣の止め具をひとつずつ、外すごとに体温が一度ずつ上がる気がした。アントーニオが一枚ずつ衣服を剥いでゆく様子をじっと見遣る父の視線が、痛いような、むず痒いような。
 最後の一枚を剥いで、暗い寝室の中、月明かりにその肌を晒した。案の定、ランプによって焦がされた部分が赤黒く爛れて、醜い火傷になっていた。そっと背を押して、僅かに前屈みになったアントーニオの背中を見遣ると肩口にも同じように、火傷の跡。
 「可哀想に…」
 月明かりに照らされて、美しい父の指が直接、肌に触れた。頬にあったその手はするりと落ちていき、火傷の跡を優しく撫でる。羽根が落ちるような、優しいその動作でも、傷になったばかりの箇所には刺激が強くて、アントーニオは思わず息を飲んだ。
 「…っ、」
 「痛むのか」
 「いえ…」
 痛いのに、痛いとは言わない。
 それは今まさに、憐れむように傷に触れる肉親によって、つけられた傷だから。母がつけた傷を父が慈しむ。それは不思議な感覚で、切ないような、満ち足りるような。幸せにアントーニオは、殆ど酔いそうになる。
 「おまえの美しい肌に、こんな傷を与えてしまうなんて」
 後悔とは違う、父のそれはどのようなものだったのだろうか。考えようとしたアントーニオはしかし、父の唇がそこに触れた瞬間に、もう、考えることを止めた。
 雪のような白い肌に映えた、父の熟れた赤い唇が、ゆっくりと、まるで消毒をするようにひとつひとつ、丁寧に傷に触れていく。熱く火照った患部が父の体温に触れて、どちらがより熱いのか、アントーニオには分からなくなった。
 胸の火傷に触れ終わるとベッドの上で、抱き合うような体勢で、父の唇が、背中にも触れてくる。唾液で滑ったその赤い唇から同じくらい赤い舌が覗いて、ちろりと傷を舐めた頃にはもう、アントーニオは縋るように父に体を擡げていた。
 「アントーニオ。おまえは私のものだ」

 父にそう言われる前から、言われなくとも。
 アントーニオは愛しい父に、その身も心も捧げているのだ、と思った。



*****
愛憎過多。

2005年08月13日(土) 終わりよければすべてよし。(エルフィン+コンフィティ)


 「人間になりたい」

 悲壮感を漂わせて呟いたエルフィンに、コンフィティは掛ける言葉が見つからずにあわあわと周りをうろついた。
 「人間に…なってどぅするの?」
 愚問とも言える質問を、コンフィティは投げかけてみる。最近のエルフィンのおかしな様子を見れば、その答えなど自ずと見えてくるというのに。
 「あの人に惚れ薬をかけて、目の前に現れる…ううん、魔法なんか使わずに、ただこの気持ちを、伝えたい」
 ぽた、と大粒の涙が落ちて、エルフィンが泣いているのだとコンフィティは知ったから、慌ててその滴を受け止めようと、大きな体を小さく丸めるエルフィンに近づく。その小さな体で精一杯抱き締めると、ぐずる子供のように、エルフィンは鼻水をすすった。しゃくりあげるようなその音が、コンフィティには少し愛しくて、でも悲しくて。一緒に泣きたいような気持ちになって、でもここで二人(?)で泣くわけにはいかなかったから、ぐっと我慢をして笑い顔を浮かべた。
 「惚れ薬をいくらかけても、エルフィンの姿はあの人には見えなかったものね?」
 実は何度も試してみたエルフィンだった。「えぇ〜?それって、どうなの!?」と困惑するコンフィティを宥めすかして、一生(?)のお願いだから!とあの人を引き寄せて、”来い来いマジック”って実は”恋恋マジック”の間違いなんじゃないのなんて、笑えないジョークを考えた。コンフィティはお愛想で笑ってくれたけど、周りの妖精たちは、憐れむような顔でエルフィンを見た。
 そう、いくら惚れ薬をかけて、その眼前に立ってみても。
 妖精である自分の姿はかの人には見えないのだった。だから結局いつも、彼を探しにきた父を彼は一番に見たから、そのたびに彼の、父への愛情はますます深まっていったのだった。
 それは、魔法なんかかけなくても。
 強烈で熱烈で猛烈に。彼がどれだけ父を愛していたかなんて、聞かなくても知っていた。ううん、実際には聞けやしなかったのだけれど。だってエルフィンの声は風や木々のざわめきとなって、彼には届かない。
 「でも、好きなんだよ」
 それこそ今まで見てきた恋人たちのように。彼を好きである気持ちはどうすることも出来なかったから。何がどうしてそうなっちゃったのかなんて、今更エルフィンにはわからなかったし、コンフィティにも理解不能だったに違いない。それを恋というんだなんて、分かったようなことを言ってみたものの。
 コンフィティはほんの少し、チクチクと痛む胸に気付いている。それがどうして痛むのかも薄々気がついて、だけど気付かなかったことにしたいと思っている。
 今、その手で抱き締めたエルフィンはまるで幼な子のように震えて、悲しみに満ち溢れていたから、どうか彼が笑えるよう、自分に出来ることなら何でも、してやりたいと思うのだ。
 「…人間に、」
 なっても恋が成就するとは限らないんだよ?
 コンフィティの優しい声に、こくり、とエルフィンは腕の中で頷いた。
 「うん。分かってる」
 「羽根をもがれてしまうよ?もう二度と、大空を飛べなくなるよ?」
 「うん。でも、いいんだ。飛べないのなら、二本の足で歩いてあの人に会いに行くから」
 「魔法も、使えなくなる。僕のことももう、見えなくなるよ」
 「…うん…」
 それはちょっとだけ、ううんとっても、辛いとエルフィンは思った。だから涙で濡れた目を上げて、目の前にあるコンフィティの顔を見る。ぱちぱちと瞬きをした拍子に、睫毛に溜まった涙の滴が滑り落ちた。つるりと一滴、流れたその涙にコンフィティは唇を押し当てて、優しく拭うとくすぐったそうにエルフィンは少し笑った。
 「後悔は、しないよね?」
 「うん。しない」
 きり、と顔を引き締めたエルフィンはもう、何かを覚悟しているように見えて。今度泣けてきたのはコンフィティの方で。何だかその顔が近年稀に見る男(?)前だったから、きっと忘れないようにしようと思って、じっと見ていたら涙が出て来た。その涙を今度、唇で掬ったのはエルフィンで、やっぱりくすぐったいコンフィティは、笑おうとして失敗して、おかしな顔になった。
 「コンフィ。大好き」
 「うん。僕も、」
 最後の挨拶をするように、見つめ合って、口付ける。お互いの唇にはまだ涙が残っていて、どちらのものかは分からない、しょっぱい味がした。



*****
妖精たち。

2005年08月12日(金) 夏の夜の夢。(直樹×アントーニオ)


 「かに道楽でも一龍でもはり重でもええわ、あんたを連れて行きたい。攫ってしまいたいねん」

 嘘ではなくそう言った言葉を、意味は分かってないだろうアントーニオは、その漆黒の瞳を向け、ただ黙って聞いていた。
 「…私は、」
 ぽつ、と呟いた声は直樹に向けてではなく、むしろ内なる自分に向かって話し掛けているようだった。
 「父に憧れ、父の為に、父を守ることだけを考えて生きてきた。父を想うと胸が張り裂けそうに切ない。いっそどうにかなってしまえばいいのにと思う。私のこの、浅ましい想いを父に知れたらどうなるか。それでも側にいたいのだ。お側に置いて欲しいと思うのだ」
 幼い頃から父・クインスの謀略と共に生きてきたアントーニオの人格は、父によって作り出されたと言ってもいい。だからその実父に対して、一方ならぬ想いがあったとしても、当然のことのようにも思えたけれど、アントーニオは純真で無垢な心を痛め、背徳的なその想いの正体を知れずに苦しむ。
 だから、直樹は不安げに揺れるその瞳を覗き込んで、
 「俺は、あんたに愛を教えたる言うたやろ?」
 それを教えてしまうのは、きっと自分にとって、不利になるだろうことは知っていたけれど。
 「あんたは、誰でもない父・クインスを愛してるねん」
 「私が、父を…?」
 「そぅ。それが愛、言うねん」
 直樹の言葉にニ三度、瞬きをしたアントーニオは、しばし思考するように動きを止めた。やがて、その膝に置いた手が僅かに震えだしたことに気が付いた直樹が顔を上げる頃には、その瞳から一筋の涙が流れ落ちていた。
 音もなく、静かに流れる涙はあとからあとから溢れ出し、止まる事を知らない。ぽつり、ぽつり、と落ちては華美な絨毯に染み込んでいくその美しい滴を、意味もなく、勿体ないと思った。
 自分ではない他の誰かの為に、儚くも泣くアントーニオを、直樹は無性に抱きしめてしまいたいと思ったのだけれど、それは何だか憚られて、代わりに直樹はその手を取って、握り締めた。
 権力の象徴である華やかな装飾品を身に付けるのは止め、今、アントーニオを飾っているのは戒めでもある黄金のクロスくらい。それから、もうひとつ。父から与えられたという大きなエメラルドの指輪だけが、その美しい指に嵌め込まれていた。手にしたその皮膚はつるりと滑らかで、思いのほか柔らかいことに直樹は少し感動をする。さらにもう片手を重ねて、包み込むように。何か大事なものを扱うような慎重さで、直樹はその手の感触を確かめた。
 「あなたの愛する父上は、教えてはくれへんかったん?」
 その、手に触れるだけで心臓が高鳴ることを。その人の為ならば命すら投げ出せるだろう、情熱と忠誠を。この、気高くも美しい、穢れない想いは。
 「あなたのその想いを、愛と言うんです。そしてそれは、なにひとつ恥ずべきことではないんだ」
 
 だって、そうでしょう?
 そうでなければ、こんなにもこの人に惹かれている自分を、どう説明すればいいのだろう。



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愛を知ると書く…のは愛知県。(黙れ)

2005年08月09日(火) じゃじゃ馬ならし。(クインス×アントーニオ)


 「父上、」

 小さく呼ばれた声に微笑んだクインスは、その細く美しい人差し指を立て、「いけない、アントーニオ」と諭すような口調になった。
 「父上、と呼んではならぬと言っただろう?」
 他でもないその、時。
 禁断の、情事の時に父と呼ぶことは許されなかった。今、年齢を感じさせない透き通る美貌を綻ばせ、父は息子にだけ見せる柔らかい笑みを向けたから、アントーニオは瑞々しいその頬を薔薇色に染め、目を潤ませた。
 「では、何と呼べばよいのです」
 「おまえの好きに呼べばいい」
 重さを感じさせない指先が、アントーニオの頬を捕らえた。両手を頬に添え、意識する間に唇が触れた。優しく啄ばむような口付けから、そのうちに深く深く、探るような口付けへ。やっと解放された時、アントーニオは殆どその場に崩れ落ちそうになって、やはり微笑いながらクインスに抱き抱えられた。
 「…父上のキスは、葡萄酒の味がします」
 ほう、と息をついたアントーニオは、ため息混じりに呟いて、父の腕に身を任せた。その息は熱を帯びて、父を喜ばせる。まるで出来の悪い我が子を慈しむように、また父上、と呼んだアントーニオを忍び笑いで許したクインスは、「そうだな、先程飲んだ酒がいまだ残っていたのだろう」とそう言いながら、
 「おまえも飲むか?」
 アントーニオを椅子に座らせ、傍らのテーブルからワインのボトルを手に取る。飲みさしのグラスに注いだそのままの動作で一口を含むと、アントーニオの唇からゆっくりと、その口内に流し込んだ。促されるがままに甘酸っぱいワインを飲み込んだアントーニオは、アルコールも手伝ってさらに頬を上気させながら、美しい父の顔を見上げる。

 その、今飲んだワインが、いつにも増して甘美に感じたのは気のせいではなかったに違いない。



*****
父上のキスは葡萄酒の味。

2005年08月07日(日) 恋の骨折り損。(クローディオ+シートン)


 「クローディオ様は何処に行かれたか?」

 コツ、と靴音を止めてアントーニオはそう問うた。問われたシートンは、つい今までの癖で平伏しそうになり、そうだ、今はこの方ではなく、新しい王がいるのだ、と思い出した。
 「は、先ほどまでこちらにいらしたのですが…」
 「そうか。ではまだ遠くにはいらっしゃるまいな」
 ありがとう、と僅かに会釈を残して、今にも去って行きそうなアントーニオを見た。今までのアントーニオならば、下々に向かってそんな台詞を吐くだろうとも思えない。ぽかんと見上げたアントーニオの傍らには、こちらも柔らかに笑みを浮かべたエミリアが穏やかにシートンを見遣る。
 「私も少し、クローディオ様にお話があるのです」
 クローディオによって、その真の姿を明かされたエミリアは、けれど知れたその後も、この方が落ち着くのだとしばしば以前のような、女装姿で現れた。今も、銀のドレスに銀の眼鏡をかけて、母親の微笑みを浮かべたエミリアに、シートンは内心、ほんの少しの親近感を抱いていたりして。
 それぞれにクローディオを探す用があるらしい。言い残して、今度こそ親子揃って歩き出した。その、背中を何をともなく見送っていると、傍らに姿を見せたのは、前をゆく二人の探し人。
 「クローディオ様…!」
 シッ、と人差し指を立てられて、尻すぼみ気味に声を殺したシートンを、にこやかな笑みを纏ったクローディオが見つめ返した。
 「何だか、手を繋ぎたいように見えはしないか」
 笑い顔のクローディオが指し示した先、そこにはいない人を探してゆっくりと先を歩む、二人の姿。
 「手を…?」
 クローディオの視線の先、どちらが先でもなく、同じ歩幅で肩を並べたアントーニオとエミリアの指先が、触れそうで触れない微妙な距離感で、歩みに合わせて揺れていた。
 「繋ぎたいのなら繋いでしまえばいいのに、それが何とももどかしい。それでいてつい妬いてしまったから、こうやって少し、意地悪をしてみたのだ」
 明るく笑うクローディオに、流されるようにシートンも思わず笑みを浮かべた。クローディオが妬いたという、その相手はエミリアだったか、アントーニオだったか。  
 それは、もしかしたら、シートンも。
 何ということもなく、そう思う。愛を知らないというアントーニオを、けれど誰よりも愛していたのはエミリアではなかったか。我が身を差し出してその命を守るほどに。そんな風に愛されていたアントーニオは、だからこそ母の為に、父の為に、自分を殺して生きてきたのではなかったか。
 「おまえも、そう思うだろう」
 シートンの表情を察して、クローディオが人の悪い笑みを浮かべる。
 一度は刃を向けた、かの人を。
 ”スグリ”の花言葉は切ない恋。恋に破れたばかりのシートンは、また、切ない恋を始めようとしているのかも知れない。



*****
マジカルサマー初見直後小話。

2005年08月04日(木) 涙。(昴雛)


 渋谷の目から一筋の涙が伝うのを見咎めた村上は、ゆっくりとした動作で読んでいた本を閉じた。

 「すばる。」
 泣いてる人を前に、泣いているのかと問うことはやめた。僅かに村上を見た渋谷も、涙を拭うことはしない。
 「ちょぅ悲しいんやけど、気にせんでもえぇよ」
 先回りしてそう言った渋谷に、村上は少し笑う。
 「気にせんでもえぇて、するに決まってるやん」
 笑いを滲ませて言った言葉には、渋谷もやはり笑いで返して。いまだ涙を流しながら、泣きながら器用に笑う。
 「そぅか?でもヒナにならえぇわって思うしな」
 そうされることを気に留めないのだ、と渋谷は言った。それは村上だから、他よりほんの少しだけ、遠慮がないのだと思う。人よりほんの少しだけ、互いの距離が近いのだと思う。
 「そぅいえば、」
 ちら、と渋谷の横顔を見やった村上は、なんでもないことのようにぽつ、と呟いた。
 「こっち側しか泣いてへんねんな」
 人差し指が、指差した先。
 村上の方を向いた、右側だけ。右目だけから渋谷は、涙を流していた。少し首を捻ってみれば、反対の左側はいたって普通に瞬きをしていて。
 「やってヨコや亮は、心配をするから」
 渋谷から向かって、左側には部屋を同じくした横山と錦戸が、こちらには気がつかず、談笑をしていた。二人には心配をかけたくないから、だから左側からは涙は流さないのだと渋谷は言う。別にそれは、村上が心配をしないと言っているのではなく。むしろその逆で。
 「心配は、ヒナにだけされとったらえぇねん」
 言った渋谷の笑い顔とは裏腹に、また一筋、涙が頬を伝っていく。ふと指を伸ばしてその涙を拭おうとした村上は、少し考えて、何もしないままその手を下ろした。
 「まぁ、えぇけどな。心配くらいいっくらでもしたるわ」
 
 言って笑った村上に向けて、笑いながら、渋谷自身が涙を拭い去った。



*****
カンイチネタ。

2005年08月01日(月) 甘えっこ。(亮雛)


 「俺、ヤスの気持ちがわかった気がする」

 ぽつり、と言った錦戸の声に村上はゆっくりと振り返った。
 「何の話?」
 唐突な錦戸の言葉は主語のない子供の会話のようで。まるで話が見えなかったから、村上は大きく首を傾けて訊ねた。
 「村上くん。」
 だから自分が何なのだ、とさすがに村上の話の見えなさは理解済みだったらしい。ちら、と村上を見上げた錦戸は「甘えたい気持ちがわかった」とそれすらが甘えたな口調になった。
 「ヤスみたいに甘えたいってこと?」
 「そぅ。俺も亮ちゃん、て呼んで欲しい」
 厳密には安田が「章大と呼んで」と言っても実際はそうは呼んではいないのだけれど、そんな行為すらが錦戸には羨ましいらしい。窺うようにこちらを見やる錦戸と目が合って、その様子がまるきり子供みたいで、村上は内心笑った。
 「わかったわ、亮ちゃん。ほんで俺は何をしたらえぇ?」
 お望み通りに亮ちゃん、と呼んで。成人を迎え、最近めっきり男前になった錦戸を、けれど昔のように呼んだ途端に、彼がまだ小さくて背伸びばかりしていた頃に戻っていく気がするから不思議だった。
 「膝枕をして欲しい」
 叱られているわけでもないのにぼそぼそと口ごもった錦戸が、みなまで言う間に膝に乗せ、当たり前のように頭を撫でてやった。時折り髪を梳きながら、そうされることが心地いいのか、錦戸はうっとりと目を閉じる。
 「なんやろなぁ、亮ちゃんは」
 この前から甘えたモードなんかなぁ?含み笑いのような村上の声が瞼の上から降ってくる。
 「…そぅかも知れへん」
 薄目を開けて覗き見た、村上は優しく微笑っていて。
 だって村上に甘えるのは気持ちがよくて。甘やかされると嬉しくて。まるで子供のように、もっと、もっと優しくして欲しいと思う。
 「俺、亮ちゃんには相当優しぃしてる思うで?やってこの寂しがり屋の俺が、亮ちゃんが寝るまで起きてたんやから」
 そうやって、笑って許してくれるから。いつまでも甘えていたいと、そんなわがままなことを考えてしまうのだ。



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前夜祭感想小話。

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