a Day in Our Life


2005年05月21日(土) 愛情∞(安雛)


 「あ〜、美味かったなぁ」

 その日は村上おすすめのイタリアンレストランで食事を摂り、店を出るとすっかり夜は更けていた。ネオンだらけの東京の空に比べるとまだ少しは自然味のある大阪の夜空にはうっすらと月が浮かんで、安田はその空に向かって満足げに深呼吸をした。
 「せやろ?俺も知り合いに教えてもろてんけど、女の子にもおすすめやと思うから今度連れてみ」
 安田の喜びように連れて来た村上も満足そうで、そんな事を言ってくるのに安田は、その村上自身が割と女の子向けの店を好む傾向がある気がする、とぼんやりと思った。だからたぶん村上に連れられる店を自分が気に入らなかったことはないのだと、それはつまり安田も同じような傾向にあるということだった。そしてそう思う頭とは別のところで、女の子と行くより村上と行く方が自分は楽しいのに、とそんなこともまた、安田は考えた。
 「せやけどヤスが誘いに乗ってくるなんて珍しいんちゃう?」
 安田の相槌がないことには気にも留めない様子で、村上はもう話を変える。食事だけでなく遊びの誘いも、大倉のように声を掛けられればまず断らないようには安田はいかなかったし、ましてや二人きりで出掛ける、などというのは初めてにも等しかったかも知れない。こう言うと理解されないことも多いのだけれど、急に誘われても心の準備が出来ない安田は、嬉しいのに付き合えずに断ってしまうことも多かった。それは決して迷惑だからとか気が乗らないとかそういう事ではなく、本当に、気持ちの切り替えがすぐには出来ないからだった。それは、村上からの誘いだと特に。
 だけど今日、やはり急に食事の誘いを掛けてきた村上に、その日に限って行きます、と返事をしたのはどうやら自分ひとりだけが声を掛けられたからだったかも知れない。
 大勢ならダメで二人ならいい、とか、何だか打算のようだけれど、正直に言えば多少の下心も混じって、安田はやはり、割増で嬉しかったのだと思う。だから普段はすぐにはつかない心の整理を無理にでもつけて誘いに乗り、それがまんまと楽しかったのだから今、嬉しくて仕方がない。
 「ヒナちゃんが誘ったからですよ」
 最近好んでヒナちゃん、と呼ぶ自分を村上は気にした風もないらしい。自分以外でも最近は大倉や時々は錦戸も、そう呼ぶことが多いからかも知れないが、そういえば反比例するように、昔はやたら”ちゃん”付けで呼んでいた横山や渋谷は最近そう呼ばなくなった気がする、などと今関係ないことを安田は考えた。
 「そんなん言うて、前からよぅ誘うけどおまえ、いっつも断って帰っとったやん」
 責める訳ではなくそう言って笑う村上に、安田は真顔で、
 「それは今日は、二人きりだったからですよ」
 ごくごくストレートに言ってみたのだけれど、どれだけ村上に通じたのかは分からない。
 最近、彼を好きだなぁとしみじみ思うことが多くて、それはどうやら言動にもよく出ているようなのだけれど、昔は厳しかったり、たまに意地が悪くさえ感じていた村上のことを、それでも単純に好意として見ているのは今も昔も変わらないような気はする。ただ最近は憧れに近い感情で、それを親近感として強く感じているのかも知れない、と安田は思う。近い将来そうなりたい姿として身近にある村上は、強烈な個性として安田にとっては大きな存在だった。たまに振り回されることもあるけれど、それだって嬉しいと思えてしまう、自分は少しエムっ気があるのかも知れないけれど。
 そうやって今、真顔で村上を見る安田の視線を受け止めて、村上は、分からないなりに笑い返した。安田の内心を分かっているのかいないのか、その好意を、気付いているのかどうかは分からなかったけれど。
 「あ〜何か俺、もぅこのまま死んでもええかも」
 空高い月夜を見上げて、あんまり気分がよかったので安田はそんなことをぽつりと呟いた。それはあながち嘘でもなくて、だってあんまり嬉しくて、幸せだったから。
 「今、死んでどないすんねん」
 俺らはこれからやろ?と笑う村上は、おまえが死んだら困る、とは言わない。何故か安田には決して優しくない村上は、けれど章大、と呼んだ。
 「章大。死んだらアカンよ」
 安田がそう呼ばれるのを好むと知って、普段は呼ばないくせにあえてそう呼んで。困るでも悲しむでもなくただ死ぬな、と言った村上は、どれだけ狡いのだろうと思うけれど。まんまと安田は嬉しくて、やっぱりこのまま死んでもいい、とぼんやりと思った。



*****
明★萌え。

2005年05月15日(日) 平成夢男千秋楽。(横雛)


 この光景は見たことがある、と安田は思った。


 そういえば去年のこの時期もここで同じ舞台をやっていて(去年の方が期間は長かったけれど)、やっぱり千秋楽で横山くんが泣いてしまって、いや、実際には泣き顔それ自体は見てはいないのだけれど、とにかくそうやって、ひとつの仕事をやり遂げた横山くんが安堵して弱味を見せたのは、一人の存在のせいだった。
 カーテンコールで、ステージ前に立ち横並びに挨拶をするメンバーの中、横山くんがいない、と思ったら端の方で遠慮がちに立っていた。最後の最後なのに、って視線を送ってもまるでこちらには気付かずに袖ばかり気にしている。何かあったんかな、と思う俺の目線に気がついたらしい、ぼそりとマルの声がする。
 「村上さん、来てたんや」
 目敏くマルが見つけた先、上手の袖の際まで立った村上くんが、横山くんと、ステージ全体と、客席を見ていた。客席からの鳴り止まない大拍手の中、聞こえるはずはないのに村上くんの両手から鳴る拍手が耳に届くようで、おかしな話なのかも知れないけれど、それでやっと俺もあぁ、終わったんやなぁ、って実感として沸いてきた。


 「内がみんなにお疲れさま、って」
 こんな日だからこそ俺は内といる、と言って病院にいた村上くんは、面会時間が終わる前に内に背中を押されるように、劇場に向かったらしい。内の伝言としてまずはそう言った村上くんに、すばるくんが「ヒナからは?」と当たり前のように問うて、それでやっと村上くんは「俺からも、お疲れさん」と言って笑った。
 思えば関ジャニ8として、ユニットが出来る前からも、このメンバーで仕事をする時に、村上くんが欠けたことはなかったのだと思う。だからたぶん俺は知らなくて、俺は見たことがなかったのだ。横山くんが泣くところなんて。
 それを知ったのは去年のこの舞台で、村上くんがいないことで場を切り盛りした横山くんの、胸中は横山くんにしか分からなかったけれど。もしかしたら単純に、仕事のプレッシャー云々などではなく。ただそこに彼がいない、という、ただそれだけの要因だったのかも知れなかったけれど。もしかしたら村上くんが横山くんにとってのストッパーで、彼がそこにいたからこそ今まで自分達がやり遂げてきた夏の舞台や冬のコンサートで、横山くんはそこにいる誰よりも強くいられたのかも知れない。そう思いさえする、そんな弱さで今の横山くんはそこにいたのだった。
 村上くんの言葉にみんなそれぞれが達成感に満ち足りた笑い顔を見せる中、笑っているんだか泣いているんだか、むしろ怒ってさえいるような微妙な表情を伏せた横山くんに、ゆっくりと村上くんが近づく。
 「ヨコ。」
 お疲れさん、と言った。
 その労いの言葉はさっき全員が聞いたものよりも随分と小さい、それでいて優しい声色で横山くんの耳に届く。きっと誰の言葉よりも深く、その胸に染み入るであろう、唯一の。
 「…ホンマに、疲れたわ」
 ぼそりと呟く横山くんの声に、村上くんは苦笑して。疲れてるんはヨコだけ違うやろ、と言いながらもその髪を優しく撫でる。触れられた振動を利用して、まるでその為にそうなったのだと主張するように、ゆっくりと傾いた横山くんが村上くんの肩に頭を埋めて。距離が近づいたせいで今度は肘を曲げて、後頭部から頭を撫でてやる村上くんは、まるで母親のようにも見えた。されるがままの横山くんは、きっとずっと、そうされたがっていたのだ。

 「…なんか俺、去年も同じ事言った気がするけど」

 いつの間にか隣に来ていた亀梨が、遠慮がちに呟く声が聞こえた。
 「やっぱり横山くんは、村上くんがいてこそなんだよね」
 そして去年と同じくやっぱり互いに顔を見合わせて。曖昧に笑うしかない俺達は、来年こそ全員で出来ればいい、と声に出さずにそんなことを思った。



*****
みんなお疲れ。

2005年05月13日(金) 平成夢男感想文。(ニシキド+ヨコヤマ)


 「ヨコヤマさん」

 ねっとりとした声に呼ばれて、振り返ると同じくらい粘着質な視線がヨコヤマを捕えた。知っている目だ、と思った。まるで鏡を見るように、ニシキドの昏い目がヨコヤマを見ていた。仄暗く、底が知れない。それはいつか、鏡を覗いた自分の沈んだ瞳と同じ色をしていた。
 「まだまだ足りませんよ」
 まるで欲望のままに、ニシキドはそう言った。それが彼自身のものか、彼の黒いスーツの内ポケットに潜む手帳がそう望んでいるのか、ヨコヤマには判断しかねた。ただ新聞記者として、面白ければそれでいいんだ、とニシキドは言った。
 「映画の為なら人の一人や二人、死んだっていいじゃないですか」
 あなたの為でもあるんです、と嘯くニシキドが、そんなことを望んでなどいないことを知っていた。いや、望んでいないというのは違うかも知れない。それがヨコヤマの為ならニシキドはそもそも協力したりなどしない。映画のヒットがヨコヤマの為にならないことを知っているから、ニシキドにとってはそれ自体はどうでもいいことなのだ。
 「そんな事をする必要性って、ありますか?」
 ゆっくりと口を開いたヨコヤマの声は、自らが思う以上に淡々としていた。ヨコヤマにとってもそれ自体がどうでもよかったのかも知れない。
 「それはあなた次第でしょう」 
 歌うようなニシキドは、楽しんでいるようにさえ見えた。それは本当に、ただ楽しんでいるだけなのかも知れない。世の中に起こる事件の全てを。人の生死でさえ。
 「私は映画の為、あなたはジャーナリストとして生き抜く為に、どんな手を使っても構わないということですか」
 その為に人の死ですら厭わないと言う。同じように嘯いたヨコヤマの言葉が肯定なのか否定なのか、それだけでは分からなかった。探るようにゆっくりと持ち上げた視線がまた少し絡んだ。見遣るニシキドの目線もゆらりと揺れる。
 「当たり前じゃないですか」
 だから本当に、頼みますよ、と近づいたニシキドの手がヨコヤマの肩に触れる。五本の指が絡みつくようにヨコヤマを捕らえる。逃がさないように、それはニシキドの無言の圧力のようにも思えた。
 「何を、躊躇ってるんですか。それともこの期に及んで正義でも掲げるつもりですか?」
 瞬間、刺すようなニシキドの視線がヨコヤマを射抜いた。
 「あなたはもう、人を一人殺してるんですよ」
 視線より鋭いニシキドの声は、押し殺すことによって震えてさえ聞こえた。悔しいのか、悲しいのか、やるせないのか、いっそそれら全てをないまぜにした表情で、声色で、ニシキドは、ヨコヤマを捕らえて離さない。
 「……分かっとるわ」
 だらだらと顔を背けて、ヨコヤマはニシキドから離した目を伏せた。ニシキドの言葉の意味を理解して、無意識のうちに口調が変わっていることにヨコヤマは気付かない。痛みに耐えるように、搾り出すような声が橋から滑り落ちて、水中に沈んでいく。その軌道を見送ったニシキドが、視線を戻す。ゆるりと唇を歪めてヨコヤマを見た。
 「ところで、ご存知ですか。あなたの映画のモデルの渋谷スバル。その弟は、心臓を患っているらしいですよ」
 ニシキドの声が耳に届いたか届かなかったかのうちに、ヨコヤマが勢いづいて顔を上げる。目が合ったニシキドは、薄らと笑っていた。
 「おや、ご存知なかったですか?亀梨カズヤの網膜はく離や渋谷スバルの頭蓋骨骨折を知っていて茶番を仕組んだあなたも、その弟の心臓病までは知らなかったんですか。それとも、」
 一旦言葉を切ったニシキドが一歩足を進める。互いの息がかかる程の至近距離で、殆ど殺されそうな鋭い視線が瞬きもしないで降りかかる。
 「知らないふりをしていただけですか?」
 「…ホンマに、知らんかったんや」
 低く唸るようなヨコヤマの声に、ニシキドは鼻で笑う。まぁ、どっちでもいいんですけどね、そんなのは。知っていたからってあなたに何が出来るわけじゃない。そもそも、するつもりもないでしょう?
 「だってあなたはそうやって、ムラカミさんを殺したんだ」
 そうでしょう?とニシキドの声が言う。歌うようなその声が、捧げているのは鎮魂歌だったに違いない。



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捏造にも程がありました。

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