a Day in Our Life


2005年03月22日(火) 隣の芝生。(丸+亮雛)


 「マルはええ子ですよね」

 ぽつりと呟いたその声が独り言なのか、自分に話し掛けられたものなのか、分からないので一応、村上は声の主を振り返った。
 目が合うと”ね?”ともう一度確認のように促されて、そうやね、と答えた声は少し浮ついていたかも知れない。そもそも(一応)年上を捕まえて”ええ子”ってそれもどぅやねん、と、そんなツッコミは錦戸には意味がなかったかも知れなかったけれど。
 「何でそぅ思ったん?」
 彼の性格上、誉めるよりは落とし込む方が多い、それが丸山のことなら尚更。本人にとっては幸か不幸か、丸山は、そういうキャラクターなのだった。それでも丸山自身がそうやって、いじられることで愛情を示されることに、最近はまんざらでもないようだから、それはそれで健全な姿なのだろう。
 「やって、実際そうでしょ。本当のことをしみじみ思ったんですよ」
 事実には違いないけれど、錦戸の言葉には含みがあって、それは昔から、錦戸はそうなのだった。言葉の裏を読ますような、まるで駈け引きのような、そういう会話が好きなのだった。
 「それは何、亮にとって?それとも俺にとって?」
 だから村上は、そんな聞き方をしてみた。
すると錦戸は嬉しそうに笑って、そんなん、決まってるでしょ、と言った。
 「村上くんにとって、ですよ」
 「俺、か?」
 「そうですよ。分からへん?」
 こと村上には特に従順な、丸山の姿を思い浮かべる。
 まるで飼い主に対するように、その姿は忠実で、絶対に思えた。いつからそうだっただろう、素直な眼差しで村上を見る柔和な目に気がついたのは。遠くから、近くから、そうやって村上を気にして見ていた。たぶん村上には、そういう視線が必要で。要するに、一人が寂しい人だから。
 「…だから、マルがおってよかったな、と思う時もあるんです」
 たまにですけどね、と笑う錦戸に、僅かに小首を傾げた。
 「好かれるんは好きでしょ?気にされるんも好きですよね。あなたは視線に敏感やから、マルが遠巻きに見ている目線もちゃんと気付いて、そうされるんも嫌いやない筈や」
 言って錦戸は一度言葉を切る。村上が黙って続きを聞くのを、肯定と捉えた。
 「だから、そうやって村上くんの精神が安定するんやったら、それはそれでええんやろなって思ったんですよ」
 「…ほな、亮の精神状態は?」
 ぽつ、と村上が返した言葉はやや意表をついて、けれど錦戸はますます笑みを深めて、
 「それはまぁ、その時々ですかね。だからたまにやけど、って言うたでしょ?」
 基本はムカツキますよ。それは、やっぱり。
 錦戸の言葉に村上は笑う。それがやきもちを妬かれて嬉しかったからなのか、単に発言自体が面白かったからなのか、錦戸には分からなかった。



*****
何故こんな話を書いたのかよく分からない…。

2005年03月10日(木) 流れ星。(横雛)


 「流れ星?」

 フロントガラスの向こうを見る横山がぽつりと呟くのを聞いたか聞かなかったかの間に、運転席の横山がハンドル一杯まで体を折り曲げて、上目遣いに空を見上げているのが視界に入った。きちんと前を向いて運転して欲しいねんけどなぁ、と内心で肩を竦めながら、それでも村上は横山の視線を追う。
 「ちゃうわ、あれは…ロケット花火?」
 横山の横顔と前方を交互に見遣った村上の目線の先には、一筋の光の線。なるほど流れ星のようにも見えたけれど、弧を描く光の粒はやはり、花火なのだろうと思う。こんな季節外れの花火を、どこか遠い先で誰かが放ったようだった。
 二人がじっと見つめる間に、あっという間にその唐突な光の線は流れて、消えていった。
 「…流れ星なんか、こんな中途半端な時間に見れる訳ないか」
 一人ごちるようにぼそぼそと言った横山は、それでようやく背もたれに体を倒す。そう言えば思い出した、と横山が言うには「流れ星を見ても何をお願いしょ、考えてる間に消えてまうって、ホンマやってんや」と、ついこの間何かで読んだのだと言った。まるで悔しがるようなその様子が幾分子供じみていて、村上は知らず笑い顔になった。
 「もしあれがホンマに流れ星やったら、ヨコは何かをお願いしたん?」
 「俺か?」
 俺は、と言い淀んだ横山は、気乗りしない様子で別に、と嘯く。むしろ照れているのかも知れないとは村上でなくとも分かっただろう。ハンドルを握って、前方に集中する振りをしながら助手席を見ようとしない。
 「…そんなん、実際ちゃうかってんから意味ないやろ」
 「まぁ、そやけどな」
 村上にしてみれば、ちょっと聞いてみたかっただけなのだけれど。今日を生きる横山がこの時点で、何かを叶えられるとしたら、一体何を願うのかを。それは、くだらない願いかも知れないし、切実な願いかも知れない。神頼みが似合わない、横山がそれでも何かを願うとしたら。
 「大体、願いごとは人に話して聞かせたら意味ないやんけ」
 「意味がないとは、俺は思わんけどな」
 ゆっくりと顔を横に向けて、隣の横山を仰ぎ見た。
 「俺が何を願うか言ぉか?”ヨコのお願いが叶いますように”って、やから俺には聞く権利がある思うねんけど」
 ハンドルを握る横山の手と、正面を見据える横顔が僅かに揺らいだ、ように見えたのは気のせいだったかも知れない。薄らと微笑う村上の視線の先で横山が、
 「……アホか、」 
 早口で呟いた口調も。
 それでも口を閉ざす横顔を見ていると、居心地悪そうに体勢を修正した横山が、更に早口になって、言った。
 「また見れますようにって祈るわ」
 「え?」
 「流れ星を、一緒に」
 「…」
 誰と、と聞く前にそれきり黙った横山が、今度こそ本当に照れたのだと知った。それを茶化すことも出来たけれど、単純に村上は嬉しくて、だから。
 「そぅか。ほな二人分の願いやから絶対叶うな」
 「…出た、ポジティブ村上」
 思い切り顔を顰めた横山に、遂に声に出して笑った。



*****
途中までは実話です(笑)

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