a Day in Our Life


2004年12月31日(金) 越年2004。(横雛)


 2004年の終わりまであと数分に迫った時。先輩達がカウントダウンの準備を始める中、音もなく、するりと触れてきたものがあった。

 袖の長い衣装に隠れるように、それが横山の指先だと気がついて、村上は驚いて隣の横顔を見上げる。まるで澄ました顔で前を見据える横山は、それでも村上の視線に気がついて、また少し繋いだ手を袖口に隠す。
 「…どないしたん」
 周囲は年明けの興奮に包まれて、きっと必要以上におとなしい自分たちなんかには気付かなかっただろうけど、一応は声を潜めて村上は問うてみる。答える代わりに指先に力が篭もって、やがてぼそりと呟く声が聞こえる。
 「カウントダウンやなぁ、思て」
 それが年明けという事実を指しているのか、それとも今、行なわれているコンサートそれ自体を指しているのか、村上には一瞬、判断しかねた。両方かもしれない、と思う。もう数年続けているラジオで、年末が来るたびに今年は出ます、と冗談で言い続けていたこの集大成的な催しに、まさか本当に今年の自分達が出ることになるなんて思わなくて、そうでなくても今年は、まさか、と思うことが多かった。
 それもまた、夢で終わらせるつもりはなかったけれど。
 そればかりに囚われることもないだろうと思っていた、CDデビューを今夏に果たし。それに付随してメディアへの露出が増えた。媒体を問わず、それは単純に仕事の量を増やし、特に今年の後半は、胸を張って充実していたと言えただろう。やるべきことは存分にやれたと思う。やり残したことももしかしたらあったかも知れないけれど、それは来年以降に、やっていけばいいのだと思う。
 あるいは隣に立つ横山も、そう思ったのかも知れない。
 華やかなステージの上に立つ自分達。不恰好な階段を一歩ずつ上がって、やっとここまで辿り着いたのだと思う。周りを見遣れば離れることがなかった仲間が、やはり両足で側に降り立つ。
 一層騒がしくなったホール内で、先輩達がそれぞれに腕を掲げていた。
 「今年も終わりやね」
 ぽつり、と村上が呟く。
 いい一年だった、と言葉にしないまでも、繋いだ指先から伝えられた気がした。黙って頷いた横山は、その唇で今年最後の言葉を紡ぐ。
 「来年もよろしく」
 今年一年ありがとう、というよりは。来年も変わらず横山裕をよろしくと、言った横山の言葉に村上は、満面で笑みを浮かべる。そんなもの、よろしくされなくても必ず面倒見たるのに。
 カウントダウンが始まる。互いに集中していた意識を会場に戻して、輪に入ろうとした時。
 「何、おまえらだけでイチャついとんねん」
 言ったか言わないかの間に、渋谷の手が村上とは反対側の手を繋ぐ。はっとしてそちらに意識を向ければ横並びに並んだ8人分の、輪。村上の右手には錦戸の手の平がするりと滑って、思わず「おまえらは、」と言いかけた言葉をみなまで言わせないまでも、理解したらしい錦戸がウインクを寄越した。
 「大丈夫ですよ、ほら」
 見れば錦戸の右手には小山の長い指先。小山からその先へ。輪が繋がっていく。
 「ほんならエエわ」
 笑った村上が、それならば、と横山と繋いだ手を大きく天に掲げた瞬間に。
 『ア・ハッピー・ニュー・イヤー!』
 2005年の幕開け。
 
 どうか今年も健やかに。実りある一年でありますように。



*****
牛紺前にムダ予想(希望)

2004年12月27日(月) すき。(丸安)


 「俺、もう分かったわ」

 そう言った安田は笑ったような気がした。
 「何が分かったん?」
 「俺はマルのこと好きやってことが」
 「?そんなん、」
 前から知ってるで、と言おうとした丸山は、そういえばでもはっきりと言われた訳ではないし、そう思っていたのは自分だけで実は安田は違ったのかも、と思いつき、それ以上が続かなくなってしまった。
 「…そうやったん?」
 それでやや小首を傾げながら安田に向き合えば、満面の笑みが返って来る。
 「そう。俺はマルの全部が好きやわ」
 その暖かい笑みと不釣合いに、言葉には含みがあるように思えて、丸山は更に首を傾げる。おかげで左上がりに、肩がやや不自然に傾く。そんなアンバランスな丸山の様子を見て、安田はまた少し笑った。
 「全部?」
 「うん。村上くんを好きなマルごと、俺は好きです」
 最近よく日本語が不自由だ、といじられるようになった安田は、今も何だか不自由に、勝手に言葉を締めくくってしまった。言い切られてしまうとどう返事を返せばいいのか分からなくなって、とりあえず丸山は、ここにはいない第三者の名前を反復した。
 「村上くん、」
 「好きなんでしょ?」
 呟いた言葉を聞き逃さない、間髪入れずに安田の問いかけがやってきたので、思わず二つ返事で頷いてしまった。
 「好き、やけど」
 その”好き”が果たしてどういう意味合いの”好き”なのか、安田が言った”好き”の意味も微妙で。
 「やからね。マルが村上くんを好きでもええよ。それをひっくるめて俺はマルを好きなんやなって」
 そう思ったんよ、と言われた丸山だって、安田のことが好きなのだ。不器用だけど一生懸命で、感情が素直で涙もろくて。なによりその笑顔に救われる。
 「…もしかして俺ってモテモテ?」
 その安田に好かれている、自分にちょっとだけ自信が持てた、のだろうか。ぽつり呟いたら安田は優しい笑顔のまま、
 「村上くんは、マルのこと好きな訳と違う思うけどね」
 それでも好きなんでしょ?と言った。
 それがきっと、だから一体どっちなの、と言われる理由なのだろうけど。安田のことは好きだけど、村上に構われると嬉しい。必要とされると嬉しい。安田とは違う笑い顔をじっと見る。何が違うのだろう、と思うけれど。きっと何もかもが違うに違いない。
 「村上くんと一緒におるようになって、マルは変わったって大倉が言うたやろ?ポジティブになってきた、って。俺は村上くんより長くマルとおったけどそうさせることは出来へんかったから、きっとマルにとって、村上くんは必要なんやと思うねん」
 ホンマを言うと、ちょぉ悔しかったし寂しかったんやけどね、と安田は早口で呟く。たぶんそれは本音で、でも丸山は、そのことに今初めて気がついたような気がした。
 「でもな、それでいて大倉は俺にマルをよろしくって言うねん」
 内にも言われてん。マルちゃんはやっさんを好きやでって言うねん。それに乗せられたとかやないんやけど、でもちょっとだけ調子に乗ったかも知れへんけど、とにかく。
 「色々考えて、やっぱり俺はマルが好きやってん」
 四度目の”好き”をくれた安田は、とても晴れやかに笑っていたから。
 「俺はね、」
 丸山も口を開く。喜ぶべきか傷付くべきか、あんまり曖昧で判断を保留してしまった言葉。
 「村上くんが寂しい時は村上くんをよろしくって言われたんやけど」
 「誰に?」
 「村上くんに」
 明らかに安田が微妙な顔をしたので、B型の村上くんやったけどね、と言えばやっと納得したように苦笑いを浮かべた。酔っ払った村上が、独り言のように呟いた台詞。
 「村上くんにとっても、都合がいいだけやなくて、俺は必要なんやって。そう言われてちょっとでも嬉しかった、それでもええの?」
 丸山自身も何だかよく分からない。それを”好き”と言うのか。恋と呼ぶのか。
 「やから、それごと好きやって言うたやん」
 まっすぐに見つめてくる安田と目が合った。それはどういう自信なのか、揺ぎ無く笑う安田は、それにたぶんマルは大丈夫、と続ける。
 「村上くん、面食いやもん」
 その言葉に深く納得した丸山も、釣られて笑ってしまった。



*****
2004栗より生還ポエム。(がこれってどう…)

2004年12月21日(火) もしもピアノが弾けたなら。(真澄+研二)


 柔らかい音色が聞こえて、歩みを止めるまでもなく真澄は、ふと顔を上げた。

 研二にしてはたどたどしい、その音は足先の部室から聞こえてきた。けれどその優しい旋律は、真澄を惹きつける。今まで耳にしたことのない音楽だった。誰だろう、と訝しむというよりは単純な興味で、部室のドアを開けたその音に反応して、音色はぴたりと止んだ。
 「…康平さん?」
 開けたドアの奥、こちらに向けた背中がゆっくりと振り返る。鍵盤を離れた指を椅子に置いて、体ごと向き直る。
 「ピアノ、弾くんですか」
 もしかしたらその質問は、あまりに素直すぎたのかも知れない。康平さんがピアノ弾けるなんて知りませんでした、と言った真澄に康平は、黙って微笑んだ。
 「昔、ちょっとな」
 言いながら立ち上がってもう、ピアノの蓋を閉じてしまった。




 「実はな、あえて言わへんかったんやけど」

 それでも研二は珍しく、まだ言い淀むような表情をした。
 「口止めされた訳やないし、そもそも俺がそれを知ってることを康平さんが理解しているのかどうかはわからへんけど。康平さんの家は、著名な音楽一家やねん。康平さん自身も昔は有名なピアニストやったんや。けど事故に遭って、指を…怪我してもうて」
 日常生活には問題はなかったけれど、その怪我は、ピアニストにとっては致命的だった。ましてやプロを目指そうとする者にとっては。
 「それで康平さんは、あっさりピアノを捨てた。もちろん本人に聞いたわけ違うから、推測でしかないんやけど。そんなに最近の話でもないし、その後ぱたりと姿が消えた康平さんに、まさかこんな所で会うとは思わへんかったから、初めて康平さんを見た時は驚いたわ」
 これは、憶測に過ぎへんのやけど、と言った研二の表情が僅かに変わった。
 「ピアノを捨てたと思ってた康平さんは、今でもピアノを愛してるんと違うかな。推理小説家を目指す康平さんがわざわざジャズ研に入ったんは、どこかで繋がっていたかったんやと思う」
 珍しく饒舌な研二が、熱っぽくすら見える、と真澄は思った。
 「俺な。実は、康平さんに憧れてたんや」
 研二が落とした視線の先、黒いピアノに反射して、ありし日の康平を見た気がした。
 「真澄は知らんやろうけど、あの人のピアノは、本当に美しかってん。やから俺は康平さんがまだ、ピアノをやめてへんかったことが嬉しい」
 次は俺も聞きたいわ、と言った研二を見て、直ぐに目線を逸らした。
 「…人には聞かせたくないみたいやったけどな」
 真澄に気がついた瞬間に鍵盤を離れた指は、再び戻ることはなかった。それはやんわりと拒絶されたのだと思った。それでも耳が、あの旋律を忘れない。
 「そぅか…、」
 同じピアニストとしてそれも分かる気がする、と顔を曇らせた研二に、後日談があったことを真澄は遂に言いそびれた。



*****
これも続かなかったなぁ…。

2004年12月12日(日) マリア。(亮雛)


 「……ごめん」

 「亮」
 「ごめん」
 「何が?」
 「ごめん」
 「何で亮が謝るん」
 「…村上くん、ごめん」
 どう問い掛けても、錦戸はただ謝るだけだった。村上は困惑して、目の前の錦戸を見遣る。目が合って、またごめん、と言われた。
 「何がごめんなん。言ってくれな分からへんよ」
 それはただ分からないのか、それとも分かろうとしないのか、と錦戸は思う。聡いように見えて案外鈍い村上の、それは要するに関心と執着の問題なのだ。彼にとって大事なものとそうでないもの。錦戸のことを”分からない”と言うのなら、それは彼が理解する努力をしないだけなのだと思う。
 そんな薄情な人を、けれど自分は好きで。
 その人が、自分ではない他人を愛していると知っている。
 彼の執着を一身に受ける相手が極度の妬きもちやきだと知っていて、それでも彼を好きでいることを止めない。止められない、のかも知れないと思う。
 だからこそ、その不純を。その非生産性を詫びているのに、彼はそれに気づかない。
 「ごめん。」
 「……亮、」
 今度こそ村上は困った顔をして、それからこの局面をどう乗り切ろうと思案を始める。分かったふりをして頷くのならそれでもいい。それを自分は都合よく、肯定と捉えるから。

 「あなたを好きで、ごめん」

 それでもあなたは笑って赦してくれる?



*****
結局そこに行き着くわたしですみません。

過去 未来 目次 マイエンピツに追加