2002年04月08日(月) |
『ファンシー』(内ヒナ?) |
「痛・・・」 J3の楽屋で空き時間に台本を読んでいた村上は、台本をめくろうとして紙で手を切ってしまった。 構えていないことなのでダイレクトに痛みを感じてしまい思わず声に出すと、楽屋のもう一人の住人である内が駆け寄ってきた。 「どしたんですか?」 「手ぇ切ってもーた・・・」 ほんの少しの切り口なのだが、場所が悪かったのか思った以上に血が出てくるのを見て顔を顰める。 ティッシュか何かで抑えようとしたが見当たらずどうしようかと悩んでいると。 「僕、バンドエイド持ってますよ!」 見かねた内が立ちあがると、かばんの中を漁り始めた。 物持ちええなあなんて思いながら待っていると、ニコニコしながら内が戻ってきた。 「はい、どうぞ!」 言われて「ありがとな」と受け取ろうとしたが、その手が止まった。 「どうしたんですか?」 いつまで立っても取らずに躊躇っている村上に、不思議そうな表情を浮かべた内が問い掛けてくる。 「どしたんって・・・これ・・・」 村上が指差した先には、全体ピンクにサンリオのキャラクターの絵が入っている『バンドエイド』があった。 確かにバンドエイドなわけだが。しかし、その柄が予想もつかなかったもので。 「妹にもらったんです。かわいいでしょ?」 このファンシーなものを普通に「かわいい」と言う内に、村上は呆れというよりも感心していた。 取るのを躊躇う自分に対して、かわいいと言って差し出す内。 ここが年の差なんか・・・・などと村上は思った。 しかしいつまでもそうしてるわけにもいかず、仕方なしに受け取ると傷口にあてる。
自分の指にキャラクター物のバンドエイド。 似合わなすぎていっそ笑える。 きっとヨコ辺りに見られたら「なんやそれ!?」と格好のネタにされるんやろなあ。
苦笑い浮かべながら眺めていると、「そうや!」と内がまたかばんを漁り出したのが見えた。 そして、手のひらに村上が巻いたものと同じ物を乗せて。 「これ、もう1枚あげます!」 「え?なんで?」 「だって、剥がれるかもしれないじゃないですか?」 「いや、そしたらバンドエイドを買うわ」 ずっとこのかわいらしいものをつけてるのもなんだし。そう思って言ったのだが内には通じてないらしく「ええから、使ってください!」と強引に手に握らされた。 「・・ありがとな」 「いえ!かわいいんやし、使ってくださいよ」 かわいいから使えないんやないか・・ そう思ったけれど、言ったところで「どうしてですか?」と言われるんだろうと思い言葉を飲みこんだ。 「まあ、確かにかわええと思うけど。俺のキャラちゃうからなあ」 「そんなことないですよ!似合いますよ、村上くん」 「そうかあ?」 「ええ、村上くんもかわいいから、似合いますって」 「は・・・・?」 突然言われた言葉に、村上は聞き間違えたんかと思ったけれど。 「村上くんはぬいぐるみとか絶対似合う思うんですよね!」 「ぬいぐるみ・・・?」 「クマのとか、ウサギのとか・・」 次々にあげられていくファンシーなもの達。 それらすべて自分とは縁遠い物ばかりで。しかし「かわいい」と「似合う」を連発する内にさすがの「ツッコミ隊長」の村上も反応することが出来なかった。 「今度持ってきますよ、テディベア!」 目を輝かせんばかりに光らせて、嬉しそうに語る内に「本気や、コイツ」とさすがに危機感を感じた村上が止めようとすると。 「内、出番やって」 タイミングよく(?)歌の撮りが終った錦戸が入ってきて、次の出番である内を呼びにきた声に阻まれた。 「は〜い。じゃ、行って来ます!」 声と共に元気よく楽屋を出て行く内に、村上は何も言う事が出来ずにただ見送ってしまった。
好きな子に触れられるのは、恥ずかしいような照れくさいような気がするけど、やっぱ嬉しいわけで。 どきどきするけど、触れるよりも触れられるほうが、相手から求められてるようで嬉しい。 だから、この状況は嬉しいんだけど・・・・・・だけど、理由がわかんないからどうしたらいいのかわかんなくて・・・ アニの体温が伝わってくるたびに、そこに意識が集中しちゃって・・・・どうしたらいいのかわからなくて混乱する。 どうしたんだよ?普通に訊けばいいんだろうけど、聞いたらこの手が離れてしまいそうだし・・・自分が勝手に意識してるだけだったら恥ずかしいし。そんなこと思ったらやっぱり訊けなくて、さっきからみんなの輪の中に入ってても何しゃべってんのかまったく聞こえてこない。
「アニ、さっきからなにがしたいわけ?」 「へ?なにが?」 「なにがって、その手」
ぶっさんが指差したのは、アニの手の行き先。すなわち、俺の腕に絡まっているアニの腕。 それはつまり、俺が聞きたくても聞けなかったことだった。 試合が始まってからずっと、攻守が入れ替わってベンチに戻るたびにアニは俺のそばまで来て・・・・・腕を組んできた。 最初は、アニは人に触れるのしょっちゅうだからいつものことだろうって内心どきどきしながらも思い込もうとしてた。 だけど、2回・3回となって・・5回目になった時点でおかしいと思った。 けど、気のせいだろうって思ったら、ぶっさんが呆れたような表情を浮かべながら近づいてきて、言われて。 ああ、やっぱり変なんだって思った。けどアニは特に気にした風でもなく、一言。
「だって、寒いから」 「・・・・はあ?」
俺とぶっさんが、ハモる。
「だって、マスターはくっくと頭邪魔でウザイし、ぶっさんは体温低いし」 「心が冷たいから」 「ちっげーよ!手が冷たい人は心は暖かいんだよ!」 「いや、ぶっさんはもうすぐ死にそうだから冷たいんじゃね?」
・・・・さりげなくひどいこと言うよね、マスターって・・・ けどおかげで話が途切れたから、いいけど。 ちょっと凹みながら、ぶっさんがアニに話を促す。
「で、この前バンビに触ったら暖かかったからさ〜」 「じゃ、今日べったりなのは・・・・・」 「人間ゆたんぽ変わりってことか?」
マスターの問いに、きっぱりハッキリと頷くアニ。 それでか・・と納得するぶっさんたち。けど、俺は納得出来るわけがなく。 凹んだ気持ちとかが一気に押し寄せてきた。
「それだけ!?それだけで今日ずっと腕組んでたのかよ?!」 「だから、そうだって」
そうって・・・・そうだって・・・・ じゃあ、今日ずっとドキドキしてたのは、なんだったんだよ・・・・ そりゃ、勝手にどきどきしてたのが悪いんだけどさ・・・好きな子にそんなことされたら、どきどきするに決まってんじゃん!
「バンビは子供体温だからな」 「あ、そっか。バンビ童貞だからか」 「もう童貞じゃねーよ!!!」 「でもすてたのつい最近だから、子供体温なんだ」 「子供体温と童貞と関係ないっつーの!」
いつものオチに、凹んだ気持ちがさらに落ちていく気がした。
「もういいよ!」
むかついて勢いよく腕を放すと、アニがビックリした表情を浮かべる。 なんで俺が怒ってるのすらわかってないみたいで、そのことにさらにむかついてアニの顔みないようにそっぽむいた。
「大人げねぇ・・・」
ぶっさんが呟くのが聞こえたけど、そんなことわかってる。 わかってるけど、でもなんかむかつんだよ。
「バンビ」
アニの声がしたけど、振り返るもんかって背中を向けた。 ここで振り返ったら、アニはまた同じことするってわかってるから。絶対振り返らないんだ。
「バーンビ」
さっきよりも高めの声がして、それも近くで聞こえてきて。 後ろにいるのかと思った瞬間、背中に暖かい重みが伝わってきた。
「バンビ、なんか怒ってる?」 「・・・・・」
背中に感じるアニの体温にどきどきしてると、後ろからぎゅっと腕が回ってきた。
「じゃあ、今度は俺がゆたんぽになるからさ〜」
それならいいでしょ?なんて言われて。 そーいう問題じゃないって!と思ったけど、それよりもアニの体温が心地よくて・・・・・それに、どういう理由だってアニがそばに来てくれるのは、やっぱ嬉しいわけで。そう思ってしまった以上怒れるわけがなく。
「・・・・なら、いいけど・・・・」
言ったら、アニは安心したように嬉しそうに笑ってくれた。
そんな状態を、周りははんなりと見守っていた。 何かが間違ってる・・・そう思ったけれど二人の雰囲気に押されて何も言えるわけがなく。
「バカップル状態・・・・・」
呆れる他メンバーの呟きも、今のバンビには幸せな囁きにしか聞こえないのであった。
大学の論文も無事提出して自由の身になったってことで、久々に飲みたくなってマスターんとこに行ったけど。
「あれ、マスターは?」 「んー節子先輩がまた腐ったもん食べたって病院に付き添ってる」
返ってきたのはアニの声だけ。 ソファに座った状態で顔だけこっちに向けたアニの表情は赤く染まっていて。 結構飲んでるなって思った。 アニが一人でいるなんて珍しいな。 一人でいるのが大嫌いなアニは、店に来て誰もいなかったらそのまま帰るか駅前で誰か帰ってくるのを待ってることが多い。 曰く「一人で飲んでてもつまんないから」だそうだが、俺から言わせれば「寂しがりや」なだけだと思う。
「ビール飲む?」 「ん・・・っていいのかよ勝手にやってて」 「今更じゃん」
いいからいいから、と手招きされて仕方ない素振りを見せながらアニの前に座る。 まあ、今更っていえば今更だし。俺も飲みたくて来たんだし。 それに・・・・・
「一人じゃつまんねーしさ」
笑顔で言われて、帰れるわけがないじゃん。
「じゃ、カンパーイ」
上機嫌でグラスを掲げるアニ。 そのままグッとビールを飲み込む。 それにあわせて俺もグラスを傾ける。 久々に飲むビールはほどよく冷たくて、乾いた喉が潤っていく感じでかなりおいしい。そのまま一気にジョッキを空にする。 普段はあんまり一気ってしないんだけど、今日はすっげおいしく感じるからどんどん飲みたいと思える。ビールってこんなうまかったっけ?
「うっまーい!!」
向かいのアニも俺と同じようにジョッキを空にして、満足そうな笑みを浮かべるのを見て、なんで今ビールがおいしく感じるのか、わかった。
アニがいるから、なんだろうなあ。
アニが・・・好きな子と一緒だから。目の前に座って、笑顔を見せてくれるから。 だからビールもおいしく感じるんだ。 きっと、今何を飲んでても今までで一番おいしく感じるんだろうなあ。 こうやって、アニと2人きりなんて滅多にないから余計嬉しい。 2人で向かい合って、ビール飲んで。笑い合って。 それだけで幸せになる。 きっとぶっさんがいたら「バカじゃねーの」って言うだろう。2人だけなんだから他にやることあるだろーって。 そりゃ、アニとさ、そーいう関係になれたらいいなって思う気持ちもある。 けど、そいうのなしにして、二人きりでいられるだけでいいとも思う。こうやって、目の前で笑ってくれれば。 そーいう空間も大事だって思うし。それにもし俺が打ち明けて。こーいう空間もなくなったら・・・・ 気まずくなったら、嫌だ。 だったら、今のままでいい。充分幸せなんだから。
『それじゃいつまでたっても進展しねーよ』
いいんだ、ほっといてくれ!
『これでもそんなこと言ってられんのかよ』
悪魔の格好したぶっさんが笑ったと思った瞬間。
「あーうまい」
言葉とともに赤い唇を同じように赤いものが掠めていく。 それは単に唇に流れ落ちたビールを舐めただけだったんだろうけど・・・・
うっわ・・・・・・うっわ!!!
その仕草がつい最近見せられたAVの女優が男を誘う仕草を彷彿とさせて。 思い出したくないのに、どーしても思い出してしまって。 つうか、それ以上に・・・・・AV女優なんてメじゃないくらい、色っぽくて・・・・
「バンビ?」
小首をかしげて見上げるアニを目の前に見せられて。 俺の中の線が千切れる音がした。
「ア、アニ・・・俺・・・・!」
勢いとともにその細いカラダを抱きしめようとした瞬間。
「ただいまー」
マスターの声に我に返り、慌ててカラダをソファに沈める。 アニはなにも気付いていなかったらしく、そのまま声のしたほうへカラダを向ける。
「おかえりー。どうだった?」 「腹くだしてるみたいだから様子見で1日入院」 「またかよ!」
アニとマスターの会話を聞きながら、必死に平静を取り戻そうとした。
あぶなかった・・・・あぶなかった・・・・・!!! マスターがこなかったら・・・・・ あのまま、抱きしめてたと思う・・・・・・・・
でも!!アニも悪いだろ! あんな仕草するなんて・・・そうだよ、アニがあんなことしなかったらこんな風に思わなかったよ! アニが悪い!
『そーいうの、責任転嫁っていうんだろ』
悪魔のぶっさんが苦笑いを浮かべていた。
2002年04月03日(水) |
笑顔の行方(バンアニでぶっさん視点) |
野球部の練習が終わり、純に捕まる前に飛び出してきたというアニは、疲れのせいかビール3杯で潰れてしまった。 ここ最近では特等席になっているソファに転がって、純のことや野球部のことを話しているのに適当に相槌打っていたけれど。いつしか聞こえなくなった声に変に思いソファに近づくと、目を閉じて静かに眠っていた。 クッションを抱えたまま眠るアニに「おまえいくつだよ」なんて言いながら眺めていると、その視界が一瞬遮られた。 暗闇から開放されたと思ったら、目の前のアニに毛布がかけられていた。 いつのまにきたのか、バンビが隣にきて眠るアニに毛布をかけたらしい。
相変わらず、アニに関しては目ざといというか、まめというか・・・
そっと、毛布越しにアニに触れるバンビ。 その視線は、真っ直ぐにアニだけを捕らえてて・・・愛しいものを見るような・・・・慈しむ?そんな感じで。 自分が見られてるわけでもないのに、見てるこっちが恥ずかしいような、なんだかむずがゆくなりそうな視線で。
そんな視線を、もうずっと・・・出会った日からアニに送っている。
冷めてるふりしながら、アニがそっぽを向いたときいだけ見せる、バンビの顔。 アニの前では決してしない、バンビの素直な表情。 出会った頃はただ熱いだけの、高校卒業したときは戸惑いの、そして今は少しの切なさを含んだ視線。 アニが監督するようになって、前みたいに会えなくなって・・・監督という仕事にハマっていく姿が遠く感じられて。 『ダメ人間』だった、手のかかる存在だったアニがどんどん離れていって。 アニ自身が遠くにいってしまうように感じられると、監督にさせた張本人である自分でさえ思うのだ。 アニを好きなバンビは余計に感じられるんだろう。 今も、アニがそばにいて嬉しいんだけど、でも次はいつ会えるかわからないと。そんな不安もあるからこんなに切ない表情を浮かべているのだろう。
見てらんねーよ。
余計なことだとはわかっているけれど。 だけど、その表情を見ていると自分まで不安になりそうで・・・・・そんな姿を残したまま逝けないと、思った。
「バンビ」 「ん〜?」 「オマエ、このままでいいのかよ?」 「何が」 「アニのこと。好きなんだろ」
ビクっと肩をすくませたまま動かなかったけれど、知ってたよ。一言告げるとため息と共に顔をあげて自分のほうへと向けてきた。
「・・・気付いてた?」 「そら、オマエの態度見てればな」
わかりやすいからな。言うと少しむっとした表情を浮かべたけれど、すぐに真剣な顔へと戻った。
「アニも気付いてる・・・・」 「わけねーだろ。もっとも、気付かないのはアニくらいだろうけどな」
その言葉にほっと安心したような表情を浮かべるバンビ。 あんなに真っ直ぐな視線を送っているのに、本人には気付かれたくないらしい。 仲間だからとか身近すぎるとか男だとか、理由はたくさんあるのだろうけど。 けれど一番の理由はきっと「フラれるのが怖い」んだろう。 フラれて、傍にいられなくなるのが怖いんだろうと思う。その気持ちはわかる。 けれど、この関係のままならば、ずっとそばにいられるなんてことは出来なくなる日がくる。 それは遠い未来かもしれないし、近い将来なのかもしれない。 アニに好きな人が出来たら、この関係はきっと崩れる。 バンビの心も崩壊するだけだ。
「このままでいいのかよ」 「だって・・・・告白して気まずくなったらヤだし・・・・それならこのままでいたほうがいい」
ああ、やっぱりな。 だけど、その目は「諦めてない」って物語ってる。このままじゃいやだと。アニに触れたいって、誰よりもそばにいたいと願ってる。
だったら、キッカケをつくればいいってことだろ。
「なら、俺がもらってもいいんだな?」 「え!」 「俺だってアニをずっと見てきた一人だぞ」 「え・・・・ぶっさんも?」
驚きに充ちた表情を浮かべるバンビを真っ直ぐに見据える。 静かに頷くと、表情は真剣なものにかわった。
「・・・俺が、アニに告ってもいいんだな?」 「・・・ダメだって!」 「なんでダメなんだよ。オマエはする気ないんだろ?」 「うん・・・」 「今のままでいいんだろ?なら俺がしたって別にいいだろーが」 「それは・・・・・」
バンビは視線を外して、アニをじっと見つめていた。 眠るアニをただじっと。それ以外何も出来なくなったかのように。 見つめ続けていた。 俺もただひたすらバンビの答えを待っていた。
そうして、数分・・・・何分たったのだろうか。 アニから視線を戻して、真っ直ぐに視線を合わすバンビに合わせて、俺も真っ直ぐに前を見つめた。 視線がぶつかった瞬間、
「わかった。言うよ」
ハッキリとした声音で言われ、それが本気なんだと思った。
「うまくいかなくても、普通にしててよ!」 「わーかった」
苦笑いを浮かべながら言っているけど。 それはきっとないだろうと宣言できる。 うまくいかない、なんてことはないだろう。
きっとうまくいく。 だって、バンビを見るアニの視線も、オマエと同じだから。 オマエは目をそらすから気付いてないだろうけど。 お前ら二人、同じことしてんだって。さっさと気付けッつーの。
「ぶっさん・・・・ありがとな」 「おう」
照れたような顔を浮かべるバンビに、笑顔を返してやると安心したように笑った。
「じゃ、俺帰るわ」
二人に背を向けて、バンビを残して店を出て、「はああ」と深呼吸を1つする。
肩の荷が下りたって、こーいうことを言うんだろーな。
安心したような、だけどほんの少し寂しいような気もするけれど。 空を見上げると、雲1つないのだろう。いっぱいの星が見えた。
きっと、明日は晴れるだろう。
そんな予感がした。
2002年04月02日(火) |
届きますように(バンアニ) |
「あ・・・・・」
学校の帰り道、神社を通り過ぎようとしたら階段に座りこんでるアニを見つけた。
「よう、今帰り?」 「あ、ああ」
なんでこんなとこにいるんだ? 神社を通りすぎたらすぐ目の前にアニの家がある。なのにわざわざここにいるわけは、なんだ? もしかして。いつも遠回りしてることを悟られたんじゃないかって思って、ビクつきながら答えた。 けれど気にした風ではなく「ふ〜ん」なんて力ない返事が返ってきて、俯いてしまった。 その様子がいつもと違っていて、どこか元気がない気がして、このままにしておけないって思った。
「なに、やってんの?」 「ん〜・・・親がうるさくてさ。出てきた」
力なく笑うアニ。 家にいると親の視線がイヤだと、以前言ってたのを思い出した。 アニの甲子園行きがパーになってからというもの、親からの期待は一切なくなり。その変わり純が活躍するようになり、功績を残すたびに比較されてたらしい。 「純くんはがんばってるのにねえ」なんて近所のおばちゃんが話してるのを聞いたことがある。 小さな町では、噂話や情報などはすぐに広まるから。アニの変わり様と純の勇姿は井戸端会議の格好のネタになっていた。 『甲子園に行けなかった』というレッテルを貼られて、比較されて噂されて。その姿を見るたびにムカムカする気持を押さえてた。 俺でさえそうなんだから、当事者であるアニはもっと辛いんだろうな。 外でも言われて。中でも言われて。
「アニ・・・・・」
小さく丸まって座るアニの横に静かに座った。 何が出来るわけじゃないけど、一人にするなんて出来ないし。 何より、そばにいたかった。
「マスターんとこ行く?」
とにかく、この場所から離そうと思って言ったけれど。少し間が空いたあと首を横に振られて、それ以上何も言えなくて困った。
こーいうとき、自分の不甲斐ないとこがイヤになる。 思ったことをうまく言えない。言いたいことは・・・・伝えたいことはたくさんあるはずなのに、言葉にならない。 きっと・・・・ぶっさんならうまく言ったんだろうな。 いつもいつもアニが落ちこんでたり泣いたりしてるとぶっさんがそばにいて。ぶっきらぼうにだけど、最後には必ずアニを笑顔にさせてる。
自分が欲しいポジションを、ぶっさんは持ってる。
それに嫉妬したりもした。なんで出会ったのがぶっさんより遅かったんだろうって悔んだときもあった。 今も、自然とぶっさんを思い浮かべてて。自分に出来ないことに悔んで嫉妬して。
悔んで悩んで嫉妬して。
だけど、やっぱり諦められなくて。 好きで。
こんなとき、そばにいたいと思う。 例え望まれてなかったとしても、それでもいいと思えるくらいに。 アニが好きだから。
(好きだよ)
ずっと、ずうっと伝えたい言葉。 いつも呪文のように、呟く言葉。
いつか、声に出して言える日はくるのかな?
17時を知らせるように、ホタルの光が流れている。 あれから、何分たっただろう。 結局俺は何も出来なくて、二人で神社の階段に座りこんでいた。 俯いたまま何も言わないアニのそばに、ただ黙って隣に座ってた。 こんなんでアニの気持が薄れるなんて思えないけど・・・・だけど、どうしたらおいいのかわからなかった。
「ん〜〜〜」
突然腕を上げて伸びをするアニに、びっくりして慌てて顔をあげる。 横顔しか見えないけれど、さっきよりも落ちついた表情を浮かべてるから、きっともう大丈夫なんだろうって思った。 俺もホッとして、座ったままで固まってた体をアニと同じように伸ばした。 骨が伸びるような感覚がして、それでカラダも気を張った心も柔らかくなったような気がした。
「バンビ」 「ん?」
一通りカラダを伸ばして深呼吸して落ちついたような表情を浮かべたあと。 アニは俯いた顔をあげて、少し照れたような表情を浮かべた。
「バンビがそばにいてくれて、助かった」
言葉とともに、肩に暖かい温もりを感じた。 アニが、寄りかかるように俺の肩にもたれて・・・・そしてポツリと「ありがと」と・・・・小さな囁きだったけど、確かに聞こえたような気がした。
「ありがと、バンビ」
今度はしっかりと聞こえた声にアニを見ると、笑顔を浮かべていた。 それは、俺が今まで見てきた笑顔だった。ぶっさんのそばで浮かべる、アニの笑顔。 同じものが、俺の隣にある。
いや。 今目の前にあるのは、俺の、俺だけの笑顔。 そう思っても、いいんだよね?
隣にいたのも自己満足だし、今感じてることも自己完結に過ぎないけど・・・ 俺も、アニの中にいるって。 アニの隣に場所があるって、少し思えた。
2002年04月01日(月) |
慰めにもならないけれど(バンアニ?) |
アニはソファに座って一人うずくまってるバンビを「またかよ」と無視していたが、いい加減限界を感じてきたらしい。 せっかく純の目を盗んできたってのに、暗い雰囲気出されちゃビールが不味くなる!と思い、自分より先に来てたぶっさんに問いかける。
「なに、またモー子?」 「『重い!』だとさ」 「そんなのいつも言われてることじゃん」
だよなあ、とぶっさんも同意し二人でため息を洩らす。 晴れてモー子と付き合い始めたバンビだったか、度々こうやって落ちこんでいた。モー子の言葉に一々反応して考えこんで落ちこんで。これじゃ付き合う前と変わってないじゃん。
「確かに、彼女になっても『重い』とか言われたら落ちこむけどな」 「でも事実じゃん」
さらっとキツイ一言をはくアニに、苦笑を返すぶっさん。 事実だろうけれど、彼女に言われるのはショックも大きいだろう。 そして、目の前にいるアニにも言われたら、きっと同じように落ちこむだろう。 本人は気づいてないけれど。昔から、バンビはアニに惚れていたから。 だから、今の会話を聞いたら更に凹んでいただろう。幸いソファにいるバンビには聞こえてないみたいだけれど。
まあ、落ちこむってことは逆に励ますことも出来るってことだ。
「アニ」 「ん?」 「ちょっくらバンビんとこ言って、慰めてこいよ」 「はあ?なんで俺が」
イヤそうに顔を顰めるアニ。しかしぶっさんは行けと背中を押し続ける。
「なんで俺が・・・・」
ブツブツ言いながらもぶっさんに押されて渋々腰をあげるアニ。 オマエにしか出来ないんだよ。ぶっさんは心で呟きながら笑顔で見送る。
「バンビ」
体育座りしたまま顔を伏せてるバンビに、どうしたらいいのか途方にくれていたけれどとりあえず話しかけることから始めようと思った。けれど顔を上げるだけで返事が返ってこない。
あ〜メンド〜
自分のせいじゃないのに、なんでこんなことしなきゃならないんだよ。そうぶっさんに叫びたかった。 けれど振り返った先には小さく「がんばれ」と言う姿があって。どうしようもないんだろうとため息を洩らす。 なんで自分が、思ったけれどとりあえずどうにかしないことには美味しくビールが飲めない。 それを支えに、ゆっくりとバンビの隣に座る。
「またモー子に言われたんだって?」 「・・・・・・」 「あんまさ、モー子の言う事なんて気にすんなよ」 「なんて、とか言うなよ」
気にするとこが違うだろ。アニは頭を抱えた。 惚れた弱みなのかなんなのか。恋する男は重症だ。 これじゃ自分では復活させることなんて無理だろう、そう思ったけれど。
「アニは」 「え?」 「アニは俺のこと、重いとか思ってる?」
顔を伏せたままだったからあまりよく聞き取れなかったけれど、バンビは自分に問いかけたんだろうと感じた。 なんで自分に聞くのかまるでわからなかったけれど、ここはチャンスだろうと思い慌てて答える。
「重いなんて思うわけないだろ」 「本当に?」 「本当に!俺が女だったらバンビにそこまで思われて嬉しいって思うって」 「本当に、そう思ってる?」 「本当だって!きっと女じゃなく男のままだって思うって!」
アニはとにかくバンビの言葉を否定しなくてはと思い、最後には自分で何言ってるのかわからない状態になっていた。 しかし回りで聞いてたぶっさん達はしっかりと意味を理解していて、焦っていた。
「アイツ、あんなこと言ってっけどバンビの気持ち気づいてんの?」 「いや。自分でもよくわかってないんじゃねー?」 「でも聞いてるバンビはそう思ってねーだろ?」
きっと内心大変なことになってるだろうとバンビを見れば、案の定上げた顔は真っ赤になっていた。
「ば、バッカじゃねーの。男でもなんて小峰みたいなこと言うなよ」 「馬鹿って言うなよ!人がせっかく慰めてやってんのにさ!」 「別に、アニに頼んでないし!落ちこんでないし!」 「あ、そうですか!」
言い合いを始めたと思ったらあっという間に喧嘩になり、フン!とお互いそっぽを向いてしまった。
「あ〜あ。また始まった」 「アイツはホント素直じゃねーな」 「でも、バンビ復活してんじゃん」
アニによって立ち直ったバンビ。 思った通りの展開に、二人は苦笑いを浮かべる。
「いい加減、認めればいいのにな」 「でも認めたら認めたで大騒ぎになりそうだけどな」 「まあな。それにつまんねーし」 「そうだな。バンビがああだからからかいやすいんだしな」
にやりと笑い合いながら、二人はゆっくりとソファに近づいた。 そんなことを言われてるとは思わないで、ソファの二人はそっぽ向いたまま喧嘩は続いていた。
「ホントムカツク!」
そっぽ向きながら、イヤそうにアニに向かって言った。 しかし、バンビの顔はまだ赤いままだった。
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