enpitu


或阿呆の人生
kimko



 誰かの気持ちを考えたことがありますか?

起床はまた11時半。どうしようもない。抜け殻のような生活だ。本は目の前にあっても、手に取れない。まあいいや。飯。本はまた継続して借りればいいや。

飯は食った。しかし、動く気にならない。コタツで寝に入る。15時くらいにおかんが帰宅。急いで起きて、食器を片付ける。今日はバイトだし、起きるのにはちょうどいい時間か。とりあえずプロバイダの金は払わなくてはいけないので早めに家を出る。払ってさて行こうと思ったら、契約書がない!家に戻ったら部屋においてあった。全くバカだ。店に行って店長に渡したら「お前がラストだよ」とか言われた。今日忘れたらマジで危ないとこだった。

別に体調はそんなに悪くなかったし、気分もそんなに悪くなかったが、休憩後に休憩終了の手続きをし忘れて、4時間も休憩したことになってた…。店長は知ってたらしいけど黙ってたと。いぢわるだ。まあ、そういうのも悪くないね。あんまり仕事できないのに店長に気に入られている節があるし。なんとも疲れたが早く帰ることにした。さて、飲み会はどうなることやら…

家に帰ってちょっと泣く。心に染みることってこういうことなんだな。うまくいえないけど。ただ、どうやって壊していけばいいかがわからない。自分がかわいいうちはダメなのだろうか?たぶん、自分が理想としている自分になってはいけないのかとも思う。自分が歪んでるから、きっと理想も歪んでるだろう。うーん、考えれば考えるほどわからない。きりがなくなるのでこの辺にする。明日は何気に昼間だ。これまでの数日間の生活してたら遅刻決定!マズイね。


2003年03月31日(月)



 Lovely Child

早く寝ようと思っていたが、なんやかんやで2時くらいになってしまった。9時おとんに起こされて起床。だいぶギリギリまで寝せてくれたもんだ。おかんが絡むとなるとおそらく8時にはガミガミ怒鳴られて起こされるだろう。

すぐ飯食って9時半には出発。10日くらい前、チャリで3時間弱かけていったところを今度は車で行くわけだがどんなもんか。2回目なので今度は道に迷うことなく40分で到着。あっという間だった。なんか向こうで行き違いのゴタゴタとかがあったようだが、11時半くらいに飯食うところに出発。要するに従兄弟の大学入学祝いってヤツだ。

場所は蕎麦と和食の店。客は多いからうまいのだろう。で、いろんなものを頼んだが、色々文句言いまくるばーちゃんがうまいと言っていたほどだからかなりのもんだと思う。ただねえ、この人、本当に文句言うの好きだから恥ずかしくて…。カツや刺身やそばなどをいっぱい食べて帰宅。酒はたいして飲んでないが非常に饒舌となり、楽しかった。身内っていうのは気の置けない連中とはまた違ったよさがあっていい。関係が崩壊することはまずありえないし。

で、義理のばあちゃんにあたる人がオレのことをやたらと誉めるのよね。明るいって。あと50年若ければ…、なんてとんでもない事言い出したりしたりねえ。でも、年の割にちゃんとしてて若々しくて、いいと思いますけどね。

さて、一旦家に帰ってボウリングへ。2ゲームやって134と139。まあ平均的。レーンが、ピンの近くでおかしくなってるようで微妙に変化するのでスペアは取りにくかった。だが、13ポンドで投げたのでストライクは4つほど。おまけに、たいして違和感もない。今度から13で投げるかな。うちのおとんがとにかくカーブするボール投げて結構いい線いってたのが驚いた。まあ、体力は持たないだろうな(笑

また家に帰って今度はドラクエ3。向こうがよくわからないところがあるっていうのでおぼろげな記憶を引っ張り出してアドバイスしてあげる。キリのいいところでちょうど帰るということで。16時くらい発。道路は混んでて、来た時のルートはそのまま通れないかなって感じだったので少々遠回りで帰る。おとんはとにかく渋滞というものが嫌いなので、遠回りになっても動いてる方がいいのだ。オレも結構そうかも。地図はなかったが、地名と方角と経験とカンで指示出して、めでたく来た時と同じ道路に合流。役目は終わったので寝る。そうなってしまうと早いものであっという間に到着。1時間10分ほどかかったが、渋滞して同じ時間かかるんだったらこっちのほうがいい。

とりあえず干してあった布団を取り込んで敷いて昼寝。普段はメシの時は起こされるのだがそういうのもなく勝手に起きる。時間は20時10分。少々武蔵がはじまっているがたいしたことはないだろう。案の定、子どもの大将を斬ろうとするところで話は終わった。はよ倒してくれ。

そのあとはテレビ見てただけのはずだし、風呂も早めに入ったが、なんかしらないけど0時過ぎる。旅行記書いてたのもあるのか?とりあえず不安事項もあるがさっさと寝よう。

2003年03月30日(日)



 本が読めません…

要するに、気分がよろしくない。もう本を7冊借りてきて1週間たってしまったが15ページくらいしか読めず。どうしようもない。読むのが結構早い分、そのときの状態に左右されまくるのが欠点かもしれない。あれくらいなら4日で返せると思ったのだが…。あと1週間、がんばるか。

さて、今日も起床は11時を過ぎてしまった。今までだったら、あの時間に寝れば9時までにはすっきりのはずなんだが。親は買い物にでもいってるらしくいない。飯だけ食って放心。まったくもってよくない。珍しく花見の誘いが来たのでバイトのシフト確認しようとしたが、やっぱり外出が怖くて行ってない。これではいつぞやの、いちばん過ごしたくなかった休日の過ごし方そのまんまだ。バイトも入ってる日以外は行ってないし。結局。雇用契約書出さなきゃいけないが、通帳が見当たらないのでパス。ああダメだダメだ。

このあとは旅行記を書いて、寝るか。明日はお祝いで朝が早い。

2003年03月29日(土)



 センチメンタル・ラプソディ

親がいないし、バイトもないしでかなり寝る。7時半くらいに目が覚めたあとは細切れだったが結局起床は11時半くらい。早くも半日潰れる。

とりあえず誰もいない。なにしてたかよくわからないが14時くらいまで過ごして飯を買いに行く。マーボー竜田弁当っていうのが今日発売だと弟がやたらといってたのでヤツより先に食べようと思う。もう食事時は過ぎていたが、大量オーダーしている人がいてちょっと時間がかかる。ごぼうサラダも買って買える。

弟は帰っていたが、今日開店というパン屋でパンを買ってきたらしい。結構近いっぽいのであとで行ってみても悪くないかな。で、弁当は結構うまかった。よしよし。

16時くらいに親が帰宅。海に行ってきたので結構海産物を買ってきた。クジラの味噌漬けなんていう珍しいものも。17時半から野球。うちのおとんは非常にG党なのだが、サッカーの試合もあるので途中からはサッカーを見るようだ。とりあえず夕飯。

クジラの肉は硬くて味がなかった。おかんは刺身用を買えといっていたらしいがおとんは何故か頑固にこれを買ってきたらしい。そしてエビ。なんか普通にスーパーで売ってるようなのは味が生臭いというかあまり食えたものではなかったが、このエビはおいしかった。

そのあとは、久々にPCの前に長時間座って、風呂入って就寝。

2003年03月28日(金)



 火事場の馬鹿力

生きた心地がしませんでした。ちょっと皮膚持ってかれたくらいで済んだのは奇跡かもしれないです。正直、歯の何本か、腕の1本くらいは覚悟してました。今まで、自分の辞書になかった事が起こった…

もうあとはそれどころじゃなくてすぐ帰ってそのあとバイト。不安でドキドキするし、胃は痛いし、体はガタガタだし。なぜかシフトが短くて助かった。カテキョもなんとかいけた。今の自分にとっては、こいつをちゃんと学力面で育ててやる事がいちばんやらねばいけないことなのかもしれない。

親は旅行に行ってしまっていなかった。のんびりすごして1時ごろ就寝、しようとしたけど怖くてなかなか眠れず。



2003年03月27日(木)



 Let me BURST!

就寝1時半。昨日よりは2時間も早い。よって起床も2時間早く9時半。だいたい8時間睡眠だ。なんかおかんが朝から騒いでたが。トラックがうちの入口をふさいでいた事に激怒したらしい。とりあえず飯食って新聞読んで。古尾谷雅人が自殺していて驚いた。もうあのいいかんじの刑事さんは見る事できないのね。45歳か。オレはあと25年生きているかどうかも不明ではあるけど。

とりあえず今日もパワプロ。本なんか全然読んでません。いかんいかん。頭が変な方向に切り替わってしまった様だ。弟が部活から帰ってきて14時くらいに昼飯。盛そばと昨日バイトの時にもらってきたチキンという変な組み合わせ。うちのおとんは今朝チキンを2本食っていったらしいが…。そんなチキン好きだったのかね、あの人。

さて、これから高校時代の相棒の家で騒いできます。一応カラオケは8時間くらい!?まあ、もう1人連れていきますが。3人でも8時間は結構なもんでしょう。とりあえず今の傷心状態を思いっきり歌って発散…、できないけどな。とりあえずどんな歌歌っても怪しまれないっていうのが歌のいいところではあると思う。クサいラブソングだろうがお涙頂戴の失恋ソングだろうが。その辺で攻めるか、今回。自虐。いやー、楽しみ楽しみ。多分今日寝ないから明日のバイトきついけど、終わったら2連休だからな、がんばろう!
とりあえず1日目だけはあげといた。旅行記。このペースだと黄金週間前に書き終わるかな、って感じだろうか?もっとやらねば。

2003年03月26日(水)



 憂鬱の彼方へ

いけないな。これまで2週間以上どこかに消えていた感情というものが一気に噴出してきたようだ。夜なかなか眠れなかった。寝たのがなんと3時半。かといってまったく建設的なことをしていたわけでもない。寝たら寝たで起きられなくて起床が11時半。寝つき悪いのにしっかり8時間寝てやがる。

パワプロやってバイトへ。今日は新人さんと同じだから色々教えなければいけないんだよな。何人かにそいつのことを聞いてみると怖いとかでかいとかなんとも自分を不安にさせるようなことばかりだ。とりあえず共通してるのは声がでかい、ってことで。

18時、来た。やっぱりでかい。声もでかい。っていうかドスがきいてる。ただ、やっぱり新人だけあって態度は丁寧だ。あと、高校の後輩だということがわかったので結構すんなり打ち解ける事は出来た。休憩時に懸念事項だった飲みについてのメールを出しておく。今日は微妙に忙しくて片付けがなかなかできず。新製品のサラダの仕込みもしなきゃいけないし、新人さんにこっちの手が回らないところまでやれともいえないしで時間がかかりまくった。結局あがりは23時近く。めんどい。

帰ってからはなにしてたかわかんないけど、とりあえずメール一生懸命打って1時半くらいに就寝。

資料があるとはいえいい加減旅行記を書き進めなければいけないのだが。ここ1日2日で1日目は終わらせなきゃなと思う。とにかく書く量が膨大なので大変なのだ。無気力状態にあってはなおさら。

2003年03月25日(火)



 金太郎飴の日々

これまでがずっと色々あったせいか、帰ってきてからの事がほとんど記憶にない。それなりにはいろいろやっていたと思うのだけれども。本を読む気力もないし、勉強する気力もない、ネットにつなぐ気力もない、音楽を聴く気力もない。一気に無気力状態になってしまったんじゃないかと思えるほど。

とりあえず、カテキョにいった。その席で、4月からもお願いします。といわれた。これがかなりの懸念事項だったので嬉しかった。本人が親に直談判したらしい。一応頼りにしてくれるやつがいるんだな。

2003年03月24日(月)



 復帰、しかし省エネモードで(当分の間)

帰ってきて即チャリ35キロ往復やったのがまだ残っている。だいたい出かける前までは0時くらいに寝れば8時くらいにはすっきり起きられたはずなのだが、9時半にようやく起きる事が出来た。やれやれ。

とりあえず、飯食って、あやつの家でパワプロやったら久々にやりたくなったので、弟の部屋からプレステ借りて3時間ほどやった。出かけるのが面倒になったが、そうもいってられないので本を返す。ったく、半端な借り方してるのが多いから未だに春樹が読めぬ。とりあえず7冊借りてきたが、明日からはバイトラッシュなのでどれだけ読めるかどうか…。あと、旅行記も書かなければいけない。半月以上キーボードに触ってなかったがタイピングに関してはあまり問題がないのでどうにかなるとは思うが…。なんやかんやいって指が覚えているのかどうか。

とりあえず、書き始めてはいるけども、もう3週間近く前のことなので資料整理だのいろいろしないとちと書くのはむずかしいと思われる。さて、F1ビデオにとって寝るか。明日は11時から。知らない人と一緒に入る事になるけど、やることかわんないし、どうにかなるかな。

2003年03月23日(日)



 漂流は続くのだ

お彼岸ということでばあちゃんちへ。だが今日は寒かったねえ・・・
今日も結局パソやらず。明日からどうにかやりたいな。図書館いかないとねえ、いい加減。あと久々にゲームもしたくなったり。疲れ取れないのになんか大変だ。来週バイトラッシュだしな。

2003年03月22日(土)



 16日間キーボード触ってないな

めちゃくちゃぐっすり寝て飯食って帰宅。風が弱かったのであまり苦労はしなかった。やっぱ疲れたけどね。

そして久々にバイト。Xデーなんていうからすごいのかと思っていたが普通やったなあ・・・
今日もPC使えず。明日も厳しい!あさってようやくかなあ?

2003年03月21日(金)



 転がる石は止まらない

昨日帰ってきたばっかだが30キロくらいチャリこいで従兄弟の家に来た。こやつが以前やったのに刺激を受けたんだが別に帰ってすぐやらずとも・・・と思うがね。まあ、じっとしてたくなかったんかなと思う。でも疲れたね、明日バイトやし。だいじょぶかなあ?

2003年03月20日(木)



 今夜タイタニックの夢を見るか?

いよいよ今日が最後。24時間後には帰宅しているはず。
帰ったらバイトと読書と今回の旅行記の清書だな〜

てか100冊絶対無理!これ計算に入れてなかった。なんとか出てる間に10冊は読んだけどさ。

引き続き2015年9月15日の記。
帰りはフェリーだったに違いない、帰りにフェリー乗ったのは1回だけでそこで印象的なことがあること、そしてタイトルからと後は学生時代には北斗星に乗っていないというのが根拠である。そして、フェリーの夜便には乗ったことがない。従って前日は札幌宿泊だったと言える。

テレビ塔に行ってお土産を買っているはずである。3年後はあるところからの記憶が抜け落ちているのと、その頃には土産を買う習慣がなくなっていたからである。

エレベーターに乗ったらエレベーターガールのお姉ちゃんと2人きりになってしまい、非常に気まずかったのが猛烈に記憶に残っている。2人きりだが、お姉ちゃんはテンプレ通りの観光案内をしていたのが…帰りは階段を駆け下りたw

その後は多分苫小牧に直行し、当時バイトしていたチェーン店で新商品を食べたと思われる。半袖の上にジャンパー1枚で外に出て配送されたものを受け取るという仕事をしていたのが今でも記憶にある。

その後、自分も冬に同じようなことをする事になるのだが、おそらくあのジャンパーはどこでも同じものだったのだろう、地元では半袖ポロシャツ1枚の上にあれを着るだけで逆に暑いくらいだった。それなら北海道でもなんとかなる。今や知る由もないがあれはどこの製品だったのか…

さて、フェリーはガラガラであった。と、近くの北杜夫に似た人が手招きをしている。何かと思っていってみると酒の相手であるw
確かにめぼしい人物が近くに自分しかいなかったというのもあるだろうが。相手が持っていた酒をごちそうになり、つまみを食べ、あれこれ話をしただろう。

内容は忘れてしまったけど、1つ「ごみ投げてきて」というのが記憶にある。これが方言で捨ててというのを知ったのは後の話で、その時の自分は投げないと怒られると思ってゴミ箱まで自信のある距離まで近づいて投げて捨てたものだったw

いったいいつお開きになったのか、いつ寝たのかは記憶にないが、下船の時肩を叩かれて「頑張りなさいよ」と言われたのが今でも記憶にある。当時の自分は大学2年と3年の間だった。今はそこから12年プラスなわけで…

その後の記憶は全くないのだが、これで同じ時期に日本の南と北を見てみようという今に至るまで最大の旅行は終わったのだった。

完結まで12年半というのも実に長かったw


2003年03月18日(火)



 From love to happiness その12

帯広市内観光の予定

で、これを書いているのは2015年の9月15日であるw
なんと12年半も経ってしまったがとりあえず完成させておきたい。旅行記自体はたまーに思い出したように見ていて、おぼろげながらも記憶は残っている。

朝、件の大学生と一緒に宿を出て列車に乗る。帯広に着き、おそらく歩いたと思うが六花亭本店で決して洒落た感じではない男2人でスイーツを食べた。彼はハッチポッチステーションが大好きだったというのが印象に残っている。

六花亭で別れたか、帯広駅で別れたかは定かではないがその後1人でバスに乗り幸福駅へ。地平線まで真っ白な眺めと人家がないのにバス停があり、そのバス停の名前が〇〇号という地名のつけようがないから仕方なくそうしたという名前だったというのが印象にある。

そして幸福駅へ。駅と言ってもとっくの昔に廃線になっているがその名前から観光地になっている。その手前に愛国駅というのがあり、その昔に愛の国から幸福へ、ということで愛国→幸福の切符や幸福駅の入場券がよく売れたようだ。

幸福駅の駅舎は、駅舎というよりも単なる待合室で木造であり、扉もない。中には切符やらなんやらがびっしりと貼ってありいろんな人がメッセージを書いている。おそらく自分も何かしら書いたに違いない。

売店で入場券を買うが、日付はその日の日付やら7.7.7、8.8.8など縁起のいいものが押してある。本当はその日の日付が欲しかったのだがほとんどなかった。が、言うこともできず適当なものを買った気がする。

売店のおじさんと多少話をしたが彼女云々というお決まりの説教的なお話をされたようなw
いちおう3年後の12月にも訪れているが(悲しいことになったけど)その時も同じような話をされたようなw
この時の旅行記はおそらく一生書けないだろう。あることが解決すれば書けるけど、最早それは困難すぎるのだ。

さて、その後は帯広駅へ戻る。帯広周辺でどうのこうのという記憶がないので、おそらくその日は札幌まで行って泊まったと思うのだが全くその日のその後の記憶がない。どこに泊まったか、何を食べたかなど。
多分、この時点でこの日は満足だったのだろう。

幸福駅へ行く前か後か忘れたが、ふらっと入ったCDショップでずっと探していたのを買えたというのもある。


2003年03月17日(月)



 ロコモーション その11

起床は7時前後くらいだったか。今日はお散歩には行かないので多少ゆっくり寝ていられる。由伸似の人はさっさと出発してしまったようだ。

さて、また無料飯。量はやっぱり少ないが、旅行中っていうのは胃の大きさっていうのがかなり変わるので、これでも問題なし。食うときはとにかく食うし、あまり食えないときもなんとかなる。そんな感じだ。

前日にワイン城で有名な池田町に宿を取った。とりあえず18時までにそこに着けばよい。まぁ、蒸気で釧路⇔標茶するので、それで結構いい時間になったりするのだが。

とりあえず、9時代(だったと思う)の列車で釧路へ。標茶・網走方面に行くという人たちが見送ってくれた。今度は夏来たいです。ええ。

とりあえず釧路に戻る。コンコース内はやはり蒸気待ちの人が多い。明らかに団体客とわかる。やっぱり北海道はどこでも発車時刻にそこそこ近くならないと改札をしないので人がごった返していてどうしようもない。まぁ、全席指定だからそう早く行かなくても問題ないのだが、以前からの習性みたいなもので、早くホームに出ておきたい、というのはある。

さて、改札をすませてホームに出てしばらくすると、機関車と茶色に塗られた客車が入ってきた。茶色に塗ってあるっていうことは旧型客車を意識しているということだが、実際は1両だけが旧型で、残りは12系急行型だった。で、自分の席はというと、ちょうどその旧型客車であった。

この車両は、半室客席で、半室は売店になっていて、グッズや軽食類が買えるようになっている。おまけにだるまストーブまでついていてレトロな雰囲気だ。扉は改造されてなく、使用禁止になっていた。昔の写真を見ると、通勤通学時間帯など、ドア開けて外に身を乗り出している高校生が写ってたりしていた。今から考えるとすごい時代である。

さて、ものすごく大きな警笛を鳴らして釧路を出発。一番後ろの車掌車で後方の展望を楽しみたかったが、せっかくなのでしばらくは座席で走行感を味わうことにする。自分の周りは家族連れだ。しかし、乗車券を見てみたら釧路湿原までだったので結構すぐに降りるみたいだ。なんか1人だけ部外者が乗っているのもばつが悪いので、1駅だけ乗ったら自分は車内をうろつくことにした。

釧路湿原に入るあたりで一番後ろの車掌車に行き、本当に一番後ろのデッキに出る。実際の気温はかなり低いはずなのだが、テンションが高いせいか、なぜか外の風に当たることが苦痛ではない。一面真っ白なのに・・・

2,30分そうして景色を見ていただろうか、そんな長い時間外に出ている人間は自分以外しかもちろんいなかったが。適当なところで中に戻って席に座る。

が、今度は暑い。何しろだるまストーブの隣である。おまけに、お約束といおうかするめなんか焼くもんだから独特のにおいが漂ってきてあんまりよろしくない。まるで津軽鉄道のストーブ列車と同じである。

1時間ちょっとで標茶に到着。1時間半もすれば折り返しで帰るので特に何もするようなことはないのだが。一応、駅構内で物産展みたいなものをやっていてそこに食堂みたいなものもあったので、ビーフシチューを食べる。ジャガイモが丸ごと入っていておいしかった。レストラン、というよりは手料理、といった感じ。

そのあとは、駅周辺をうろついたり、本を読んだりして過ごす。帰りは普通の客車だった。景色はだいぶ見たので、ずっと席に座って音楽聴きながら窓から外を眺めていた。たぶん15時代に釧路に戻る。

本日の宿は池田町にあるわけで、そこまで移動。もちろん特急の指定席を取ってある。初「スーパーおおぞら」なわけで、楽しみだったが、地震が発生したようで、45分くらい遅れている模様。果たして、食事の時間に間に合うのだろうか。宿は、池田から普通列車に乗り換えなければならないので、それとの兼ね合いもある。正直、このままだと間に合わないかもしれない。

とかなんとか思っていたが、実際のところ、折り返し時間が結構あるので、それを切り詰めれば遅れは10分くらいにまで減るらしい。池田で接続する列車も、池田で20分くらい停車するので、10分程度の遅れなら全く問題はない。ってわけで、宿に電話しようかどうか悩んでいた自分の心配は杞憂に終わった。

特急に乗り、池田に着くと、ちゃんと列車は待っていた。華やかな特急に対し、こっちは1両のワンマンディーゼルカー。日も落ちてなんだか物悲しい。

1駅で降りる。だいぶ荒れている無人駅だ。駅前が道道の交差点なので夜になるといろいろ来るのだろう。余計に寒く感じる。駅はひどいが、周囲は住宅地になっており、家の明かりがこぼれている。宿へは数分ですぐに到着。

ここは普通の家をちょっと改装して宿にしている感じで、子どもの学校の用意がぶらさげてあったり、なんだかアットホームというよりもホームそのままのところであった。部屋に案内されると隣の部屋にもう1人いるみたいだ。結局、今日の宿泊客は自分を含めて2人だった。

夕食は豪華な家庭料理、といったかんじでおいしかった。そのあとは部屋で荷物の整理をしたりして過ごす。お風呂にも入ったが、普通の家庭の風呂だった。なんだか新鮮な感じだった。

21時くらいからお茶飲みながら雑談。池田や帯広の名所などを聞き、色々話をする。同宿人は名古屋の大学生で卒業旅行らしい(どうも名大ぽかった)。彼は旅先々でいろんな人にメッセージを書いてもらっているらしく、自分にもそのノートを渡された。果たして、これから卒業して社会に出て行く人に、ようやく大学半分終わった人間が何を書こうかと思い、考えたが、それなりに書いておく。

彼は明日帯広方面に行くというので一緒に出ることにして、0時前に就寝。とりあえず、明日はワイン城に行き、それから帯広市内で何かしらしようと思う。

2003年03月16日(日)



 春を愛する人 その10

以前書いたものが消えてしまったのでやり直し。

起床はだいたい5時。部屋の中はもちろん暖かいが外の気温はマイナス10℃。地元じゃどれだけ寒くてもマイナス5℃だからもちろん未経験。っていうか、朝の気温が東京の最低気温かそれ以下に下がるボロ家に住んでいる自分にとっては、なぜ半そでで寝ても大丈夫なくらい暖かいのか疑問であったりもする。

以下2004年3月16日記(もう1年かよっ!、資料ないので記憶と検索のみ、多少あやふやなところは勘弁してください)

散歩は6時からということなので、めいめい玄関に集まる。案内の人が来たところでお金をいくらか(2〜300円位だったと思うが)払って、出発。宿から湿原を隔てた向こうにある山(というか小高い丘?)まで行くようで、見た限りは結構遠くにあるような、そんな感じ。

まず、湖に出て日の出直前の写真を撮ったり。そのあとは、山に登る。雪は未だに深く、踏み固められたところ以外を歩くと平気で膝近くまで埋まる。濡れて困った記憶がないので、ブーツをちゃんとはいて、ウインドブレーカーの下でもはいたりとそれなりに対策はしていったと思うが、それでもつま先は寒かった。スーパースターなんかで歩いているおねーちゃんもいたので、相当厳しかったと思う。

とりあえず頂上まで上って下を見ると、もうシカは活発に動いていた。この山の中にも結構シカのフンがあったりして、ところ構わず動いているようだ。そして、朝日の中警笛を目いっぱい鳴らして朝一番の列車が湿原を走り抜けていく。歩いて寒さにも慣れてきたせいか、あまり寒い寒いとは思わなかった。そして宿に戻る。まぁ、お日様が昇ってる日向でも平気でマイナス5度以下はあったわけだが…

そのあと朝食。量は少ないが無料なのがうれしい。まぁ、旅行中はうまく体も順応してくれているので特に問題はないと思うが。そして、うちの大学の子の一行2名は宿を出て行った。04年の3月10日くらいに学校で見たので、今年はこの時期には旅に出ていないようだ。まぁ、この子の学科は3年からめちゃくちゃ忙しくなるので仕方ないかな。

さて、残った3人はツルを見るツアーへ。部屋はどうせ連泊なのでそのまんまで。これもそれなりにお金はかかったはずだが、結果としてはそれに見合うだけの価値はあったと思う。

宿の主人の車に乗って出発。いきなり舗装道路を曲がって湿原の中の砂利道に入る。途中シカやツルを見ては止まり、色々話を聞いたりしつつ、また広い道路へ。また何箇所かで止まって観察したりしながら(カメラを持って待っている人が線路脇並みに多いのがびっくりした)、鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリへ行く。そこのセンターでツルに関する話を聞いたり、ツルが集まるところで観察したりして過ごす。そこに、見たこともないような大砲レンズが置いてあって100万(!)くらいするから注意するように、とか言われる。いやはや、確かに自分みたいな素人でもきれいだなあと思うから、魅せられてしまった人たちはそれこそ入れ込みがすごいのだろう。

そのあと(こっちが先かもしれない)、鶴見台というところへ。ここはサンクチュアリ以上に観光地化していて、観光バスが何台もあった。確かにここにもいるにはいるのだが、ちょうどここにいる時間じゃないのか、思ったよりもいなかった。そして、はじめてここでカメラのズーム機能の重要さを認識した。

そして、戻ってくるときに、蒸気がちょうど走る時間だというので、線路脇で待つ。しばらくすると、白い大地に黒い煙をもくもくとあげて蒸気がやってきた。都会では考えられないくらいに近距離に寄って写真を撮った。おそらく、これはまだ現像していないが…(はよせい、っちゅーねん)、翌日にはこれに乗るのでなんかわくわくした。

お昼くらいに解散。夕方までとりあえず自由になる。自分は細岡の展望台にでも行こうと思う。列車の時間もちょうどよい。他の2人は、郷土館でも見にいくようだ。

2駅釧路方面に戻り、釧路湿原の駅で下車する。他には誰も降りなかった。駅舎はログハウス風でなかなかかわいらしい。駅前からは2本道があって、階段を上るか、ぐるーっと回り道をするかで展望台にいけるようだ。

回り道はめんどくさかったので除雪されてないにもかかわらず階段を上ることに。やっぱり膝近くまで楽勝に埋まる。なんとか他の足跡のところをうまく歩いていく。たいした距離じゃないはずなのにかなり時間がかかる。他には誰もいないのがまた神秘的だ。天気もいいし。夜になったらシャレにならないだろうけども・・・

さて、雪道を抜けて回り道してきた道路と合流。この道はしっかり雪はない。ビジターセンターみたいなのもあるが、たいしたものがないだろうととりあえずパス。

急坂をのぼると、そこに展望台があった。車は何台か止まっているが、鉄道+歩きで来た人間は自分以外皆無だろう。ここでも、佐多岬よろしく15分くらい経つと誰もいなくなってしまった。なんだかもったいないなぁと思うのは自分だけなのだろうか?

展望台よりも高いところに更に東屋みたいなところがあり、道がどこかへ続いているのだが、雪に埋もれていてよくわからない。誰かの歌のPVで見たような風景が続いている。

写真を撮っていたらあっという間にフィルム切れ!!この周辺で調達できそうなところは思い浮かばなかったが、一縷の望みを抱いてビジターセンターに入ってみる。入るとまずカウンターがあり種類が少ないがフィルムも並んでいた。果たしてAPSのがあるかと不安になったが置いてあったので購入。この際、価格は気にしないことにしよう。山の中の自動販売機のジュースの値段が異様に高いことの意味がわかったような気がした。

さて、また同じ道を下山。が、やっぱり下りのほうが厳しい。果たして気温が何度かはわからないが、まったく一面の銀世界を歩いているのに寒さは感じなくなってきた。どこぞで記録を拾ってきたら最高気温は0℃付近だったみたいだが。

20分前くらいに駅に戻る。お約束といおうか旅ノートが置いてあって、6冊になっていた。それを流し読みしながらいろいろな人がいるんだなぁ、としみじみ。自分も何かしら書いておいた。またあとで見に来ようかなあと思う。なるべくなら夏に来て、この駅に泊まるのも悪くはないだろう。

さて、また来た列車に乗って戻る。ほとんど釧網本線は昼間走ってないので、こううまく往復できるのは珍しいと思う。

さて、駅についたがまだ微妙に時間があるので自分も郷土館に行ってみることにする。土曜の昼間だというのに町中に人の気配が全くない。地図を見ながらそれらしい方向に歩いていくと、やっているんだかやっていないんだかわからないようなお店が1件。フジフィルムののぼりが立っていたのでたぶんフィルムはあるんだろうが、APSがありそうな雰囲気ではない…

さて、駅から15分くらい歩くと郷土館である。周りは雪に埋もれすぎていて一応観光施設ではあるがそうとは思えない。建物は何かの文化財だかなんだか相当年期が入っている。入場は無料だが名前を書く。1階は、当地の歴史といおうか、農機具やら手紙やらが展示されていた。2階には、動物や昆虫の標本などが展示されていた。小さいながらも興味深かったが、時間も押し迫ってきたので出る。

それから、向かいにあるエコミュージアムセンターに行く。なんだかここも雪が積もっていてどこをどう歩いていけばわからないような状態になっている。中には、この辺りの自然について色々書いてあり、アウトドア派には非常にいいところだろう。冬なのでベランダには出られなかったが、建物内からも凍結している湖が眺められた。

さて、外に出て、宿のほうに戻ろうとするも、やはり敷地内が雪で完全に真っ白になっており、よくわからない。とりあえず最短距離を歩こうとするが、雪だらけで周りに足跡一つない。おとなしく来た道を戻ればよかったと思っても後の祭りで、仕方なく、また膝くらいまで雪に埋もれてこけそうになりながら戻る。どうやら、夏はパターゴルフ場らしいが…

さて、宿に戻ると16時過ぎでちょうどいい感じだった。今日は誰が泊まりにくるかわからないが早めに風呂に入る。と、今日は同室人がいるようで入ってきた。話を聞くと、関西の有名私立の同立のどっちか(ちょっと記憶が…)で、卒業旅行らしい。顔が高橋由伸そっくりな人だった。その辺りを突っ込もうと思ったがやめといたが、絶対そう思われているだろう。間違いない。

さて、本日の宿泊者は7,8人くらいだった。そして、平均年齢もぐーっとあがった。自分が最年少になってしまった。ツルの撮影をしにきた人や、道内をぐるぐる回る人などいろいろ。人が多かったので遅くまで談笑した。例によって朝の散歩の希望者を募っていたが、2日連続5時起きは結構きついのでパス。何時くらいに寝たかちょっと記憶にないけど、また日付変更くらいだったような…

2003年03月15日(土)



 となりの・・・ その9

起きると釧路到着30分前くらいだった。最近はようやく夜行で寝るのに慣れてきて、完全ではないが熟睡もできるようになってきた。とりあえず外は真っ暗なのでおとなしく顔洗って下車の準備。一体どれだけの人が根室まで行くかわからないので準備はちゃんとしておかねばならぬ。先手必勝。朝から2時間立ちっ放しは死んでしまう。

5時50分、釧路着。降りてとりあえず走る。人はこの時期だからバラバラだけど、きっと夏場になったら目いっぱいいるんだろうなあと思いつつ。実際かなり寒いが、あまりそれは感じなかった。とにかく、隣のホームの列車に乗って席を取る。何しろ1両しかない。何人か地元民みたいな人たちが乗っていたがまあ、なんとか余裕。この乗り継ぎをした人は2,30人くらいか。車内は新幹線からパクってきた座席で快適快適。とりあえずみんな座れたようで。お茶とカロリーメイトでとりあえず朝食、みたいな。車窓の風景を見ようと思っていたがとにかく眠くなり寝てしまう。駅に止まる度に起きて、また寝る。自分の感覚としては隣駅くらいかなとか思うのだが、これは快速だし、時刻表で見てみると2,30分は平気で止まらない。どうも感覚が狂っている。8時くらいにとうとう根室着。納沙布岬へは10分くらいでバスが接続している。

窓口で往復切符を買って外に出るとバスが来ていた。とりあえず乗り込んで最後列に座る。高校生も大量に乗って来たが、運転手が何かいうと全員降りてしまい、そのあとには老人が数人乗っただけで出発。しかし、その人達も病院でみんな降りてしまい乗客は自分1人に。しかし、鹿児島と違い運転手と話はせず。

8時45分、納沙布岬着。滞在時間は1時間しかない。降りたのはもちろん自分1人。とりあえずでかいモニュメントのあるほうへ歩く。地元では想像のつかない晴れているけど雪が融けないでずっと残ってる状態。さすがに人もこの時期はこないらしく、除雪もされてない。去年は宗谷岬から樺太を見たが、今年はこうやって北方領土を見ている。記念碑の前でセルフタイマーで写真撮ったりして北方領土記念館みたいなところへ。やたらと北方領土返せと書いてあった。タダでくれる視察証明書をもらって市の施設へ。そこでバター飴買ったり2階の展示室を見たりしてるとあっという間に時間に。別に1日ゆっくりしていてもいいのだが、これに乗り過ごすとあと数時間はバスがこないので仕方ない。たぶん、このルートは夏だとたくさん人がいるんだと思うが、やっぱり乗ったのは自分1人だった。が、さすがに中心部に向かうだけあって途中で結構人が乗ってくる。半分くらいの乗車で駅まで。

(以下、電車の時間が現在調べられないので曖昧に書きます。調査次第訂正)
とはいえ、電車の時間まで結構ある。駅にはどこからきたかわからないけど旅行者も結構いる。北海道の特性か10分くらい前にならないと改札やらないので暇といえば暇だが外に出てるのも寒いので駅の中でうろうろして時間つぶし。交番が頻繁に便りを発行してるところから見ても几帳面な人が揃っているんだか平和で時間が多いんだか…、っていう感じである。

ようやく改札やって列車に乗る。後ろよりに座る。座席は相変わらず新幹線からパクってきたやつだ。このまま釧路まで行ってもいいのだが、やはりせっかくここまで来たんだから途中の厚岸で降りて名物のかきめしを食いたいと思う。幸い、厚岸で降りても1時間くらい後にはまた釧路行きが出発するのでいい。全国的にも有名な駅弁ではあるのだがいかんせん場所が場所だけに食す機会がないと思っていたので千載一遇の好機だ。来るときはだいぶ寝すぎてしまったので今度は寝ないように車窓を眺めたり後ろへスピードメーター見にいったり。だいぶ早いと思っていたがそれでも80キロ少々。どうも感覚が狂う。途中、真っ白なところがあって、それを避けるように山側を通っていたので「平原だったらどうして突っ切っていかないのかなあ」とか思っていたのだが、それは凍結した厚岸湖だったことが判明。そりゃあんなにカーブも多くなるわ。

厚岸着。降りたのは自分だけ。一応駅員はいる。キオスクにはなぜか店員が2人。必要ないと思うが…。難なくかきめし買ってベンチで食う。じいちゃんが1人タバコ吸ってたがいつの間にいなくなっていた。よくわからん人だ。食った後は少々駅前を歩く。何もない。市街地から離れているのだろうか。線路をまたぐ歩道橋に登ってみてもなんかやっぱり白いせいもあってかのんびり。まあ、地元では絶対見られない光景だが。そんなこんなで高校生や親子連れが出発時間が近づくに連れやってきて列車に乗る。そして釧路へ。

釧路に着くとまた乗換時間が1時間以上ある。どうしたものかと思っていたので待合室でテレビを見ていたが、酔っ払いのおっさん同士がケンカをはじめたのでどうしようもなく隣のミスドへ。今まで1度も入ったことなかったのに今度でずいぶんと利用している。駅の外に出る気がなかったといえばそれまでだが。で、駅ではしきりにSLの映像を流している。そういやSLに乗ったことなかったので乗ってみたくなった。ちょうど運転日だし。とりあえず、どういう形態かは決めてなかったが明日は釧路湿原見てあさってどうしようかと思っていたのでちょうどよかった。果たしてあさってのSLの切符が取れるかどうか不安だったが、窓口行ったらすんなりOK。全区間往復できることとなった。これであさってはだいたい決まったようなもんだ。なんか拍子抜けしたけど。

待った後同じような列車に乗る。今度は釧路湿原の中を通る釧網線。市街地を過ぎてそれっぽいところに入ってやたらと警笛を鳴らすなと思っていたら急ブレーキ。どこかで北海道は鹿がよく線路に侵入するという話を聞いた事があるがここも御多分に漏れずそうらしい。外では鹿がいっぱいこっちを見ている。鹿で遅れることは当たり前だという都会では考えられない路線だ。

30分くらい乗って下車。駅舎は喫茶店になっていて少々戸惑う。降りた人は自分を含めて2人のようだ。どうも、その人も自分が今日泊まるところの方向へ歩いていく。明らかに旅行者だ。やっぱりその人は同じ宿に入った。微妙に年齢不詳気味の女性だった。40±5歳くらいか。とりあえず、係の人がこないので会話でもしつつ。どうやら鶴を見にいくオプションがあるらしく、それに参加するらしい。ちゃんと調べてきてて偉い。ここで明日の予定決定。連泊して自分もそれに行くことにする。おおまかなことしか決めてこないのでこんなのしょっちゅうだ。去年の夏はそれで2日間人についていったし。何分経ったかわからないけども来たので代金を払って部屋へ。どうやら4人部屋を1人で使うようだ。荷物をお決まりのように散乱させ、風呂に入る。気持ちがいいもんだ。そのあとはテレビでも見つつ飯を待つ。そして飯。

なにが出たか記憶にないが結構うまかった。で、食ってる最中に若い女性3人組がやってくる。どうも、会話の様子とかからして、この3人はずっと知り合いだったわけではなく、こっちで知り合って一緒に回ってるみたいな感じのようだった。列車がどうのこうの言ってたので乗換えを間違えたんだかなんだか。彼女らは荷物を置いてきたらカップ麺を食ってた。こっちは茶でものんびり飲みながらニュースを見たり。結局今日の宿泊者はこの5人の模様。そして、夜にこの辺の観光案内。これもまた初耳だったのだが明日の朝ガイドさんの案内で散歩に行くというオプションがあるというので参加することに。これは全員が参加することになった。そのあとはこの辺のことをきいたりして終わり。そのあと、あとからやってきた人たちとしゃべったのだが凄まじい事実が判明!

そのうち1人がなんと同じの大学の同じ学部に通っているのだ!まあ、学科は違うし学年も1つ下なので全然わからなかったけども。でも、その人がやってるサークルに、俺の高校時代の同級生がいるっていうからこれまた驚いた。なんと世の中は狭いものか…。まだ知らないことが多いっていうので(ちみはもう1年すんでるだろ…)大学周辺のお店のことやその辺の話をしてあげた。ちなみに、この子は今でも学校で2週間に1度くらい見かけるが、向こうは気づいてないし、何を話したものかと思うのでそれっきりである。学科が同じだったらまた違ったかもしれないが。

さて、そんなこんなで明日は6時前には集合なので5時過ぎくらいには起きなければいけない。たぶん日付変更前には寝たと思うが…

2003年03月14日(金)



 音速の旅客機、鈍足の奇行子 その8

で、結局すげーっと思っている間に飛行機は水平飛行に移ったらしく機長アナウンスが。あまりわかんなかったが、高度12300メートル、時速840キロで飛行してるらしいです。地元の上空も通るみたいだけどわかるかな。東京タワーにも上れないあいつが見たらどう思うだろうか…。うーん、地上は見えるけどゆっくりとしか動いてないのであまり速さはわからず。そりゃ成層圏飛んでるからな。で、それを感じたのが外。真夏の空、っていうか雲ひとつないすばらしい状態。あたりまえか、そりゃ。周りで熱心に外見てるのは自分とお子様くらいなもんで、他の人は寝てたり本読んだり。

で、そんなこんなで下見たらもう白かった。15分くらいしか経ってない!っていうかどこ飛んでるか全然わからず…。飲み物くらいは出ると思っていたが、国内線だからなのか、それとも一度潰れて全日空に拾われた会社だからなのか結局何も出ず。まあ、いちばん安いの選んだから仕方なし。45日前までに買うと9000円だからね、怖いくらいだ。

とりあえず、津軽海峡はわかった。で、北海道に上陸したのまではわかったがそのあと時間がかかったのでいつの間に寝てしまう…。起きたら新千歳に着陸するとこだった。時にまだ10時。外は雪、飛行機って恐ろしい乗り物だなあ…。

そそくさと列車に乗り、札幌へ。一面の銀世界だ。何日か前、半袖でいたことが信じられず。11時くらいに札幌着。時刻表がないので道内時刻表を買い、フリーきっぷを買い、とりあえず北大に直行。去年の夏工事で飯が食えなかったからそのリベンジと、計画が白紙なので立てるために。

とりあえずブーツはいてきたもののこんな雪を歩くなんてことはありえないので効果は不明であるが…。北大の構内は車が走るところも真っ白で。除雪はしないみたい。1,2回こけそうになったが、ブーツのおかげで足は濡れず。とりあえず理学部の博物館を見て学食へ。この時12時ちょいすぎか。外は結構強い雪。雨よりは遥かにマシだけど。

飯はそそくさと食ったものの、どうしたものか全然決まらない。食べた食器を前にして時刻表との格闘は続く。とりあえず5日分のおおまかな予定(どのへんに行ってどこに泊まるかくらいだけど)を立てなければならぬ。4,5パターン書いて色々修正してを繰り返してたら13時を軽くオーバー。食堂を退散してクラーク会館で続き。隣では新入生の案内とかやってる。もうそんな季節ね。とりあえず、パターンが決まり、宿を取る。これで一安心。

でー、問題はこれからだ。とりあえず23時の夜行で東に行く事は決まったのだが、それまでの時間調整が問題ありまくり。まったく、こういうときに札幌に同級生が住んでいればいいのだが…。一応何人か知り合いはいるんだけどそこまでの関係でもないのでこれがいちばん経済的なやり方となる。

時刻表を見てみる。こういうときに電車に乗って未乗線区を少しでも消費する、というのが結構使うやり方だ。とりあえず、去年小樽までは行ったのでその先まで少し行ってみようと思う。と、ちょうどいい感じで臨時特急が走ってた。おまけにリゾート気動車というから乗らない手はない。自由席も連結している。18きっぷでは乗れないが乗る価値は多いにあるだろう。札幌着も19時近い。どこで折り返すのがいいかと見てみると、ニセコだと着いてすぐ発車、というか乗れない可能性があるので倶知安で降りる事に。

14時14分の快速でとりあえず小樽へ。この海岸線はやっぱりすごい。そして、小樽で気動車に乗り換えて倶知安へ。このあたりは異常に駅間距離が長い上に、勾配だらけでスピードが死ぬほど遅い。60キロ出ればいいほうだ。60キロくらいの距離を100分くらいかけて倶知安へ。のどかなとこだ。ここで30分少々待つ。ぼけーっとうろついて、羽田で買った東京限定タバコのルーシアを試しに吸ったりして時間つぶし。うまかった。札幌までの乗車券と特急券を買う。2890円なり。

17時11分、倶知安発。結構人がいるかなと思っていたが全然いない。この車両のすごいとこは各座席にTVがついていること。走行風景やビデオや音楽が楽しめる様になっている。さすが。あだち充作品ののアニメをやっていたので、タイトルわからなかったが見た。あとで調べたら日当たり良好っていうのらしい。小樽過ぎに終わったので後は音楽を聴いていた。なんか音楽のジャンルがバラバラ。それはそれでおもしろかったけどね。18時52分札幌着。腹減ったのでどうしようと思っていたが、駅構内に味の時計台があったので食う。ネギチャーシューっていうのにしたが、普通のチャーシューにすりゃよかったかなあ。あんまり、店員さんの対応がよくなかったりなんだったり。

さて、飯を食ってもまだ19時半くらいだ。普通ならあと3時間なにやるか困り果ててしまうところだが、幸い札幌には1週間前にできたばかりのJRタワーというものがある。どうやら21時まではやっているようなので、それまでは時間が潰せる。いっそのこと展望台まで行こうかとも思ったが、どうも金が高いので断念。大丸やらその辺の店を見ることにする。最近まずこういう系統の店に行ったときに見るのがバッグと服とCD。まあ、札幌というとこはそう頻繁に来るとこではないのでお気に入りのがなくてもさほどショックは受けないけど、ここにも自分のお気に入りのがなかった。コムサストアなんかもあったり。後は地下をうろちょろしたり、適当に時間調整。B'zの新曲なんかも聴いたりした。

21時になって店が閉まる。しばらくは地下で粘っていたものの、警備員に追い出されて駅へ。とりあえずスタバあたりで時間を潰そうかなと思ったりもしたが、結局は駅構内のベンチが置いてあるところに落ち着く。少々寒いが。で、ここでひとつ問題が。実は北海道に行くというのに手袋を持っていなかった。それらしきものは軍手だけ。昼間はポケットに手を突っ込んでいれば事足りるが、これから道東に行くわけだしやっぱり手の防寒は必要だ。さすがに、田舎の高校生じゃあるまいし軍手で街中をうろつくわけにもいくまい。てなわけで、北口出たところにあるコンビニで300円くらいの安い手袋を買う。もっとちゃんとしたのがあるかと思っていたが、それほどでもないようだ。あとは飲み物買って本読みながら時間つぶし。22時半くらいになってホームへ。

指定席券を取ってあるから別に早めにホームに出る必要もないのだが、習性というかなんというか、寒くてもやっぱり入線の20分前にはホームに出ておきたいのだ。だいぶ長いこと待った気がして「まりも」入線。去年の夏に乗った「ミッドナイト」とまったく同じといっていいような車両だ。席は入ってすぐの窓側。昼間取ったときでも楽勝で窓際が取れたりしたし、観光シーズンからも外れているので空いているとは思っていたが、全然いなかったり。とりあえず、出発前に歯磨きと洗顔を済ませて車掌を待つ。検札は意外と早かった、気がする。まあ、全然だし。南千歳過ぎたら多分誰もこないだろうとの判断で隣の席も使って就寝。まあ、来たとしてもこれだけ空いていればどこかに行くでしょ。

2003年03月13日(木)



 っていうか、あかつき乗車記と舞台裏 その7

出発して検札が来た。リーマンも女子高生も地元民らしい。なんか適当にしゃべっていたが気にせず。次の諫早で2人が降りて、若い女性が乗ってきた。で、2つ前に座る。うーん…。一応レディースシートっていうのがあるのに一般席で発券する駅員はいかがなものか。まだこの時期はオフシーズンだからいいけども、例えばピーク時に、満席できっぷが取れなかった男性が、女性が一般席に座ってて満席で、レディースシートがあいていた、っていうのを知ったらどういう気分になるだろう。オレが仮にその立場だったら女性が堂々と一般席に座っててなおかつ女性席が空いてる、っていうのを考えるね。なんのためのレディースシートなのか。まあ、このあたりを熱弁しても仕方ないか。その後女性は検札に来た車掌のすすめで女性席に移った。

で、肥前山口あたりでオヤジが乗ってくる。ですぐ前の席に座る!!なによこれ!マルスのバカ!なんでこういう居住性無視な発券するかなあ…。コンピューターに怒っても仕方ないんだけどさ。おそらく満席になることはないが、どこがあいていてどこが売れているのかわからないので移動もできず。小倉くらいにならないとわからないだろうな。前の席のとこに足をのばすとちょうどいい感じなのだが、どうもこのオヤジはそれを見計らって席を倒してくる。まあ、こっちがとやかく言う問題でもないし、倒すのが当たり前なのだがタイミングがいやらしい。頭に来たのでまた足を伸ばしたらまた倒してくる。小刻みにやりやがって!!なんでこんなくだらんことでイライラしなきゃいけないのだろうか。

面白くないので歯を磨いて22時前には毛布かぶって寝る態勢に。とはいえ、そう寝れる訳もなく、目が覚めると男と女が洗面所はどこかとかしゃべってる。どうやらなんの関係もなく、たまたま前後の席になっただけらしいが、オヤジに妨害された形の自分にとってはおもしろくない。少しは若い女子としゃべらせなさい!(笑
で、ちょうど列車は門司で連結のためがちゃがちゃ動いてた。やっぱり眠かったらしく関門トンネルに入った直後に意識飛ぶ。

起きると福山だった。まだ5時前だが普通に人が降りていく。寝て起きてを繰り返して姫路あたりで目が覚める。あとはぼけーっと毛布かぶって起きていて、京都着。そのあと米原、大垣、豊橋、浜松、熱海と乗り継いで東海道を東に向かい、夕方に一時帰宅。カテキョへ。今日が入試の発表だったりする。まあ、結果聞いて、いろいろしゃべって。どうも、入試が終わったから、ってことで切られるっぽい。ある程度覚悟はしていたが悲しいもんだ。まだ決定じゃないみたいだけども。22時半頃帰宅。

で、本当は寝てしまいたいところなのだが、明日は5時前に家を出なければいけないし、洗濯もしなければならない。どうも寝てる暇があまりないようだ。まあ、この一時帰宅のおかげで荷物が少なくて済むのだが。23時半頃洗濯物持ってコインランドリーへ。2,3つぐるぐる乾燥機が回ってる。とりあえず金と洗濯物入れて家に帰る。時間に行くとまだ脱水中。しばしぼけーっとして今度は乾燥機へ。どのくらい時間かかるかわからないが、適当に金を入れてまた帰る。終わって様子を見に来ると、どうもまだ乾き切ってない。100円追加して今度はソファに座って待つ。そしたら、ちょっとあぶない系のおにーさんがきてオレに乾燥機の使い方を聞いて洗濯物入れて帰っていった。さて、2度目の乾燥終わり。まだ微妙だが、まあいいだろう。帰ると2時近かった。またこれで寝るわけにはいかない。

3時、本を読む。もうこうなったら意地でも一睡もしないでいかなきゃ。4時荷物まとめはじめて準備完了。寒冷地バージョンへ変更。4時45分に家を出る。もちろん、誰も起きてるわけがない。5時、駅のホームは結構人がいる。中学卒業したばっかでディズニーあたりに行きそうな女の子集団とか、危ない系の少年達とか。とりあえず、はじめての飛行機という事でテンションがおかしいまま電車に。このとき、マジで「今日が自分の命日かなあ…」とか考えてて、昇る朝日が「ああ、これが最後の朝日かな…」とだいぶびびってた(笑

さて、そんなこんなで浜松町へ。お約束の東京モノレールである。思いっきり仕事しに行く感じの人から大きなトランク持った人まで色んな人でごっただ。とりあえず、今まで上野動物園のしか乗ったことない自分にとっては実質初モノレールだったんだが、モノレールっていうのは不思議な乗り物だと思った。ちと海上通るから怖いし。

7時半くらいに羽田着。飛行機乗った事ないから出発のおよそ1時間前が妥当だろう、ってことで来てみたが特に問題ないかしら。とりあえず、いのいちばんに搭乗手続きをすませる。これ忘れたらお話にならないからね。きれいだけどやや化粧濃い目のおねえさん(だいたい空港のカウンターの人ってそうね)に聞いたら、別に自分の持ってるバッグだったら機内持ち込みでOKだそうで。なんとなく降りたあとコンベアの前で待つのがイヤだったので一安心。あとさ、席って既に決まってるんじゃなくてある程度希望聞いてくれるのね。「お席の希望はございますか?」なんて聞かれてちょっとびっくり。「窓際にしといてください」、って言ったけどどうなってるんでしょう。

ってあとは空港うろうろ。早朝にもかかわらずアホみたいに人が多い。店はほとんど閉まってるのが残念だったりするが。開いてる本屋でF速だけは買っておく。

8時、だいたい30分前になったのでここでなんていうか検査。金属探知機通るやつね。それが、何回通ってもひっかかるのよ。もう、コート脱いで、ポケットのもの色々出して、それでもひっかかる。めちゃくちゃ恥ずかしい…。で、最終的にはハンディタイプの探知機かけられて。どうもベルトやらなんやらの金具が執拗に抵抗してたみたいだけど。「なれないもんですいません」って検査のおにいさんに謝ってそそくさと退散。全身触られたのであれがおねえさんだとドキドキしちゃってまずいなあ…、たぶん。

どたばたはあったものの20分前くらいには機内へ。っていうか、もうほとんどの席が埋まってた。みんな早いねえ。でもしっかり窓際だった、ってことは手続きが早かったのかしら。おまけに隣には誰も来ないし。シートベルトがうまくしまるか練習したりしてたらいよいよ時間に。なんか混み合ってるようで10分くらい遅れてようやく離陸態勢に。札幌は小雪で-3℃らしいです。こっち晴れてるのにね。席は主翼のななめうしろ。そのためか、燃料くさい。少々気持ち悪いかも。

8時40分くらい、今までちんたら走ってたのが一気に加速してあっという間に空へ。
どうもジェットコースターというか、そういう感じで。ぐるぐるしながらあっという間に大空へ。
飛行機も無事飛んだので翌日に回すか、ここで。



2003年03月12日(水)



 君といた日々は宝物そのもの その6

7時くらいに目が覚める。同室人の1人は早くも出ていった。というか、もう起きるモード全開っぽい状態になってたので荷物をまとめる。もう1人の同室人もさっさと出ていく。オレはちょっとぼけーっとして、それでも7時45分に出ていく。ちょっと知ってる子はあまりよくなかったといってたが、それほどでもないと思うがね。オレは。

とりあえず、市電の方面に歩く事にする。水前寺公園はもちろん開いてない。見るのも悪くないかなと思ってたが、そんな時間はあまりないようだ。とりあえず、今日の夜行で九州は脱出せねばいかん。一応始発の長崎から指定席は取ってあるものの、場合によっては博多からにもなりそうだ。でも、もう、ほとんど長崎まで行ってから乗ろうと思っている。観光する、という点では効率悪いんだけど、とにかく今回は交通費だけで6桁に近い金を使うし、観光で動くと疲れるし、もともと18キッパーなので電車に長時間乗るのは望むところ。別に移動だけでもどうにかなるのだ。おまけに特急に乗れるとありゃ文句はない。さて、とりあえず市電に乗って、中心部に向かう。まずは熊本城をおさえておかねば。植物園なんかもいいんだけど、1人だと少々イタイ。

8時50分、だいたい城の前にくる。もう疲れた。中心部は結構ちゃんとしてていいもんだ。確か福岡、北九州に続く九州第3の都市のはずだからな。ただ、昨日電車から見ていて思ったが、駅の周りはなにもなさそうだった。

とりあえず金払って中へ。正門(?)みたいなとこから入らなかったせいか、全然人がいない。天守閣ははるか遠くに小さく見える、って感じでどうにも味気ない。再建らしいし。どうも姫路城を見てしまって以来、城に対する評価が厳しくなった気がする。石垣はすばらしかったけど。

で、天守に入ろうとすると大量のコリアンが!なんか案内も日本語とハングルだしなあ、熊本にコリアンが大量集中するのだろうか?内部はたいしたことなし。最後の2フロアくらいは展示するものがなくて城のパネルだったしな。最上階はなぜかシルバーセンターの人いたけど。そのあと、当時のままの櫓見て城を出る。鎧かぶと姿のバイトらしきにいちゃんが何人か。

このあと博物館を見ようと思うがかなり疲れていたので三の丸広場というとこへ。たぶん大荷物を持っているのが原因だと思う。今回はコインロッカーは使わないつもりだから。なんかね、この広場はいい感じだった。広い芝生があって、美術館もあって、こういうのが街中にひとつあるといいな。幼稚園生がみんなで遊びにきてたり、親子連れがいたり、片や陸上部らしき練習があったり。もうちょっとあったかいということなしだけど。でも、すごいいい天気だ。気持ちいい。

広場から下に下ると博物館。市立博物館は地元にもあるが、こんな立派じゃない。そもそも、そんな語るべき歴史もないしね。存在知ってるのってほとんどいないんじゃないかな。それに比べてここは立派。今日はメンテで休みらしいけどプラネタリウムもある。無料コインロッカーがあったのでいれようとしたが入らない。丁度、小学生が社会科見学かなんかでいっぱいきてて、荷物を置いていたのでその場所に便乗しておいて置く。はしゃいだり、メモ取ったりする小学生に囲まれながら展示を見る。展示品もそれなりにしっかりしててよい。そのあと、バスに乗って市街地へ。

メールのやりとりで、黒豚を食って来い、というのがあったので、食べに行こうと思う。トンカツ食べるつもりだったけど、アーケード街をふらふらしてるとしゃぶしゃぶの店があり、ランチがあったのでそこに衝動的に入る。入ってみてびっくりしたが。バーみたいなとこでジャズが流れまくり。場違いな感じがしたが。とりあえず1680円の黒豚しゃぶしゃぶを。客はいなかったのですぐに来た。やっぱり量は少なかったのが残念だったけど。でも、味はうまかった。普段はこんな高級なとこでは絶対に食べないからね。

そのあとPARCOで時間つぶし。あの人が好きだといってた店があったので入ってみた。好きだっていうのがわかった。ほんとあの人の趣味そのまんま、って感じで。地元にあるはずなんだけど見た事ないな。そのあと市電で熊本駅へ。20分くらいかかったかもしれない。要するに、鹿児島以上に駅から中心が離れている。駅前はかなりしょぼかった。13時25分の特急で博多に行く。セミコンパートメントっていう4人1区画のボックスシートを1人で占領し、大きいテーブルが備え付けてあったので突っ伏して寝たり本を読んだり。15時くらいに博多に着く。すぐに長崎行きの特急が出るのだが、車両がハイパーサルーンで気に入らなかったので1本流す。やっぱり白いかもめでゆっくりしたい。

案内所のおねえさんに郵便局の位置を聞いていったが、駅出るとすぐにでかい郵便局があったので恥ずかしかった。金おろしてどうしたものかと思ったが甘い匂いに誘われてミニクロワッサンみたいなものを買ってしまう。おやつにしよう。そしてホームへ。さすがに30分前から並んでるようなのはいなかった。まあ、自分にとっちゃ地方での30分は待つうちに入らないのだが。これが東京だと5分でも長く感じるので変なもんだ。さて、階段の出口のところに並んで、階段のとこに座ってミニクロワッサンを食う。思いのほかうまくて、あっという間に食べ尽くしてしまった。

結構ぎりぎりで入線。待ってる時に頭の中で九州の地図を描いて、どっちが海側か考えた結果、左側だろ、ってことで狙うことに。っていうか、先頭だから楽に確保できた。中は白いソニックといっしょでレザーシート。すばらしい。今度はこれに2時間近くも乗れるのだ。デッキに大量の立ち客を乗せて出発。車内に入ってくる人はいないが。が、鳥栖で降り、佐賀で降り、あっという間に車内はがらがらに。半分くらいの乗車率になってしまった。九州はさかんに割引切符を売ってるし、定期券でも特急に乗れるから短距離利用が多いのだと思う。鳥栖まで20分、佐賀まで30分くらいだから、東日本人の感覚からいうと信じられない。まあ、東日本は会社がケチだからしょうがないか。そのあとは有明海に沿って走る。まだ日没には時間があるのでゆっくりと海を見る。17時56分長崎着。とはいえ、およそ1時間半後にはまたここを発たなければいけないが。

とりあえず駅ビルへ。せっかく来たんだからせめて皿うどんだけは食っておこうと思い、店へ。長崎はきれいな駅ビルだった。で、皿うどんを食って、服やCDを見て時間つぶし。結局、駅の敷地からは出なかった。19時くらいにお土産を売るような店に入って物色。バイト先への土産とビールを買って早めにホームに出て車両観察。九州って、見てるだけで楽しいのが多いのでいい。通勤型ばっか増やしてるどこかの会社は全然楽しくない。19時35分くらいに入線。予算節約のため今回は座席車。イメージ的には夜行バスだったけど、そんな感じで。ただ、やっぱりゆったりとはしている。出発前にリーマンとなぜか女子高生が乗ってくる。ミニラウンジもついているのだが、そっちには何故か親子連れが。意味不明だがとりあえず19時47分出発。

以下は翌日へ。だって、移動ばっかで書くことないから(笑

2003年03月11日(火)



 雑学王になりたい、とにかく その5

5時50分、床を出る。それまでにも何度か目が覚めたりしてたが。そして、着てたものをしまって、まとめて、またマンガを読む。やるまでは面倒だが、やりはじめたらどうってことはない。

6時45分出発。ゆっくり2泊して、お世話になりました。次いつこられるかわからないけど、また来たいな。なるべくなら、相方を連れて。そして、その相方があの人だったらいうことはないんだけど。そうしたらフェリーが沈没して海の藻屑となってもいいかもしれない。さて、なぜか寒い。南九州の南なんだがやっぱり本土だからか。ただ、コートなくてはどうしようもない、というほどではない。6時50分のバスに乗り、今度は垂水港へ直行。駐車場の「ありがとさげもした」という鹿児島弁がなんともいい味だ。

1時間ほどで到着し、フェリーに乗る。結構通勤に使う人もいるようだ。乗ったらすぐにうどんコーナーで朝食。ありがたい。席に着くとまんてんがはじまった。この連続テレビ小説は舞台が鹿児島なだけあって街中にかなりポスターが貼られてたり。何気にその気はなくとも結構見てたりするが。

8時35分鴨池港着。とりあえず止まってるバスに乗るが、どうも来たときとルートが違う。少々いやな予感がするもとりあえず乗りつづける。で、何時の間にか終点。山形屋バスセンターってどこ!?天文館からはあまり遠くないことは想像できたけども、駅から2キロくらい離れてるようだ。まあいい。適当に歩いて9時40分西駅着。焼酎を適当に見繕って買う。そして、10時25分のつばめに乗るべく並ぶ。

ここで、長崎に泊まろうと思ったので電話をしてみるがなんと満員…。オフとはいえ市街地は人気か。とりあえず、長崎か熊本かまで絞った状態でつばめに乗る。発車30分前に並べば楽勝で席が選べる。やっぱりいいとこだ。とりあえず海が見える進行方向左側を確保したのだが、とにかく疲れてしまって寝てる時間が多かった。3時間50分のうち2時間くらい寝ていた気がする。途中、サービスコーナーへ行ったときに女子高生が普通に乗っていたのには驚く。九州は定期券で特急に乗れるのかな。メールのやりとりをしてて、「長崎と熊本と、どっちがいい?」って聞いたら「熊本!」って言われたので熊本に泊まる事にした。熊本くらいまではだいたい席は埋まっていたものの隣に誰も来なかったし、立っている人もいなかったと思う。熊本から先は結構人の出入りが激しかったようだがあまり記憶にない。14時15分博多着。

とりあえず、ラーメン屋を探す。このために博多まで来たといっても過言ではない。適当にうろついてると地下にラーメン屋を発見。とにかく安い。チャーシューでも500円くらいだ。なんか、クッキングパパにも出てきたらしく、そのコピーが店内にあった。豚まんっていうのがおいしそうだったので2つ購入。おやつになるだろう。にしてもさ、なんでここって同じ駅ビル内に同じのが2つあるんだろうな。本社の出店計画おかしくないか?まあいいや。

今度は折尾へ行こうと思う。折尾といえばかしわめし。かしわめしといえば全国でも有数のメジャーな駅弁だ。せっかく来たのだから食さない手はない。ちょうどいい具合に特急が来たので乗る。直前に来たからどこもいっぱい並んでて、仕方ないのでいちばん人が少なかった喫煙席に入る。席はがらあきでよかった。九州の特急っていうのは喫煙席は端の1両だけで自由席と指定席が半分ずつ。このやり方ってうまいと思う。まあ、折尾まで30分くらい。大丈夫でしょう。

豚まんを早速食う。そのままもうまいけど、付属の酢醤油が絶品!これにつけて食うとマジうまい。なんかやずやの香酢を思い出してしまったり。さて、折尾に着いて早速かしわめしを購入。そして、時刻表を見ると10分くらいで特急が来るのでちょうどいい。

やってきたのは「白いソニック」。とりあえず、奇抜さと豪華さで有名な九州の特急でも最新鋭に入るものだ。とにかく外見がかっこいい。そして、中に入ってさらにびっくり!床はフローリング、そして、シートは本革!!グリーン車ならまだわかるのだが自由席にである。そして、車内をちょっとうろついてみるとBSテレビまであった。車両の端にはフリースペースがあったりするが、それもまたかっこいい。はじめて新幹線に乗ったとき以来か、それ以上の感動があった。なんか小学生に戻ってしまったというか(笑)30分少々しか乗れなくて残念だった。16時くらいに博多着。ここで宿の予約を取る。OK。よかったよかった。

16時25分発の特急に乗って出発。2日ほどまったくフリー切符にも関わらず使ってないのと同じだったのでとにかく特急に乗りまくる。余裕があれば快速の試乗なんかもしてみたいが。全ての列車をイベント列車みたいにする、っていうのが九州のコンセプトらしいがそういうのって好き。首都圏なんてホント走るんですばっかだからね。今、「有明」と「つばめ」は同じ形式の車両なんだけども、この車両っていうのは登場当時はすごいセンセーショナルだったな。でも、10年経ってくるとちょっとくたびれてくる。ソニック乗った後だとちょっと物足りない。すごい贅沢な事だとおもうけどね。

熊本から豊肥線に乗り入れて18時くらいに水前寺着。宿の最寄だったのでうれしい。少々遭難しそうになるも無事到着。同室人は1人いるようだが布団しいてどっかに行ってしまった模様。とりあえずかしわめし食って布団しいて、CATVで音楽番組見つつ時間を潰す。途中から週間チャート20曲のPVをノーカットで流す、っていうのがはじまって、これ安かったら入れてもいいななんて思ったり。そしたら同室人が来たので雑談。久々に夜しゃべった、って感じで。17歳のライダーだってさ。すごいね。自分の17歳の時、なにしてただろ?女子を視姦に近い形で見てたとか?今以上にひどかったからね。とにかく実のない青春だったわ。志望校決めてたから勉強もがむしゃらにしなかったし。ああ、鬱鬱…

さて、そんなこんなでもう1人。就職前の卒業旅行ってヤツだそうで。で、早速今朝鹿児島で買ってきた芋焼酎をお湯割りで飲んでみる。うまいね!で、適当にテレビ見つつダラダラ過ごし、風呂に入る。

結局移動の1日だったな。23時半くらいに消灯?

2003年03月10日(月)



 人生の楽園(byいかりや) その4

7時、いい天気だ。まだ言ってないけど自分の中では連泊を決め込んでるので別に荷物整理はせず。佐多岬までいってから北上するとなると結構しんどいし、ここが気に入ったのでもう1泊しようと思ったわけで。そんなところが無計画な1人旅のいいところであると思う。7時半飯。ちとこれであの値段は高い気がしないでもないが…。まあいいや。とりあえず連泊することを伝えて、バスが9時過ぎまでないのでまたマンガを読む。9時くらいに身近な荷物だけ持って出る。

ここは、隣に運動施設があるのだが、その横を通っているとテニス部の女子中学生が何人かいて「おはようございま〜す」と挨拶される。うーん、東京はおろか、うちの地元だって知らないのには挨拶しないぞ。おまけにオレ男だし。ましてや笑ってこらえてのダーツの旅のディレクターでもない。挨拶する習慣、っていうのが根付いているのかな。とりあえず自分も中学時代やってたので懐かしい。「がんばってね」と言ってバス停へ。律儀に「ありがとうございます」って返してくれるのがいい子達だねえ…。そのままで大きくなってほしいもんだ。なんかじじいくさいなあ(笑)

さて、バスに乗る。が、2つ目くらいで2人が降り、1人きりとなってしまう。その後も乗り降りないまま海岸線をひた走る。天気はすごくいいし、景色はやっぱりきれいだ。9時45分くらいに突然バス停止。運転手が降りようとするのであわてる。で、席を立つと「弁当買ってくるから待ってて」と言ってスーパーに入っていってしまった。うーむ…。確かに誰も乗ってないから早着だろうけど運転手の弁当購入っていうのはダイヤに組み込まれているのだろうか?恐ろしくのどかだ。

10時15分、大泊着。一応ここでバスを乗り換えることになってるからちゃんとしたターミナルみたくなってるのかなと思っていたがベンチが1つあるだけ!結局同じバスが直通するのだが一旦金を払う。なんか分離する意図がわからないですけども。有料道路に入ってひたすら山道を走る。なんか思いっきり亜熱帯植物がいっぱいあって驚く。途中に集落もあって驚く。ここが本土最南端の集落だろう。1人も乗ってくる。

10時45分、佐多岬着。バス代は合わせて1230円。1500円くらいはかかると思ったので意外と安い。ここは確か電波少年の箱男の出発点だったので見たことはある。トイレは何故か水洗。そして100円払ってトンネルに入り、しばらく歩く。10分15分坂道を歩いていくと展望台がある。途中にレストランがあるのだが、閉まってた。お土産屋もないようなとこだ。ここほど人が少ない観光地化された岬もない気がする。夏場に野宿する人もあまりいないんじゃないんだろうか。とりあえず、らくがきボードみたいなのがあったので書いておく。ああ、マジック持ってくりゃよかったよ。

11時展望台へ。中に入るとおばちゃんが「いらっしゃいませ〜」とりあえず売店になっている。少し気持ち悪くなるくらいの螺旋階段を上り、展望台へ。すごいいい景色。種子屋久もはっきり見える。空の青と海の青、すごくさわやか。どうやって下に降りたのかわからないような岩の上で釣りしてる人達が。本当にどうやってそこいったんだろう。岬の灯台の白がいい感じで映えている。例によって色んな人達がメッセージを書いている。日本縦断とかね。そこに自分もちょっと書いておいた。叶う望みのないような願いとか、まあね。その3,40分くらいの間に10人くらい来たのだが勿体無いことにみんな5分くらいで降りていく。とりあえずバスは11時45分というのがあるのだが、あまり早く戻ってもやることないのでゆっくりすることにする。14時くらいまでバスはない。あと、途中バスに乗ってきた人も昇ってきて、ちょっと会話。関東から来た事を言うとびっくりしてた。

11時45分、とりあえず下にいってイカ焼きを注文し、ポストカードを買って書く。とはいっても、30分も経つとやることなくなるわけで。なんか人も増えてきたので展望台を出る。ちょっと下にある佐多岬の碑のところで海を見てぼけーっと。とにかく日がまぶしい。サングラス持ってくりゃよかったよこりゃ。12時半、時計のインチキ温度計で25℃。うーん、ここまでは怪しいけど20℃以上はある感じだ。風がさわやかで気持ちいい。この時期の海風が気持ちいい、っていうのはここと沖縄くらいなもんだと思う。とにかく天気がいい。

場所柄か、団体ツアーもこなくて静か。まあ、今は時期を外れてるけど、ピークになるとライダーやチャリダーはくるのかな。でも、入るだけでも有料道路の金を払わなくてはいけないし、チャリは走行禁止だ。おそらく静かだと思う。それに、あまりに大きな所から離れすぎてるし、宿泊施設もほとんどない。あとは夜、どうなるか興味があるな。とにかくいいところだ。1日潰して、高いバス代払ってきても十分いいとこだ。セルフタイマーで何枚か写真撮ったりしたが、上の展望台から丸みえだという事をしり、とっても恥ずかしかったり。あと、おみくじがあったので引いたりして時間を潰した。ちなみに吉。

そんなこんなで13時半にトンネル前に戻ってくる。車は多いがほとんど鹿児島ナンバーだ。それからネコと遊んだりして14時、バスに乗り出発。客は自分だけ。14時20分、大泊に着いて降ろされる。他に乗る気配はまったくなく、40分発というのでそれまで近くの川で遊ぶ。おたまじゃくしがやたらと多くて不気味だった。

誰も客がいなかったのだが、運転手が話しかけてきてずっと雑談。まあ、どこからきたとかそういうものから北朝鮮の話題まで幅広く。こういうのも田舎ならではと言おうか…。15時45分宿に戻る。散歩へ。のんびり歩くのにちょうどいいとこだ。近くにコンビニがあることがわかったのでお菓子買って防波堤で食う。バイト募集してたが605円から。うちの地元だと最低賃金に引っかかるぞ。あまりこなそうだから楽そうだけど、どうもこの町で唯一っぽいからな、どうだろ。なんか不良ねーちゃんたちがぼけーっとしてた。

そのあとふらふらしてたら町立図書館へ。九州で最初の図書館らしいが、規模的には高校の図書室並みだ。もちろんパソコンで管理はされておらず、貸し出しカードに名前を書いて借りるようだ。まるで耳をすませばの世界。アナログだね。でも、意外と新しいのが揃ってた。海辺のカフカとか。うーん、これがわかってたら早く帰ってもよかったなあとちょっと思う。カフカ読んで時間潰せたじゃん。職員は1人だけ。閉館時間がわからなかったが17時近いので退出。日曜なのに誰もいなかった。

17時くらいに戻ってちょっとだけF1見てマンガ。18時飯。今日は老夫婦が泊まっているがどうやらこの3人だけっぽい。19時にまた風呂に入りにいく。ここに泊まってる人は半額で入れるのだ。まあ、定価でも300円なんだけどねえ。地元だとこの規模は600円くらいしそうだ。40分くらいで出て防波堤を散歩して涼む。空は晴れてるし、海風は気持ちいいし、すごくいいシチュエーションだ。まあ、相方がいないけどな。いちばんほしいんだけどいちばん調達が難しいのが玉に傷。でも、3月上旬で普通に外で涼めるというのがすごいところだ。地元だともち風邪を引く。ある意味すごい贅沢。

20時くらいに帰ってきてまたマンガを読む。そしたらお茶を持ってきてくれた。どうも昨日から飲みまくってるかららしい。ホットウーロンなのでちょうどいい。21時半、そろそろ明日どこに泊まるかを考えねばならぬ。頭が痛いところだ。明日は7時前にここを出るから、宿を取るまでいかなくてもどこに行くかは決めておかねばいけない。とりあえず、あさって長崎から夜行に乗っていくから長崎でどうかなと思って、あとはまたマンガを読む。それまでのルートは全然考えてないが。肥薩線のループに乗りたかったが、どうもうまくいかないので白紙なのだ。

とりあえず0時、キリがいいところで寝る。

2003年03月09日(日)



 時代を感じたな その3

6時55分起床。かなりギリギリだ。危ない危ない。急いで準備する。向こうの人はオレが知覧に行くと思ってるのでバスに合わせて少々朝食が早いのだ。7時40分頃出発。駅に着いて、ホームに出て待つ。すまぬ。車両は新型がきて快適だった。9時くらいに西駅着。列車の中では晴れていたのだが、外に出たら小雨が降ってきて寒くなった。垂水行きのフェリーが出る鴨池港行きのバスの時間を見ると9時45分。まだ時間がある。とりあえずケン○ッキーでビスケットとナゲットを買っておやつにする。そのあとは雑貨屋をのぞいて時間つぶし。どうも若い女子ばかりで男、しかも旅行者はこないようなとこだ…。やっぱり浮いてるが、結構ここ半年くらい女社会にいることがあったので、あまり気にしなくなった。いいものはいいじゃんか!

バスに乗る。で、この運転士だがとにかくしゃべる!止まる時、発車する時、カーブ曲がる時、橋渡る時など、とにかく注意放送をしまくるしまくる!絶対この人車内事故でお客が死んでるよ…、とか思った。最初は鹿児島交通の方針かとも思ったけど、まさかね…。

10時10分港に着く。で、切符を買おうとするが何故か買えずに乗り遅れ。社員の人に色々言われる。鹿児島弁で。乗り遅れてとはいっても1時間に2本はあるのでたいした問題じゃない。これが1日5本とかだったら死活問題だが。フェリーが着くとアホみたいに人が降りてくる。土曜日だし、向こう岸から35分、360円。車だとアホみたいにかかるがこれだと毎週垂水市に住んでる学生は天文館に遊びに来れるな。バス代入れても片道500円ちょっと。下手に薩摩半島に住むよりいいかも。

10時40分出航。天気はまた晴れ。移り変わりが激しい。気温は結構あると思うが風がとにかく強かったり。船はでかいんだけど、どうもバスみたいだ。落ちつかない。30分くらいしか乗らないのに売店とうどんコーナーがあるっていうのがフェリーならではか。11時10分垂水港着。

鉄道が通ってないので、ここが玄関のはずだけど、駐車場以外何もない!コンビニもない!一応市なんだけどねえ…。中心はもうちとちゃんとしてるのかな?ここから直接根占に行くバスは4時間後なのでそれまで待とうかとも思っていたがこれではどうしようもない。てなわけで、すぐ接続するバスで鹿屋に行くことに。鹿児島県第2の都市だからどうにかなると思う。

バスは誰も乗り降りせず快調に海岸を飛ばす。途中で何度か脇にそれて時間調整をしなければいけないほどで。で、すさまじい看板を見た。写真に撮っておけばよかったなと今更後悔してるが。うなぎ骨カルシウムなるものの看板だったのだが、なんとカルシウムの量が牛乳の252倍もあるらしい…。果たしてそんなに摂取して大丈夫なのか?舐めるくらいで1日分の必要量が摂れそうだ。

さて、12時15分、鹿屋着。バスに乗ってたのは年寄りと小学生だけだった。バスセンターは恐ろしく薄暗い。一応中心のはずだが全然活気がない。商店街には「このまま経ったら10年後どうなる!?」みたいな意味のことが書いてあった。確かに。とりあえず、自衛隊の基地に資料館があるということはわかったので行くことに。途中で降りとけばよかったと思ったが後の祭だ。5分くらいで航空隊前に着く。

入っていっていいものかとちょっと思ったが、どうぞ、って書いてあるのでとぼとぼ歩いて敷地へ。突き当りまで歩くと右には基地入口、左には資料館。ちょっとゲートまでいってみようとも思ったが怖いのですんなり入る。やってないかと思うほど人がいなかったが、そりゃそうだろうなあ。恐る恐る入ると受付の自衛隊の制服着たおじさんにいらっしゃいませと言われて記帳する。一応国の施設だからね。でも、無料は嬉しい。知覧にも特攻隊関連のがあるがそこは金を取られる。まあいいや。とりあえず上から。

ここについて語り始めるとキリがなくなるので端折るけど、来て良かったと本当に思ったね。東郷元帥の肉声テープから復元した零戦から全特攻隊員の顔写真までとにかくよくあれだけ揃えたもんだ。あと、オレと同じ年の時に特攻隊員で、あと終戦が2日遅れてたら出撃していたという案内の人に色々教えてもらった。江田島にも同じようなのあったけど、あれは完全に敷地内だったので時間制限があってゆっくり見れなかった。鹿屋航空基地史料館、すごい。結局15時半くらいまで長居。これで鉄道記念館にはいけなくなってしまったが悔いはないね。受付で荷物預かってもらってたんだけど、返してもらう時に「ずいぶん長かったね〜」とかいわれてしまたし…

同じ敷地内にある観光物産館みたいなとこでゴマアイス買って食ってバス停まで歩く。確か30分くらい時間があったので歩くことに。まあ、大丈夫だろうってことで。結構早く歩いた結果余裕を持って到着。根占港寄らないので、近くにあるネッピー館っていうなんだかよくわからないとこまでの切符を買って待つ。16時20分くらいにバス発。のはずだが、のんびりしてて5分以上遅れる。おまけにラジオかけっぱなし。これはカルチャーショックだったね。鹿屋は台地にあるのだが、そこから海に出るとすごいいい景色。夕暮れの開聞岳なんかとくに。しかし、やっぱり彼らにとっては日常の風景なので見とれてたのはオレだけ。マンガを読んでたつわものもいた。かなり揺れがすごいんだけどなあ。

17時20分頃宿に着く。荷物を置いて広間へ。マンガがあったので読んでるとその家の子が出てくる。1つ下らしい。色々会話してこの辺の生活事情などを聞く。18時くらいに飯。自分の分しかなく、もしやと思うが…。食後またマンガを読んで19時くらいに風呂に入りに。ネッピー館っていうのは温泉施設の名前だった。なんか出かける時に人がいたりしたんだけど彼らは誰だろうと思いつつ。

徒歩2分くらいなのでゆっくり風呂に入っても19時45分くらいに帰る。湯がしょっぱくて、最初海水沸かしてるかと思ったくらいで。露天風呂はそのままのお湯を流してるっていってたがかなり土色してて不思議な温泉だった。内湯はやっぱりそのままだとメンテが面倒みたいで。

宿に帰ると若いものが4人でお菓子食ってた。ここの子の同級生らしい。一緒になって会話ちょこちょこしてたら適当に彼らは遊びに行ってしまった。宿泊人は結局オレ1人だけだ。で、そのあとはそこの人と色々会話。焼酎があったのでお湯割りをもらう。やっぱりイモはお湯割だね。結構長い時間しゃべる。明日は佐多岬にいくけど、天気がどうだろうってこと。あまりこの時期はきれいには晴れないようだ。適当にお開きとなって、そのあとはひたすらマンガを読む。紺碧の艦隊おもろい。で、0時くらいに布団入る。でも、いつ寝たんだろう…?

2003年03月08日(土)



 効果が通常の温泉の4倍らしい その2

まだ外が暗いうちに目が覚める。横の時計を見ると5時だった。九州入ったあたりかなとふと思ったがすぐにまた意識不明。

次起きたら6時。博多駅に止まってた。確か博多5時半くらいのはずだから遅れてるなあ、とちょっと思ったがまた眠る。そんなこんなで短い睡眠を繰り返しながら7時40分頃起きる。しかしぼけーっとしたまま。酸欠なのか、まだ降りるまで時間があるからなのか…

8時半、車窓に海が広がる。ようやく完全に目が覚めた。全然考えてなかったが進行方向右側だったので部屋からゆっくりと海を見る事ができた。きっぷ頼んだ時は2階がいいってことで、それしか考えてなかったけど、これは意外な収穫だ。まあ、来年の3月でこのあたりはJRじゃなくなるから最初で最後かもしれないが。

9時10分。水俣着。遅れに遅れている。どう考えてもあと1時間半で着くわけがない。今日1日どう行動するか決めてなかったので図書館から借りてきたガイドブックを読む。あんまり市内の観光スポットはなさげだ。そしてMDも聴き始める。最初からつまづいてしまったのでTMRを聴きつつテンションをあげようとする。途中で特急に追いつかれたりしたので乗客がそっちに移り余計に寂しい状態に。

10時、突如ドアが壊れる。ドアノブが取れやがった!一応形だけは戻しておいたが通常使用でああなるってことはかなりボロだ。

11時20分頃、1時間遅れでようやく西鹿児島着。どうして遅れたかは結局わからずじまいだった。天気は悪けれどそれなりに暖かいのはやっぱ南国か。どうも雨が降りそうな感じだ。

バスターミナルをうろついてると鹿児島シティービューっていう観光地を巡る路線バスがある事を知ったので止まってるのに乗る。とりあえず鹿児島といえば西郷どん、西郷どんといえば城山と思ったので城山へ。東郷元帥も鹿児島なのだが、この人に関するのってないのよね。1日乗車券を買う。市電も乗れるし。ここのは日付を削るスクラッチタイプだったので面白い。

とりあえず西郷洞窟で降りる。なんてことはない、入口しかないじゃん!雨は降ってくる、傘はない、バスは30分に1本。手なわけでしばらくぼけーっとしつつバスを待つ。今度は城山展望台へ。天気が天気なだけに桜島は半分雲だったが思っていたよりもでかい。あと、市街地は意外と広範囲になっている。うちの県庁所在地と人口はあまりかわらないはずだが、こっちの方が大都市に見える。郷土愛があまりないからそう感じるだけなのかは定かではないが。

次のバスに乗って南九州最大の繁華街、天文館へ。個人的に天文館、っていう名前が好きだ。規模的には結構でかい。ただ、駅から離れてるので旅行者からすると乗換え時間が半端な時にうろつこう、っていうのは厳しいかもしれない。あんまり長くないけどアーケードが続いている。そして、る○ぶにあったラーメン屋で飯。鹿児島ラーメンってやつ。にしても、九州のラーメンってみんなとんこつベースなんかね?

時刻表で時間調べる。今日の宿は指宿なんだが、そこまでいくのは1時間に1本くらい。だが、うろつきたくなくなってきたので、とりあえず途中の喜入までいくことにする。喜入といったら石油備蓄基地があるというくらいの知識しかないが。車両は新型のものだった。ディーゼルカーとはいえ地元のに比べればはるかに快適である。14時くらいに出発。20分くらい市街地走ってようやく畑っぽくなる。意外と広い。

喜入に着く。典型的な田舎の駅って感じだ。駅員さん1人。お菓子は売っているがキヨスクではなく、窓口の横にちょこっとあるだけ。駅前には店が1件もない。おまけに、少々寒い。マフラーをする。ぼんたんあめとさつまいもキャラメルを購入。こういうのは安くて記念にもなるし気に入っている。てなわけで、45分くらいホームに出たりうろちょろしたりで過ごす。そしてまた乗る。今度は旧型。というか、こっちのほうが未だに多い。

また海を見つつ走る。日頃海を見ないから何度見ても飽きない。そして指宿を過ぎ、16時半頃山川駅に着く。

本当は日本最南端の西大山までいきたいとこだが、恐ろしく電車が少なく、そこまで行ってると飯の時間に間に合わなくなるので泣く泣く断念。で、「駅員のいる駅では」日本最南端の駅というよくわからんうたい文句の山川まで来たという訳で…。今まで、飯を頼まないで失敗した事はあっても、飯頼んで失敗したのはこれがはじめてだったりする。

さて、この駅であるが、「駅の存続自体が危ぶまれるので切符はこの駅で買ってください」みたいな地元では考えられないようなものが…。そして、女子中学生が6人ほどいて色々しゃべってた。元気なものだ。普通に携帯も持ってるし。どこでもだいたい若い子っていうのは変わらない気がするが、違う点といえば言葉がなまりすぎてるのと、おっちゃんとよくしゃべること。駅員ともタクシーのおっちゃんとも結構しゃべってた。

そんなこんなで3,40分過ごし、1駅だけ折り返す。指宿駅に観光案内があったので聞いてみたが、やはり根占へのフェリーはないようだ。フェリーがあれば40分くらいなのに、フェリーがないので明日は丸1日に近い移動となる。

駅から15〜20分ほど歩いて宿へ。部屋にはもう布団が敷いてあるので先客がいるようだ。他には誰もいないが、どうも居場所に困ったので布団を敷いて本を読む。しばらく読んでたら先客が来る。第一声からダメだ。はずれだ。こういう人間は付き合いにくい。態度がでかすぎる。まあ、またさっさとどこかへ行ってしまったので飯まで本を読む。飯を食って、指宿名物砂蒸しに行くことに。チャリ借りて道聞いて出発。ロンTにフリース1枚だけだが寒くない。地元でこんな格好してたら自殺行為に近いのに…。19時半頃出る。10分くらいでさっさと到着。意外と指宿の町はちゃんとしていた。

金払って浴衣に着替えて海岸へ。暇そうにしてたおじさんおばさん達が砂を掘って案内してくれる。横になって砂をかけてもらってガイドブックで見たよな砂蒸しスタイルに。標準は10〜15分らしいので最初はそれくらいで出るつもりだった。が、どうもまだまだいける、ってことで延び延びになり、あとから来た人達よりも粘って、結局30分入ってた。本当はもっと行けると思ったが、きりがなくなるので。そのあとは、風呂へ入ってサウナに入ってMステちょい見て出る。かなりふらふらした。お湯じゃないので入ってるうちはのぼせないのだが、思いっきりのぼせる…。カルピス飲んでちょっとぼけーっとして帰る。夜風が気持ちいい。天気はまだ微妙に悪い。

帰ってくると21時くらい。同室人と管理人がしゃべってた。オレはあまり会話に加わらずに、でも暖房がついてたので同じ部屋で本読んだり明日のルートを考えたり。向こうの人は知覧に行ってみれば?、と言ってたし、最初そうするつもりだったが段々それでは明日の日程がきついことがわかり、さっさと鹿児島に戻る方向で頭は決まった。が、もちろんそのことは言わず。朝イチで西大山にいこうとも考えたがあまりに現実的じゃないことがわかったので断念。まあ、あと何度かは九州に来るだろうから焦る事はないか。

23時くらいにお暇して布団に入る。しかし、2連続夜行で疲れてるはずだがなかなか眠れず。0時頃就寝。



2003年03月07日(金)



 ああ密室の夜は更けて その1

途中、3回ほど運転手は休憩を取ったようだ。そのたびに目が覚めた。走ってるほうが眠れるみたいだ。だいたい1.5時間〜2時間くらいの間隔で休憩してたような気がする。

5時半。いきなり明かりがつく。何かと思えば「あと10分ほどで京都駅に到着します」

なんですと〜!!予定より30分以上も早い!とりあえず5時にタイマーセットして起きていつでも降りられるようにぼけーっとしてたので不意打ち、ってほどでもないが、やはり不意打ち。

とりあえず冷蔵庫のコーヒーを1本パクる。乗務員は何も言ってなかったが、このルートのバスは飲み物の無料提供があるから持って行っても一向に問題はあるまい。誰かが入れた形跡もない。ほかにカルピスだのお茶だのあったので何本か持って行こうかと思ったが、別に誰かと逢う予定もないし、荷物が増えるだけなのでコーヒーだけにしておく。っていうか、あんな小さいんじゃ気付く人いないんじゃないのかな?あ、あとおしぼりサービスもあったはずなんだけども…。座席のとこにあったパンフにも書いてあるやん!このインチキ乗務員が!!

そして5時40分、夜も明けていない京都駅におろされるのであった。いくら京都といえどもこんな時間に見学できる場所なんてあるわきゃない。見える範囲にゆっくりできそうなとこもない。仕方ないので駅に入る事にする。少なくとも19時くらいまでは京都で粘らなきゃいけない。京都は1日2日で見尽くせるところではないけれども、さすがにこの時間では考え物なのだ。

とりあえずコンビニを確認。そしておもむろに冷たいコーヒーを一気飲み。あとは適当にうろつく。こんな時間から歩きまわることになるとは思わなかったが。

そしたら、急におなかの具合が悪くなってきた。やはり、空腹状態で冷たいのを流し込んだのがきいたのか?トイレにいくが紙がない…、仕方ないのでおなじみの自販機で紙を買う。何を血迷ったか100円もしやがった。あー、こんなじかんに武○士やア○フルのティッシュ配ってるおねーちゃんはいないしなあ…。

さて、ガイドブックもなく、どうしようもないのでコンビニに戻る。何冊かガイドなり地図なり読んだところでやっぱりガイドブックがほしいという事になり、いちばん安かったポケットまっぷるを購入。税抜き500円以下っていうのが気に入った。る○ぶあたりだとガセのくせに800円くらいはするからね。このときようやく6時半くらい。

とりあえず、西本願寺と東本願寺が6時半から開いてるという事なので行くことに。幸い、どっちも修学旅行ではいってない。っていうかさ、中高どっちも京都きてるんだよねえ…、まあ全然見てないからいいけどさ。

1日乗車券というものがあるはずなのでバス案内所みたいなところに6時くらいにいってみたのだが、どうもそこにはないっぽいし、窓口のおっちゃんの対応が気に入らなかったので、結局地下鉄の駅で自販機(っていうのか)で1200円の地下鉄バス共通1日乗車券みたいなのを買った。ちなみにバスだけだと500円だか600円。見つからない以上は仕方ないか。とりあえず東本願寺までは1駅。それを堂々と乗るのも乗り放題のいいとこだ。初乗り200円の由。

以下ちょっと端折る。地下鉄降りて目の前のコンビニでアミノサプリ買って飲んで飲んで、まず東へ。結構逆走したので歩いていったほうがよかったかも。なんか袈裟着た人、しかも一般人が大量にいた。そのあと歩いて西へ。こっちは世界遺産だが、本堂修復中でどうにもできず。あと何年もかかるようなのでどうしようもない。腹の具合が悪いのでトイレを借りて更に西に歩く。師匠が出た大学(京都地理に詳しい人ならわかっちゃうな)の横を通りとりあえずバス停に行き、バスに乗る。とりあえず哲学の道を歩きたいと思った。まあ、西から東なので非効率極まりないが。

何時の間にか1時間ほどバスに乗っており、ようやく銀閣寺の前についた。このとき9時くらい。3年半前にも歩いた銀閣寺への道を歩き、途中から南へそれて哲学の道を歩き出す。肌寒いくらいだが歩き出すとちょうどいいもんだ。

9時10分。法然院へ。とりあえず途中にある小さな寺院も見て見ることにしたのだ。何かの撮影をしていた。テレビくさい。いかにも京都、って感じの竹林があった。そのあとはのんびりと散歩。修学旅行生がいないわけじゃないが、やはりオフシーズンなので少ない。あまり人に邪魔されずにのんびり歩いて10時ちょっと過ぎに南禅寺へ。ここは修学旅行の時に来てなかった。とりあえずめぼしいとこをうろちょろして、非公開文化財特別公開とかいうので南禅院を見る。普段も庭には入れるが、中には入れないようだ。狩野派の有名な絵師達が襖絵を描きまくってるというすさまじい建物である。ネクタイ腕章の人達がいっぱいいてすごかった。近くにある地下鉄の蹴上駅から地下鉄に乗って11時半には京都の駅に戻った。

次は梅小路蒸気機関車館へ。京都にあることは知ってたが行く機会もなく。とりあえず、バスを調べていく。バス停を降りてJRの社宅の横を抜けていくと梅小路公園。平日らしく子ども連れの人が目立つ。そして機関車館へ。詳しく書くと長くなるので割愛するけど、幼稚園児が遠足に来てて騒がしかった。あと、1.7メートルあると言われるC62の動輪はやっぱりでかい。写真もいっぱい撮った。しばらく待てば機関車の運転があるとかいってたが、疲れてたし、子どもたちで占拠されそうなので1時間くらいで退出。バスに乗って西大路四条〜四条河原町というルートを辿る。要するに中心地へ。

だいたい14時。全く飯を食ってなかったが、腹減ってきたので某ファーストフードでチキンを食う。2階で堂々と女子高生が5人くらい煙草を吸ってたが店員は何も言わず。それってどうかねえ?

14時20分。今度は竜安寺へ。ここも修学旅行では行ってなかった。天気は悪いがまだ雨は降ってないっぽい。バスは死ぬほど人が乗ってたがほとんど降りてしまい、こっちが乗る時には5人くらいになってしまった。さすが中心部。

15時10分くらいに着。渋滞もしてたし、やっぱり京都は広い。雨が強くなってきた。傘がないが買う気はない。石庭は人がいっぱい座っててぼけーっと見ていた。南禅寺で見かけた女子高生グループ+タクシーのおじさんをまた見かけた。高校時代の同級生に似ている子がいて一瞬びびった。まさか本人じゃないとは思うが…
帰りは京福電鉄で四条大宮まで出ようと思ったが意外と最寄の駅が遠いことが判明。でも、京福に乗りたかったので木の下で雨宿りしつつ地図を見て色々考えた結果、北野白梅町までバスで行ってそこから乗る事に。

京福電鉄っていうのは非常に自分にとって興味深いとこだった。よくわからない。京都は路面電車は全廃したはずなんだけど、平気で道路を走る。普通、路面電車っていうのは専用のところをあけてるはずなんだけど、ここは電車の前も後ろも普通に車が通る。車は飛び出すし、クラクションは鳴らされるし。おまけにめちゃくちゃ長い時間それが続く。混雑時は車にとっては迷惑極まりないような気がしてならない。江ノ電の比ではない。おまけに複線。まあ、他にもあるけど、乗り換えしても20分少々で四条大宮につく。バスと同じか早いくらいだ。16時45分にはまた四条河原町に戻る。あと3時間。

とりあえず大丸を物色。そしてフジイダイマルっていう同じようなところへ。UAかビームスだか、どっちかがあったので結構長時間いた。大丸では札幌店開店記念なんたらの放送をしていたが、実際に行くのは自分くらいなもんだろう。しかもあと1週間後にはそこにいるという…。

そして阪急へ。ここの品揃えっていうのはちと変だ。一応百貨店に行くと女性もののコーナーもさーっと見るのだが、バンギャ向けの店っていうのははじめてみた。しかも2件。お子様くさいの、例えば3年2組とかは結構どこにでもあるのだが。しかもメンズとか書いてあるとこにも女性ものしかないという…。そんなに京都ってバンギャが多いのかしら。

バスで駅に戻る。これがひどい混み方でしかも前後が同じ年くらいの女の子だったので気を使う。急停車急発進でもよりかかれないからね。変な疑いかけられたりするのイヤだし。でも、女子っていうのは普通によりかかってくるんだな、これが。

17時56分、とりあえず京都脱出。2時間くらいあるが三ノ宮あたりまで往復して大阪に戻ろうという魂胆。疲れてて座りたかったのでわざわざ普通に乗る。にしても、前の席に座ってるおっさん、メガネのフレームが長方形でおかしかった。この間はずっと読書タイム。事故ると予定が狂うのだがいい時間つぶしにはなる。

新大阪に戻って弁当と飲み物買って、うどん食って20時くらいにはホームに出る。とりあえず淡麗生5001本、お茶1リットル、サラダ、カツ弁当を買っておいたが明日の10時半まで持つかどうか。14時間1人の世界になる。発車10分前を切ってようやく入線。最近の寝台列車っていうのはせわしない気がする。どうせホームが余ってるんだからもっと早くてもいいんじゃないかな、新大阪駅。とりあえず乗り込んで自分の部屋に。とにかく狭い!去年の夏北斗星に乗ったときの個室と区分は同じなのだが、アレより狭い。面積は畳1枚よりちょっと大きいくらい。高さは1メートルない。2階なので見晴らしはいいはずだが天気が悪い。閉所恐怖症の人にはおそらく耐えられないであろう空間だ。でも、1人きりになれるっていう意味ではやっぱりいいもんだ。乗車率は27室に対して12室くらい。平日のオフシーズンと考えれば結構いいかんじかな?姫路くらいまでは人が乗ってくるみたいだけど。

発車して車掌が検札に来るっていうからしばらく待っていたが全然こない。仕方ないので飯食って待ってると明石海峡大橋通過のときにアナウンスがあったので見てみる。すごくきれいだ。しかし、車掌は全然こない。姫路過ぎてようやく来た。そのあとはサラダ食いながらビールのんでのんびり。メーリスで旅行記を流してたりするのでそれに対する返事を打ったり、ちょっとメールで会話したり。なんと1人が岡山にいる事が判明。もちろんホームには見送りにこなかったけど。

試しに煙草を1本だけ火つけて吸ってみた。報知器は鳴らなかったけど、煙がこもりまくってすごい状態になった。しばし換気扇をフル回転させてドア開けて。換気扇は電源切っても完全には切れないようになっている。さすがにこの密室で完全に換気がなくなったら窒息するだろうしな。

岡山過ぎたあたりで意識不明。長かった1日もようやく終わった。

2003年03月06日(木)



 端っこ日本縦断記 エピソード0

さて、ようやくこれからこの旅行記を書くわけだけど、思い出して書くのって結構大変なんだよねえ。宮脇氏も言ってたけど1日分書くのに2日くらいかかるんだわ。とりあえず、毎日ちょこちょこと書いていこうと思う。1〜2日で1日分をあげられたらなあと思う。

個人的には2,3の作家の文体を混ぜたつもりで書くけれども、あとで読んでもちょっとわからないだろうなあ…。まあ、明らかにわかるのはいるか(笑

とりあえずこの期間に読んだ本。たぶんこのペースだとトータルで60冊くらいしか読めないと思う。読む時間は結構あったんだけど、本を持っていくのが重労働のため10冊が限界だった。
21〜32.子竜螢「不沈戦艦紀伊」5〜12
       「戦艦信濃」1〜2

番外編
「紺碧の艦隊」 1〜13
「沈黙の艦隊」 1〜12
何気にマンガ本を25冊も読んでいた…


注)とりあえず3月5日20時までさかのぼります。それではどうぞ!

翌日は公立高校の受験日である。もう2時間経たずにバスに乗るわけだが、前日だけあって勉強をやらないわけにはいかない。それに、今夜から旅に出る、なんてことは間違っても言えるものではない。とりあえず20時には終わりなのだが、翌日に対する心得とか、色々しゃべってたら20時半を過ぎた。だいたいこのあたりは計算済みだったので、荷物は全て持ってきている。帰る時に向こうの母親に「どこか買い物でも行ってきたの〜?」と突っ込まれたので「ええ、ちょっと東京まで」なんて軽く言っておいた。まさか、「今夜から九州に行くんですよ〜」なんて言えるわきゃない!とりあえず、試験の健闘を祈るや切(パクり)

さて、一旦家に帰らないという事でいるので、チャリを止めて、駅前のミスドで時間を潰す事にする。ちなみにこれが初ミスドだったりなんだったり。メニューがよくわからないので、適当に無難っぽいのを4,5個注文してウーロン飲みつつ過ごす。まあ、メニュー多いとはいってもスタバの注文の複雑さに比べりゃたいした事はないだろうが。店の中には大荷物を抱えた同じ歳くらいの男性がいて、テイクアウトしてたから同じバスに乗るのかなと思っていたが、結局出て行ってしまった。とりあえず、店の中にはそれっぽい人は他にはいない。かねてから疑問に思っていたのだが、この地域から京都大阪にいきたがる人ってそうはいないと思うのだが…。早かれ遅かれ廃止されそうな気がしないでもない。

ドーナツ食って、本読んで、だいたい21時45分。バスがロータリーに入って来るのが見えた。いよいよである。いつもチャリに乗って見ていたバスに自分が乗るのだ。ドアが開く。車内に入ると1人しかいなかった。そして、乗ってきたのも自分を含めて2人しかいなかった。平日の夜はこんなものなのかな。以前、同じルートのバスにのった事はあるが、この時は2階建てバスの2階だったので、この、ハイデッカーバスはどうもちゃちい。まー、そんなことはどうでもいいんだが。それに、あまりここで止まっているとあとが続かなくなるので設備云々に関してはあまり言わない事にする。

21時50分発。カーテンが2重に閉まっていたが開けて外の景色を見る。25分ほど走ってまた停車。今度は7,8人くらい乗る。これで10人くらいになった。学生らしいのが2,3人。あとは子連れとサラリーマンっぽい人がちらほら。とりあえず、学生は休みに入ってるので普段よりは少しは多いのかもしれない。

高速に入って22時半くらいに消灯の案内。一応運転手のほかに1人乗務員がいるのだがこの人アナウンスが下手だ。どうもいかん。明かりを消したらトイレの横にある常務員室に行ってしまった。さっきトイレにいったときに中をちょっと覗こうかなとか思ったりしてたが、やはりできなかったが。

だいぶ車内は静かになって寝てる人も多いようだけど、なかなか眠れず。いくらゆったりしていてめちゃくちゃリクライニングがきいているとはいってもやはりバス。少々列車とは勝手が違う。本も読めない。とりあえず景色を見る。どのようなルートでいくのかも少々興味があるところだしね。

0時くらいに明らかに東京っぽくなってくる。荒川か隅田川の隣を走ってるなあ、となんとなく思っていたが、東武浅草駅が見えたので隅田川とわかる。この辺は東京とはいえネオンもあまりない。高速は車が多いが渋滞せずに流れてはいる。

とりあえず街の景色を眺めつづけていると東京タワーが。どうもこの建造物は自分にとっては微妙だ。タブーの1つといっていいかもしれない。ってことは、今走ってる道路はあそこじゃないか!!、とちと考えたりして…。なんか出発早々センチメンタルだ。まあいい。そんなこんなで山手線を半周するような形で何時の間にか東名に入っていたようだ。東京も過ぎたので寝ることにする。それではおやすみなさい…




2003年03月05日(水)



 キーボードそろそろ寿命か?yとhが

起床は9時前後。飯食ってぼけーっとしてたら昼になってしまった。券が届いたと電話が来たのでとりあえず学校にはいかねばならぬ。よって、市立図書館は明日におあずけだ。学校行って予約していたものをいくつか受け取って青春18切符を買った。とりあえず、これがなくてははじまらない。意外なところで役に立つ。

そのあとはバイト。今日は新しい事を教えてもらった。少し物にするには時間がかかりそう。明日2人ほど新人さんがくるようだ。楽しみ。同じ時間に入るのはいつになることやら。明日から2週間またいなくなるしね。今日はだいぶ暇だったので店長と色々トーク。組んだ人もタカちゃんだったので波長が合っていい感じだった。終わってからも3人でいろいろトーク。この組み合わせがいちばんやりやすいかな。一方、かなり抜ける人がいるみたいで、下手すると3人で回さなきゃいけないかも…。すまぬ。

さて、明日やること。荷作り、図書館で本返して借りる、ドラッグストアと100円ショップに買い物、銀行口座から金を下ろして郵便貯金に移す、こんなもんか?

2003年03月04日(火)



 至って不毛

11時まで寝てしまった!途中何度も悪い夢で目が覚めたりしたんだがだらだらと。そのせいか10時間くらいは楽勝で寝たはずだがどうも目覚めがよくない。

朝飯食って新聞とTV。昼飯食って読書。専門書が3冊まだ残っているのだが、どうも気が進まない。そして眠い。おまけに持病再発。仕方ないのでタダでもらった貴重な薬を1つ。そしたら楽になってきた。まあ、なんとか本読んで17時から金八。今日から再放送だけど新シリーズ。これが自分にとってはじめて見た金八なんで、いちばん思い入れが深かったりする。ちょうど中学生だったしね。ちなみに、乙女ちゃんと同じ学年でした。楽しみなんだけど明後日からまたうろつくんだよな。録画しておくか。

外は雨降ってたが、出かける頃にはやんでた。思ったより暖かくてよろし。入試は何気に3日後。とにかくがんばれとしか言えぬ。

明日は図書館行って出先で読む本借りて、生協行ってチケットもらってこないとな。あとシフトも入ってた。ま、今日ボケてたからいいか。

19.宮脇俊三「最長片道切符の旅」
個人的に2万キロと、昭和史と合わせて宮脇俊三3部作と思ってるもので、このまえたまたま再発見したので読んだ。専門書読む気ないときはこういうのがいいんだよな。

20.斉藤綾子「愛より速く」
なんか本屋に「女の子向けのちょっとHな小説」みたいなことが書いてあった気がするが、今時の女子はこれくらいじゃ全然そうは思わないんじゃないかねえ…。みんなぶりっ子、っていうか知らないぶってる気がする。逆にオープンな方が付き合いやすいと思うのは自分だけ?

2003年03月03日(月)



 もう3月なんだなあ

起床8時半。彼は結局2晩泊まって9時頃帰っていった。まだ国立の結果はわからないが、これが、普通に家に泊まりにくる最後になるかもしれない。もし国立受かると九州だからなあ。どれだけ仲がいい友達がいても、血のつながりには勝てないかな、って感じがした。歳も1つ違いだし。でも、学年はこれからは2つ違うことになるから混乱しそうだなあ。

13時から某所で電話番みたいなこと。でも、あまり出る幕はなくて、結局、本を2冊読む。18時に終わって記念だか知らないが3人でプリクラ撮る。1人や男同士で撮るもんでもないだろうからな…。プリクラ、っていうものは彼女なしの自分にとっては撮る機会なんてほとんどないからあまり言えないけど、最近の機種っていうのは以前に比べて画質は相当良くなったと思う。半年前にボロ機械で撮ったものよりはだいぶ見られるものになってるかなあと。なんか、旧機種ってどうみても自分に見えなかったし、他の人もこんなにブサイクかなあ、って思うくらいだった。でも、今のって、納得できるんだよね、等身大って感じで。シールの大きさもでかいしね。次はいつになることやら。でも、ここ1年でこれが確か3回目だから、以前と比べれば撮るようにはなった。

帰り、人身事故で電車が止まっていたがとりあえず読書。30分くらい遅れたらしいが気にならなかった。武蔵にも間に合ったしね。

てなわけで、久々にPCから書いたけど、やっぱ楽だね。

2003年03月02日(日)



 今日も携帯から

11時半家出てバイト。映画ワンピースの公開日らしく親子連れがやたらくる。17時あがりで18時からカテキョ。あと5日だ〜!
21時近く帰宅。

彼はもう1日泊まることになったが雨だしほとんど外出してないとか。本は少しずつ読んでるがまだまだだな。速く読めるけど気持ちに左右されやすい。
明日はボランチアかな。

2003年03月01日(土)
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