マニアックな憂鬱〜雌伏篇...ふじぽん

 

 

大事なのは、「何を観ているか」だけではなくて。 - 2004年08月23日(月)

平坦になった心電図を見ながら御家族が来られるのを待っていると、耳に「野口、金メダルです!」という威勢のいい声が流れ込んできた。
食堂のテレビからは大きな声が廊下に響いていて、その周りでは、おばあちゃんたちがテレビを観ているのかいないのかわからないようなふうで、朝食を淡々と口に運んでいる。
そんな、日常。

この世界にはオリンピックの結果に一喜一憂する人々がいる一方で、病院で愛する人の心臓がいつ止まるかとモニターを見つめている人たちもいるし、そうやって、モニターをつけられている人たちもいる。
そんな、オリンピックなんて考える余裕もない人たちの傍にも、アナウンサーの絶叫は流れてくる。
「やった、金メダルです!」

たぶん、オリンピックを楽しめるというのは、幸せなことなのだろうと思う。
でも、そんなに無邪気に現実逃避ばかりしていてもいいのかな、なんて時々感じる。

とはいえ、遠い国では、絶望しきった人々が、唯一の希望の光として、自国の選手たちの姿を眺めているのだ。

結局、何が正しいというより、自分がどこに立ってそれを観ているか、ただ、それだけのことなのかもしれない。



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「愚かなるラブゲーム」の隣の席で - 2004年08月17日(火)

 僕たちがその店のカウンターの片隅でビールを飲みながら夕食を摂っている隣で、かなりできあがっているらしいその若い男は、3分の1くらいしか残っていない焼酎のビンを傾けて中の液体をまたグラスに注ぎ、熱く語り続けていた。

「オレだって、まだ夢があるんだよ!陶芸家になって、地元の人に名前を聞いたら、『ああ、あの人ですね』と誰でも知っているような有名人になりたいんだ」

彼の隣には、薬指に指輪を嵌めた、比較的美しい女性が座っている。
彼女は酔ったこの男の話をまともに聴いているのやらいないのやら。
あまり自分の前の酒に手もつけず、ときどき何か小声で返事をしていた。

「だいたいさあ、子供がデキナイのだって、ダンナとの相性とかもあるだろうし、これからうまくいく保証なんてないよ!向こうの両親とのこともあるし、地元をとるか、ダンナをとるか、どっちかにしないとしょうがない。オレも力になるからさ」

その女性は、まんざらでもなさそうなふうで、何かをゴニョゴニョと囁いた。

「いや、子供にとっては、やっぱり母親だよ!うちの娘なんか、もうずっと会ってないけど、父親なんかどうでも良さそうだもの」

どうやら、この二人は昔からの知り合いで、男のほうはバツ1以上、女性のほうは、夫と今ひとつうまくいっていないみたい。そして、男のほうは酔った勢いなのか、この女性を口説いているようだ。


所詮、酒の席での見ず知らずの他人の話だ。
タダで見物するのは勿体ないくらいだったが。

僕はこの話の「陶芸家」のところで口に含んだビールを噴き出しそうになり、「オレも力になるからさ」のところで、口の中の唐揚を気管に詰まらせそうになった。世の中には、まだこんなリアルバカな口説き文句があるのだな。
そんな簡単に陶芸で飯が食えるのなら、僕だって陶芸家になっている。
そもそも「夢」とかいいながら、その年で陶芸教室にすら行ったこともないのだろうし、僕が急に「プロ野球選手になる!」と言い出すのと同じくらい笑止千万なことなのに、本人は全然そう思っていない。頭の中がハウステンボスのチューリップ祭り。

思わず「陶芸家、だってよ」と隣で御飯を食べていた彼女に小声で話しかけると、「まあ、あなたは自分のできないことは言わないタイプだもんね。もともと『夢を語って実現させる』というよりは、『できそうなことしか言わない』っていう感じだけど」
という返事がかえってきた。
たぶん、それは当たっているのだろう。

僕は内心彼らをバカにしながら、自分の分を自分で勝手にわきまえてしまっているということに、なんだかとても悲しい気分でもあった。
「冷酷なリアリスト」というほど勝負に冷徹にもなれず、さりとて、愛する誰かのために命を賭けるほどエモーショナルでもない、そんな人生。

「それはそれでいいんじゃない」彼女は言う。


なんて愚かな不倫予備軍カップル!

実生活はもちろん、ネット上ではさらに、こんな光景を目にすることがある。
行間が空きまくった愛の賛歌のカケラを読みかけて、僕は「戻る」ボタンを連打する。
まあ、やりたきゃ勝手にやってくれ、と。


彼女は、子供の頃から大切な人に傷つけられてきた。
そして、彼女が僕を選んだ(いや、今のところ選んでいる、というべきか)理由は、おそらく「自分を裏切る可能性が低いオトコ」だと判断しているから、なのではないだろうか?
「好き」よりも「裏切らない」のほうが、優先順位が高いのではないだろうか?
そんなことを僕はときどき考えるのだ。
それは打算なのかな?という軽い疑問とともに。

僕たちは「建設的なカップル」などではなくて、お互いに欠落したものを埋めあおうとしているだけなのだ。
ゲームのように「バカな口説き口説かれ」をしているこの隣にいるカップルよりも、さらに切実かつ用意周到に。

「うそつき」という意味では、僕らは何も変わらないのかもしれない。
それでも僕には、こういう「好き」しか思いつかなくて、今日もまた日常は繰り返される。


でも、それでいいのだ、きっと。
僕らはたぶん、それなりに運がいい。



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矢面に立たされる女たち - 2004年08月16日(月)

 女性の社会進出、なんていうのは別に今に始まったことではないのだけれど、先日車の事故に遭ったときから、若い女性と話す機会が多くなったような気がする。
 保険会社のサービスセンターで電話を受ける人は若い女性で、まず「お体の具合はいかがでしょうか?」と聞いてきた(これは自分のほうの保険会社でも相手のほうでもそうだった)。それはもう、「あなたは今回の事故とは直接関係ないでしょう?」と言いたくなってしまうくらいに慇懃に。「今回の事故の件、申し訳ありませんでした」って、別にあなたが謝るべきことではないだろうけどね。

 まあ、下手に出ておけば、当事者は少し高ぶった気分が宥められるのだろうし、彼女たちだって「仕事だから」謝っているだけなのだが。「ポテトはいかがですか?」って言っているハンバーガーショップの店員と同じで、別に、彼女たちがポテトを心からオススメしているわけじゃあない。

 しかし、レストランの「看板娘」として女の子が出てくるのは、話としてわかりやすいのだけれど、考えてみると、最近、若い女性が「矢面」に立っていることの多さに、僕はなんだか落ち着かなさを感じる。
 たとえば、消費者金融のCMで「私たちが、ご返済の相談に乗ります!」なんて言っている女性たちは、たぶん、何かを隠そうとしているのではないか、と。
 
 実際のところ、若い女の子に対応してもらうと、なんだか「怒り難い雰囲気」にはなると思う。僕は今回の事故に関しては、「身体に今のところ大きなトラブルがなくて良かった」という、「不幸中の幸い感」が強いし、ちゃんと払うものを払ってさえもらえれば、怒鳴ったり恫喝したりする気はない。むしろ、「面倒なことに巻き込まれちまったなあ…」というのが本心だ。こういう、「原状回復のための努力」ほど、意気消沈させられるものはないし。

 しかしながら、保険会社のコールセンターとか、消費者金融の相談窓口とか、そういう「修羅場になる可能性のある場所」に若い女性を配置するというのは、なんとなくズルいなあ、という気がするのも事実だ。
 いつかの「武富士事件」のように、暴虐な犯人の犠牲になる可能性だってある。
 やっぱり、お金をやりとりする場所というのは、「鉄火場」だからさ。

 「それも女性の武器なのだし、働く側だってそれを利用している部分があるんじゃない?」と言われれば、確かにそうだと思う。
 僕だって「ナニワ金融道」に出てくるようなパンチパーマのお兄さんが出てくるようなところよりは、小野真弓が応対してくれるようなところのほうが、借りやすいと感じるしね。

 でも、その一方で、「こういうふうに女性を矢面に立たせるっていうのは、なんだかちょっとズルいよなあ」とか、考えてしまうのだ。
 それとも、そういう場所での「男女平等」もまた正義なのか。

 …と言った先から、相手の保険会社の担当者の若い男からの横柄な電話に、むかついてみたりもするわけだが。



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南十字星を見上げながら。 - 2004年08月10日(火)

空を見上げたら、そこには満天の星空が広がっていた。
天の川もハッキリと見える、まるでプラネタリウムのような星空。

「あれが南十字星ですよ」とガイドさんが懐中電灯で照らした先に、その4つの星はあった。
それは、僕がさっきまで空を見上げながら「あれが南十字星かな」と、なんとなく思っていたのと同じ星たちだった。

たぶん、僕が生まれて日常を過ごしている国にいるかぎり、一生見ることができない星たち。それが今、僕の頭の上に輝いている。

30も過ぎたのに「自分は何のために生きているんだろう」なんて、ときどき発作のように浮かんでくる考えがある。もともとそんなに楽しいことばかりの人生じゃなかったが、子供の頃の楽しいこと:楽しくないこと=1:1とするならば、今は確実に1:20くらいにはなっている。そして、自分がはたして何かの役に立っているのかどうか、わからなくなって、その無力感に覆われてしまうことがある。

でも、その星たちを見ながら、僕はこんなことを考えた。
「こうして、今まで見ることができなかった星を観て、『あっ!南十字星だ!』という新しい知識を自分に投げ込んでいくのは、なんだかとてもすばらしいことだなあ」って。
「それが何の役に立つのか?」と問われれば、おそらく「それは何の役にも立たない」と答えるしかない。
でも、僕はそうやって、自分という大きな空っぽの貯金箱に、チャリン、という軽やかな音とともにコインを投げ込んでいく作業が、たまらなく好きなのだと思う。見たこともないものを見たり、知らないことを知るということは、僕にとってのひとつの「生きがい」なのだ。
そもそも、カエサルだって始皇帝だって、南十字星を観たことはないんだからさ。

そうやって、ただ貯めこんだコインの重さを確認しては喜びに浸る人生というのは、けっこう悪くない。
そして、ときどき中身を誰かに見せびらかしたくなったら、こうしてちょっとだけ貯金箱を透明にしてみせる。

「体験」というのは、何者にも代えがたい「知識」なのだろう。
僕の貯金箱は、まだまだたくさんコインが入りそうだな、なんてことを考えていたら、そういう人生って、意外と悪くないんじゃないかな、という気もするのだ。

まあ、その「感動」のあと僕がやったことは、「南斗六聖拳」のメンバーを全員思い出すことだったのだけど。
 シン、レイ、サウザー、シュウ、ユリア、うーん、あとひとりが思い出せん…とか、かなり真剣に。
 


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「理由」という病 - 2004年08月02日(月)

「あっ、先生、○○先生ですよね」
「えっ、どうしてこんな所にいるの?」
「いろいろ事情があって…。絶対みんなには内緒にしておいてくださいね」

 こんなことが、最近2回も続いた。
 彼女たちが働いているところが風俗とかだったら、それはそれで「お互いに気まずい再会」だったかもしれないが、実際は、ひとりはラーメン屋で、ひとりはパチンコ屋だった。
 彼女たちは「本業(いわゆる医療関係の専門職)」を持っているし、実際にその資格を生かして働いている。
 でも、こうして「副業」として、ラーメンを作ったり、パチンコ屋で飲み物を売っていたりするわけだ。
 「どうして、こんなところにいるの?」と思わず尋ねた。
 パチンコ業界の方には失礼だけど、白衣姿しか知らない人が真っ昼間にパチンコ屋でコスプレみたいな格好をしていれば、そう思うのは異常なことじゃないだろう。
 彼女は結局、その「理由」を教えてくれなかったけれど、僕は台の前で流れていく液晶を見ながら、「どうして彼女は、こんなところで働いているんだろう?」なんてずっと考えていた。本当はすぐにでも店を出てしまいたかったけど(基本的に知り合いがいる店というのは居心地が悪くてイヤなのだ)、急に帰ったりするのもかえって気を遣わせてしまうのではないかと思ったので、とりあえず1万円だけ打ってみることにしたのだ。
もし当たって、彼女にそのドル箱を抱えさせたりするのは気まずいなあ、なんて思いながら。

結局、全然かすりもせずにキリのいいところで店を出てきたんだけど、そのあいだ、僕は「理由」のことをずっと考え続けていた。
「悪い男にでも騙されて、借金でもあるのか」「(まだ若くてそんな感じには見えないけど)子供がいて、育てるためにお金が必要なのか」とかね。
 
 まあとにかく、「どうしてもお金が必要な理由」があるのではないか、なんて。
 
 でも、こういうのって、あらためて考えると、単に「遊ぶお金が欲しい」とか「海外旅行に行きたいから」とか「パチンコが好きだから(たぶん違うと思うけど)」でもおかしくもなんともないのだ。そういう「事情」みたいなものに過剰に「ドラマチックな理由」をつけたがるというのは、ものすごく悪い癖だ。
 単に彼女たちにとっては「キツイけど割のいいバイト」であったのかもしれないし。
 (余談だが、あのパチンコ屋のバイトって、「給料はいいけど、ものすごくキツイ」らしいです。前にやっていた同級生が言ってました。)

 ほんとうに、僕などは世の中のすべてのことに「理由」があるような気がして(いや、たぶんそれなりの「理由」はあるんだろうけどさ)、物事を深読みしすぎたり、「どうして僕のことを好きになったの?(あるいは、「どうして嫌いになったの?)」なんて質問をして困らせてしまったりするのだが、人間の行動を決めているのは「なんとなく」とか「理由なんて言えないほどの些細な感情の動き」だったりするわけだ。

 そんなことはわかっているはずなのに、そこに「理由」をつけて自分を納得させようとしてしまう。割り切れないものをむりやり割り切ろうとしてしまう、「理由をつけたい」という病。
 ただ、その場にあることを「現実」として受け入れれば、いちいち自分に関係ないことで悩むこともないのに。

 正直、その女の子が昔好きだった人に似ていなかったら、「まあ、がんばれよ」で済んだのかもしれないけれど。



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