思うこと
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2005年02月25日(金) 大昔の倭の国、今の日本国

 北朝鮮難民数十人を乗せた船が、が日本に亡命受け入れを求めたが受け入れられず、結局彼等は韓国に亡命したというニュースを見て思ったこと。
 法務省的発想としては、「地上の楽園」からの難民と称して偽造工作員を送りつけられることくらいは容易に考えつくだろうということなんだろうけど、そうだとしたら、なんて度量が狭いんだろう。
 かつて大和朝廷時代、唐・新羅連合軍に百済と高句麗が滅亡させられた時には、大和朝廷は王族ごと両国からの亡命者を受け入れた上、土地を与えて村〜郡単位の自治まで認めた程なのに。(今でも両国の王の末裔が日本にいる。なお、半島には少なくとも百済王の末裔はいるが、高句麗王の末裔は半島では現在まで続いているかどうか、俺は知らない。)
 そりゃ、今と違い、当時の倭の国より進んだ技術を持った、半島の民間人の亡命は、後進国である倭の国としては大歓迎だっただろうけど、それでも王の亡命までは歓迎するだろうか?
 現代日本の官僚の発想で言えば、「もし王の亡命なんて受け入れたら、日本が攻められる絶好の口実を与えるだけじゃないか。絶対に受け入れるな」ってことになるんだろうけど、そうはならなかった。王の亡命も歓迎した。今の日本も、このくらいの度量の広さを見せてくれればいいんだけどねえ。


2005年02月09日(水) W杯予選日朝戦

 水曜日、いつもだったらスポクラのお気に入りメニュー「シェイプアップエアロ」に行くところだが、今日はサッカーW杯予選日朝戦。定時退勤促進旬間ということもあり、6時半に上がる。独りじゃなく誰かと観た方がきっと盛り上がるだろうと思い、心当たりのある奴に電話をかけてみたが、今日はまだまだ仕事終わらないとのことで、あきらめてまっすぐ帰宅。早速テレビをつけてみると、まだ開始後3分。その直後日本初ゴール。冷凍の鮟鱇と野菜を使って急いで鮟鱇鍋を作り、食べながら観戦。
 ハーフタイムには速攻で風呂。体を拭きながら全裸でテレビの前に戻ると、ちょうど後半戦が始まって20秒という、ほぼ絶妙のタイミング。後半の序盤で北朝鮮が一点を取り返し、このまま同点かなと思ったロスタイム、日本が2点目を入れ、試合終了。生中継で観るに値する良い試合だった。
 北朝鮮選手、日本選手への敵意むき出しかと思いきや、ぶつかって倒れた日本選手に手を差し伸べるなど、心温まるシーンを何度も見せてくれたし、スタンドを埋めた5万人超の日本サポーター、北朝鮮サポーターのどちらにも、試合前に懸念されていた、昨年の日中戦での中国人サポーターのような低レベルな言動はなかったし。

 ところで、スタジアムの一角の北朝鮮サポーター。100パーセント全員が、在日の方々(もしくは北朝鮮にゆかりのある日本人)とのこと。実際、リポーターがマイクを向けた北朝鮮サポーターの全員が、日本人と全く変わらないネイティブな日本語で返事を返してきた。つまり、本国からのサポーターは一人も来ていない。これには複雑な思いを抱かざるを得なかった。
 例えば日本とブラジルがブラジルで対戦したとして、日本サポーター席に、日本に住んでいる日本人が一人も駆けつけていなくて、いるのは全員、ブラジルに長期在住の日本人と日系人だけしか来ていないという事態が考えられるだろうか。テレビの司会者の説明によれば、北朝鮮国内では試合中継されていないばかりか、今日、試合が行なわれてること自体、北朝鮮国民は知らされていないとのこと。なんでも、戦前の日本の大本営発表よろしく、北朝鮮が勝った試合だけを、試合後に放送するなりニュースで知らせ、負け試合は一切報道しないのだそうだ。
 
 試合終了後、うなだれる北朝鮮選手も見ていて気の毒だった。彼等にとってはたかが勝負ではなく、まさに命懸けの試合だろうことが想像出来るからだ。そもそも北朝鮮が過去10年余り、全く国際試合に出場していなかったのは、国民が飢餓に苦しんでいるからとか、そういう理由ではなく、10年あまり前、日本と対戦して敗れたことに将軍様がキレて、「日本に負けるんだったらお前ら国際試合になんか出るな!」と言ったためであるからという説明を、今朝、朝飯を食べながら見ていたテレビのアナウンサーがしていた。
 とすれば今回も、将軍様の逆鱗に触れてしまい、帰国後、北朝鮮選手の選手生命が断たれてしまう可能性は容易に想像できる、そればかりか、ああいう専制国家では、選手生命そのものに限らず、命そのものが危険にさらされる危険性すらあるのだ。以前読んだ新聞記事によると、フセイン時代のイラクでは、実績を挙げられなかったオリンピック選手に対し、拷問が行なわれていたという。今日素晴らしい試合を見せてくれた北朝鮮選手も、試合に勝てなかったということで咎められ、拷問を受けたり、収容所送りになってしまうのかもしれない。何ともやりきれない話である。 


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