どうか、この僕に翼をください
この僕  



 終わる日

いろいろムカつくことが重なっているのか。
どうも心がトゲトゲしてる。
できることなら抹殺したい。
で完全に視界から消すことにした。
もういい。見なくていい。知らなくていい。

自分だけが苦しいのか。
そんなことはないと思うが…
同じ分だけできればそれ以上苦しんでいればいい。

日々の生活に必死で記憶は埋没してゆく。
忘れていることも多い。でも消えることはない。
ふとしたことで記憶の奥底から蘇って心を埋め尽くす。
きっと完全に消滅しない限り何も終わらない。

私は世界が終わるのを待っている。

2004年05月31日(月)



 超地雷?危うさを回避する為に…

どうももがいている感のある昨日今日。影響しているモノ…昨夜の電話、メメント、痩せない、文章が書けない、更新ができない、前に進めない。もっとあるのかもしれんな。今までの過去全部ひっくるめてもいいのかもしれんな。ふぅ
で、自分の外枠を再構築するのにかなり必死だ。根底から崩れかけてるので何とかしとかないと、ここで何とかしとかないとまずいんだと思ってるんだろうな。実際ソレすらよくわからんのだが…
きっかけは電話の何気ない会話だったかも知れない。その後メメントを見た。コレがまただめ押しだったんだろう。自分というモノを根底から崩してしまうような作品です。記憶がない。記憶が改竄される。この辺のキーワードはとても危ういんだ。地雷?超地雷。で、次が自分の思考。最近は宙に書く事で思考する傾向にある。客観的にとても危険だと思う。とかいいつつ、ここでも同じような使い方になってしまっているわけだが…宙よりココの方が安全だろうか?謎だが。その危険性を回避する為にもうひとつ日記もどきを書くことをはじめた。自分のコントロールの練習としてなんだが、それも既に危うい。はてなダイアリーは単純に瞬間感想を書いているだけなので…このままの流れでゆくとして。ブログも持ってたりするが、そこはもう更新記録程度のコトを書くレベルだしな。ブログの意味が全くないが…使い方は自由さ。
ああ、オフラインの分の日記を昨日全部ここに移した。半年分ぐらいなのだが…。ここが一番日記らしいんだろうな。ここは人に読まれることを考慮しなさすぎ。それでもカウンタ回ってるようなので誰かは見てるのかも知れないな。有り難いことではあるが。w

2004年05月23日(日)



 時が解決してくれると言うけれど…

今日は沸々と昔の記憶が再燃、感情が再燃、怒りが再燃。全然自分の中で解決してない。なんてこったーっ、まだダメですか?まだこだわってますか?答えーはイエース!!(投げやり気味に)今更、時間戻したいとかそんなことはみじんも思っちゃいませんが、さらりと交わせてしまうようになるにはまだまだ時間がかかると言うことです。時間というか長い年月がです。

先日、ひとつ自分の中でのわだかまりが無くなっているのか?と思うような感覚があって、今まで無意識に封印していたモノに平気でいられる気がした。もうかれこれ15年近くになるのか?ふ そのくらいは時間たたないと自分の中で区切り付かないし癒されないよな。…てことは、まだ5年、10年…他のずるずる引きずらないと駄目なモノがあるわけで。あーーっ人生長いよ。(やけ!

経験したことが無駄だとは思わないが、経験しなくても良いことは経験したくなかったよ。しなくて良いとかどうとか、それは誰にわかるものじゃないわけだが。そして、経験してないこと…ありすぎる。人生長いから、まだまだチャンスはあるさ。ははは…(乾ききった笑い

2004年05月18日(火)



 忍者の只今ホームページに登録

100Mの容量〜すごい〜てことでメールの案内が来た早々に登録完了。え? で、使い道をどうするんだか。これから考えよう。いろいろ使えそうだが、中身がないと始まらないよな。ふ

2004年05月12日(水)



 延長線上…にあるモノ

GWが終わって…思った程休日ぼけの余波は受けてなくて、それはやはりしっかり休日を休養に使ったからだろうか?と思ってみたりするが…せっかくの休みを寝て暮らしただけに終わった事への虚しさは否めない。
で。書きたいことがあったのだが…
最近、上手く文章にまとめられないと言う以前の問題になっている気がする。要するに考えがまとめられないのと、考えを継続できないこと。これはなんだろう?老化現象なのか?集中力の欠如なのか?…て、こんな事を書きたかったわけではなかったんだが…書きたい主旨がどこかへ見失ってしまったので、なんで見失うんだ?と言う事を書いてるわけだ。まっこと情けない話である。
書かないより書く方が少しは何か手がかりになるのか?と思いながら書いてたりするんだが…まさに迷路状態ですな。苦笑
書いてる本人が何を書きたいのかわからなくなってソレを探して見つけ出すと言うような書き方をしている文章を他人が読むのは苦痛でしかないだろうな。ははは… まぁ読んでいる人がいるのか居ないのかは別にしても。

存在理由としての意味を見失ってしまったことへの憤りとある種拘束されていたようなことから解放されてほっとした感じが両極端に存在しているのがそれぞれに出てしまうとその時々で全く正反対のことを言ってしまっている自分を知ることになるわけだが…しかしその両方が本音でもあり建て前でもあったりしてバランスを取るのが少し辛い気がしないでもない。実の所あまり実感として自分の感情が空々しくまるで人ごとのように感じてたりもするので、よくわからない。

たぶんこんな事なんだろうと思う。よくわからないが。

2004年05月06日(木)
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