ひびき(日々記)
「夢を叶えて 夢になりたい」

2003年02月27日(木) ドラクエ

カーステレオのプレーヤには
現在ドラクエのサントラが入っている

このCDは
僕のベストトラックの一つだ

普段あまり交響曲に触れない僕の
入門編みたいなものとして
ずーっと前から手元にあった

オーケストラのアンサンブルは
聴くというよりもはや
「感じる」に近いものだと思う

沢山の楽器から
一つの音色だけ抜き出して
追いかけてみようとすると

見事に頭がこんがらがる(笑)
なじみのない曲だとなおさらだ

ドラクエは
昔散々慣れ親しんだおかげで
曲の展開などが見えている

一つずつ楽器を拾い上げ
耳で追うのが楽しい

大音量でドラクエを聴きながら
「お〜♪」
「へぇ〜♪」
「なるほど〜♪」

面白い事に
毎度聴く度に何かを発見する

「ハードロックはやっぱりこの辺から派生してるんだな〜」
今はそんな事を思いながら聴いている

交響曲の引き出しが少ない僕からすると
色んな発見があるドラクエだけど

その道の人達からすれば
オーケストラの常套句ばかりで
つまらない人も多いかもしれない

お決まりなフレーズやアレンジを
僕の周辺では「ベタ」と呼んでいるが

ドラクエは
「ベタ」のオンパレードなのかもしれない
僕には…それすら分からない(笑)

でも「ベタ」なフレーズはおそらく
「未知の扉を開く鍵」の役割を果たす

未開拓故に臆する人の気持ちを
紐解くきっかけをくれると思う

ドラクエは僕にとって
オーケストラの扉を開いた「最初の鍵」だったのだ

※RPGのドラクエでも「鍵」はとっても大切なアイテム(^_^)



2003年02月26日(水) ぽきききき〜

上京に際して
ある頼まれものをされていた

それは「ぽっき〜G」なる
関東・甲信越限定ぽっき〜

コンビニで
ライブ前の腹ごしらえと
舞台で飲む水を買い終え
お菓子コーナーを物色

見つけたので電話する
「もしもし〜、何個いるの?」
「5箱!」
「らじゃ〜了解」

心の中では
「たかが”ぽきききき〜”やん」
そー思っていた

帰りの車中で
なんとなく小腹が空いた僕は
新幹線のバカ高い売店では
何かを買う気にはなれず

頼まれていた「ぽっき〜」を
食べてしまった(笑)

触れ書きの
「全く新しい食感」のとおり
ぽっき〜Gは歯ごたえがある

外国に売っている
プレッツェル程は硬くなく
しかも程よい甘みで
こりゃうまい♪

5-1=4
その算数を忘れて完食

任務を完遂しなかった僕は
ちょっと怒られた(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3月そして4月に
春の京都の宴で大舞台
酒どころ伏見に一花添えます
3月22日は春の息吹きの中でsolo
4月20日は桜舞い散る中でスミト&ばん

詳細は後日ご報告、ご賞味あれ♪



2003年02月25日(火) 東京は隣町

一日も経たないうちに
今は京都の空の下

昨日は東京にいたのが
なんだか変な感じ

まるで隣町に行ったみたい

ごっそり中身の減った財布にだけ
遠いところへ行った実感が残っている

舞台に上がって人に会う

たまに会う事しか出来ないのに
なんて僕らは「普通」なんだろう

その仕草一つ一つ
お互いにリスペクトはあっても
そこに他人行儀はない

「ずーっと応援し続けます」
アンケートに残された言葉と
携帯へのメール

僕が変わらないでいる事
未だに「音楽バカ」でいる事
音楽バカとして進化している事

それだけでこんなにも
暖かい人達が僕を取り巻いている

「辞める」という大きな変化は
実は足元数�僂里箸海蹐�
あんぐり口を開けてヨダレをたれている

何かがちょこんと後押しすれば
僕は胃の中に落ちて溶けそうだ

それを
すんでのところで支えられているのは
僕のチカラだけじゃない
それはもう間違いない

東京を遠いと感じないのは
待ってる人がいるからだ

僕の想いとみんなの想いが繋がる限り

東京は隣町



2003年02月24日(月) 三軒茶屋は雪模様

10:00の新幹線に飛び乗って

一路東京

車中ではずーっと雨
東京駅に着いたらすこぶる雨

地下鉄で三軒茶屋に着いて
地上に出たらばなんとまあ

雪

なかなか手荒い出迎えにも思えたけれど

なごり雪と思えば可愛らしい

久しぶりのハコ
久しぶりの人達
初めての人達

いつもの相棒

でも勝手が違って入れ込み過ぎて
舞台は72点…

楽しんでもらえた
アンコールまでもらった

でも
「もっと出来た」

楽屋でかなり悔しがった

この悔しさを
必ず明日の糧にする

雨を避けて
霙を避けて
雪を避けて

来てくれた人達ありがとう

また会いに行く
架けた橋を渡りに行く

待っててね
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「こらむ」か「りある」にまた綴ります
今日はもーダメ(笑)
体中の油が切れたみたいに
ギシギシ言ってます(笑)

とにかくホントにありがとね♪



2003年02月20日(木) 世風

誰もが時に迷うけれど
見果てない力に導かれ
今日味わった悲しみも
明日跳ねるバネにかえて

楽しそうな笑いの影じゃ
必ず涙する人がいて
浮かれ話にほだされて
沈んだ夜に泣きじゃくり

虹を背負うシャボン玉は
弾けて消える世の理
今は低空飛行でも

やがて彼方へ

流れていく
この世界にもまれ
流れていく
この時代に抗い
ひたすら生きていくしかない
ひたすら信じ続けるしかない

無味無臭の抜け殻だと
思わせぶりな世の生業
今は各駅停車でも

やがて彼方へ

流れていく
この世界にもまれ
流れていく
この時代に抗い
ひたすら生きていくしかない
ひたすら信じ続けるしかない

今度の東京では
この「世風」は歌わない

でも
今はまさにこんな心境

「流れていく」のであって
「流されていく」のではない

確かにエラそうな事言ってても
自分の思うままには生きられていない
自分の行きたい場所は霞みの彼方だ

それでも僕はつかみに行くぞ

高い高い空をつかみに行くぞ

その為にも東京で
「僕は音楽が大好きです」
この想いを確かめてくる

がんばるです
行って来ます

がんばるです
待っててね



2003年02月19日(水) 天才

V6がホストの「学校へいこう!」

そのコーナーに
「B-RAPハイスクール」というのがある

僕はこれに出ている
軟式グローブのファンなので
結構よく見ている

用事で見逃した先週
とてつもない新人が現れていた

今週見てその天才ぶりに寒気がしつつ
大笑いさせてもらった

彼の名はジョン・レノソ(じょん・れのそ)

抜群のセンスの持ち主である

「人と違うものを見る特殊眼」
その非凡さは卓越している

同時に「悔しさ」がこみあげた

一笑に付す気にはなれなかった

キャラ
技術
ギャグ

どれもが絶妙のバランス
こういう人が世に名を残す(ハズ)

一見の価値あり



2003年02月18日(火) ギャラはうな丼

なんとなく微妙な体調だ
熱があるようなないような
我慢出来るしんどさだ

という事は
このままなら東京は大丈夫だ

色んな人から手紙が来てる

頑張ってきてね
楽しみにしてます
知人に連絡しといたよ

ありがとう
絶対に損はさせへんよ♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなメールにまぎれて
画像が送られてきた

ビルダーM氏からだ

去年の暮れだったかに
僕はM氏にあるものを作ってもらった

俗称「練習くん」
いつでもどこでも練習出来るグッズだ

スミト「ギャラはS家の牛丼で」
M氏「いや、最近うな丼にこっててね」

スミト「また強烈な食べ方してるんちゃうん?」
M氏「かくかくしかじか」

スミト「ほなそれ僕のサイトに乗っけるわ(笑)」

で来た画像がコレ↓
�―猗�するもの…うな丼・温たま・並ごはん


��M氏準備完了


うな丼の〜♪背中にぃ〜温たま乗せてぇ〜♪
温たまのぉ〜♪背中にぃ〜並みメシ乗せてぇ〜♪
(古い歌なので知らん人多い!?)

食い過ぎです!!!!!!!!!!!!!!(笑)

でも
弱ってる今の僕には魅力的

M氏
いっぺん一緒に食おう
いっそのこと
みんなで食おう

みんなで食うゴハンはおいしいやん



2003年02月17日(月) レトリックの光と影

「オマエが好きで 一人占めしたくて いっそのこと 殺したい」

こんな愛情表現の文章があったとしよう

そこからまず
「一人占めしたくて」という言葉を削ってみる

「オマエが好きでいっそのこと殺したい」

次に
「いっそのこと」という言葉を削ってみる

「オマエが好きで殺したい」

最後に
「好きで」という言葉を削って接続詞を変える


『オマエを殺したい』


書いた本人は心情把握が出来ている故に
この短い文章で意味は成り立ち事足りる

そしてこの短くなった表現は
見る人によってはとても「詩的」に映る

言葉の向こうにある真意に到達するには
その言葉を目の当たりにした人間の
「想像力による肉付け」が必要だからだ

言葉を削るという作業によって
第三者が各々に解釈し易くなり
自分の心情に促した世界を
人の作った世界で見る手助けになる

これは詩や詞を書く人間が
往々にして使うレトリックであり
作者のセンスが問われる一要素でもある

しかし単に
『オマエを殺したい』と表記された文章は
肉付けの仕方次第でともすれば「狂気」とも捉えられる

他人の想像力に委ねた短い表現には
「本人が思いもよらない一人歩き」をする
そんな可能性が必ず内在している

僕が関わる歌詞の世界でなら
『オマエを殺したい』の周辺に
その言葉の真意を匂わせる背景を
何らかの形で組み込む事で
本意がズレないようにしたりする

第三者が想像力をもってして
『オマエを殺したい』という表現から
「狂気」になびこうとしようとも
最終的な答えに導く仕掛け

そんなものをはりめぐらせている

しかし「つもり」になっているだけで
それはとても不完全なものだ

人の受け止め方に
「歯止め」など絶対にかけられない

言葉しかない世界でモノを言う時
このレトリックは「諸刃の剣」

何気ない一言が
相手にとってナイフに見える時はある

それは僕も含めてどんな人にもある
例え何年来の友人であってもだ
人の感情は絶えず浮いて沈んでいる

花はどれだけ美しくとも
結婚式とお葬式では
人の心に違うものとして映る

言葉だけの世界は
「言葉足らず」ならぬ
「心足らず」が宿命だ

僕も散々思い知らされた

今
思い知らされている人へ
今日記したこの「ひびき」が
優しさとして伝わる事を祈っています



2003年02月16日(日) 浅き夢見し酔ひもせず

日曜日

昼からスタジオ
東京ライブの最終チェック

煮詰める台本

後は
台本がある事さえ
忘れる一瞬にするだけだ

相棒の気合が乗った音

負けられん

体の具合は良くはない

けれど
我慢出来ないわけでもない

大丈夫
舞台で分泌する
僕のアドレナリンは並じゃない

調子の悪い水曜から
「寝るが一番」と早く床に就く

目をつむっているだけだ
浅い夢と
天井と
すりガラス越しの街灯

そのくりかえしで朝が来る

この一週間で
どこまでもって行けるだろう

今はただ冷静に

整えよう

夢に酔うのはその後だ



2003年02月13日(木) なんじゃこりゃ…

水曜の夜から
なんとなく体調が良くない

しんどくて眠りが浅い
起きてる時はたまにエズきそう

風邪かもしれないと
パブロンを飲むと
いくぶんか楽になる

ちゃりり〜ではツラいので
久しぶりにロボコン(愛車俗称)で出かける

夜になってますますおかしい

スタジオ練習は
気をはっているので大丈夫だったが

帰りの車中で気がついた

「背中の奥」が痛い

筋肉が痛いというより
「肺」が痛い感じがする

これって
インフルエンザの合併症?
熱は出てないから楽観視してるけど〜…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2/14(金)はラジオのオンエア
Pm7:00 FMマザーシップです、よろしく♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっぱりもらうと嬉しいね♪
チョコレート下さった方々ありがと〜(^_^)



2003年02月12日(水) ソフトクリーム派

ハーゲン●ッツのような
今や主流のポッコンアイス(僕はこう呼ぶ:笑)

僕はあんまりときめかない

断然ソフトクリーム好きである

それも濃厚なやつより
ちょいと水臭いくらいのが好き
季節に限らずときめいては食べる

先日も買物に行って
日本茶屋さんが売っている
「玄米茶ソフトクリーム」を食べた

ソフトクリームを食べている時は
まるでお子様に戻ってしまう

僕は眠気覚ましにも
ソフトクリームを食べる

車を運転していてウトウトすると
サービスエリアなどに飛び込んで
ソフトクリームを食べている

ワザとガツガツ食べると
頭がキーンと痛くなるのだが
それが眠気をフッ飛ばしてくれる

ソフトクリームとポッコンアイス
どちらを選択するかで
世代の境界線があるとニュースでやっていた

そのニュースでは
ソフトクリームを食う奴をオッサン扱いしていて
ソフトクリーム派のキャスターがムキになっていた

僕もテレビの前でムカついていた(笑)

確かにソフトクリームは
ノスタルジックなニオイがする

おいしさで比較すれば
ポッコンアイスは確かにおいしい
高級感がある(アイスに高級もないか)

ソフトクリームは庶民派だ
B級グルメという感じ


バニラがいいな♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
花粉かな〜?ノドとハナがうにゅうにゅする



2003年02月11日(火) 呪(しゅ)という考え(長いです:笑)

夢枕 獏氏の著作

「陰陽師」

登場する安倍晴明は
「呪(しゅ)により万物は世に存する」と言う

呪の文字および呪のつく言葉(呪文・呪詛など)を
人はおおむね凶凶しいものと解釈するが

国語辞典などで引いてみると

神仏や霊力をもつものに祈って
「災いを逃れよう」としたり
「他人に災いを及ぼすようにしたり」すること

という風に
用い方によって善悪どちらの意味も為し
自分と自分以外の万物に対して
何かの成果をもたらそうとする術と言える

人の「願い」を叶える手段であって
「呪」という文字と概念には
悪や恐怖の意味はもともと付随しない

それでも僕を含めて少しでも抵抗のある人は

例えば
「じゅもん:ジュモン」の仮名に

人を貶める時
まれに自分を貶めたい時は
「呪文」

人を幸せににする時
自分を幸せにしたい時は
「寿文」

なんて当て字をすればどうだろう
(当て字好き:笑)

話が大きく横にそれた
もどそう

夢枕 獏氏演出の安倍晴明は
友人である源博雅に言う

「そこに存る万物は
それぞれ各々の『名』という呪があって
初めてそれがそのものと成るのだよ」

例えば
「人」という『名の呪』がなければ
人は人として世に存在しない

そういう事なのだと言う

この世に存する
いや
科学的に証明できなくても
人間の思考の中で
「存る」と信じられている万物は

「名」がなければ
得体の知れないものでしかない

いや違う
得体の知れないものという事さえ
人はそれを「判じる事が出来ない」のだ

子供の成長過程に
両親が子に投げかける言葉は
そう考えると呪のオンパレードである

「分かる?パパ、パーパ(^_^)」

お父さんは子供に
自分がパパであるという呪をかけるのだ

子供への呼びかけとともに
自分にも「パパ」という呪は無意識にかかっている

そうしてパパは「パパ」となり
そうして子供は「パパ」と判じる
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
言葉と切り離せないところに
「文字」というものがある

その成立過程は
言葉と違う道筋を来たものだ

しかし
『字』という音声を伴わない呪によって
得体の知れないものを人に判じる能力を与えている

人間が
現実界で目や耳から得たもの
想像界で作り上げて得たものたちは
言葉と文字によって「何らかの物」と呪される

言葉と文字は
得体の知れないものに理由づけして
人間が理解可能になるよう変換する術なのだ

かみ砕いて言えば
人間の思考範囲内での決めつけである

言葉も文字も
コミュニケーションツールとして
対他人との交信の為だけに
存在している様に思いがちだが
それだけではない

先の子供とパパの関係に見るように
言葉と文字は意識のあるなしに関わらず
内にある己とも交信するために存する

だから
自分の叶えたい願いや
自分の進むべき道や
自分を律したい時には

それを堂々と口に出したり
文字に記した方がいい

口に出し何度も言う
文字にして何度も記す

その行為が己への「呪」になる
願いに続く揺るぎない下地になる

そんな事をあの小説から
勝手に読み取った僕は

何度も
一生懸命という言葉を口にする
一生懸命という文字を書き記す
一心不乱という言葉を口にする
一心不乱という文字を書き記す

「明日二人でブッ倒れよう!」
相棒とそんな言葉を交わして

僕らはいつも舞台へ踊り出る



2003年02月09日(日) 人の色、僕の色

土曜日

朝からラジオの収録

今度のオンエアは2月14日
そうバレンタインデー

直接はあんまり関係ない(笑)

じゃあラジオで
僕が何を出来るんじゃろうか?
そう考えたあげく

幸せになれた人はより幸せに
残念だった人は少しでもホッとするように

そんな事を思いながら

スピッツの特集を決めて
ラブリーな歌ばかりを選んでみた

その理由は
先週ある人からステキなプレゼントをもらったからだ

自作イラストで出来たカレンダー
どんな想いがつまっているにせよ
そこにあるのは彼女の色

それをくれた彼女は
X’masから僕のCDを聞いてくれている

お礼といって送ってくれたカレンダー
お礼を言わなきゃなんないのは僕だよ

ありがとう♪

ラジオの最後に彼女の話を少しして
その気持ちも電波に乗せてみた

優しい気持ちが伝わるといい

でも残念だった人には
ラブリーな歌が逆にツラいかな

あらゆる人の想いを抱える事は
どうしたって出来ないんだろう

それから久しぶりに
サイトの「りあるあらいぶ」を録った

またも鼻歌っている僕は
最近ホントによくギターを触っている

テレビを見ながら
作ったカレーに火を通しながら
メールチェックを待つ間
ちょこちょこ鳴らしている

ずーっと左手指が痛い
それがなんだか気持ちいい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日曜日

朝は早起き
「ハリケンジャー」の最終回は清々しかった
「仮面ライダー(とは呼びたくない)ファイズ」は
もしかすると面白い予感…

バスカントリーでも
やっと「ライダー話」で盛り上がれる人が出来た

ビルダーM氏である

「宇宙刑事シリーズ好き」を虜にしそうな
ファイズのアクションにシビレつつ
僕が店に寄ると二人して
「見た?見た!?」と大騒ぎしている(笑)

しかしながら僕は改めて
M氏の観察眼の鋭さに舌を巻く

モノを作り出す人間に共通するのは
「モノを見る視線の角度の違い」もしくは
「モノが独自のモノに見える特殊眼」かと思う

共通項はあるが
僕とは全く違う場所を発見するM氏の目
それがまた僕を楽しくする

オリジナリティは

「人と違うものを生み出したい」

それが一般的に動機と思われがちだし
確かに発端になる場合があるのも事実
だけど実はそれは本筋じゃない

「自分の欲しいモノを形にする」

その想いを強烈に詰め込んだモノこそ
何者にもない独自性を持ち
世に放たれた時に輝くのだと思う

「誰よりも眩しく輝く」という光り方ではなく
「誰とも違う色で輝く」という光り方

いい意味での
「人の振りみて我が振り直せ」
M氏と関わりながら僕はそんな事を思い

彼の色に触れている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕方からスタジオ
相棒とのリハーサル

東京ライブの曲は決まった
例によってあれこれとネタくり

30もとっくに過ぎた男二人して
まったくとんでもなく「おバカ」である

「緻密なアホ」を
スタジオで構築していく

つくづく思う
「おバカ」で良かった

相棒のバカ色が僕を染め
僕のバカ色に相棒が染まる

多分二人とも
実生活の世界だけで生きてたら
とっくの昔に死んでいる

それはつまり
「音が僕らを生かしている」って事だ

僕らが直面する音の世界の現実に
容赦なく何度も冷や水をぶっかけられ
いつのまにか湿り気でドボドボになっている

でも舞台は僕らを一気に乾かしてくれる
明日の晴れ間を見るチカラをくれる

とても小さい太陽だけど
誰とも違う色で輝くよ

2/24東京で輝く
バカ明るい夜の太陽を浴びに来てね

僕らの色に染まりに来てね



2003年02月06日(木) 損ないし言葉

「癒す」

ここ近年当り前に使われ
その意味が変質しつつある

今や
本来の言葉の重さを失い
恐ろしく軽薄に飛び交う

言葉に意思があるならば
流行語などともてはやされず
普通に暮らしたかっただろう

僕は提供したある曲で
意図的に「癒す」という言葉を用いた

正直に言えば
僕は流行の尻馬に乗った

ワザと乗った

「メディアに乗る曲」

それが僕を少し狂わせた
あの曲は恥ずかしいくらいに
ノドから手が出ている(笑)

反省…

もはや自分では
使う事も使われる事も
ひどく抵抗が生まれている
「癒し」及びその派生語

胸を打たれるドキュメント番組
そのくくりで入るタレントのコメント

「癒し系ですよね〜」

その一言で
打たれた胸が冷めていく
やけに薄っぺらくなっていく

そんな想いをしているのは
僕だけだろうか?



2003年02月05日(水) GOOD LUCK !

心でそうつぶやきながら
年明けからコツコツと
ある事を続けている

僕の追いかけるものを
手に出来るかもしれない扉が
そこにある

振り向いてもらえなくても
あきらめない

総スカンをくらっても
へこたれない

僕はこれからも
「音の弾丸」を打ちまくる

そう決めた

待っていても来ない

つかみに行かなければ
叶わない

僕は
叶えたい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
�|�かウィルスってます
worm Klezにかかってる人がいるよ
チェックしてみてね

��携帯にチェーンメールが来た
いまだに
「5人に送らないと不幸が」とか書いてある
アホタレ(笑)



2003年02月04日(火) ベンチで寝ころぶ

ちゃりり〜で川沿いを走る

お昼ゴハンを食べて
お腹いっぱい

河原のベンチで一休み

ちゃりり〜はワザと
スタンドをたてずに
冬枯れの芝生に寝ころがした

そして僕も
ベンチで寝ころぶ

久しぶりの青空だ
飛行機がキラリ

仰向きの視界は
だだっ広い空の青

大きすぎて視点が定まらず
瞳孔がキューっと縮む

川のニオイを風が運んでくる

目一杯息を吸い込むと
無意識の腹式呼吸

これは職業病だな(笑)

風が止むと
何やら変なニオイがする

これは…犬のオシッコか?

慣れてしまえば
どうってこともない有機物のニオイ

目を閉じた

途端に色んな事が頭をめぐる

「一生懸命やってるか?」
やっぱり僕は自分に問う

目を開くと

「一生懸命やってるか?」
青空も僕に問う

もう時間だ
行かなくちゃ

起き上がったところを
お散歩の犬が通り過ぎ
すれ違い様に僕を見た

「このニオイは君だな〜」
そんなバカな思いが頭をよぎった

明日がなくても構わない
そんな想いで夢を追っているか?

ともあれ
元気にやってるよ♪



2003年02月03日(月) 流行歌

“世界に一つだけの花

一つ一つ違う種をもつ

その花を咲かせる事だけに

一生懸命になればいい”



SMAPが歌う
「世界に一つだけの花」

メディアで流れると耳を傾けている

アイドルとかジャニーズとか
上っ面の肩書きはどうでもいい

僕はこの歌が好きである

この歌を歌っている時のSMAPは
本当に楽しそうだ

昔歌っていた
「セロリ」や「夜空のムコウ」でも
彼らはとても楽しそうに歌っていた

この歌が好きなんだという気持ちが見えると
技術的な事には目をつむっていいと思える

柔らかい思いも
鬼気迫る思いも
思わなければ音に変わらない

音は結局
「思い入れ」で左右されるものだ

どれだけ音を自在に操っていても
技術はすべての人に伝わらない

「なんかよく分からん」

そんな言葉で片づけられる事も
しばしば音の世界にはある話だ

世に沢山おられる
自称「評論家」の方々よ

目の前に何枚もかかっている
受け売りの分厚いフィルターをはずして

自分の目で
自分の耳で
確かめてみればいかがか?

老若男女分け隔てなく
普遍的真理を垣間見せる
この歌を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

巻寿司モグモグしましたか〜?(^_^)



2003年02月02日(日) ジーンズ=リーバイス…

バンドをやっていた頃
やたらズボンにこだわった

当時流行っていたのは
スリムのジーンズ
リーバイスの606
ウェスト27インチ

しかもそのスリムを
地団太踏まないと脱げない程に
さらにスソつめしてもらったりした

ピチピチ

それが僕らのステータスだった

いつのまにか世の中は
ダブダブが主流になり
僕も606から501に変わった

その途端
足は緊張という言葉を忘れ
好き勝手に太くなり始めた

思えばあれが
ガリガリだった体型との別れ

今では29インチが苦しい(笑)
カッコ悪い話である

日曜日に某アパレル量販店
ユニ●ロへ行った

リーズナブルな値段に慣れて
最近はここで服を買ってしまう

ズボンのコーナーに行ってみると
「タイトフィットジーンズ廃盤品\1000」

ジーンズ=リーバイス

その図式で今まで暮らしてきたが
\1000という値札が僕を魅了してしまった

試着室ではいてみると
…悪くない

先日チャリでコケた時のジーパンが
ヒザこぞうにダメージを受けていたので
そいつを買う事にした

ウェスト30インチ
レングス32インチ

腹回りと股下が
たった6�僂靴�違わないなんて
ホントカッコ悪い話である

スソあげが不要だったのはホッとした
幸い股下だけは一般人の平均より長い

\1000(しつこい:笑)なので2本も買った

リーバイスは\8900
Bクラスでも安くて\4900

ジーンズ=リーバイスという図式を
壊してしまった自分

これを
「こだわりをなくした」と見るべきか
「囚われない自分に成長した」と見るべきか

歌はズボンで歌うんじゃない

そう思うようにすると
杞憂は少しどこかへ去った


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