一日後記

2008年08月31日(日) 今月最後は水の中。

早朝は小雨が降っていたし
ここのところ東京ではゲリラ豪雨が頻発しているし
どうしようかなぁと考えあぐねていた。
しかし10時頃、明るくなってきたのをこれ幸いとばかり
お昼頃から車で1時間ほど離れた公営プール。

夏休み最後の日とあって混んでいるかというと
それほどでもなく、浮き輪とマットでそれぞれ浮かんでいても
頻繁に人にぶつかるようなことはなかった。
お蔭でのんびり流水プールで流れていたり
泳いだりすること丸4時間。

途中プールサイドに置いておいたマットがなくなり
『盗まれた?』と焦ったりもしたけれど
(見知らぬオバちゃんが勝手に持って行って使っていた。
 相方が声をかけたところ素直に謝って返してくれたから良かったものの
 ちょっとその女性にはびっくり)
雨にたたられることもなかっただけ、良かったかなと思う。

今年の営業も今日で終わりだなと思うと、もう少し遊んでいたい気もしたが
さすがに指の先が冷えて痺れてきたため水から上がり、帰り支度をする。


着替えてロッカールームを出れば
空にはきれいなひつじ雲と、周りからはヒグラシの声。




閉園15分前。

ちなみに約1時間半後の帰宅時には、やはり雷雨。







2008年08月25日(月) 塩瀬の豆缶。

今年も聖路加タワー横の塩瀬総本家(本店)まで
早々に敬老の日の手配をしに行ってきた。

3年ほど前までは魚が好きな祖父母のために干物を送ったりしていたが
90を超えた二人には、ちょっと合わなくなってきたらしい。
そこで実母に相談したら
『おばあちゃん、お豆好きだから甘い煮豆の缶詰なんかいいんじゃない?
 日持ちもするし、お茶請けにもなるでしょう?』と。
和菓子の缶詰で思い浮かぶのは水羊羹か
榮太樓のあんみつくらいしかないが、探せばあるだろうと思っていた。

ところが探してみたものの、案外お遣い物にできるような煮豆缶がなく
(お惣菜っぽいものだったり、ゆで小豆などは結構あるのに!)
やっと見つけたのがここの豆缶。
デパートにも支店は入っているのだけれど
店舗面積等の都合上取り扱っていたりいなかったりと様々なため
一番確実な本店に行くのが、習慣になってしまった。


一応ネットでも注文はできる。
しかしそれをしないのは、何となく宅配伝票の印字が事務的に感じるから。

毎年日頃の無沙汰を詫びるつもりで、祖父母の名前を書く。




2008年08月23日(土) ミックス。

車で相方を拾い、しばらく話をしていると
『そういえば今日の晩メシ何?』と聞いてきた。

『ホッケの開きと卵豆腐とポテトサラダとお味噌汁』
そう答えようとした時、ふと
“あ、そういえばサラダにはおジャガとカボチャ半々使ったんだ”
なんて思い返して口から出た答えが


『ポテチャサラダ。』


・・・。


* * * * * * * * *

昨日今日の東京はとても涼しく
特に今夜は小雨が降っているせいか、肌寒いほど。

それでも隣町の小学校では“納涼大会”をやっていた。

確か数年前は櫓を上げて盆踊りをしていたはずだが
櫓の形跡もないから、いつの間にか夜店だけの形になったらしい。
いずれにしてもこの天気では、主催者が気の毒にすら思える。






2008年08月21日(木) お知らせ。

10月頃にやろうと思っていた

“臭いものを喰らうオフ(別名:シュールオフ)”ですが、諸事情により

12月初旬に変更します。

拙宅の冷蔵庫に眠るシュール缶の賞味期限が今年いっぱいなので

それより後に延びることはないと思います。



・・・今のところ参加したいという声を聞いているのは4人ほどですが。(苦笑)




2008年08月20日(水) 全員集合?

朝、何気なくつけたテレビに“せんとくん 一転大人気!”と
タイトルがついたニュースがあったので、思わず視線が動いた。
近頃の“キモチ悪いけどつい見てしまうナンバーワン”であり
“つっこみどころ満載なキャラクター”である。

しかしそこにいた“せんとくん”は
私があるマイミクさんの日記から知った彼とは別人だった。
いつの間にか家族も増えてるし。

せっかくなので画像を拾ってきて全部並べてみた。




左:今年4月頃の“せんとくん”。大人の私でも不気味だもの、子供も泣こうってもんで。

中:“せんとくん”の兄である“鹿坊”。原型に近いのはこっちらしい。

一部で“ぬる坊”と呼ばれているのを聞いた時は、涙が出るほど笑った。

右:テレビで見た“リニューアルせんとくん”。

着ぐるみにしたのが大人気の鍵だったようだけど、つまり全身に毛が生えているわけでやっぱりどこかヘン。

童子という設定なのに、だんだん動物化しているような気がしないでもなく。



そこで。だ。




彼の






彼の存在は






何処へ行っちゃったの?

(どうでもいいのに何だか気になる)






おしーえてー
おじいさんー♪

ちなみにこのおじいさん(鹿爺)、最初“しかじじい”と読んでしまった。正解は“ろくじい”。・・・角の生えた福禄寿?







2008年08月19日(火) ひと騒動。

今は昔ほど癌という病気も怖くなくなったとはいえ
やはり近しい人にその疑いがあると、心中穏やかではなくなる。


ひと月ほど前に実は実父にその疑いが出てきた。
あるきっかけで受けた血液検査では、腫瘍マーカーの値が通常の値の4倍あり
かつその後受けた超音波検査では“その部分”が
通常のおよそ倍以上大きいものであったためである。

自分で少し調べてみてみると
“時として骨やリンパ節に転移することもある”
という記述を見て一瞬ギョッとした。
なぜなら父方の祖父が骨癌で亡くなっているからだ。
おまけにその祖父、病名が分かる前にはしきりに腰痛を訴えていたらしく
最近になって腰痛がひどくなった実父と、否が応でも重なってしまう。
(もっとも腰痛は年のせいじゃないかと最初私は苦笑していた。
 検査前の話である)
この転移の可能性云々については
両親も知っていたかもしれないが、彼らから聞くこともなかったし
結局、私の口から言い出すこともできなかった。


それからというもの
まだそうと決まったわけじゃないんだしと思いながらも
心のどこかがかすかに波立つような落ち着かない日々が続き
半月前に受けた生検の結果が出るのが、今日だった。

午後、実母からの短いメールによると
採取した組織片の中に癌細胞は見つからなかったという。


安堵感で体中の力が抜ける気がした。
というか実際に上半身は力が抜けた。


不思議と何度も何度もため息が出てきた。



2008年08月17日(日) トイレの箱。

その昔、私が小学校低学年の頃
実家のトイレの隅っこには小さい箱があり
小説が2〜3冊入っていたのを憶えている。
(あと今は亡き父方の祖父の関係から送られてくる某宗教団体の月刊誌)

何故かその中でも“インパール”と“坂の上の雲”の
タイトルだけは妙に記憶に残っているのだが
これらを読むことは、当時なかった。
今思えば母は女流作家のものを好んで読んでいたので
そこにあったのは父のものなのだろう。
早朝トイレに入ると、天の岩戸よろしく居座り続けていたから
そのお供だったのかもしれない。


少し前、実家に行ったついでにその本を借りてきた。
全6巻とは今まで読んだ本の中では一番長い。




ハードカバーの本が480円だった時代。

所々にこんな鉛筆の落書きがあり、どうやら私か妹が

やらかしたものであるらしい。あえて消さずにおこうと思う。





2008年08月10日(日) 夏休み 2。

04:30 目覚ましもかけなかったのに起床。
おそらく前日22:00という普段ありえない時間に寝たせいだと思う。
せっかくなので軽く身支度を整え、まだ寝ている相方に一言残し
車で15分ほど離れた鹿島神宮へ散歩に行くことにした。

子供の頃から何度も来ていて見飽きているはずなのに
夏の早朝、まだ人も少ない鬱蒼とした森の空気が好きで、ゆっくり境内を歩く。




左:大鳥居をくぐって参道から楼門。

右:一番奥にある御手洗池の上を真横に生える巨木。(何の木かは知らない)

そういえばこの御手洗池には“誰が入っても水が乳の高さを超えない”という話があったのを思い出した。

・・・未だに確認したことはないけれど。



06:45ホテルに戻って朝食を済ませ、08:45チェックアウト。
宿泊パックに近くの日川浜にある海の家のチケットがあったので
曇天にも関わらず、また3時間ほど海で遊んだ。

その後少し寄り道をして14:15潮来ICから東関道に乗り
家の近所で買物を済ませ、16:50帰宅。

駐車場に車を戻し、家に帰る道すがら
今年はこれで海水浴もおしまいかなぁと ふと思う。




2008年08月09日(土) 夏休み 1。

07:40 茨城にあるいつもの海。
何度も眺めに来てはいるものの、泳ぎに来るのは初めて。
しかしいかんせん早く着きすぎ車の中で1時間ほど寝る。
窓と後ろのハッチを開けると車内を抜ける
海からの風が気持ちよくて、東京での暑さを忘れるほど。




いつもの海。(笑)


この界隈の海は鹿島灘に面しているから
泳ぐというより“波と遊ぶ”方に向いている。
(もっとも今日は北風が強くて若干波が高めだったらしい)
事実私も何度も波にのまれていたし
相方にいたってはのまれた拍子に中でひっくり返り
脇腹のスジを傷める始末。
それでも飽きずに浮き輪につかまって波間をプカプカ浮いていた。

15:30 海から上がり慌てて着替え。
駐車場が16:00閉門とびっくりするくらい早くて
余韻に浸れないのがちょっと残念。
確かオフシーズンはもう少し遅くまで開門しているはずだと思うのに。


16:40 南下し神栖市内に取った宿にチェックイン。
シャワーを浴び、一休みして早めの夕食を済ませたら
夜は近くの工業地帯見学をしようと思って
(実は結構“工場萌え”な人間だったりする。とりわけ夜!)
銀塩カメラと三脚まで用意していたのに
相方が急に寒気と鳥肌が止まらないという意味不明な体調不良を訴え、中止。

どうやらホテルの空調がきつかったようで
エアコンを止めて一晩布団にくるまっていたら
翌朝にはすっかり元気になっていた。






2008年08月03日(日) 魔の一言。

相方のリクエストで“ドラゴン・キングダム”を観に某シネコン。
あまり何も考えずに済みそうなタイプの映画だと思ったので、
かなり気楽に観ていたその最中だった。


隣からつついてきた相方が、私の耳元でボソリと一言。

「この(映画の)ジェット・リーって、昔の山本譲二っぽくない?」


・・・以来ずっと山本譲二の顔が頭から離れず。

確かに何となく似てるなぁとは思ったものの

せめて映画が終わってから言ってほしかった・・・。orz



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