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こんんな些細なことで君を傷つけられてなるものか■2006年12月25日(月)
夜遅くに生徒から電話がかかってきた。
弱い声だった。
「とくに用はないよ…」
疲れて眠たそうだった。
声よりも、ふーっと煙草の煙を吐く息の音の方が大きいくらいだった。
「あ、停電。部屋の電気が消えた」
大丈夫?煙草の火が変なとこに落ちないようにしなよ。
「うん」
「わたしね、昔は急に電気が消えたりするとひどく怖かったの。でも、今はもっと怖いことを経験してしまってるから、このくらいのことは怖くなくなった」
馬鹿。
もう、怖い思いなんかしなくていい。
君をあらゆる危害から守る。
ずっと、ずっと。
long long widing road■2006年12月08日(金)
電話の最後、生徒は僕に「私は先生に前ほど愛されてないと思う」と言った。
僕はどう答えることもできず、苦し紛れの深いため息をつくしかなかった。
電話は程なく終わった。
僕は毎日、彼女に今までよりもずっと大きな愛情をささげていたい。
けれど、彼女自身は「前ほど愛されていない」という。
僕は生徒によく言う、事実は受け止め方しだいで良くも悪くもなるものだと。 生徒は僕にはよく言う、先生がどう思ってるかじゃない、私がどう感じたかが大切だよ、と。
どう伝わるか、どう伝えられるか、それが大切なのに、僕はその方法見失ってしまった。
僕は彼女にだったら、働いて得た金、手に入れられるもの、時間、一枚の誓約書なんだって差し出せる。 僕はどんどんと「かたちあるもの」へのこだわりを強めている。 けれどそれらは彼女が今、もっとも願っているものではない。 彼女が欲しているのは、「かたちなきもの」であり、おそらく、それが愛情ってゆうやつなんだ。 今の僕は生徒にこの実感を与えられていない。
僕が今、生徒に突きつけている要求は彼女からしたら性急過ぎると感じられているだろう。 僕は彼女にずっとそばにいてほしい、だから、受け入れられる準備を進めよう、不自由ない世間一般に恥じない生活とかいうひどくくだらない特等席を彼女のために用意しようとしている。 君のためにとっておきの「かたち」を作ってあげれば、きっと喜んでくれるはずだ、その思いが今のモチベーションになっている。 けれど、そうしているうちに「かたちなきもの」へ目を向けることをおろそかにしてしまっているのだろうか。 だったら、最悪だ。
そして、「かたち」を作り上げている僕が生徒以外のひとに一度心を揺さぶられたのは事実だ。 「他の女に気持ちが揺れるような先生なら、要らない」そう彼女は言い放った。
僕は自身に問うた結果の選択をした。
走り続けてやる、この果てしない持久走の道を。
そしてもう一度、彼女に僕の愛情の実感を与えよう。
僕は、君が選ぶ最後の選択肢でありたい。
倖(しあわ)せな痛み■2006年12月07日(木)
生徒は僕に彼女の部屋のことを話していた。
「南側の窓の下に、白い棚的なものがあるでしょ?」
ああ、あった。あの上にいろいろなものが置いてあったな。
彼女は、そう、その棚の中に…と僕にその続きを答えるよう求めた。
ああ、右端の一画は僕がいろいろと物を置いてたね。 白いB5の紙やプリントやらを置いていた。
「そう、今でも変わらずそのままにしてあるんだよ。先生、これ見たら泣いちゃうんじゃない?」
僕はこのことを1ヶ月くらい前に既に彼女から知らされていた。
「先生のプリントとかいろいろあるんだよ。なんだかね、触れないんだ」
彼女に勉強を教えるための一式を置いてきたことは覚えていた。
ただ、それが今もそこにあるということは僕の胸を苦しめた。
なぜ痛いか、どう痛いかを説明することはできない。
ただ、それは倖せな痛みだった。
(七姫さん、あなたの日記の題名を使わせていただきます)
当たり前であるかのように■2006年12月06日(水)
その時は23時近くで、僕は職場でコンピューターの画面に向かっていた。
携帯に生徒からかかってきたのだ。
「先生からの電話は私に届かないようにしてある」
そう言った彼女から。
電話に出ることが出来ない僕は、携帯の画面に表示される彼女の名前を見たまま動けなかった。
しばらくコールしたあと、電話が留守録に切り変わった。
彼女の文字は画面からふっと消えた。
「先生からの電話は私に届かないようにしてある」
ここにそう書いた彼女から電話がかかってきた。 彼女から電話がかかってきたんだ!! もう二度と関われないかもしれない彼女からの電話だというのに、なんで邪魔されなきゃいけないんだ!! 僕は作業から抜け出せないことに苛立った。
仕事を終えてすぐに生徒に電話をかけたが、やはり拒否された。 二日前から彼女に僕からの電話が着信しないようになっている。
僕は溜め息をついてから、車の停めてある駐車場へと向かった。
再び携帯が鳴った。
生徒からの電話であることを知らせる指定されている着信音だった。
僕は急いで通話ボタンを押した。 ああこんばんは。ごめん、さっきは仕事中で出られなかった。
僕はこれが当たり前の会話であるかのように懸命に平静を装った。
「いいよ、べつに」
そう言って、僕に彼女が最近気に入っている曲の話をした。
「Oceanlane凄いでしょ!この子たち、天才じゃない?」
それからはお互いに最近よく聞いている曲やアーティストの話をした。 数日前、生徒は「先生とは今まで悲しいこととか辛いことかしか話してない」と言った。 これからは楽しい話をしよう、とも。 音楽はちょうど良い楽しい話題だった。
「ねえ先生、私のこの部屋覚えてる?」
ああ、覚えているよ。 一つ一つのものに思い出があるから頭に強く残っている。
「へー、じゃあ言ってみてよ、私の部屋の配置」
黄色いこたつや天井まで届くクローゼットなど、僕が持っている記憶を述べると、彼女は意外そうだった。
「え?何?監視カメラでもつけてんの?変態」
一つ間違えたのは、スチール・ラックの三段目に置かれたコンポのメーカー名だった。 あのスピーカーは重い。 あれが彼女の足に向かって落ちそうになり、どれだけ慌てただろう。
生徒は更に自分の部屋の話を続けた。
人を愛せ■2006年12月05日(火)
人々よ。
人を真剣に愛せ。
けっして、軽々しく「好きだ」などと言うな。
けっして、軽々しくこれが恋愛だと思い込むような付き合いをするな。
人は一人の人しか愛せない。
そういう風に造られている。
だから、世界に一人しかいない相手を真剣に愛せ。
先生には好きな人ができました。■2006年12月03日(日)
なのでこれからはこの日記は、私の事ではなく彼女の事を書いてあげて。
先生に沢山愛をくれる相手の事を大切にしてあげて。
彼女はきっと、私と先生が繋がっていることを嫌がる。
好きな人にそんな思いはさせたらダメだよ。
私の事はいいから。 もう気にかけたり心配しなくても大丈夫だから。
彼女と先生の日々が幸せであるように、祈ってるからね。
もうこの日記を書くことはないし、見ることもない。
先生からの電話やメールは、私の携帯には届かないようにしてある。
振り返って塩の柱になるなよ。
じゃあね、さよなら。
共有するということ■2006年12月01日(金)
休みの今日、僕は120km離れたところから生徒に会いに来ている。
今、生徒はエクステをつけてもらうため美容院にいる。 彼女を送った僕は町の中を歩いて時間を潰している。 ビルの合間から見上げると、空の青さが透き通るかのようだ。
僕たちは、昨日の夜から今朝の五時近くまで電話で話していた。
僕がいないときに生徒が、そして生徒がいないときにぼくがというように、それぞれが別個に経験してきたことを伝え合った。
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