2004年11月17日(水)

 結局捨ててはいなかったのよ、しがみついたままで断絶していただけだったのよ。そうだ、それだ、力を込めてゆっくりと胸の上を這い回る掌を感じながら、きっとあなたは思ったことでしょう。そう、それなのよ。あなたはわたしにとって、ずっと想い出の形代でしかなかったのだわ。今更気付いたの。馬鹿でしょう?
 止まってはいられないの。だって気付いてしまったのだもの。あの人たちは、あの場所は、もうちっとも前のままではないのだって。止まっているのは、みんなの言うとおりやっぱりわたし一人だったのだって。意識しないでいるあいだに時間はずいぶん流れていたみたい。やっぱり、文章なのね。ことばじゃないと、駄目なのね。あの人たちのことばに触れて、ひどいショックを受けたわ。泣いたし、息が詰まって声も出せなくなった。今度こそ、すべて捨ててどこかへ行こうと思った。変わってないでしょう? ちっとも成長しないのよ。みんな遠くへ行ってしまう、追いつけない、追いつきようもない、それが悲しくて仕方がないの。自分が止まっていることを嫌というほど実感したの。幸せそうに見えるわよね、楽しそうよね。輪の外側から見えるものはとても気高くて強い「ことば」の力と、それを等しく享受し得る満ち足りたひとたち。わたしがそこにいたら? うっとりするばかり。わたしはもうその中にはいない。
 動けなかった、少なくとも体をこの場所に預けている限り心もどこへも行きようがないと思っていた、どこかへ行きたかった。だから今度こそ、どこかへ。別の場所へ。今までの自分と何の関わりもない場所へ。捨てて。すべてを。
 あなたは言ったわね。僕がどこへ行くにしろ必ずついておいで。それはとても嬉しくて、けれどひどく受け付け難い言葉だった。胸の下を重くする、わだかまるものの正体が幸福であるのは知っていたけれど。いつでも曖昧に返事をして。もしくは笑顔で頷く背中に十字を忍ばせて。
 1足す1の答が1であることを望んでいたのは知っている? わたしは本当にあなたの中に熔けてしまいたかった。等しい体温を共有することが泣きたいほどに幸福だった。しがみついてかじりついてあなたの肌に頬を擦りつけるとき、全身の血が生まれ変わるような戦慄を、わたし自身の命を感じた。おなじものだったらいいのに。この命がまったくあなた自身ならばよかった。何度そう呟いたことかしら。
 あなたはわたしにとって想い出そのものだった。あのころ、あの人たちと居たころ、あの場所に居たころ。共有していたたくさんの想い出の。わたしだけが持っている想い出も併せて。あなたの体温を肌の上に感じながら幾度も頭の中で繰返したわ、わたしと、あなたと、あの人たちとのこれまでを。温かくて、湿っていて、奥歯でゆっくり噛み締めるとじんわり涙の味になるの。何度も泣いたわね。あなたは自分が泣かせているのだと思って何度も謝ってくれた。ごめんなさい。泣くことが快楽だったのよ。途方もなく幸せだったのよ。
 わたしは、結局、すべてを捨ててあなたを選んだわけではなかった。記憶の形代としてあなたを選んだ以上は、わたしは結局何も捨ててはいなかった。動けなくなるはずでしょう? この手に掴むことのできない記憶だとか想い出だとか、そういうものに体ごと心を預けていたの。現実は、――生身の「あなた」を含めた、記憶やら想い出やらにも姿を納めていたひとやことやものは――ちっともそのままではいなかったのに。きっちりと断絶していた。わたしの心の中に映っていたのは、はじめとおわりをきちんと持った、エンドに辿り着けばまたはじめに戻って繰り返すだけの虚ろなもので、たしかな肉体と温度を持った彼らはみんな、もうずっと先に行ってしまったのだ。わたしはあなたすら見てはいなかった。
 愚かでしょう? そう気付いたらもう、立ってはいられなかったの。ねえ、あなたのことなんて、大嫌いだったのよ。愛しい愛しい、血肉とも別ち難い、たいせつな想い出たち。あなたという姿をとったたいせつな記憶。どんなに憎んだことか。どんなに愛したことか。それを、すべて捨てていいと思ったの。今度こそ。幸せな調和は壊れてしまったのよ。幻影だって気付いてしまったのだもの。
 はじめは知っていたはずだったのにね。わたしの目からあなたを通して映す幻灯。まぼろしだって教えてくれるひともいなくなっていたんだわ。
 模造品のおもちゃを抱いてひとり遊び。そんな惨めなこと、自覚してしまってはできないの。わたしはプライドが高くできているのよ。でも、それでも。
 どこかへ行きたかった。何もかも捨てたかった。僕のことも、そう訊いたあなたには、けれど迷わず答えていた。「どこに行くにしても、あなただけはつれていくわ」


 何も捨ててはいなかったのよ、しがみついたまま断絶していたの。わたしにとって執着して止まない想い出そのものであるあなたを抱きしめたまますべての現実を遠ざけていたの。捨てたつもりになっていた執着を、想い出を、手放してみたら簡単なこと。あなただけはつれていく、そう言えた途端から、幻灯のまわる暗い部屋を飛び出してしまったみたいよ。すべて捨てても、あなたを新たに選びなおすことが、できる。想い出の形代ではない、あなたそのものを。
 気付きもしなかったのよ。あなたが、あの泣きそうなほどの幸福や、痛いほどの執着の依り代ではなくて、わたしという人間を支える中軸にすらなっていたなんて。


 ねえ、馬鹿でしょう。







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 脚色された現実。そんなこんなあってとっても元気です。あなたがいるからわたしはフリー。身軽です。うだうだしてる間に学業の方は取り返しのつかないとこまで行きましたが。除籍もありうるそうです。へぇ〜。そんなことどうでもいいと思うほどテンションは高いです。唐突ですがしばらくの間創作するのをやめるつもりです。今はたくさんのいい文章を読んで吸収したい気持ち。わくわくしてうきうきします。時期がきたらきっとまた書き始めると思います。いきとし生けるものいづれかうたをよまざりける。目の前が開けたらここ半年の間に書いたものがとてつもなくいやらしいものに思えてきました。分類するならkimoi系。今日の日記に書いたのもアレです。はじめはまじめに書こうと思っていたのですが書き出したらなぜか語り口調でした。まだまだ若い。すべてがここから。まったく一方的ではありますが、やはり、彼らのおかげなのでした。

 ライフイズビューティフル、それはまったく本当に、だれにとっても。






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(11/18   読み返してみて)
あんまり陳腐なので消そうかと思いましたが票を入れて下すった方がいらっしゃるようなので残します。夜中に書いて読み直さないもの、きらい。日記部分はもう死ななきゃ治らない馬鹿だから一発ギャグだと思って諦めますが(他人事化)前半のアレは切腹ものの駄目出来だよ特に最後8行。しばらく休む最後の日記がこれかよ……でうだうだしちゃってる自分がきらい。

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