-殻-
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いつもは一人で見るこの景色。
今夜は君が助手席に座っている。 他愛のない会話は、テールランプと一緒に流れていく。 ふとした沈黙にも重さを感じることはなくなった。 急ぐでもなく、立ち止まるでもなく、 呼吸をするのと同じ速さで僕等は言葉をこぼす。 トリコロールのトリトン。 向こうの空には満月。 君のいるところに、僕は向かっているのかな。 そうだといいけど。そうであってほしいけど。
ついこの間まで薄紅色に染まっていた景色は、
いつの間にか新緑の芽吹く勢いに押し流されそうになっている。 北国育ちの僕には、桜はそれほど馴染みの深いものではない。 ソメイヨシノを初めて目の当たりにしたのは、二十歳を過ぎてからだ。 僕にとっての春というのは、5月のことだった。 雪が融け、気温がゆっくりと持ち上がって、閾値を越えたその瞬間、 ありとあらゆる芽が、花が、葉が、一斉に吹き出す。 その色彩の混沌こそが、僕にとっての春の原風景だ。 入学式が桜の木の下だったことなどない。 卒業式は雪を踏みしめながら、折角の靴が濡れないように歩いた。 知識でしか知らなかった4月の桜は、 それでもなお、その散り行く哀しさを僕に感じさせてくれる。 何故にこうも儚く、一炊の夢のように風に流されてしまうのか。 一花咲かせる、というのは、まさにこういうことを言うのだろうな。 その後、潔く散って行くことを、知った上で咲き誇るのだろうな。 武士が桜を尊んだ理由が、なんとなく分かる気がした。 僕は、葉桜が好きだ。 木の枝から直接花が咲くという、ある種グロテスクな遷移状態から、 生きてゆく本来の姿が形成される過程が、葉桜だと思うからだ。 美しさというのは、アンバランスなものだ。 つまるところ、失われることにその意味がある。 散るために咲くのではなく、咲くものは散るのだ。 死ぬために生きるのではなく、生きるものは死ぬのだ。 それがきっと自然というものの理屈で、だからこそ僕等は、 美しく、グロテスクに咲いて、そうして閉じてゆくことで意味を為すのだ。 散り際に潔くあるには、悔いてはならない。 心ある限り咲き尽くすことは難く、 突然の雨風に開いたばかりの花弁を散らすやも知れぬ。 ならばせめて、今日の暖を幸いとして、 咲き狂え。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |