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2002年10月27日(日) 仕事中すごいモノを見る!

今日から仕事だ。
がんばるぞぉぉぉぉぉ!

今日の仕事も「めちゃま」さんと一緒だったのだが、
やはり前回一緒に仕事をした時のように二人でコンビニでお昼を購入。

めちゃまさんに

「今日こそ豚肉&マヨネーズ丼ですよ、ふつさん!」

とアドバイスをいただく。

しかし、へそまがりなふつさん。

「やっぱり今日はパンにするぜ。」

と、後で後悔するかもしれないのに今回もどんぶりを選ばず。

「あ〜あ、ふつさん、後悔ですよ。」

と、めちゃまさん。

そんな感じで今回の仕事場ものどかな雰囲気。
結局めちゃまさんの予言通り、私は今回も豚肉&マヨネーズ丼を選ばず人知れず後悔するのであった。

さてさて本題である。

今回の仕事場だった会場の周りは民家が軒を連ねていた。
2階の講習室からその周りの家が見渡せるのだが、私はそこですごいモノを見てしまった。

窓辺に立ち何気に外を見ていたのだが、
決して覗こうと思ったのではないのだが、
それは目に飛び込んできた。

ある民家の縁側でベージュ色の小型の動物がワラワラと動いている。
ん?
それも1匹ではない。
むむむ!2匹らしい。

今日は秋風が冷たい日だが、小動物達は日の当たる縁側でぬくぬくしている。

何だろう、あれ。
私のところからだとそれはプレーリードックのようにも見える。
なんだ、なんだ?
あれはいったい何なんだ?

仕事中にもかかわらず私はずっと外を見ていた。



その時であった!!


ベージュ色のムクムクしたボディーに黒いローズ耳を発見!!
(ローズ耳とはバラの花びらのような耳。)


わお!それはパグ犬!!
後姿でもローズ耳が確認可



2匹のパグ犬が縁側でひなたぼっこしていたのである。

パグは顔が、特に鼻周辺がシワシワなため溝に垢がたまりやすい。
ご主人がパグ犬を「むんず」とつかみ1匹ずつ顔の掃除をしている光景も。
パグマニアとしてはたまらない光景。

私の実家のパグ犬同様、顔の掃除をされるときはお尻を突き上げながら体をすくめている。彼らなりのイヤイヤポーズだ。

掃除も終わりパグ達に自由が戻った。
私もそろそろ仕事に戻る。


しばらくして再び窓の外を見てみる。

まだパグ達は縁側でぬくぬくしていた。
1匹は横たわりゴロンと。
もう1匹はきちんと正座しながらボーっとしていた。

しばらく眺めていたが、受講者の方から質問の挙手があり仕事へ意識を戻す。


講習も自習時間となり、再び窓の外を眺める時間ができた。

まだパグ達は縁側でくつろいでいたのだが、
先程よりちょっとアクティブモード。

1匹は相変わらずゴロンと横たわっているのだが、もう1匹は近くにある座布団と戯れていた。
これもよく実家で目にする光景である。
クッションや座布団をくわえ「スタンスタン」と左右に振り回すのがなぜか犬は好きなのだ。

ほほえましくそんな光景を見ていたのだが、



次の瞬間私から笑顔が消えた…。



ただの「スタンスタン犬」かと思いきやそのパグ犬、

なんと座布団の下に顔を差込み
座布団をきれいに90度に折り曲げるではないか!

驚くのはまだ早い。
イラスト付きでご説明しよう。
つまりはこうだ。

エロティックパグ!!

1.差込んだ頭を持ち上げ90度に座布団を折り曲げる。
        ↓
2.そして折り曲げたところで座布団にまたがる。
        ↓
3.人間が思わず顔をそむけてしまうそんな腰つき。


1〜3のことを延々と行っていたのだ。
座布団が股からこぼれると1番からやりなおし。





もう1匹のパグはマイペース。
エロティックパグの横で熟睡。


2002年10月26日(土) 旅行最終日

さすがにやられた。



2日連続カニを食ったらベロが荒れる。


旦那のベロも荒れていた。

これはもしや、

昨日のカニの祟りだろうか。




さてさて、

今日で楽しい旅行も最終日。
旅館の朝風呂に入りスッキリしたところでチェックアウト。

いや、
スッキリするつもりが、逆に旅の疲れがモロに出てしまったようだ。
風呂上がり、ほんわか気分になり眠くなってしまった。

かなり疲れている。
しかし我々は進む。

どこに進むかというと回転寿司へ。
山形で人気の回転寿司屋があるというので。

とても人気があるということで、お昼時などに行ったなら平気で1時間ほど待たなければならないらしい。
だから我々は11時ちょっと過ぎに入店。

しかしすでにカウンターにはお客がワラワラといた。
かろうじて我々の分の空席があった。らっきぃ。

カニの呪いがかかっているベロだったことが残念である。
せっかくのうまい寿司だが100%味わうことができなかったような気がする。
ベロの表面がザラザラしていて、日本人ならではの微妙な味覚を楽しむことができなかったような気がする。
ああ、残念。

しかし、それでも80%は味わえた。

80%であれほど美味しかったのだから
100%のコンディションでのぞんだなら、どんなに美味しい寿司だったのだろう。


早めのお昼をすませ、次は酒造資料館へ行った。
山形の地酒「初孫」を造っている蔵元の資料館だ。

血が騒ぐ

ここでは数々の初孫が試飲できるのだが
車だったので飲めずに残念…。

うまそうに冷えている試飲のお酒。飲めなくて悔しい。

あっ!

もしかしてこれも昨日のカニの呪いか!?
( ̄□||||!!





試飲はできなかったが、お酒に関する豆知識を肥やしますますお酒が好きになった我々夫婦であった。
まあ、いいではないか。
たまには飲めなくて悔しい思いをすればよい。

(うそ。実は私だけ『初孫大吟醸』をちょっとだけ飲む。帰りの運転は旦那。)


想い出
またまた楽しい旅行ができた。
よかった、よかった。

若いうちに色んな所に行きたい。
足腰が丈夫なうちに。
鍾乳洞などはやはり足腰が第一。
若いうちに鍾乳洞もたくさん見ておきたい。
今回は「日本海」がテーマだったが
よし、今度は鍾乳洞の旅にでも出るか。



-旅行記-
この『完』作るのに1時間かかる



2002年10月25日(金) 新潟から山形へ(やはり食い倒れる)

えろゴミとはっ!!
佐渡最終日。

早めに旅館をチェックアウトし、お昼の出港まで佐渡をグルグルドライブした。
金山にも行った。
「えろゴミ」は金山のトイレの横のゴミ箱だ。
深みを感じるゴミ箱である。私ごのみ。
これは隠れた観光名物なのかもしれない。

金山に展示されていた労働者のロボットはリアルですごかった。
本当の人間のようだった。
辛い労働をぼやくロボットもいた。

「なじみの女に会いてぇなぁ。」

とか、

「酒が飲みてぇなぁ。」

など。

そんな労働者の声がロボットの近くに設置してあるスピーカーから聞こえてくるのだ。
別の場所のロボットは

「手を休めるなっ!!!」

と怒鳴っていた。私もビクっとした。

観光地の必須アイテム。それは「ソフト」
金ののべぼうにも触ったし、観光地の必須アイテム「ソフトクリーム」も食べたし大満足の私であった。おまけにここのソフトクリーム、金山だけに金箔がトッピングされている。
満足げにレロレロとソフトクリームを食べていると、
おお!!もう時間だ!!
そろそろこの場を去らねば船に乗り遅れてしまうぞ!!
金箔だけに、私は緊迫状態でソフトクリームを食した。(ご、ごめん。)


緊迫している割に、私は助手席でのんびりソフトクリームタイム。
旦那が運転。


私がソフト本体を食べ尽くし、
旦那は残ったコーンの先っぽを食す。
これは我々の儀式。

いつも通り運転中の旦那の口にコーンの先っぽを投入。

チャリチャリ…

と、旦那は目は真正面に集中しつつ食べる。
今回も儀式が無事とりおこなわれた。


佐渡が一望できる山のてっぺんまでやってきた。
この景色を見たらさていよいよ港へ。

下りは私が運転。
エンジンブレーキで走行してくださいと書かれた看板通り降りる。

エンジンブレーキ…

懐かしい響き。
(ポンピングブレーキなんかも懐かしい。)

「なんでエンジンブレーキにするか知ってる?」

と、自動車学校の先生のようなことを言う旦那。
ベスト付きの三つ揃えの背広を着ていたら100%自動車学校の先生だ。


さて、
無事船に乗ることができたわけだが、またまた楽しい2時間30分の船上ライフ。

天気がよかったので、しばたく船の後ろの甲板のペンチに座って小さくなっていく佐渡を見ていた。

私達のそばでは

かっぱえびせんとおじさんとかもめ

ヤシの実のような頭に光を反射させながら
かっぱえびせんをかもめに手渡しするおじさんが。

おじさんは手渡しに慣れている様子。
手首を小刻みにスナップさせ
かっぱえびせんをアピール。

かもめが近づいてくるとおじさんは

「よし、行くぞ!」

といわんばかりにかっぱえびせんを
最後に一振りする。

了解したかもめは、
おじさんの手からかっぱえびせんが離れるタイミングを
見計らいながら船と平行移動。

おじさんの手からかっぱえびせんが離れて
約2秒後

カリッ!

と香ばしい快音。

おじさん人気はうなぎのぼりであった。

どんどん増える

このようにどんどんかもめが増えていったのである。



ちょうどお昼時間。

船内でお昼を食べようと、我々は食堂へ。

旦那はラーメン。
私はカレーライス。

これも毎回の儀式なのだが、
お互い違うものをチョイスしたときは一口ずつ分け合うのである。

旦那のラーメン、昔懐かしい味であった。
私のカレーライスを食べた旦那は

「うめぇ〜♪ボンカレーみたいだぁ。」

と、庶民的に感動していた。

食後、さすがにちょっと疲れてきた私達は船内で一眠りした。
船を降りたら山形である。
そのためにも鋭気を養っておかねば。


さてさて、船を降りさっそく山形へ。
夕日を見ながら日本海沿いを走る。

山形の宿に着いたのは8時近くであった。

ふざけんなよ!人間ども!
今夜もカニまるごと一匹一人分であった。わーい。

しかし今日のカニはちょっとナーバス。

片足をもがれながらも怒っていたのである。










2002年10月24日(木) 新潟でも食い倒れる。<2日目>

大成功(人にとってもかもめにとっても)
旅行2日目。


なんとなく仕事の電話が入るのでは…

出発当日からそんな胸騒ぎを覚えていた。

いつもそうだ。
遠地へ旅行に行くと、必ず仕事の電話が入る。

北海道でもそうだ。
横浜でもそうだ。

きっと新潟でも…。


予感的中であった。
ホテルを出てすぐに仕事の電話であった。

いつも遊んで歩いているようなイメージをまた持たれてしまったのでは。
(確かにいつも遊んで歩いているが。)

仕事の話しも終わり、
さて、今日は佐渡に向かう。

さすがの私も佐渡は宿をとっておかねば不安であった。
もし空室がなければ大変なことだ。
なにせ相手は島である。
寝床がないからといって簡単に新潟市内に帰るわけにもいかないし。

だから佐渡に関しては事前にインターネットで予約をしておいた。

上の写真は佐渡に向かう途中の船での一こま。
隣でかっぱえびせんをかもめ達に食べさせている女性がいたのだが、
直接食べさせることができるのか、私もハラハラドキドキしながら見ていた。
この写真はその隣の女性が餌付けに成功している感動的なシーンである。

船の中で2時間以上過ごしたのだが、それがとっても楽しかったのである。

少年心をくすぐる装置


上の写真の装置、
この装置はどうやら少年心をそそるらしい。

旦那はこの手の装置が大好きで、このような物があれば必ず近寄る。
今回ももちろん近寄っていた。

私は別に興味はなかったので、ベンチに座って海を見ていた。

しかし旦那が気になったのでベンチに座りながらも遠くから様子を見ていると、旦那は装置に顔を近づけ匂いを嗅いでいた。
匂いを嗅いだ後、わぁっ!っと驚き私の元へ急ぎ足で戻ってきた。

そして今のショックを私に語った。

旦那が顔を近づけたのは

便所排気

香ばしすぎる…。

何かの排気口だとは分かっていたらしく、
何かなぁ?という好奇心を抑えることができず
匂いを嗅いでみたとのことである。
まさか便所排気だとは…。


2人で船内をあちこちと探検し、お昼も船内で食べた。
旦那は山菜そば、
私は月見うどん。(船内では『たまごうどん』とメニューに書いてあった。)


そんなこんなで2時間30分経過し、無事佐渡に到着。
あまりの運搬料の高さにちびりそうになったが、マイカーレガシー君も船に乗せてきた。無事レガシー君も到着。

まずは今日泊まる宿を探さねば。

しかし佐渡は予想以上に広かった。
道にも迷った。
でもなんとか宿を見つけた。

佐渡のお宿
佐和田温泉の「旅館入海」という所に泊まったのだが、とてもいい所だ。
純和風のステキな宿だ。
客室の窓の外は砂浜で、波の音もハッキリ聞こえる。
佐和田温泉は真野湾沿いにあるのだが、この海の向こうに北朝鮮があるのだろう。
波の音を聞きながら複雑な気分になった。

今回佐渡に来たのは、前々から「連休をとって佐渡に行こうね」と計画していたのだ。
しかし、今佐渡の、それもこの宿の近くの町では今大変なことが起きている。
このような時期に佐渡でのんびりしているのがなんだか悪いような気がした。

こんな静かな島で、今目の前に広がっている海で、砂浜で、あんなことが起きたなんて…。やっぱり想像を絶する事件だ。許せない。
静かな海の景色を眺めているとあらためてそう思った。

カニまるごとオレのもの
さて、お楽しみの夕飯。
カニはまるごとで一人分。
さざえやら鯛やら、とにかく食いきれないほどの海のご馳走であった。
もちろん米も飛びあがるほどうまかった。

そして我々は満腹のまま熟睡。
ブタまっしぐら。


2002年10月23日(水) 新潟でも食い倒れる

佐渡
今日から新潟、山形の旅である。

わざわざ日本海側を車で走りながら新潟へ向かった。

今日は新潟市内に宿泊。
確かバレーボールの川合俊一氏の出身地だったのでは…ということをふと考える。

新潟に到着したのは夕方であった。
宿は予約をしていなかったので、到着するなり安宿を探索。

旦那は飛び込みで宿を決めるなんて信じられん!というタイプ。
私は行き当たりばったりが大好きなタイプ。

今回は是非1泊目は私好みでいきたいと旦那に懇願していたのである。

「旅行に行くっていう前提ではなく、フラッとその辺をドライブしているうちになんとなく新潟まで行ってみるか!!ってことになって、よし!思いきって今日は新潟に泊まっちゃおうゼ!…そんな雰囲気で旅行がしたいの!」

と旦那を説得した私であった。

えぇぇ!?泊まっていいのぉぉぉ!?
そんな子供の頃に味わったワクワク感を再び味わいたかったのである。
だから移動の車中、

「ねえ、もうちょっとドライブしてみようよ。」
「わ!もう山形だよぉぉ!どうする?」
「思いきって新潟まで走ってみるかっ!」

などと、このような会話をしてみたりした。
そして

「あらららら、もうこんな時間だねぇ。」
「どうする?泊まってみようか、思いきって。」
「だって仕事どうするの?」
「休んじゃうよ。」

と、劇団ひまわりも真っ青の演技を繰り広げてみた。

すんごい演技を続けていたら意外に早く安宿を発見。

2人で9000円という安さと、繁華街への近さにひとめぼれする。
運良く空室もあった。
さっそくチェックインする。

外観は近代的なホテルだったが、客室はレトロ。
まるっきり私好み。
ますますこのホテルにほれる。

かたいお知らせ

ホテル内にはこのような書体の掲示物が。
「其の他」という部分がたまらない。


室内の電気スタンドは

オレンジが泣かせる

こんな感じだ。(たまらん)




外で食事をする。

明日から「海の幸責め」だろう。
だから今夜は焼肉で反省会。
(2人で飲むことを我々は『反省会』とよんでいる。)


ホテルに戻りシャワーを浴びることに。

しかし、浴室をのぞいてみると…

うっかりしていた。
シャンプー&リンスがなかったのである。
大抵、この手のものはホテルにあると思っていたのだが、ここにはなかったのである。
そういえばフロントで販売していたことを思い出す。

さっそくフロントで購入したのだが、シャンプーもリンスも各30円であった。
(よかった、安くて。)

それにしてもこのシャンプー&リンス、
これまでもが私好みであった。
手のひらサイズでかわいいのだが、

いちじく浣腸と間違ったら大変です。






一見いちじく浣腸風。








2002年10月22日(火) 頭が痛い

雨のせいか、今日は1日頭が痛かった。
雨がふる前に痛くなったりすることもあるので、なかなかよい天気予報にもなるのだが。

頭は痛かったが今日は忙しい1日だったので動き回っていた。
途中目の奥が重く、このまま布団に入ってしまいたい…という気分になったりしたがふんばる。(ふんばるだなんて、私の場合力士ティック。)


話しはまったく変わるのだが、

数日前、あるドラックストアに行ったのだが店員のみなさんが店内のBGMに合わせ大声で歌を唄っておられた。
そのお店のオリジナルの曲なのだろうか。行進曲のリズムであった。
野球の応援時「かっとばせぇ!○○!」(○○は選手の名前が入る。)
という声援をよく耳にするがお店に流れるその曲は所々そのような部分がいくつか含まれており、「かっとばせぇ!」のリズムで「いらっしゃいませぇ!」と唄うのだ。

店先でお客を集める係りの人も、レジを打つ人も、商品を並べている人も、曲がその部分になるといっせいに「いらっしゃいませぇ!」と唄うのだ。
その他にもちょっと長めの歌詞が入るところもあるのだが、その部分もみなさんぴったりと息が合っていた。さすが。

レジを打った後、お金を受け取り、そしておつりを渡し、

「割れ物が一緒に入っておりますので気をつけてお持ちください。」

と、お客に商品を渡しつつ、
BGMがその部分にさしかかるときちんと「いらっしゃいませぇ!」に参加する姿に感動する。
きっと店長に
「今日から唄いましょう!」
と言われたときは、みなさんブーたれたんだろうなぁ。
でももう恥ずかしさからすっかり脱皮されたようで、堂々とした歌声であった。

店員さんの歌声を聞きたいばかりに、店内をウロウロする私も私だ。


2002年10月21日(月) 枕元に立たれる

昨日の夜のことだった。

早く起きて弁当作りをするのでと、そそくさと布団に入り私は眠った。
旦那はPDAの設定を黙々と行っていた。


どのぐらい時間が経っていたのだろうか。
すっかり眠りに落ちていた私。

眠りの中にいながらも煙のようなモヤモヤした声が聞こえてきた。
その声はなにやら読み上げている。
お経だろうか?



今日は仕事だったのだが、
お昼はコンビニの弁当を食べた。

朝、ほんのちょっとのパンを口にした私。
だから昼は猛烈に、狂おしいほどにハラが減っ…



ん?
なんだ、この食いしん坊の欲望の語りは!?




…それは私の日記の内容であった。

旦那は設定ホヤホヤ(設定ホヤホヤ?)のPDAを片手に私の枕元に立っていた。
そしてPDAに表示される私のWeb日記を声を出して立ち読みしていたのであった。(立ち読み?まあ立ち読みだろう。)

「ほら、ちゃんとふつちゃんのサイトこれで見れるよ♪」

眠気まなこの私であったが、PDAの中できれいに表示されている自分のサイトを見てビックリした。
す、すっげぇ!!
ちゃんときれいに表示されちゃってるよ!こんなちっこい箱の中で!!

ディスプレイの大きさの関係で、どうしても縦長に表示されてしまうのだがそれでも文章を読むにはまったく支障はない。
ソニーのPDAは、ソニーお得意の「くるくるぴっぴ」がついているので上下のスクロールも片手で簡単に行える。
大きさといい、手軽さといい、単行本感覚でふつちゃんの田園散歩が見れちゃうのだ!

それからそのPDAはテレビのリモコン機能も搭載されていて、我が家のテレビのチャンネルもそれで変えられちゃうのだ。わお!
そしてデジカメ機能もついちゃっている優れもの!!
すごい世の中である。


一通り感激するとまた眠気に襲われ、
感激の最中気絶する私であった。


かなり熟睡している頃、

再び枕元で気配が!?

またまた煙のような声がする。
今度はなにやら緊急を要するような声色であった。

「ふつちゃん!ふつちゃん!」

緊急を要するような声色で私の名前を読んでいる。
ん?今度はなんだろ?

「ふつちゃん、地震だよっ!!」

地震という言葉でがばっ!!っと起きあがる私であった。

「え!?なになに!」

動揺する私。
この日も上と下との組み合わせがチグハグなパジャマを着ていたのだが、このまま避難するのは恥ずかしい。
(なぜかいつも私のパジャマは上と下の組み合わせがメチャメチャ。たまに合っている時などは旦那に<お!今日は合ってるね>と褒められる。)

「もう揺れはおさまりつつあるけど、眠り込んでいるより起きた方が危険も少しは回避できるものだ。余震かもしれないし。」

確か旦那はそんなことを言っていたような気がする。

「うん、ありがとう。」

きっと、ありがとうと言ったその時の私をアニメ化するならば、
ほっぺたには「なると」のグルグル模様が、
目は気絶を表現する ×× ←このような形状を、
そして髪はパタパタママのように鳥の巣が。


それにしても一晩で二回も枕元に立たれてしまった。
めんぼくない。
(めんぼくないの使い方間違ってるし。)

こんな風にいつも私に愛情を注いでくれる旦那なのだが、
今朝、自分の傘がないという。
恐らく車の中におきっぱなしなのだろう。
でも探すのも面倒だったので私は、私の傘を使うよう指示をした。

「じゃ、いってきまぁす!」

と旦那は、スーツ姿にパグ犬の絵柄の傘をさし雨の道に消えていったのである。


2002年10月20日(日) 悩み

今日は仕事だったのだが、
お昼はコンビニの弁当を食べた。

朝、ほんのちょっとのパンを口にした私。
だから昼は猛烈に、狂おしいほどにハラが減っていた。

だからそんな時は見るものすべてうまそうに見えるのである。

今日は仕事の会場の近くのセブンイレブンで昼飯を買ったのだが、どれもこれも食いたくて気が変になりそうだった。

がっちりとどんぶり物を食べたいような気もするし…
おいしそうに鶏の照り焼きをサンドした調理パンも食べたいし…
ふっくらおにぎりも食べたいし…

オレはどうしたらいいんだ!!

一緒に買い物にきていた「めちゃま」さんに

「ふつさんはこれを選びそうです。」

と言われたのだが、
彼女が指さしていたのは豚肉がこってりとのっかったどんぶりで、お好みでマヨネーズをおかけくださいというシロモノであった。
うわっ!まったく今心惹かれるジャンルであった。

2人であれこれとしばらく悩んだ末、
私はお煮付けの惣菜とそれとおにぎりを1個買った。
それだけではもちろん足りることはなく、プラス調理パンを1個。

レジを通した後も私は

「本当にこの選択でよかったのか…」

と、悩んでいた。
他に求めていたものがあったのではなかろうか。
めちゃまさんが指差したマヨネーズ付きのどんぶりの方が今の気持ちに近かったのではなかろうか。

私がそんなことで悩んでいた頃、

ベガルタの選手達は試合直前の緊張に直面していたのだろう。
ごめんね、ベガルタ。


2002年10月19日(土) いよいよPDA

いよいよ我が家にPDAがやってきた。
わーい!わーい!

まだ開けてはいない。
早く実物触ってみたいなぁ♪


今日はお休みだったので旦那の実家へ遊びに行った。
実家で飼っている猫が私を見てぴょんと飛び跳ねた。
飛び跳ねた後、背中を丸めて威嚇してきた。
おいおい、私は何にもしてないぜ。
よほど私が怖いようだ。なぜだ。

今日は9時前に起きたのだが、ダラダラとコーヒーを飲んでいたらお昼になった。
あわててご飯のしたくをした。
朝と昼を兼用。
あったかいそばを作った。すごくうまかった。

さてさて、
明日はお仕事である。
今日は早めに寝ることにしよう。

今日の日記は脱力日記。


2002年10月18日(金) 久々の都会で緊張

今週は久々の都会での仕事だった。
いつもは車で田んぼ道を走りながらの通勤なのだが、今週は地下鉄通勤。
地下鉄で通勤するなんて久しぶりぃぃ。

今回のお仕事は、ある職場の方々を対象にしたパソコンの基本操作からホームページ作成までの講習会。

私が担当するクラスは初級者の方々。

パソコンは触ったことはあるのだが、まだ少し慣れていないところがある…
そんな方々のクラスである。

隣の隣の教室では上級者の方々を集めた講習会が開かれていた。

今回の講習会はこのようにクラスわけされていたのだが、今回の講習会はやることが多く大忙しだった。
パソコンの基本操作からホームページの閲覧、そして電子メールの操作を説明し、最後にホームページ作成に入るわけなのだが、これを15時間で行うとなるとなかなか忙しいのである。
受講者の方々も、きっとジェットコースターに乗っているような気分だったのでは。

やはりホームページ作成のコースは最低でも12時間は必要だ。
今回はそれに7時間程度しか時間がとれなかった。
でもみなさん一生懸命参加してくださったのでハードスケジュールではあったがなんとかスムーズにすすめることができた。受講者のみなさんに感謝である。

実は今回のお仕事、
今日が最終日だったのだが、これで終わりではないのである。

この続きがあるのだ。

今回受講してくださった方々とはこの後別のカタチでお会いすることになる。
みなさんとはそれぞれの職場でお会いすることになるのだがその時が楽しみである。

さてさて、
話題はガラリと変わり…

いよいよ明日!
我が家にPDAがやってくる!!

予約していたのだが、予定通り明日入荷するとのこと。
ソニーの「クリエ」というのを買ったのだがクリエから見た私のサイト、どんな風に見えるのだろう。早く確認したいものだ。

ところでまったく話しは変わるのだが
私の実家のパグ犬リリー(♀)はどうしてあんなに安室ちゃんに似ているのだろう。
見れば見るほどよく似ている。


2002年10月12日(土) 私の着メロ

夜から仕事だったのだが、

移動中の車の中、突然着メロを変えた日のことを思い出した。


私はちょっと前、PHSの着メロを変えたのだが
いつ変えたかというと戦後最大級の台風が上陸した日であった。

今までは「生茶」のCMで使用されている曲のオルゴールバージョンというやつを使用していたのだが、台風上陸ということで最寄駅まで旦那を車で迎えに行く途中突然着メロを変えたくなったのである。

約束の場所に早めに到着した私は、待っている間の時間で着メロを変えることに。

車の外では、傘の骨を折られ雨と風でボロボロになっているOLがいるのだが、
私は車中で着メロの変更に全身全霊を込めていた。

ちょうど旦那の姿が遠くに見えた頃、
よし、この曲に決めようと決心した。
旦那の折りたたみの傘が、強風で危うくさかさまにへし折られそうになるがその直前に旦那はうまく傘を閉じることができたようだ。強風にさらされヘロヘロの旦那。
旦那の周りを歩く勤め人達も、みなヘロヘロであった。
そんな中、私は着メロの変更。

結局私は
この大荒れの天候の中、無事着メロを変更することに成功。

ふと、今日の通勤途中そんなワンシーンを思い出したりした。
(だからなんなのさ。)

ちなみに、選んだ曲は「世界の車窓から」のテーマソング。
(地味で聞こえないし。)


2002年10月11日(金) お帰り、旦那

昨日から実家に泊まっていたが、今日の夕方帰ってきた。

母は
「えー!もう帰っちゃうのぉぉ。」
と寂しそうだった。

父は庭の手入れをしていたのだが、
「お父さん、どうもお世話になりました。」
という私の言葉に気づかない様子で、
もくもくと背中を向け庭の手入れをしていた。
(しまいには怒鳴り声を上げてみたが、それでも気づかず庭に集中。)

妹はまだ会社から戻っていなかったので、私が帰ると夫婦2人っきり。

妹が嫁いだら、こんな風に2人っきりで生活するのだろう。
ま、妹はまだ予定はまったくないがきっとそんな日は遠くないはずだ。

…と、
ちょっぴりおセンチな気分で車を走らせていたのだが、
あっという間に我が家へ到着。
オレ、実家近過ぎ。
ゴンチチの1曲分にも満たない。
1曲聴かないうちに到着。

9時頃旦那が帰ってきた。
旦那の顔を見ると、生ビールが飲みたくなる私であった。

私の大好きなバーミアンに行き餃子と生ビールを楽しんだ。
餃子は本日のみ半額の90円だった。ラッキーである。

餃子をほおばりながら私は、長野県知事には会えたのか聞いてみた。

旦那は知事室の前まで行ってみたそうだ。
確かにガラス張りの知事室だったそうだが、あいにく知事は外出中だったとのこと。だから会えなかった…というか、見られなかったとのこと。クソッ、残念だ。

私の実家の母は
田中知事のルックスがあまり好きではないようで、よく彼のことを次ように表現している。

田中知事をプツッと爪楊枝で刺すと
ブリブリブリぃぃぃぃ…!!と中からマヨネーズ状の脂肪が出てくるのぉ。きゃー!


母は自分でそのようなことを言いながら、気持ち悪がっているのだが。
旦那はそんな母に「やっしーグッズ」をお土産にしようかと思ったとのこと。
(しかしやっしーグッズは存在しなかったとのこと。)

旦那はお土産をたくさん買ってきてくれた。
私にはアルプスのハイジの缶に入ったキャンディーと加トちゃんのストラップ。
どちらも一応信州の限定品とのこと。

ありがとう、旦那。
そしてお帰り、旦那。


2002年10月10日(木) 里帰り

里帰りといっても車で8分ほどだ。


今日は旦那が長野県に出張のため今夜は一人。

数日前の夜、うちの近所に数台のパトカーがやってきて警察官がウロウロしていた。
パトカーがくる前、男の大声と女の悲鳴が聞こえてきたのだがきっとそのことに関係があったのだろう。
パトカーはなかなか引き上げず、ずっと誰かを探していたようだ。
暗くてよく見えなかったのだが、スーツ姿に白手袋の男性もいたようだ。ドラマでよく見る刑事という人だろうか?

そんなことがあり、
なんだか一人で夜を過ごすということがちょっと怖かった。

それと久々に娘として実家でダラダラするのもいいかと思い1日だけだが里帰りすることにした。


「いいからいいから、ふつはその辺でゴロゴロしてなさい。」
という母の言葉をそのまんま受けとめ、私はその辺でゴロゴロしていた。
昼寝もした。
目が覚めると毛布が掛けてあった。

私の実家は2年前に建てた。
その前は違うところで暮していたのだが、私の結婚が決まるちょっと前に突然新築を建てよう!ということになり、結婚する2ヶ月前に完成した。

以前住んでいたところには当然私の部屋はあったのだが、新しい家には嫁に行くことが決まっていたので私の部屋はない。
私はそんなこと全然気にしていなかったのだが、父と母はそのことをとても気にしていた。
たった2ヶ月でもちゃんと部屋を用意してあげたかったというのだが、そんなことより私は他のところにお金をかけた方がいいと思っていた。
嫁ぐまでの2ヶ月間、私は客間を自分の部屋として使っていた。
広くてなかなか快適な部屋だったし、雪見障子をあげると毎日庭を見ながら眠りにつくことができる大きな窓ガラスがあったし、とってもイイ感じだった。

その2ヶ月間、私は結婚式の準備やらエステやらで毎日忙しくのんびり過ごすことができなかったのだが、今回里帰りしたことであの2ヶ月間を取り戻したような気がした。
結婚式までいよいよあと1週間という時、娘としてもっと家族と過ごしたかったのだが会話すらろくにできない程忙しく、今もたまにそれを悔やんだりしていた。
だから今日は思いっきり娘として甘えようと思っていた。

しかし、オレ、甘え過ぎ。

ソファーに横になると母がプチっとテレビの電源をつけ、リモコンを枕元まで持ってきてくれる。
そして手の届くところにおせんべいを置いてくれる。

「ああ、肩こってるなぁ。」
というと、母はマッサージチェアーの上に乗っている大量のお客様用座布団をどけいつでも使えるよう整えてくれる。
(使った後私は座布団を元に戻すことなくそのまんまであった。)

しかし、
父は厳しかった。

「ビールもらうね。」
と言うなり、父は
「1本300円です。」
と言った。
(それに対し私は「ここはぼったくりバーだ!!」と反論。)


夜は久々に足を伸ばして湯船につかった。
マンションの風呂は小さくて窓もないので嫌いだ。

実家の風呂には壁にラジオが組み込まれており、私はそれがとても気に入っていた。NHKFMからは心地よいボサノバが流れてきた。

きっと華奢で美しい娘であったなら、

・久々に娘気分を味わい
・ちょっとわがままに過ごしつつ
・嫁ぐ日の朝を思い出しながら人魚のようにバスタブでたたずんでいる…

そんなところであっただろう。
しかし現実は

・久々に娘気分を味わうのはいいが
・母親を酷使し、年金暮らしのため大切に大切に父が飲んでいるビールを強奪し
・嫁ぐ日の朝を思い出しながら人魚のようにバスタブにたたずんでいる気分になっているのは自分だけで、ゆらめくミナモから見えるその中年女の「3段バラ」はもう二度とあのドレスは入らないと言っている…

そんなところである。


風呂から上がると妹のベッドで一緒に眠った。
客間に布団をとると母は言うが、わざわざ布団を出させるのも大変かと思い、(自分でやろうとは思わない。)それに妹とも久々にゆっくり話したかったので妹のベッドで眠ることにした。

結婚式の数日前には、客間ではなくこのように妹のベッドで2人で眠っていたのでその日のことを思い出しながら2人で横になった。

「新しい単位」の話しや、GLAYのテルがネット上で発言したことが波紋を呼んでいるとか、パグ犬の話しなどをした。

2人であれこれ話をしていると、もう夜中の3時半を過ぎていた。

(じゃあ、この日記はいつつけたの?とは聞かないでくれたし。)


2002年10月09日(水) 再び日記をさぼる

またまた日記をさぼっていた。
今まで色んなことがあったのに、こんなに時が過ぎてしまった今思い出せない。
悔しい。

思い出せることだけでも書いてみよう。


先週は窓拭きをした。
ついでにベランダもきれいにした。

日曜は妹がトイレットペーパーをお土産に我が家に遊びにきた。
トイレットペーパーの他に、くるみのおもちとおにぎりも持ってきた。
会社で彼女はエクセルを使っているのだが、ちょっと分からない関数があるので教えてほしいということで、お茶を飲みながら私達夫婦と妹の3人で熱くエクセルを語った。
(時折エクセルを中断しエロ話などにも花が咲いたのは言うまでもない。)


あとは…
何してたんだっけ?

あ、そうそう。

数日前失礼極まりないメールが届く。
それも仕事関係者から。

ああ、またムカムカしてきた。


旦那から誕生日プレゼントをもらった。
もう誕生日はとっくに過ぎてはいたが。

ま、誕生日当日は外食をして旦那にご馳走になったんで許そう。

以前から何がいい?と聞かれ、私は田園風景や、ステキな風景の写真集が欲しいと答えていた。

しかし突然私は欲しいものが変わり、変更したことを旦那に報告した。

そして私の希望通り旦那はギラギラとオレンジ色をした
「新しい単位」を片手に帰宅。

すごいぞ、すごいぞ、この毒々しい挿絵。
(田園風景やステキな風景とは随分とかけ離れた結果に。)


2002年10月01日(火) どしゃ降りの中

夜、洗濯物をたたんでいたとき、
突然「はっ!」っとなった。


明日はビン、缶、ペットボトルの回収日。
この辺の人々は前日のうちにそれらを捨ててしまう。

生ゴミはさすがにカラスの餌になってしまうので捨てる人はいないが、(たまにいるが)ビン、缶類は前日に捨ててもオッケー…って雰囲気なのだ。

私もいつも前日の夜に捨てている。
今日もいつも通り捨てに行ったのだがもうすでに所定の箱が満杯状態。

なんとか捨ててきたのだが、洗濯物をたたみながらニュースを観ていて「はっ」となったのである。

そうだ、今夜は台風がくるんだ!

戦後最大級と言っているし、ペットボトルどころかもしかしたらビンも吹っ飛ぶ勢いかもしれない。
これは大変だ!!

前日に捨てた人として、きちんと対応しなければ!


私は洗濯物も途中で、エプロン姿のまま1階に降りる。
ほんのちょっとの間に雨の量がすごいことになっていた。

私は意を決してどしゃ降りの中回収場所まで走った。
(走ったといってもすぐ目の前だが…。大マタ走りで6歩ほど。欽ちゃん走りで10歩ほど。)

そして3種類の回収箱をひきずり、普段は燃えるゴミを捨てるコーナーに入れた。
このコーナーには囲いがあり、おまけにネット状の蓋ができるのでビンも缶もそしてペットボトルもそこら辺に吹っ飛んでいく心配はない。
回収にきた人にもすぐに分かる場所だ。


そんなエライ私なのだが、
相変わらず日本語がちょっと…。

夕飯後、
肖像権の話しを旦那としていたのだが、私は誤って「著像権(ちょぞうけん)」などと、ありもしない言葉を連発する。
自分で言っていてちょっと変だなぁ…と感じてはいたが、
そして旦那の反応もちょっとアレだなぁと思っていたのだが。

「あれ?ちょうぞうけんでいいんだっけ?ねえ?」

と、旦那に聞いてみたところ

「違うよふつちゃん。でも、もうその手の間違いには慣れてるから俺は気にしてないよ。」

とのことである。

逆ギレした私は

造影剤と間違うよりはいいでしょ!!プンプン!」

と、吐き捨てたのである。我ながらなかなか無茶苦茶である。


数分後もう一度考えてみた。

肖像権…造影剤…。

結構似てるぜ。
(いや、全然似てない。)


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