風のひとり言
kaze



 御挨拶

ついにここを閉じる日がやってきました。
いつかはこの日を迎えることが解っていたものの、
自分の中での葛藤があり、なかなかそれが許されず今日まで来ました。

最初にお断りをしておきますが、最近友人がサイトを閉鎖しました。
それと今回の件は一切関係がありません。
別に示し合わせたわけでもなければ、感化され追従したわけでもありませんので
誤解なきようお願いいたします。

ここ数ヶ月、色々考えていました。
何のために、誰のために一生懸命になっているか?
HPそのものの意義は?自分がここを立ち上げた動機は?
そして何を目的に今日までやってきたのか?

そもそもHPというものには目的意識があるはず・・・
そんな事を考えてきた中、自分が見つけた結論は、やはり「閉鎖」しかありませんでした。
当初の立ち上げた動機や意義からは、かなり路線が外れてきたのが現状。
自分が書きたいものではなくなってきていました・・・
人の眼に触れ、人の眼を意識するあまり、そこに歪み・無理が生じてきていたのです。
そして毎日更新を目指し、半分意地や自棄気味にでも続けてきた結果・・・
それがどれだけ自分の首をしめるか、解っていながらも突っ走ってきました。
そんな無理が出てくることなど、最初から想像出来たという気持ちもあるんですがね。

このサイトを続けてきたことで、色々なものを得る事ができました。
それが今後、自分自身にどう活かされるか・・・
それは今は解りませんが、決して無駄な時間ではなかったと思っています。
自分自身、非常に楽しかった期間でした。

思い返せばこの1年弱、色々な事がありました。
HPはおろか、PCの基礎すら解らない奴が試行錯誤を繰り返し、
ある時は友人の助言や助けを借りながら、ある時は他人のHPの様子を伺いながら、
なんとか形に仕上げ、それで満足していました。
それが今では、CGIに取り組み、JAVAを設置し、
ついにはGIFアニメ(今回のTOPにある本)を作れるまでに成長?したのは、
やはり立ち上げ当時の友人たちの協力なくしてはありえないと思っています。
そんな意味でも、友人たちにとても感謝しています。
そして一方でここを支えてくれ、ここを楽しみにしてくれていた多くの友人たち。
辛い時、悲しい時、それを文面から察した友人の言葉やメールにどれほど励まされたことか。
さりげないプレッシャーを与えながらも、気遣ってくれる友人もいました。
応援のメールを頂いた事もあります。
それらひとつひとつが、本当に嬉しかったです。

そんな多くの友人たちに囲まれ、ここまでやってこれました。
「閉鎖」という自分勝手な終幕に、申し訳ない気持ちとともに、感謝の気持ちで一杯です・・・
心からお礼を言わせて頂きます。

「本当にありがとうございました」

今後・・・ネットの世界の片隅には生きているかと思いますし、
心許せる仲間たちのHPなどにも顔を出させていただきますので(禁止とかにしないで下さいね!)
また見かけたら、声でもかけてやって下さい。

皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。


最後に先日採譜した曲を記しておきます・・・

 ♪友達っていいもんだ 目と目でものが言えるんだ
   困ったときは 力を貸そう 遠慮は要らない
   いつでも どこでも 君を見てるよ
   愛を心に 君と歩こう
   みんなは1人のために 1人はみんなのために・・・♪

                                     
                                            by Kaze 
                                              2002.10.31記     

(追記)
ここのメインコンテンツでありましたこの「ひとり言」は、
こちらの一方的な閉鎖ということもあるため、
今しばらくはこのままの状態にしておきます。
が、数日後には削除、ページごと消去する予定でおりますので、
予め御承知おき下さるようお願い申し上げます。

また、皆様の書き込みによって作られた「言葉の掲示板」につきましては、
そのままの状態で、友人のHPに移転することを検討中でございます。




2002年10月31日(木)



 考えるべきは自分

物事を決める際、
誰も彼もが円満になれることはまずない。
人がいればいるだけ、反対論者も出てくる。

だからこそ、
全ての人に満遍なく納得してもらおうなんて・・・
そう思ってはいけない。

考えるべきは自分。

自分がどうしたいのか、どうあるべきなのか・・・
まずそれを優先にしたほうがいい。

その上で、
周りを見渡せばいいのだから・・・

2002年10月30日(水)



 どうすれば?

友人が壁にぶつかり、そして自力で結論を導きだし、歩き出した。
そこには壁はもうないようだ。

そんな友人を見ている時、一体自分は何をしてあげられるのだろう。
友人が自分で見つけた結論ならば、それは暖かく見守ってあげるべきなのか、
それとも、その結論に対して自分なりの考え、思い、あるいは反論・・・
それを伝えるべきなのか。
伝える事が優しさなのか。

おそらく歩き始めた友人に、それを伝えてしまえば、
また立ち止まり、壁を作ってしまうかもしれない。
壁を越えられない辛さを自分でも解っているからこそ・・・
今は何も言うべきではないのか。
理解ある風を装って、自分を偽る事がいいのだろうか。
とりあえず様子を見てからでも遅くはないのか。

後戻りが出来る余裕があるときは、それもいいかもしれないが、
そうじゃない場合はどうするんだ。

所詮他人の人生。俺が悩む事ではない・・・と、
割り切れないのが自分の哀しさ・・・

2002年10月29日(火)



 卑怯

何が正しくて、何が正しくないのか。
相手の言っている事が正しいのか、正しくないのか。
それをきちんと見極めることが大切だ。
そして、その力を養っていかなければいけない。

「卑怯」と呼ぶに相応しい人間はいくらでもいる。
故意に人を傷つけたり、欺いたり、騙したり、貶めたり・・・
裏で第三者を操って、当事者を追いやる・・・
自分は前面に出ず、自分の意見を他人の意見と称して人に伝え、
そうやって援護者を増やしていく・・・

人の仕事を横取りたくて、その人の陰口を叩く奴もいる。
そして、結果墓穴を掘る。
そしてそれをまた責任転嫁する。

自分だけがまともだと思っていながら、
その実、自分だけが取り残されている事に気付かない愚かな奴。
自分だけがクライアントに信頼されていると思っていながら、
その実、クライアントにすら見抜かれている惨めな奴。

そんな奴らが身近にいる事が、非常に不愉快・・・
しかも要職についているのだから始末に終えない。
いっそ本当に始末つけるか???
(あ・・・爆弾発言・・・)

2002年10月28日(月)



 選択肢

生きてくって・・・難しいよなぁ
なんかふと・・・そう思った。

色々な事柄で取捨選択がある。
二択もあれば三択もある・・・
それら何一つとして、選んでいない自分がいる。
情けないと思いつつ毎日を過ごしている・・・

自分は生きているのか?
そう胸を張って言えるのだろうか?

何か・・・そう・・・時間に生かされている・・・
そんな気がしないわけでもない。
同じ時間に起き、同じ時間に出社し、
就業時間までそつなく仕事をこなし、夜に帰宅する・・・
そんな繰り返しの毎日の中で、
一体自分は何を吸収し、何を考えているのか?

考えていること・・・
それは取捨選択の、更なる選択肢・・・
これ以上選択肢を増やしてどうする気なんだ?

2002年10月27日(日)



 七癖

無くて七癖・・・
人には無いようで、七つの癖があるということだが・・・
一体自分はいくつ「癖」を持っているんだろうか(汗)

実は「ひとり言」も癖の1つ。
といってもここの話しではなく、実際のひとり言のほう。
それも結構大きな声で、しかも語りかけるように(笑)
突然、唐突に「あれ?」「えっ!」なんて日常茶飯事・・・
周りの人にも振り向かれてしまう。
もっとも歩いている時とかではなく、会社や家庭でやるもんだから、
さすがに皆に見抜かれていて、もはや誰にも相手にされてない(泣)

まぁね・・・ぶつぶつ言ってたら暗いじゃん!
せめてひとり言くらい明るく元気に・・・っておい!
とはいえ、ここを開設し、胸の内を吐露する場所を作ったにもかかわらず、
自分のひとり言はとどまることを知らない(汗)

考えてみたら昔からそうだったかも<暗い暗い
よく人の相談に乗ってたもんで、その解決策なんか考えてたりする時、
疑似会話なんかしてることもあった<だから怖いって!
色々なシチュエーションを想像して、色んな反応を考えて・・・
う〜ん・・・なんちゅう奴じゃ・・・

でも、その頃のひとり言と、日常のそれは明らかに違う(と本人は思ってるんだけど)
ま・・・電話切ったあとぶつぶつ言うとか、書類を書きながらぶつぶつ言うとか・・・
ってしっかりやってるじゃん・・・
会社の反応も冷たいもんで、「また○○ひとり言言ってるよ〜」って感じ(笑)
家庭においては・・・時々女房からたしなめられるかな。
「頼むから小さい声で言ってくれ」って(汗)
「人に返事をさせるようなひとり言を言わないでくれ」って・・・

ごめんなさい・・・
御迷惑お掛けしております<関係各位

2002年10月26日(土)



 外見的判断

人は人をどこで判断するのか・・・
現実の世界では、初対面の人とはまず「外見的判断」をするだろう。
するなという方が無理な話で、どうしても五感はそこに行ってしまう。
その後、ある程度の会話をしていくうちに、相手の内面にも触れることになる。

これがネットの世界だと話は変わる。
PCを通じて交わされた言葉の端々から、相手の内面(らしきもの)を知っていく。
勿論それが相手の全てではないにしても、凡そのことは理解できよう。
その後、写真での画像・電話を使っての声・・・と段階を経ていくんだろうけど・・・
そしていざ、その相手と対面した時・・・
2次元の写真世界とは違い、リアルの世界では、写真と違うものも沢山見えてくる
そこに何らかの違いを感じたとすれば・・・それはやはり「外見的判断」?

人は内面と外面を持って、1個の個体を司る。
どちらか片方だけでは、相手を判断したことにはならないのだろうか?
よく人は「外見じゃないよ。中身が問題だよ」と言うが・・・
果たして100%そう思っているのだろうか。
重点を置く比重は違うにせよ、そこに占める割合は、少なからずあるのではないか?

そういう自分はどうだろう?
自分は相手をどう判断しているのか?
そして相手は・・・・・・?

2002年10月25日(金)



 演技

通勤電車の車窓から、映画「9デイズ」のポスターを見かけた。
主演アンソニーホプキンスが真中に写っている写真。

アンソニーホプキンスと言えば、古くはヒッチコックの「サイコ」に主演し、
その名演技に喝采を浴びた。
最近では、「羊たちの沈黙」「ハンニバル」のレクター博士役といえば、
思い浮かぶ方も多いのではないだろうか?
そう・・・そのレクター博士役があまりにも強烈な印象を残しているため、
「9デイズ」のポスターを一見した限り「ハンニバル」の続編かと思った(笑)
こんな勘違いって多いだろうなぁ。。。

映画そのものはCIA諜報員役のホプキンスがテロリストと戦うという、
アクション映画(実はホプキンス自身、本格的なアクション映画ははじめて)
ハンニバルのようなサイコ的な様相など一欠けらもないようだ。

役者たちの苦労というものに、その役柄が先行してしまうということがある。
長寿番組になればなるほど、その役柄のイメージがついて廻ってしまう。
例えば、藤田まことはいまだに「中村主水(必殺シリーズ)」であり、
故・石原裕次郎は「ボス(太陽にほえろ)」の愛称が使われる。

その「太陽にほえろ」シリーズほどの長寿番組ともなると、その役名(愛称)が、
他のドラマに出ていても、役者名より先に浮かんでしまったりする。
古いもので言えば、
「萩原健一(=マカロニ)」「松田優作(=ジーパン)」「勝野洋(=テキサス)」
「小野寺昭(=殿下)」「竜雷太(=ゴリ)」「露口茂(=山さん)」などなど・・・
こうした愛称で呼び合う番組自体、放送開始当時は少なかったのか、その印象は強烈だった。
役者側も、そうして作られた(その番組での役柄という意味)イメージから脱却するのに苦労した。
そんな話を聞いた事もある。
小野寺昭などは「殿下」のイメージが付きまとい過ぎたのが嫌で、自ら番組内での殉職を申し入れたらしい。
そうした役柄・イメージが先行してしまう事は、いかに役者と言えども辛いものかもしれない。
色々な役をこなして、演技の幅を広げたい・・・これが役者たちの共通な意見であろう。
が、作られたイメージがそれを阻む。
確かに我々がキャスティングする際も、そうしたイメージで選考する事が多い。
それは・・・ある意味「安全策」でもあるんだけどね。

と・・・役者の事ばかり考えていたが、これは役者に限らず誰にでもいえること。
人は、他人の前では多かれ少なかれ「素」ではない自分を演じていると思う。
それにより作られてしまったイメージがあり、そのイメージに反するような事をしてしまうと、
「どうしたの?」と問われたりする。
「自分はこんな奴だ!」と叫んでみても、イメージが浸透している以上、誰も信じない・・・
役者でなくても・・・人が作ったイメージから脱却することは、難しいもんだ。
所詮・・・人の一生は、演じる事の連続なのだろうか?

2002年10月24日(木)



 退社理由

関連会社に新人が入社。
上役となる主任が社内を案内しながら連れ歩く。
その3日後・・・
「僕には向いていません」と言い退社・・・
おいおい・・・なんなんだまったく(笑)

それにしても、近年こういった事柄が増えているような気がする。
自分が年を取ったのか、若者の考え方がかわったのか、
もっとも自分らの新人時代も、あっさり辞めていった奴はいたけどね。

それでも昔は、辞める理由についても手が込んでいた(笑)
例えば近親者を殺す場合(爆)
「誰それが亡くなったので、その手伝いに行きます・・・」
結局、葬式の手伝いに出かけたまま戻ってこず、上司が電話を入れると「辞めます」
実はこの手を、会社を休む時に使ってたツワモノもいた。
仕事が忙しくなる頃になると、近親者を殺してしまう(笑)
最初のうちは信じていたけれども、そいつの親戚は何人死んだ事か(爆)

風邪で寝込んだまま辞めていった奴もいた。
何も言わずに無断欠勤したまま辞めていった奴も。

今までで最強と思っていたのは、もう15年位前のことだろうか。
当時、仕事場と事務所が隣り合ったビルで作業をしていた。
深夜まで作業が及び、夜中2時ごろだったか、
「すいませんちょっと事務所に行って来ます」と新人。
そのまま戻ってこなかった。
4時近くにようやく作業も終わり、先輩と事務所に戻ってみると、
上司の机の上に紙が一枚。
原稿用紙の裏に書きなぐられた文字・・・しかも赤マジック使用(爆)
「もう耐えられません。辞めさせて頂きます」
なんだかね・・・そんなに簡単に諦めちゃうんだよね。

先日は退社最短記録まででた。
なんと初出社当日!しかも・・・午前中の2時間のみ!!
たかが2時間・・・しかも会社概要などの説明だけだと思うが、それで辞めるとは、
なんと簡単な事か(笑)

それにしても・・・最近は堪え性がないのだろうか・・・
いや、それにも増して、みんな簡単に自分を分析しすぎに思う。
自分の未知の可能性を広げることなく、いともあっさり「向いていない」と判断してしまう。
少なくとも、興味を持った業界であるからこそ面接を受け、一度は入る気になったのだろう。
どこの世界でもそうだが、それでは続けると言う事が困難になる。
結局は社員として一会社に留まる事が出来ず、
フリーターとして不安定ながら好きな事を色々やっていく事の方が楽だと思うんだろうな。
特にこの業界・・・興味本位の人が多い。
そしてそれは決して悪い事ではない。
興味を持つことから全ては始まる・・・
ただし、たったの半日、あるいは3日で何がわかる?
仕事と言うのは、楽しい事、面白い事ばかりではない。
辛い事苦しい事など沢山あるし、それをみんな乗り越えていているんだけどね。
自分の可能性を試す事をせず、「今の自分」が自分の全てと思い込んでいるのかもしれない。

そうは言いつつ・・・これが若い人との間に起こる年齢的なギャップなのかなぁ・・・

2002年10月23日(水)



 お気に入り

いつものようにお気に入りから友人のサイトを開く。
これが日課になってから、何ヶ月経っただろう。

ページが表示されると、いつもとは違っていた。
「お?リニューアルしてるじゃん」
が、読み進めていくと「閉鎖」の2文字が飛び込んできた。

「閉鎖?」
一瞬なんだかわからなかった。
「そうかぁ〜閉鎖かぁ〜・・・ん?閉鎖?。。。えぇ〜〜へいさぁ??」
とまぁ・・・(多少オーバーな表現であるものの)そんな感じ。

その後に頭をよぎったのは様々な憶測。
何があったのだろうとか・・・そんなことばかり。
更には「先を越されてしまった」と後悔までも飛び出てくる。
勝手なもんだなぁ・・・俺って・・・

彼が何を思い、何を考えて、そう決意したかはわからない。
ただ、そこは彼のHP。彼の世界。
彼がどう結論を出そうが、それをこちらが、あぁだこうだと言えることではない。
勿論彼も、それを言われたら困るだろうしね。
彼が「閉鎖」と言えば「閉鎖」
それは誰にも止めることは出来ない<勿論

いつかは自分もこのページを閉じる。
その時期が早いか遅いかは・・・この際関係ないが、
その時に思うであろう自分の感情を重ね合わせてみると、
彼の気持ちがわからないでもない。

だからこそ・・・
彼に言いたいことはただ1つ。

「お疲れ様。今迄ありがとう」(本当はかなり残念なんだけど・・・)


2002年10月22日(火)



 リアルとネット

ネット上で知り合いリアルに何度も会っている場合・・・
それは元々のリアルの友人と何ら変わりがない。
今までずっとそう思って来たが、その考えが揺らいでる・・・

自分のこのサイトの件は、リアルの友人たちは知らない。
知っているのは僅かに3人。
何故教えてないのだろう?
それは心のどこかで、ここにいる自分を否定しているのだろうか?

ネットを始めたきっかけは、悪友からの半ば強引な誘いだった。
初めてチャットに入り、見も知らぬ人と文字で会話をした。
そんな悪友にすらこのページの存在を伝えていない。
それは何故か?
リアルな生活を知っている人間がここを見ることで、書くことが制限されてしまうからか?
会社ネタを含むそれら一切が、その人たちにとっては個人を特定できる話になるからか?
いや・・・それだけじゃない・・・
恐らくは保身なのか?
ネットをやっているという後ろめたさから来るものなのだろうか?
前に友人が掲示板に書き残したように、
ネットをしている事を隠しているからなのだろうか?
別に読まれて困る内容は・・・あ・・・結構あるかも(笑)
ま、自分の意外な面を見せてしまう事になるからこそ保身に走るのだろうか?

上記の悪友がHPを開設したらしい。
が、その案内は来ていない。
かつて彼は、チャットだけを借りた事がある。
その時は仕事仲間に声を掛け、みんなにURLを教えていた。
が・・・今のHPは誰もそのURLを知らない。
彼もまた・・・リアルな仲間には伝えられない何かがあるのだろうか?

結局リアルだと思っていたネットで知り合った友人関係は、
所詮「ネット」という希薄な関係でしかないのだろうか?


HPをお持ちの諸氏にお聞きしたい。
皆さんのリアルな友人・・・ネットで知り合ったのでない仲のいい友人に、
HPの存在とURLを教えていますか?



2002年10月21日(月)



 怒り

人のために怒る人
・・・その人を守るため

自分のために怒る人
・・・自分のプライドを守るため

同じようなもののようだが根本が違う

守るものが攻撃された時、人は怒りを表す
が、時にその怒りの方向性を誤ったり、
怒りの出し方を誤ったりしてしまう
怒る前にも冷静さは必要だ

怒る時は怒れ
そして直接怒れ
方向を誤るな
姑息な事はするな
陰でこそこそやっているのは
意気地がないとみなされる

2002年10月20日(日)



 思考

夜に考えたことを、朝に翻す
朝に思いついたことを、夕方に覆す
自分の思考が、糸の切れた凧のように迷走しはじめている

朝昼夜の精神を分離させるものは何なのか?

輝かしく照りつける太陽か?
それとも天空に瞬く星たちか?
あるいは、空にたちこめる雨雲・・・
窓をつたう雨だれ・・・
静寂・・・

そんな風景や光・環境が、
心に作用しているのは間違いないようだ


2002年10月19日(土)



 比較

長女@中1と喧嘩をすると、必ず彼女が言う台詞がある。
「長男(@小6)と比べないで!」
いや・・・比べているわけではないが、それが歴然としてる場合があって。
例えば部屋の片付け。
娘のエリアは乱雑、息子のエリアは片付いてる。
こう一目瞭然となれば、比べるまでもなく明らか・・・

しかしよく考えてみると、自分もそんな事があった。
小学校1年の担任だったM先生は、非常に自分を可愛がってくれた。
その先生が6年生の兄貴の担任になった時、自分は4年生。
よく兄貴のクラスに顔を出しては、クラス全員に可愛がってもらった覚えがある。
4年生ながら6年生の漢字テストを一緒に受けたり、授業に参加したり(笑)
自分としては、M先生の配慮に甘え、兄貴のクラスメートに可愛がられ有頂天になっていたか?

そんな兄貴が当時、精神的なバランスを崩していたことを聞いたのは、自分が高校生になった頃だった。
兄貴としての立場を考えれば、それはありえること。
「弟は勉強ができる」だの言われれば、そりゃ腹も立つだろうし、面白くもない。
自分が同じ立場ならそれはそう感じることだろう。
更には、自己表現のうまくなかった兄貴と、
誰とでも溶け込み、お調子者でありながらも誰からも可愛がられていた弟の関係は、
尚一層、兄貴を追いつめていたようだった。

高校入試の頃、まだ都立高に群制度が残っていた当時、
自分が受験した学校は、兄貴の学校より1つ下の群を選んだ。
結果的にはこの受験が、兄貴を救ったらしい。
その段階で兄貴のプライド?が保たれたらしいのだ。

兄弟というのは比較されやすい。
勉強が出来るか出来ないか・・・きちんとしているかしてないか・・・
年齢差が近ければ近いほど、その比較は色々な面にまで及ぶ。
これは決して、誉められたことではない。
兄弟はライバルではない。
人間一人一人違うように、兄弟も各人個性がある。
同じ環境下で育てられたとしても、それは明らかに違う。
各人の個性を生かし、その個性を大切にしてやらねばならない。

が・・・そうは思っていても、親というものはなかなかそれが出来ない。
そして今日もまた、ついつい比較してしまいがちである<自己反省


2002年10月18日(金)



 消えた人

ネットから一人の人が消えた
その人の痕跡は、もうどこにもない。
唯一その名残を残すものといえば、
一切立ち上がらないメッセ名のみ

実際問題、その人の何を知っているわけでもない
色々考え、思いあぐねても、
その人の私生活の一片すら知らないでいる

元を正せばネットを介して知り合った関係
こんなものかと思いつつも、気にはなる
が・・・然しながら、何も知らないんだ
相手のことは・・・

ネットの繋がりはネットを使用しないだけで
いとも簡単に姿を消すことができる
本人の意思のもとに・・・
希薄・・・そんな言葉も頭をよぎる

自分がある日突然にネット上から消えた時、
探してくれる、あるいは気にかけてくれる人はいるだろうか?
幾人かの友人たちの顔が浮かぶものの、どんなものか。

ただ・・・今の生活サイクルの中で、ネットを切り離す事は容易ではない。
そこには強い精神力と確固たる意思が要求される。
そして・・・それは自分にあるものか?


2002年10月17日(木)



 世界地図

世界地図を描いてください・・・
こう言われると、御馴染みの地図が頭に浮かぶ。
アジアを中心に、西にはヨーロッパ、アフリカ大陸。
東にはアメリカ大陸。
南にオーストラリア。
これが御馴染みの世界地図。
がしかし、この地図で疑問を持ったことはないだろうか?
その疑問とは日本が真ん中にあること。
つまり、日本で見る世界地図だからこそ日本が真ん中にあるということ。

これに疑問をもった自分は、アメリカやヨーロッパに出かけた知り合いに、
現地で世界地図を買ってきて欲しいと頼んだ。

先日帰国した人から受けとった地図は、
ヨーロッパはフランスで買ったもの。
アメリカはニューヨークで買ったもの。
両方の地図を広げてみると・・・
やはり(笑)

ヨーロッパの地図はヨーロッパが中心にあり、
西にアメリカ大陸、東の一番端っこに日本が描かれている(これが極東ということなんだよね)
アメリカの地図はかなり乱暴で(笑)アメリカが中心。
で、東側にヨーロッパからアジア中部あたりまで描かれ、
残りのアジア(日本を含む)は西側に描かれている。
つまり、アジア大陸を分断して描かれている訳だ。

意外に気が付かないことかもしれないが、各国それぞれ自国が中心に世界地図があるのだろうか。
旅行会社に勤め、世界各国を飛び回っている従兄弟も、この事実を知らなかったようで、
二枚の地図を見せたら驚いていた(笑)

こうなると目下の興味はオーストラリア。
果たしてオーストラリアを中心に描かれた地図となると
アジアを南北に分断した地図になっているのかな〜
(どなたか知り合いがいたら頼んで下さい〜〜)

2002年10月16日(水)



 日本語

今日は日本語についてお勉強〜〜(爆)

スーパーの駐車場に貼られていた張り紙にあった・・・
「車上荒らしに注意!」
車上<車の上、車に乗っている事(某国語辞典より)
いや・・・言いたいことはわかりますけどね。確かに。
上記の意味からすれば、車に乗っている荒らしに注意ってことでしょ。
まさか車の上を荒らすなんて・・・屋根の事じゃないわなぁ。
でも・・・漢字の意味から考えれば車上より車乗の方が適切な気がしてきた。
車に乗ってる事を「車上」で、車に乗る事は「乗車」
ちなみに乗り物から降りる時は「下乗」
なんだかややこしいよね・・・日本語って

「チンする」
言わずと知れた電子レンジで温める事を「チンする」っていうよね。
チ〜ンって鳴るからそう言われるのもわかるけど、
それにしても電子レンジの事を「チン」って言うのは不思議だよね(笑)
そう言った音で物を表すものって他にあるのかなぁ?
幼児期などは、犬をワンワン、猫をニャンニャンって言ってみたり、
車をブーブー、電車をガタンゴトンって言ったりする・・・
とすると、電子レンジの「チン」は幼児語か??
それにしても、ここまで広まったのはすごいよね。
流行語大賞もんだよ(笑)
でも、電子レンジを「チン」と呼んでいる人たちは、
自分の子供に「これは『チン』だよ」って教えてる・・・わけないか(爆)

すみません・・・
余りにもネタ不足だったもんで・・・(汗)
ごめんなさい・・・つまらない話しでした(苦笑)

2002年10月15日(火)



 親の気持ち

先日の出来事・・・
家族全員で出かける直前、長男が何が気に入らなかったのか、
突然に「行くのやめる」と言い出した。
顔は不服そのもの・・・何かにいじけている様子にも見えた。
「だったら来なくていい!」と言い捨て出かけたものの、後に合流した。

その時の自分の腹のうちは、
「我がまま言って来ないのなら勝手にしろ」という気持ちと、
「せっかく家族全員で出かけるのに」という気持ち、
「独りで留守番して何かあったらどうすんだ」という気持ち、
「帰宅後に更にいじけている顔なんか見たくない」などなど
それこそ色々な気持ちが錯綜していた。

そしてふと気づいたこと・・・
恐らくは自分もかつてやったことなんだな・・・
こんな同じような気持ちを、自分の親も抱いていたのだろうな・・・

親にならなければ親の気持ちはわからないことが多い。
そして子供の気持ちも、
忘却の彼方に置き忘れてきた感情を掘り起こさない限り思い出せない。
自分がしてきたこと、自分が感じたことを忘れてしまっては、
子供の気持ちが判るはずもない。
とすると・・・親の気持ちは子供にはわかりようがないのかもしれない。
実際に子供が親になってからでないと、その気持ちの本質は理解できないだろう。

押し付けでなく、頭ごなしでなく、
お互いに心を開いてよく話し合うこと・・・
そういった心の交流が親子関係には必要なのかもしれない。



2002年10月14日(月)



 自問自答

自分の気持ちを
何度考え直しても
幾度自問自答を繰り返しても
出てくる答えは
変わらない
いつも同じもの

よし!
それはわかった!
じゃあどうする?

その先がわからない
その先は漆黒の闇の中
手探りだけでも
進むことができるだろうか?

2002年10月13日(日)



 ギャンブル

今日は少々マニアックな話(笑)<パチスロの話題
まず、パチスロ自体を良く知らない人のために簡単に解説(なんて親切設計なんだ)

パチスロはご存知のとおりスロットマシンです。
最初に1000円で50枚のコインを借り(あくまでも買うのではなく借りる)て遊戯する。
1ゲームに必要なのは3枚のコイン(最近は3枚がけ専用が多いもんで)
つまり、1ゲームをやるのに60円かかる計算となる(笑)
これでBIGやレギュラーなどを引き当てて、コインを増やすというもの。
当たりが来ると、1回のBIGなら350〜400枚程度、レギュラーでも120枚程度のコインが吐き出される。
更に、出てきたコインを現金化することができる。
まずコインを景品と交換し、その景品を買取所に持っていって現金化する。
これは何でも日本の法律上、直接現金と交換できないかららしい。
で・・・よく店先に「等価交換」と出ているのは、1枚20円で借りたコインをそのまま20円で買取してくれる意味。
7枚交換とあれば、1枚あたり約14円で買取してくれる事になる。
パチンコも同じようなもので、100円で25個の玉を借りて(つまり1玉4円)遊戯をするものだ。

さて・・・前置きが長くなった(自爆)
で、そのパチスロの話題。
最近巷で流行している機種に「ミリオンゴッド」という台がある。
これはルールも簡単で、単純に画面にでる奇数の数字が揃えば大当たりというもの。
で、以外に連チャン(当たりが続く事)するものだから、一発逆転を狙う客には受けがいい。
更にこの機種には特別なルールがある。
盤面上段のリールに[GOD]が横一列に並べば、「プレミアムGOD」確定。
この時点で、約5000枚のコインが吐き出されるのである。
5000枚といえば等価交換で10万円。
よく10000枚出したって話を聞くかもしれないが、あれは20万円獲得ということなのだ。

この「ミリオンゴッド」。普通の機種は、何ゲームかやるうちに小役が揃って、
10枚とか15枚払い出されるものなのだが、この機種に限り、ほとんどそんな小役などない。
従ってコイン持ちも悪く、せいぜい1000円で20ゲームまわす事が精一杯。
ひたすら当たるまで、現金投資を重ねてゆく。
まるで何かに取り憑かれたように、無造作に現金を投入していく。
一撃10万円なのだからと、それだけを夢見て、客も目の色かえて打っている。

先日この機種を打ってみた。
幸か不幸か、12000円くらいの投資で「当たり」を引き当てた。
普通のあたりなので約500枚弱のコイン増加だが、これが10連チャンほどしてくれた。
おかげで凡そ5000枚。金額にして約88000の+収支であった。
後日、またこの機種を打った際は、3000円の投資。これが3連チャンで約27000円ほどの勝ち。
だが・・・ここでふと思ったことがあった。
前回10万円近く出したせいか、今回の3連チャンで27000円ほどの勝ちは「なんだ・・・」てな感じ。
恐らくかなり金銭感覚が麻痺してるんだろうなぁ。
普通の台で打ってる分には、20000勝ちでも御の字なのに、この台に限って考えると、
すごく不服な自分がそこにいた。。。
これはかなりまずいことだと自分を戒める・・・
と言いつつ・・・やはり一撃を求めて打ってしまったりするんだよなぁ・・・

ギャンブルなど全般的にそうであるが、
「勝てばもとは取り返せる」という考えが、泥沼に引きずり込まれる原因だ。
ギャンブルに「たられば」はない。
「少ない勝ちでも勝ちは勝ち」と割り切らない事には、自分を破壊してしまう・・・
そう自分に言い聞かせない限り、泥沼から這い出すことは難しいだろうなぁ・・・<自戒を込めて

ちなみにこの「ミリオンゴッド」
恐らくは年末までに全台撤去の運びとなりそうだ。
「著しく射幸心を煽る」という理由のもとに、自主規制が入るとのこと。
今ホールを賑わせている「アラジン」や「サラリーマン金太郎」「獣王」などもその対象になるようである。


2002年10月12日(土)



 デジカメ

デジカメを買ってみた・・・
あれ?「買ってみた」はおかしいな(笑)試しで買ったわけではなく、
買う気だったのだから「買った」が正解ね<この場合(笑)
で・・・買う動機あたりのことは割愛するとして、買うに至るまでの経緯の話し。

かねてよりデジカメは買う気でいたのは事実なんだけど、なかなか資金もなく、
手に入れることが出来なかった。
今まで使っていたデジカメはカシオのLV-10・・・所謂おもちゃデジカメで画素数も30万程度。
まぁ、WEB上に乗っけるくらいならこの程度のサイズでいいんだが、
いかんせん画質も悪ければ、ストロボの照射距離も短い。
なので、一応本格的なものが欲しかった。
で・・・突如資金ができる(爆)<詳細は内緒(笑)
ということで、念願の購入段階へと駒を進めることが出来た。

「さて・・・何を買おう?」これが最初の疑問(笑)
そうだよなぁ〜〜あれこれ沢山出ているもんで、どれを買っていいか悩んでしまうよねぇ。
で・・・詳しい人に相談しながら色々条件を模索していったのが↓
 
.丱奪謄蝓爾魯▲襯リ乾電池も使用できるタイプを選ぶ
   これは・・・好みではあると思うけど、バッテリー充電式は旅先とかの場合、
   充電器も持っていく必要がある。また、急に必要になったときに充電されていなければOUT。
   さらに、バッテリーは寿命があるため、予備が必要になってくる・・・
   同時に、数年後にそのバッテリーが販売されているとは限らない・・・
    
ZOOMは光学式を選び最低でも3倍程度
   前にビデオカメラでも書いたけど、デジタルZOOMというのは画質が悪くなる元。
   やはりZOOM機能は光学式が望ましい(これも好き好きだね)

4凝拈瀋蠅あるタイプの方が便利
   フィルム撮影をしたことのある方なら御存知と思うが、フィルム感度には様々ある。
   基本的にはISO100〜1600くらいまで。
   よく室内撮影などではISO400くらいを使ったり、暗い部屋など800などを使う場合がある。
   これは感度がよくなれば同じシャッター速度で撮影ができるということ。
   つまり感度が固定の場合には逆にシャッター速度が遅くなる・・・ことで、
   手ぶれを起こす原因にもつながる。

ぅ好肇蹈楙伴裕離(ガイドライン)は8程度
   これも単純なこと。暗いところでストロボを使っても、その性能差で明かりの届く距離が変わる。
   数字が大きくなればなるほど、遠くまで届くのである。

基本的には以上4つのポイントが上がった。
そしてカメラ屋ヘ・・・
上記の4条件を満たしたのが・・・1機種のみ<RICOHのRR30という奴
「RICOHかぁ・・・」などと思いながらカタログをもらい見てみると・・・
カタログの中に同カメラで撮影された写真が掲載されていない。
「写真はイメージです」などと細かい字で書いてあるだけ。
相談した人にいわせると、
「カメラなどのカタログで、そのカメラのサンプル画像が載せてないのは、
個人的には信用が出来ない。何故なら、写真を載せられなかったと疑ってしまうから・・・」
う〜ん・・・なるほど一理あるなぁ〜〜

てことで、あえなく脱落<RICOH
で・・・次に上記の条件から1つだけはずす事を考えた・・・<結果「の感度設定」
まぁ、夜景を中心に撮るわけでもなくスナップ程度なら問題ないか・・・
そんなに暗闇で撮る訳じゃあるまいし(爆)

そして次の候補が・・・FUJI A303 
感度はISO100固定であるが、300万画素あるし、問題なさそう・・・
ネット上での評判を見てると、色んな書き込みはあるけど、まぁこれはどの機種も同じ。
よって・・・これに決定することに(笑)
本当は同じFUJIのF401で悩んだんだよなぁ〜〜デザイン良いし、機動性も良いし・・・感度は変えられるし・・・
でも・・・バッテリーなんだよなぁ・・・
バッテリー条件だけは、長い目で見た場合、どうしても自分的にははずせなかった・・・

まぁそんな訳で、私の手元には今ぴかぴかのデジカメがあります(爆)
今度オフ会でもあったら、持ってきますので〜〜〜会える人はよろしく(笑)
(それにしても・・・久しぶりに買物で悩んだ気がするなぁ・・・)

ま・・・デジカメを買おうかと思ってる方に、あくまでも参考までにですけどね<今日のひとり言

2002年10月11日(金)



 解せない・・・

なんだか解せないんだよね・・・会社の対応・・・

実は先日経理部長から呼び出しを受けた。
話の内容は、会社で掛けていた企業年金保険を解約するとの事。
その解約に当たり、社員一人一人の口座に保険会社から保険金が入金されるので、
それを返金して欲しいとの事だった。
ん?何それ?
まぁ・・・会社がそういうなら、やらなきゃいかんだろうし「わかりました」とは答えたけど・・・
で、詳しく話を聞いてみると、この入金されるお金は当然個人の一時所得になる。
従って、自分の今年の年収に加算されるとの事。
勤続年数が20年近いため、金額もかなり多い。
ってことは、所得税がかかるじゃん・・・

これに対して会社側は「確定申告も会社でします」「当然所得税の超過分は会社が負担します」
いや・・・当たり前なんだけどね。
でも、今年に限って年収が上がる事で、来年度の住民税にまで負担がかかるはず・・・
しかも現在、幼稚園の保育料補助を受けているのだけど、それだってどうなるか解らない。
「その辺も含めて、計算をした上で還元します」
これが会社の答え・・・
大丈夫なのか?まじで・・・
退職金の前受け金として、個人個人にそのまま渡しておけばいいじゃん(笑)
なんて都合のいい事を考えつつも、もう一つの不安・・・

会社自体大丈夫??
かなり危険な局面にきているのかなぁ・・・
早めに退職した後、退職金をGETする方が賢い選択かもしれない(笑)
とはいえ、継続の仕事が来年3月まであって・・・どうするべ?

今銀行などの貸し渋りによって、なかなか企業にも現金が廻ってこないのかもしれないが、
そうやって社員の口座から集めた何千万という現金を手中にした会社はどこへ行くのだろう?
なんとか退職金が出なくなる前に、エスケープしなくてはいけないのかと、真剣に考える。

ただ・・・一番解せないのは・・・
資金繰りに苦しい折、社員から集めてる折、
来月に社員旅行に行くんだとさ<あほか
しかも凡そ10年ぶりくらいに復活した社員旅行。強制参加とかほざいてる重役がいる。
結局は、社長への忠誠を誓った重役が行なうパフォーマンスであり、
それに付き合わされる社員はたまったもんではない。。。
社員旅行につぎ込む金があるなら、もっと別の事考えようよ<会社



2002年10月10日(木)



 奴ら・・・

自分の事を棚上げし、人の批判を繰り返す。
自分の行為を忘れたかのように、人の行為を非難する。
自分の内面を隠した上で、人を欺き騙しつづける。
自分のプライドを隠すために、正義感ぶる。

そんな奴らが寄り集まって話す内容は人の誹謗中傷ばかり。
誰それがどうした、こう言った・・・
挙句「馬鹿」だの「アホ」だの「最低」だの・・・

気付いてないの?
あんたらも同類だよ?
同じなんだよ?
自分の行為に気付かずに、人の批判を繰り返す者こそ
最低の人間にしか見えない。
みんな気付いてるよ?
みんな知ってるよ?

そういえばきっとムキになって否定するんだろうな。
きっと詭弁を駆使し、不条理な論理展開をした挙句に煙に巻くんだろうな。

そんな奴らの、何て多いこと・・・



2002年10月09日(水)



 拉致問題

たまには時事ネタも・・・

北朝鮮に拉致された方の情報が開示された。
あれを見ていて解せないと感じた人はかなりの数に上るようだ。
そりゃそうだよなぁ。
どう考えたって、拉致されて全ての生活を剥奪された人間が、
「偉大なる○○のお陰で〜」なんてコメントが出てくること自体不可解。
まして自分の親に対してまでもそんなことが果たして言えるのだろうか?
誘拐犯と被害者の関係でよく言われるストックホルム症候群
なんかいい例ではあるけれども、この場合は当てはまるのだろうか?

もう1つ不思議なのが被害者の1人に見せた1枚の写真の件。
写真は、拉致される少し前に文通で仲良くなった彼が撮ってくれたもの。
その写真を見せ「誰だかわかりますか?」と聞くとしばらく考えた後「妹ですか」と答えたという。
いくら、何十年も世俗から切り離されたからといって、
自分自身の姿を見間違うことなどあるのだろうか?
記憶喪失や、脳に何らかの障害を抱えていない限り、ありえないのではないかと疑ってしまう。
疑えばきりがないのだが・・・
「洗脳」もしくは「影武者」に想像が行くのは、決して難しいことではない。

日本国はどう考えているのだろう。
「強制的に拉致された人間に対して、本人の帰国意思確認をするなどという悠長な事を言わずに
強制的に一旦帰国させるべきだ・・・」
被害者家族の会の談話・・・勿論その通りではないか?
それこそ上記の症候群に見舞われようとも、その関係は引き裂かれる。
日本国内での犯罪と同等レベルで考えるべきことでないことは解るものの、
基本的には同じ考えでも良いのではないだろうか?
まして先方の発表をそのまま鵜呑みにできるのか?信じているのか?
先日の新聞では9割の人が「信じていない」と答えている。

政府はどうも被害者家族の感情を逆撫でしているだけにしか思えない。
その対応、そのコメント・・・どれをとっても、「よくやってくれた」と感謝されるようなことがない。
自国の人間が他国に干渉され、拉致されているにも関わらず・・・こんな対応でよいのか?

がしかし、現状を考えてみる。
どんな対応をすれば、被害者家族を含む多くの日本国民が納得するのか?
相手国に繰り出し、不明者を探し出すことは難しい。
まして国家が相手となれば、不可能に近い。
国交樹立を進め、日本の警察権を干渉できるようにすることが近道なのだろうか?
今日本政府は、苦渋の選択を国民に突きつけられている・・・



2002年10月08日(火)



 チャット

チャットというものはネット上において、見知らぬ相手と会話を楽しむもの。
勿論、相手との意思の疎通が出来ず、会話が成り立たないこともあるが・・・
今までそういうものだと思ってきた。
が、ここへ来て「チャット」にはもう重要な役割があることに気がついた。

それは、個人個人の思いを吐き出すことの出来る場所であるということ。
自分の心の内に溜まってしまったもやもやを、どこかに吐き出したい時がある。
でもなかなかそんな場所がない場合が多い。
HPを持っている人なら、隠れた日記(通称裏日記)を作成し、そこに書き連ねることもありだが、
持っていない人は、自分のいきつけのサイトに行くしかない。
そこでどうするか?
掲示板に書けばレスを期待することになるし、書き方もかしこまったりする(笑)
書くこと自体重くなる場合もあるし、仲間に心配もかけたくない。
実はこんな時にチャットが有効であるのかもしれない。
チャットだとほんの数行・・・思いのままを書くことが出来る。
しかも誰にレスをもらうわけでもなく、そのままログが流れても構わない・・・
書くことで、自分の気持ちを整理できたり、楽になれる場合が本当にあるんだと思う。

実はここのHPにもチャットは設置してある。
管理人(あ・・・俺じゃん)がほとんど入ってない、放置気味のチャット・・・(汗)<ダメじゃん
その名も「伝言板的チャット」(自爆)<自棄
そんな形であっても、時には誰かがログを残してくれている。
問いかけもあれば、ひとり言的なものも・・・
そうしながら、みんな少しは落ち着いたり、少しは楽になれているのかもしれない。
とすると・・・やはりそんな役割もあるんだよなぁ〜<チャット


2002年10月07日(月)



 キンモクセイ

窓を開けるとキンモクセイの香りが入ってきた。
季節を感じさせる香り・・・
道を歩いていても、ほのかに漂ってくるその香りはいい匂いだと思う。
でも、キンモクセイが沢山植わっている場所を通る時だけは、
少々閉口気味・・・
余りにも匂いがきつすぎて、めまいさえ覚える(笑)
ほどほど・・・ってのがいいよなあ〜〜

ところでこのキンモクセイの香りを嗅ぐと思い出す場所がある。
それはトイレ(爆)
最近芳香剤に色々な香りがあるが、
結構あちらこちらでキンモクセイの香りに出会ってしまう。
みんな好きなんだなぁ〜@キンモクセイ
でも、キンモクセイの匂いを感じてトイレを思い出してしまうって・・・
なんか哀しいかも(苦笑)
なんだか小さい子供に間違った認識を与えそうだよね<芳香剤

「あ〜この匂いトイレだねぇ〜」なんて大声で言われたりたら嫌じゃん(笑)
匂いをかぐ→トイレを思い出す→トイレに行きたくなる
そんな連鎖行動までに及ぶかもしれないしね(爆)

芳香剤も余りホンモノの匂いに近づくのもどうなんだろう・・・
近づけば近づくほど、そのもののイメージまでが崩れそう。
キンモクセイ=トイレ・・・みたいにね(笑)

ちなみに最近はラベンダーが流行っているらしい。
ラベンダー=トイレ のイメージが作られるのも時間の問題かも(爆)

2002年10月06日(日)



 ダメな性格

騙されているかもしれない・・・
(いや・・・マジに騙されている)
そんな人を見かけてしまうと、
ついついその事実を伝えたくなってしまう。

伝えることが余計なお節介であることはわかってるし、
本人が「騙されている」と気付いていながら、
その上である意味「夢」を見ているかもしれないから、
一概に伝えることが正しいとは思えない。

正しい?正しいのか??
時と場合、状況においては決して正しくもないだろう。。。うん。

黙っていられない性格・・・
これって災いすることが多くてねぇ。
結果、感謝されることもあったけど、憤慨されることもあった・・・
結局は本人がその事実を冷静に見つめられるかであることだけで、
やっぱり余計なお世話でしかないな・・・

ちなみにこの性格・・・
自分のことも黙っていられなかったりして・・・(汗)
隠し事が出来ないがために、かえって問題が起きたりもする@家庭内
ダメじゃん・・・(泣)

2002年10月05日(土)



 ビデオカメラ

先日我が家の一員になったデジタルビデオカメラ。
我が家のビデオカメラの変遷は、かなり昔に遡る(笑)

独身時代・・・初めて購入したのはVHS−Cカメラ。
これはアタッチメントをつけると普通のVHSデッキで再生できる奴。
今考えれば画質も悪く、機能も少なかったよなぁ・・・
が・・・四国に取材に行ったとき、某放送局がニュース取材で使用していたのには驚いたけど(笑)

そして2機目がベータームービー。
(確か家庭用カメラの先駆けでは?)
女房の姉夫婦より譲り受けたものの、ほとんど使用しなかった。
余談だが、現在自分の家の中にベーターのデッキが2台稼動している。
ビデオデッキの変遷はベーターが最初で、いまだにそのテープもあるんで(笑)

3機目が8mmビデオ。
SONYが販売して何故か即買いしたのを覚えている。
子供が生まれ、記録を撮り始めたののこのカメラ。
当時としては画質もよく、かなり満足度があったのだが・・・

そして4機目・・・Hi8ビデオカメラ。
これは親が買ったカメラを半分くすねたようなもの(笑)
3機目の8mmに比べ、画質もさらに向上。
つい先日まで、うちで活躍してくれていたのだが、そろそろ引退時期(笑)

そして今回はDVカメラ。
現在の主流で、パソコンにもつなげるし、画質もかなりグレードアップ。
おかげで・・・我々の仕事も厳しくなってきたけどね(自爆)

それにしても家庭にここまで普及するとは思わなかったビデオカメラ・・・
仕事では色々なカメラ使うし(っても業務用だけどね)
やっぱり肩に乗っけるタイプの方が使い慣れてるなぁ・・・重いけど安定するんだよね。
それにZOOMも、デジタルズームは不必要。
デジタル処理化されることで、画像が思い切り荒れてしまうだけ。
それなのに、機能としてついてるもんだから、多用しちゃうよね。
まぁ・・・所詮家庭用ビデオは、自分だけで楽しむためがコンセプト(なんだろうな)なんで、
それもありかもしれないけど。
もっとも売る側も責任ないとは言えないだろう・・・などと思ったりもする(笑)
「デジタルZOOMを使えば500倍まで寄ることが出来ますよ!」
なんて売り文句聞かされれば、「すげぇ〜〜〜」って思うもんね。
デジタルの出る前、8mmビデオなどは、せいぜい12倍程度だったんだから。
でも、その500倍が画質にどう影響するのかの説明もするべきだよね。
もっとも「手もちでは出来ませんし、画像として見れたもんじゃありません」なんて言える訳なし(笑)

さてさて・・・購入したNEWカメラで、早速たぁくんの運動会撮影だ!(爆)


2002年10月04日(金)



 誕生日

誕生日を迎える事が、年々嬉しく感じなくなる。
一体いつからだったろうか・・・

10代から20代への移行は、嬉々としたものもあった気がするのは、
それが「成人」という形で大人の仲間入りが出来たせいであったろうか。
(頭の中身はついていかないのにねぇ・・・)
20代から30代への移行・・・
これには少々抵抗を覚えた記憶もある。
10代から見れば30代は、中年予備軍・オヤジ予備軍として、
「オッサン」という感覚があった。
それが自分が迎える事など、到底受け入れがたい事実であったかも(笑)

自分の年齢が即答できなくなったのも30代になってから・・・(爆)
「あれ?俺何歳だっけ?」と、よく女房に聞いたもんだ(笑)
そのくらいもう年齢に関しては疎かったのだろうか。
もっとも、社会人になってからは年齢という概念よりも、キャリア年数が幅を利かせる。
会社には年下の上司もいたし、年齢が基準にされる事などないのだから、
それが当たり前の事かもしれない<弁解

そして今年・・・
いよいよ39歳という年齢になってしまった。
30代最期といえば感慨深いものがある・・・(嘘)
結局また毎日の仕事に忙殺された挙句、気がつきゃ40代突入!って事になるんだろうな。
20代で遣り残した事、30代で遣り残した事・・・
きっと多くの事柄があるはずなのだが、それすらも滅却されているようだ。
夢を追い求めていたのはいつ頃だったか・・・
そしてその夢は今どこにある?
その実現へ向けて歩きだすのか?否か?
自分に問うても、答えはいつも闇の中。
自分が自身を誤魔化しているようでは、夢の実現など遠い先・・・
そして、迎える40代で後悔したところで何も出来ないんだぞ<俺


2002年10月03日(木)



 顔の見えないメール

先日懐かしい友人からメールが届いた。
懐かしさに読み進めていたものの、何かおかしいと感じた。
なんだろう・・・

改めて読み返しても、その疑念は晴れない。
別に特段混みいった話ではないし、文体におかしいところもない。
なんだろう・・・

ふと、相手の顔を思い浮かべた。
あれ?

何故かすんなり相手の顔が思い浮かべられない。
何度も会ってる友人だけに顔を忘れているわけでもない。
なのに相手の表情が思い浮かばない。

文章というものはその書いた本人が見えるという。
その人独特の書き方、表現などが文字感間に表れてくる。
それが例え、自筆でなくPCで打ち込まれた無機質な文字でもだ。
特に知ってる相手だと、どんな顔でこれを書いたのかまで想像は出来よう。
文字間・行間におそらくはその人の特徴・癖が表れて来るのかもしれない。

言葉が最大のコミュニケーションツールであるのと同様に、
文字もまたそれに匹敵するだけの力を持っている・・・
今更ながらにそれを感じたメールだった・・・

2002年10月02日(水)



 自動改札

電車の自動改札がここ近年増えつつある。
あれは、職員のコスト削減と、キセル防止のために
導入されたものではなかったか?
が・・・本当にキセル防止になっているのであろうか?

渋谷などの大きなターミナル駅を毎日利用する自分は、
その自動改札をすり抜けていく若者とよく出会う。
これが、若い男性に限らず、女子高生の姿も多く見られる。
手口はいたって簡単。
定期や切符などを用いて、通常に出入りする客の背後につき、
一緒にすり抜けるというもの。
へたくそな奴ほど前の客を押す形にもなるが、
熟練者?は、それこそ早業である。
また、体育会系?の奴は、堂々と飛び越したりもする。

しかし、本人たちはそれで通れるが、問題はその後ろにいた人。
流れに乗って改札を抜けようとすると、
無常にもブザーが鳴り、ゲートが開かない。
ゲートが閉じている間は凡そ10秒くらいか?
が・・・都会人特有の「あせって歩く症候群(んなのあるか?)」の人にとっては、
そこで流れを止められるばかりでなく、
その責任を問われるかのごとく周りからの白い目に耐えなければならない。
これ・・・マジに痛い視線なんだよなぁ・・・
中にはあからさまに舌打ちする人もいたりして・・・
「俺じゃねぇ〜〜〜あいつだよぉ〜〜〜」って思ってみても、
もはや当事者は人ごみに消えてるし。
結局取り残された次の人が犯人扱いされてしまう(汗)

それにしても、そんなことが日常茶飯事の駅改札において、
対抗策を取らないのが不思議でもある・・・
せめて1人くらい監視をおいておけば、
キセル乗車としていくらでも検挙(笑)できるのに。
(結構罰金がすごいんだよねぇ<キセル)

って事で・・・赤字解消のために喫煙者の支払うタバコ税を穴埋めに使うんじゃなくて、
もっと出来る事からはじめるべきだ!<JR
(そんな結論かいっ)

2002年10月01日(火)
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