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2007年09月21日(金) ■ |
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Vol.702 悲劇のヒーローは似合わない |
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おはようございます。りょうちんです。
彼が自分のHPの日記で、ガンに侵されていると公表したのはまだつい先日のことだ。以前から体調は思わしくなかったようだったが、この夏は特に具合の悪い日が続き、病院の検査ではじめてガンだと判明したらしい。余命を宣告された彼の日記は衝撃的だったが、それでも彼は事実をしっかり受け止め、「やりたいことがまだたくさんあるから俺は病気に負けない!」と、力強いコトバを残していた。 まったく彼らしいと、俺は思った。彼はナイーブで繊細だけど強いココロの持ち主だから、そういう答えを自ら導き出したのだろう。ガンを公表したのは、みんなに哀れんでほしいからじゃない。同情してもらいたいからじゃない。これから直面する病魔との戦いに真正面から立ち向かう決意を、コトバとしてカタチに表しただけだ。それが俺には痛いほどわかったから、日記を読んですごくショックだったけど、すぐには連絡せずにわざと数日遅れでメールを送った。 思えば、彼とは友達としてずいぶん長い付き合いになる。梅雨が始まった頃にも一緒に食事して、俺のくだらない相談に乗ってくれた。クセのあるヤツだが、俺にはかけがえのない良い友達だ。あの時、すでに病魔に襲われつつあったんだよな。 早朝、彼から突然メールが来た。今日、手術をするのだという。いつもの彼らしくないかなり弱々しい悲観的な内容で、大げさに言えば遺言とも取れるようなことが書かれていた。きっと彼は死を意識した大手術を前に、ひどく不安になったに違いない。急に心配になった俺は、あわてて彼に電話をかけた。だが何度呼び出しても繋がらなかった。当たり前だ。病院にいる彼に電話が繋がるはずもない。でも俺の気持ちをどうしても伝えたくて、わずかな望みをかけて何度も電話をかけた。日が暮れて、彼からメールが来た。無事手術は終わったそうだ。そして「俺はまだ死ぬ気はないから!」と、いつもと同じ力強いコトバで締めくくられていた。 そうだよ、そうこなくちゃ! 悲劇のヒーローは似合わないぞ。病状が落ちついたら、顔を見に行くからね。早く元気になって、また一緒に野球観戦に行くぞ!
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2007年09月19日(水) ■ |
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Vol.701 駐車場の朝顔 |
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おはようございます。りょうちんです。
4月におこなわれた選挙の投票に行った時、帰り際にもらってきた朝顔の種。我が家のベランダはすでに他の家庭菜園で満席の状態なので、どこか別の場所で育てられないかと考えていた。そこで目をつけたのが、店の駐車場。ここなら日当たりは文句ないし、フェンスがあるので育ちゆく朝顔のツルが絡んでちょうど良い。俺は即席の鉢をいくつか作り、そこに家庭菜園であまっていた土と肥料を入れて、駐車場の片隅に朝顔の種を蒔いた。 すぐに芽を出した朝顔は順調に育ち、日に日に大きくなった。朝顔を育てるのは小学生の時以来だ。おいしい果実が実らないものなんて育ててもつまらないと思っていたのに、けなげに成長していく朝顔を見ているとだんだん愛しくなってきたから不思議だ。やがてまだ夏がやってくる前の6月の終わりの梅雨空の下で、最初の花を咲かせた。そしてそれからは毎日淡いピンクや濃い紫などいろんな色の花をいくつも咲かせて、俺らの目を楽しませてくれた。俺の予想以上に伸びていくツルはフェンスを越え、さらに太陽に向かって行き場を探しているようだった。 あと数日後にはもう俺はこの店にいないなんて、切羽詰った今になっても全然実感が湧かない。片付けとか整理とかやらなくちゃならないことは山ほどあるのに、いつもと同じ気持ちで仕事をする俺がいる。駐車場の朝顔は9月になっても相変わらず毎日いくつも花を咲かせ、まだ夏の衰えを知らないでいる。それは最後まで手を抜かずにがんばれと俺に言っているようで、なんだか勇気づけられるのだ。 はじめの頃に咲いた花はもうしっかり種になり、十数粒ほど蒔いた種は季節を越えて両手ですくい切れないほどの量に増えた。一緒に仕事をしてきたみんなとは永遠の別れじゃないけれど、サヨナラをする前に俺はこの朝顔の種を配りたいと思っている。いつかどこかでこの朝顔が芽を出し、今と同じきれいな花が咲いたら。その時は、俺と一緒に仕事をした日々を思い出してほしいと思う。 残り時間はあとわずか。朝顔に笑われないよう、最後までがんばらなくちゃね。
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2007年09月12日(水) ■ |
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Vol.700 俺は変化を続けていく |
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おはようございます。りょうちんです。
はじめたのは2001年の12月だから、もうじき丸6年ということになる。この「りょうちんのひとりごと」も今回で第700号。俺が日々感じたことや考えていること、身のまわりに起こったことなどをつらつらと書き続けることが習慣になって、もうそんなに時間がたったのかと我ながら改めて思う。継続は力なりとはよく言ったもので、ここまで続けていれば「ひとりごと」は俺にとっての宝物のひとつなのかもしれないと思えるようになった。そして定期的に読んでくれている方々には、ココロから感謝をしている。本当にどうもありがとうございます。 6年も時が流れれば、いろんなことが変わった。街も、人も、俺自身も。だから、6年前のはじめたばかりの頃の「ひとりごと」を読み返してみると、今とはずいぶん違うことに驚かされる。文章の書き方や内容や、場合によっては考え方さえもこの6年でずいぶん変化したもんだと思う。いろんな人と出会いいろんなことを経験して、俺があの頃よりも成長したからなのか。ライフスタイルが変わり、6年前とは日々の日常が変化したからなのか。原因は、その両方にあると俺は思うのだが。 はじめたばかり頃の「ひとりごと」を読み返してみると。俺ってもしかしたらさみしがり屋だったのかなぁ、なんて思えてくる。ちょっと自分らしくない無理な話題を題材にしてみたり、今の自分じゃ到底ボツにするような出来事を記してみたり。がんばってるのはわかるんだけど、俺の思っていることをなかば強引に誰かに知ってもらいたい気持ちが見え隠れしていて、肩に力が入ってるのが自分でもわかるのだ。だから、なんだかちょっとだけ恥ずかしい気持ちになってしまう。あの頃の俺って、やっぱ若かったんだな。 いつだってこのまま俺は変化を続けていくが、「ひとりごと」はまだまだこのスタイルでやっていこうと考えている。そして読んでくれた人が、俺のメッセージから少しでも何かを感じてくれたのなら、それがうれしいと思うのだ。
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