寒波はまだなれど - 2005年01月31日(月) 寒波が来るというので、大学に着膨れていった。それでも今日はまだ風が少し強いくらいで、空も晴れていた。明日がいよいよ寒いらしい。 さて、夜友人とキムチ鍋をしてDVD鑑賞をする予定だったのだが、疲れてしまったようで、帰りも電車の中でうとうとして数分間だけなのに夢まで観てしまった。まるでビロードを思わせるような、めくるめく壮麗なる物語だった。 さらに、帰宅して、タイマーをかけてちょっとだけ鍋まで寝ようと思ったにもかかわらず、寝過ごし、友人に迷惑をかけてしまった。またまた夢まで観てしまった。来年のアパートの居住権がどうのこうのと、自治会のお世話係のなんとかさんがやってきた。かつて昔小さい頃住んでいたような官舎が登場した。 あわわわわ。熱を測ってみたら、また微熱がぶり返していたし、そういえば前期までは結構(週に1回あるかないかくらいか?)時々夕方帰宅してからバイトまで疲れて眠っていて、1、2回寝過ごしかけて慌てた覚えがあることを思い出した。後期になって、チュートリアルになってからはほんと以前より随分身体は楽なのですよ。 しかし、講議のための授業時間を削ってチュートリアルと言う時間を設けているために、講議の中だけで全て扱えず、「学習項目」という名目で各自勉強することになっているのですね。まあ、能動的にする方がいいのかも知れないけれど、系統がバラバラの「診断学」の授業が果たして必要なのかなあと思ったりする。その授業達を、もとの呼吸器だの、神経だのにもどしてくれた方がいい気がするんだけれど。。 ともあれ、明日は更に防寒して出かけよう。 - 癒しDay - 2005年01月30日(日) はじめに、興味深い記事。 ▼ 「子どもの心」専門医養成 虐待・不登校に厚労省方針 ううむ、時流にのっかっちゃえるものならのっかちゃうのもいいのかも。 今日は癒しの日。 チュートリアルも昨日片付けているので、心置きなく。 フィレンツェ美術展もいっちゃいました。 思ったほどコミコミでなく、程よくて良かった。絵画だけでなくて、工芸や彫刻も含まれているので、それほど人が押し掛けなかったのか、季節柄今日は寒いと予報が出ていたので(実際には風が強かったくらいでどうにもこうにも寒いほどではなかった)人手が少なかったのかも知れない。 ともあれ、技術水準がさすが高いです。ルネサンス恐るべし。 ただ、写本にしても、ものすごく手が混んでいて、手に入れる事自体が大変で、ましてや当然高価だったものだから、今みたいに本屋さんに行けば新刊が溢れているのと、芸術的な写本が1冊あって一部の人しか読めないのとどちらがイイか、と言われれば、私は後者の方が良いです。 ++ あと、映画1本とビデオ1本。 映画は「フォッグ・オブ・ウォ− マクナマラ元米国防長官の告白」を観て参りました。 なお、監督自らマクドナルドの食品のみを1ヶ月食べ続けて人体実験に挑んだ「スーパー・サイズ・ミ−」は、12月に同館で観て、 私も爆笑したように、 やはり面白くて好評のようで、まだあと暫く上映しているようです。 ++ さて、マクナマラ氏は現在88歳。太平洋戦争で 日本のB29での空爆をいかに効率的に行なうか? いかに効率的に日本を弱体化させるか?という統計部の仕事に始まり、 (しかしそれでも一晩に10万人市民を殺りくするのはどうか、 日本の都市の半分を灼いたのだ、と言っている) 彼の半生は戦争と共にありました。 ケネディとジョンソン政権下で 国防長官を勤め、ベトナム戦争を指揮。 ベトナム戦争は、アメリカにとっては東西冷戦の一貫だったけれど、 ベトナムの人たちにとっては独立戦争だったと。 だから長引いたと。そういうことが分ったのは ずっとあと、あとのことだったと。 しかし、同盟国(日本、ドイツ、イギリス、フランスという順番で出て来ました(苦 笑)。空爆されたニッポン、20年も経たないうちに同盟国になってたんですね〜〜 〜朝鮮戦争で特需に湧いてしっかり同盟国になったんですね〜〜それともドイツと合 わせて防共の砦ってことでしょうかねえ) すら支持しない、当時すら理のない戦争だったと。むむむ。ううう。 ともあれ、過去の事を扱っているのですが、 今のイラクと重なってなりませんでした。 マクマラン氏、国務長官辞任後は、 世界銀行総裁についた方だが、(当然ながら?)食えないお方だ。 まあ、それでもドキュメンタリーに出て下さってるだけ よいということ?とはいえ、 う〜んブッシュ氏もマイケル・ムーアの「華氏911」で主演を務めたしねえ。。 タイトルになった「フォッグ・オブ・ウォー(戦争の霧)」は、 マクナマラの「一度戦争の危機が起こると、賢明な政治家であっても、 霧に包まれたように混乱していく」という言葉から取っている。 これは自己弁護なのか、実際に人が賢明であるのが如何に難しいか語っているのか、 はたまた現政権の弁護までしているのか。 ともあれ、長篇ドキュメンタリー映画部門での本年度アカデミー受賞作ですので、 見ごたえもあると思う。 観客は中高年が目立った。 大平洋戦争や、ベトナム戦争の時期を生き抜いて来られた方々だ。 ロマンスグレーの方が多かったような。 もっと、若い人にも観てほしい映画。 おしむらくは、これが午前の一回しか上映しておらず、それも2/4日までだと言うこと。 ++ 夜は、アロマ風呂に久々に入ったあと、ビデオ鑑賞。 延長線のところで潤んでしまった。 エンターテイメントとしては「僕カノ」の方が上だと個人的には思うが、 「僕カノ」のあちらこちらにこの「猟奇的な」に対する オマージュ、いや本人が作ってるんだから言及がある。 観てたらにやっとする。 両方観てる人はニヤッとできる仕掛けが散りばめてあるので、 どっち先に観ても楽しめる、って感じ。 ++ まあ、また試験勉強が始まるだろうし、準備のためにも 早く再試該当者を発表してほしいものです。 - - 2005年01月29日(土) 午前中に提出用のチュートリアル(能動学習)ノートを終わらせようと思ったのに、これが(私の集中力が散漫なためか、なぜか)4時間以上かかっても終わらず、正直いやになって来た。眠ってスッキリして来たけど。 おまけに、寒気がするなあと熱を測れば37度前後の熱が。。 せっかくのポカポカ日和で試験も差し当たりは差し迫ってないので、 さっさと課題を終わらせて出かけたかったのだけれど、もう今日は早期回復に宛てることにした。。とほほ。 ++ チュートリアルのノートを終わらせるのにものすごく時間がかかってしまった。なんとか終わらせた。 「美しき日々」、室長の妹ミンジが急激にヨンス(チェジウが演じている)になついて家を出ていかないで、といっていて、びっくり。それだけヨンスさんが魅力的ってことね。 あと、土曜昼間にチェジウが演じているドラマ「真実」が始まったけど、これはコテコテ身分と裕福の差、いじめ、が盛り込まれたすんごいドラマ。余りの陰湿さが「美しき日々」のようなもっとお洒落な(身分とか生まれは要素としてあるけど)ドラマとは違うかなあ。 それにしても室長のミンチョルは凄い。う〜〜ん、凄い。バラでハート形作っちゃうからね。 - - 2005年01月28日(金) 未熟さや配慮のなさを反省したり、我が身可愛さで配慮をする前に落ち込んだり。 心配なこともあって、肩についつい力が入っている気もする。しかしそれも反省やらなんやらでこわばっているだけかも知れない。 珍しく?かなり耳鼻科チュートリアルの準備は満足行く出来だぞ! 月曜の朝、起きる前に喉が痛くて、火曜日も痛くて、風邪の引きかけかも知れない。部屋が乾燥し過ぎたかな。明後日日曜からは寒波が来るようだし、早くすっきり治したいものだ。 - 神経系試験 - 2005年01月27日(木) 試験がアッタ。撃沈。 神経病理と放射線は多分オッケーだと思うんだけど。。 そういう癒し系はさておき、あとは・・・ 選択肢が難しいよう!というのもあるのだが、 4時間連続で5科目の試験を行なうという無茶な方法と言うのもやめてほしい(処理能力をこえる!)というのもあるのだが、 詰まるところ勉強が足りなかった。 特に脳外科。 血管造影が出た。 あと10分あれば、覚えられた量だ。 私はちらっと見ただけで(コピーが汚かったのもあり)それ以上見ようとせず、一つだけ動脈の名前と分岐を覚えただけだった。 これこそ、勉強不足と言わずしてどうしよう。 穴を作ってはいけないという手痛い教訓ではないか。 とはいえ、余り神経系の理解が足りなかったのも事実。教科書を覚えるつもりで、音読して、 2月にあるらしい再試に向けて勉強します。 - 地層の中のとあるコンプレックス - 2005年01月25日(火) 簡単そうに見えて結構小児など試験範囲の量が多いよう。 結構学校に残って勉強している人が多い。イベント気分なんだろうな。 みんなでやると楽しいし。 ++ ふと、思い出して悲しくなったこと。 ナイーブな「私の悩み」でしかないのだが、私はずっと自分は可愛くない、人にも好かれない、と思い込んでいた。私の周りを見るに、同性の女兄弟の場合、そういうことが起きやすいようだ。 ずっと、引きずっていた。一つには、容貌もあり、もう一つは、コミュニケーション下手で人付き合いが苦手だったことがあると思う。 だから、前にも日記に何回か書いたけれど、大学院のとき、とある会話で「(顔が)普通」と言われた時、実はとてもほっとした(言った本人は別に悪気も何もなく、ただ普通と思ったから普通と言ったのだと思う。これまた何回か書いたけれど、同性の友人に「普通と言われた」と伝えたら、「失礼な!可愛いと言いな!」と返って来たが、確かにそりャ可愛いと言われたら嬉しいかも知れない。でも私自身ものすごく醜くて私は人間性が欠落しているかおかしいかどちらかだとその頃思っていたから、普通と言われただけでどれだけ嬉しかったことか。どれだけ肩の荷が降りたことか。 まあ、TVに出てくるような可愛かったりきれいだったりするような人間じゃないさ私は。人間性を地道に磨いていって年をとった時に良い顔に、「貌(かお)」なれたらそれで良い。しかし、まあ異常な顔をしている訳でもないのだから(今思うに)、「普通」でいいのかもしれない。 人付き合いも、恐ろしかった。 コミュニケーション力が足りなかったのだろうけれど、 それでもTVとか自由に見せてもらえない家庭の子だったのもあり、 小学校の中学年あたりから話題についていけないってことが多かった。 だから、いつも知らないことが出て来たらどうしよう(知らないことは出て来ても良いのだが、知っていて当然みたいな、それで始めて会話の土俵に上がれる、そんなことがでてきたらどうしようと) 余り仲良くないこと話す時は常に脅えていた。 まるで綿菓子に出来た穴を通して盲滅法に棒で玉をつつこうとしているみたいに。 ひとまず、そのような話題への恐怖からは、大学に入ってから随分自由になり、今は気にならなくなってきたけれど、それもあったのかもしれない、 色々発達の遅れた人間になっちゃっているのは。 ううむ、それでも紀子様のご家庭にもTVがなかったように、 やんごとなきグループの中にいたら気にならなかったのかも知れないし、 はたまたコミュニケーションの問題だったのかも知れない。 ともあれ、小学生なんてのは残酷なところがあり、 平気で仲間はずれをしたりするのも事実なのだ。 その他、いろいろ思い出し、涙ぐんでしまっているのだが(f^_^;)、 ひとまず筆をここで置き、試験勉強に戻ります。 - - 2005年01月24日(月) 4年生は明日がCBT(共用試験)の日なので、必死で勉強しているようだ。 今日は授業が午前中のみで、午後は夜生協が閉店するまで神経内科と脳外科の過去問を友人と一緒に食堂でおさらいした。勉強したした!(かな?)記述の方も対策をしておこう。 明日は小児科の勉強をする予定。 空は晴れていて、きれいだった。 - 神経系 - 2005年01月23日(日) 全体のイメージがつかめていないからかも知れないけれど、 神経系の過去問が大量にあり、おまけに細かいことも聞かれているので必死で詰め込みモードです。 おまけに、土曜日は某仕事で結構空きがあるかと3時間は勉強できるぞ!と思い大量に教科書資料を持ち込んだものの(それでも2時間近くは勉強してたかな)、そうとは問屋が卸さず。。 必死タイムを迎えております。 - 冬の晴れた空は / 手帳見つかる - 2005年01月20日(木) 冬の、というより、もはや春に向けて蕾を膨らませているこの季節の晴れた空は、少しよそよそしい色をしているけれど、つきぬけるように澄んでいて、とてもきれいだ。どこか遠くにつながっていることを思い出させてくれる色。 もっと、朝日を浴びよう。 そう、安保先生の免疫関係の本(例えば安保徹「最強の免疫学」など)にも夜間の副交感神経優位から昼間の交感神経優位に切り替えるには朝日を浴びるのがイイとあった。これを読んで、免疫学と風水が近いところにあるのではないかと思った。風水では朝日を浴びると運気が上がるといっているから。 ++ さて、有り難いことに手帳が見つかった。図書館の係長さんが朝の掃除の際に見つけて下さったのだとか。図書館で保管して下さっており、ありがたく受け取りに参りました。 ありがたやありがたや。 それが嬉しかったおかげか、今日は何かワクワクする気がして、1日ニコニコしていたような気がする。晴れていたのも有るのかな? ++ ▼【文世光事件】30年ぶり文書で蘇った「悲劇の銃声」 日本でももっと大きく取り上げて良いような気がするのだが。。 シルミドもそうだが、知らなかった歴史が、本当に本当に沢山ある。 - 手帳紛失 - 2005年01月19日(水) ショックだ。今年度ニ度目の手帳紛失。図書館で居眠りする前までいろいろメモしていたから、居眠りしている間にどこかにいってしまったのだろうか? 用事を結構かき込んでいるので、痛い。明日学校で探してみよう。出てくることを祈りつつ。 - - 2005年01月18日(火) ▼公債残高、GDPの1.9倍=「改革と展望」悲観シナリオ−2種類試算、全容判明 借金国家ニッポンどうなる? あなおそろし、 地方自治体はITゼネコンからの脱却をするなどしてコスト削減に努め始めているようだが。。政府も創意工夫して頑張ってほしい。 ▼センター試験: 当日未明、ネットに出題情報書き込み だれがやったのか分からないが、2チャンネルにセンター試験の問題が一部漏れていたとか。関係者か? あなおそろし、韓国では携帯メールを使った受験生の組織的なカンニング、日本では関係者の情報漏えい? ++ 間違ったこたつの当たり方をしてはいけないようだ。。局所を高い温度で刺激するのがヨクナイとか。。あわわわ - 久しぶりに - 2005年01月17日(月) 自分のことで底なしに脅え、不安になッています 本当に、多分、22、3歳あるいはせいぜい24、5歳くらい以来、久々の底なしの不安です。 あの頃に、舞い戻ッてしまったような、ゼロ地点にいるような気持ちです。 全ては私が愚かだと言うことに尽きるのでしょうが。。 下手をするとこれまた久しぶりにパニックになッて何も手につかなくなりそうです。落ち着かなければなりません。 - 単位取り直し / おまぬけ - 2005年01月16日(日) 今朝も妙な夢をみた。 理系の単位を取るために(数3)高校に出戻るという話。 夢の中の設定では、一度、2年くらいまでに出戻ッて単位を何らか習得したことになッており、今回も1ヶ月だか2週間だかの予定でどこかのクラスに(35ルームという設定だった。そういえば、今気付いたが、私が卒業したのも35ルームだった)置いてもらうことになッていた。クラスは定員オーバーもオーバー、68人も高校生が溢れていて、高校自体はどことなくハリーポッターの学校のように古色蒼然としていて、貫禄ある板張りだった。ストーブがどかんとおいてある。 夢をみている間まで、何の単位を取ったのだろう、と真剣に考えていたが、夢から覚めてみて、そもそも単位を取りに高校に戻ったこと自体がない(教育実習は別として)ことを思い出した。 今の学校のクラスメートも出て来たりして、過去と現在が入り交じった感じ。 ++ 最近何故、(再び?)これじゃいかんと焦り始めているかというと、結局年末から自分の年齢とか、それに絡んで職歴とかがとみに気になり始めた(もっと今までにしっかり考えておけば良かったのだと思う。結局目の前のことに一所懸命になるだけでも時間は過ぎていくし、その前にそもそも見込みが甘過ぎたのだと思う)ことに尽きる。 25歳まで、つまり26歳の誕生日の日まで、私は20代前半と思っていたわたくしのことだから、ここ暫くは自分が「見た目」若いことにあぐらをかき、若い「つもり」になり、(一応まだ)若いとはいッてもなんでも許されるほどには無鉄砲でいられないことに気づくのに、一歩も二歩もズレ過ぎているのである。 ほんとうに、ネジの切れた散弾銃みたいな無鉄砲さできたことよ。 - 草間弥生展 - 2005年01月15日(土) 今日午前草間弥生展を見に行った。 妙なエネルギーの放出。 圧倒されて疲れたのか帰り雨に濡れて疲れたのか、 ともあれ疲れて帰宅後夜11時くらいまでバクスイしてしまいました。 やでやであの人のパワーはすごい。 去年森美術館でやッてた展覧会がもっと強烈だったみたいだ(見に行けば良かった!)。 ああ睡眠で消えた時間。ってまあ風邪引くよりはいいか。 一時期激減したスパムメールが昨日一昨日あたりからまた増えて来ている。 プロバイダーよ、減らしてくれ!スパム! - 患者中傷の医師ウェブ日記 / 我が人生を恥づ - 2005年01月14日(金) ネットでニュースを読んでいたらこんな記事が。 ▼医師がHPで患者中傷 「頭悪い、二度と来るな」 自分のホームページの日記に患者に対していろいろ書いていたのだと言う。 まあ、これが紙の日記なら問題にならなかった訳で(直接間じゃさんに向ッて同じことを言っていたらそれは問題だが)、守秘義務があるのにネットに書いてしまったところが問題なのだろう。 私もホームページはほぼ日記ページだから、気を付けなきゃ、と思った。誰かと何かを共有したいだけではあるのだけれど。 それでも人気があるブログとか、良質なブログと言うものがあるのであろうから(いや、あると言い切っていいのだが、私がそういう良質なブログをこまめにチェックしようとしていないので、曖昧な語尾になるのである)、ウェブに所感を書くこと自体が悪い訳ではないのだが。 ++ ところで、年賀状、全般に嬉しい知らせが多かった。本採用になったダとか、就職できたとか、念願の資格を取れて転職できたとか(その他、妊娠出産結婚予定もあったような。。)。 で。年始年末ぼんやり実家で自分のことを振り返ったりしていたのもあるのだが、年賀状を見て、やはり努力はするものだ、と当たり前ながら感心すると同時に恥ずかしくなったことがある。 つまり、転身をして、希望の就職をした友人に対して、心から嬉しく感じた。 同時に、同じ時間(年数が経っているという意味で)過ごしているこちらは何をしているのだろうと。 私は、いつもその時その時一生懸命ではあった。しかし、この首尾一貫性のなさ、いや、首尾一貫していなくても以前の経験や人脈が生きていますといえればよいのだが、それも怪し気で、ただ、もがいてばかりいる。 ++ 先日、成人の日にMLで自分を振り返っておられる方に触発されて我が身を振り返ったのは、こういうことだ。 二十歳で一律成人式というのにはなはだ違和感を感じる「子ども」(ホント子どもでした)だったので, 成人式に出たいとも振袖を着たいともつゆ思わず,大学の試験期間中を淡々とすごした。むしろ,当時振袖が着たいなあと思っている方がその後の私ももっと素直に人生が歩めたかもしれない。汗。 最初入学した大学では先のことも漠然としか考えないまま大学院に進学(就職活動をしていた同級生から見てもはなはだのほほ〜んとしていたことだろう)。ちょうど大学院拡充のころで,入りやすくなっていたのもあっただろう。 研究者になるんだという漠然とした呪縛にとらわれつつ,どうも文学部の鬱屈した院生生活は合わないと当時流行のNGOもしくは国際機関に就職しようともがきつついたところに火事に遭い,下宿が全焼(修士2年生の5月末)。 その後3ヶ月ほど知人宅にてお世話になり,とある小さなNGOの内定もいただいたが,秋になって,もう修士論文を書く余力が残っていまなかった。留年することをさっさと決めてしまい,鬱々とすごした。かろうじて留年しながら教員免許を取り,大学院の最後の一年は某出版社にて編集をしながら何とか修士課程を修了。このとき教員の採用試験を夏から年明けの1月まで受けていたのですが,ことごとくダメで,当時, 本当に視野が狭かったとしか思えないが,「人相手の仕事がしたい。悩める人の手助けをしたい。」「文学部では食べていけない」などと思い,教員採用試験がダメだったら医学部を再受験しようなどと心に決めた(友人の影響や,なぜか当時6年分の学費以上の貯金があったりしたことも後押した)。3月,再受験の勉強を始めたところに教員のお話をいただき,このまま学生を続けるよりは,と高校で働き始めた。 次の年はフリースクールで非常勤をしながら医学部を受験し,入学,折り返し地点の今に至る。医学部に入ってからは,まあ勤労学生状態(受験期もか)。といっても,自分のキャリアになるようなことは昨年度実験助手をしたくらいで(それも諸般の事情から中途半端になってしまい),あとは時間を切り売りしているわけだ。 う〜〜〜ン。 何をしているんだかねえ。 生涯賃金でいえば教員をずっと続けている方が高い、と受験勉強をしていた頃に言われた。 確かにそうなのだろう。 しかし、まだ若気の至りに満ちていた私は、理由がどうであれ、強行突破するかのように退職していたと思う。 もがいてもがいて、50歳頃に思うような仕事をして思うような仕事ができる地位につけたら、いいのかもしれない。 ともあれ、この年頭は、深く自分の反省を恥じた. それが、今現在からの逃げなのか、 それとも前向きな振り返りなのか、 答えは未来に尋ねるしかない。 - - 2005年01月13日(木) 杉田かおる結婚。 昨日もドラマでシングル女性を好演していたのを観たところ。 びっくり! 逆転満塁ホームラン?? ともあれおめでとうございます☆ ▼杉田かおるさんが結婚 44歳会社経営者と ▼“脱・負け犬人生”に…杉田かおる、投資会社社長と結婚 - ヘアサロン、もしくは美容院 - 2005年01月12日(水) 「87%−私の5年生存率」を観ている。ああリアルだ。。(ってTVを観て想像している分にリアルだと言うことで、実際にどうかは別だ。また本木雅弘の説明の仕方が分かりやすいなあとか) ++ 空き時間に、ヘアサロンに行った。 やたらものを勧めてくる人にあたッてしまった。前回行った時は満足度高かったんだけど。。 いつのまにか(この1月から?)料金体系が変ったらしく、サービス低下。 (前は毎回1000円割り引きしてもらえるカードだったのが、 今年から6回行って始めて1000円びきにかわってた)、 まだ美容師を指名したら良かったんだけど。。 正直、現在全国的に4000円くらいが相場らしいのだが(どんどんバブルがはじけてから値下がりしているよう)、ここは正規では5000円(+税)。シャンプーが込になッているからだけれども、これで毎回値引きして貰えるから普通のお値段になって、予約もいらず、結構スタイリングもケアも提案してくれるし、待たされずに済むからここ何年か気に入ッていたのだけれど、こりゃあもうやめよっかなという気になってしまった。やっぱ、もっと大学近くのガクセイが多いところ(同志社近辺でも京大近辺でも)の方が元の定価のお値段も安いし。 このデフレの時代、サービスがイマイチの割に値上げするのも理解できない。ものすご〜〜く高級路線でもないので。向いにカットのみ1500円の店も出来てたし、潰れるんじゃないかなどとおもッてみたり。 自衛策としては、毎回hot pepper からリピーターオッケーの割引券を切り抜いて持参か(載っていればね)、美容師を指名するか、はたまた割引券がなければもう今度こそ他所を探すか、にします。 - - 2005年01月11日(火) 小児科と神経内科の教科書購入。いいと言われている本が絶版になッていて残念。オークションでは定価の倍の10500円になッて取り引きされている。 - トイレの水のお値段は - 2005年01月10日(月) 我が家では、父は最近洗濯時に浴槽の残り湯を熱心に使っている。 それも、父独自のやり方があるらしく、先にバケツにお湯を汲んで並べておくのだと言う。 その割に、そのお湯を、洗濯のすすぎやトイレに流すのには余り興味がないらしい。 私はすすぎやトイレにも使うように父に勧めてみた。 さて、ふとどれだけこれが節水効果があるのだろう、と考えてみた。 洗濯機では、最初にバケツに6杯、次にも6杯使った。バケツは7リットルだ。12×7.5=80リットルの節約だ。 とすると、1リットルあたり実家ではざっと7.5円(松江市では水道料金が全国的に見ても高い。なお、計算がおかしそうなのでまた計算し直します)。するとお金に直すと42×7.5=円の節約。ううむこれを毎日続ければかなりのものだ。汗を流した分は節約になるのだ! また、トイレに流す水はバケツいっぱいで大概済むから、それは7×7.5リットル= なお、現在の居住地では1リットル当りざっと●円?(なら計算が不正確だったか、松江市が特別高いとは言えないか??)下記を参照。 ◎参考 京都市水道局 トイレに流す水が数十円とすると、流すのも考えちゃうじゃない。 お風呂の水をつかおうキャンペーン、万歳! - スピーチの夢 - 2005年01月09日(日) 午前中,蓄熱するかのようにコタツで朝寝していて,妙な夢を見た(朝寝や昼寝でも夢を見る)。 友人M子の結婚式に呼ばれており(って彼女は5年以上も前に結婚しているのに今更。。),私はなぜかお祝いの言葉と歌を頼まれている。自分の持ち歌があることになっているらしい。しかし私は何かほかのことで気をとられているのか気分が沈んでいるかで全く心の準備も本当の準備もしないまま会場にいる。 スピーチはもう一人知らない男の子(って少なくとも20代後半だと思うが)と一緒にすることになっていて,なんとなく救われた,と思った。私がおろおろしているのでその人が心配してくれて,私は出るだけでよいことになった。おまけに,お祝いの歌も,何人も歌うことになっており,小声で準備ができていない,と進行役の女の子に伝えると,「じゃあいいですよ」と快く飛ばしてくれた。 スピーチをする人間には衣装が用意してあり,私は助かった!と思いながら着替えている。しかし,なぜかもたついてしまう。レースがたくさん使ってある。 ドレスだ,と思って着ていたら,なぜかそれは透け透けレースだらけのバニーガールみたいな衣装ではないか!私は(なぜかこれまた)真っ赤な下着を着ていたため,こりゃ透けるわ,どうしよう,と慌て,人前にも出れやしない,と慌てて引っ込んだ。 その後どうなったかは覚えていないが,なんとなく鮮烈な夢だった。 - 医学英語 - 2005年01月08日(土) 金曜日,医学英語で,英語で問診をする,という授業があった。 かってに食べすぎだの,狭心症だの断定してしまい(こちらは全く違う逆流性食道炎だった), 臨床症状の知識がないことを痛感。 おまけに,班ごとに発表する段になって,私は「食べすぎ」だの「安静時狭心症」だの決め付けたので先生にあきれられたが,流暢に英語で答えている人が居るではないか! 私は自分が英語の教員免許を持っていることのにこのざまで,とても恥ずかしくなった。教員免許が泣いているよ。。 ううむ,これはまずい。 勉強になるかもと,ERのDVDを注文。 ++ 新春ドラマスペシャルで「負け犬の遠吠え」を見た。元となったエッセー負け犬の遠吠え や負け犬論争のような二項対立に陥っておらず,個々に幸せは違うんです,負けでも勝ちでも孤独になることもある,という視点でよかった。 そう,「負け犬」と酒井順子が命名するまでは,彼らは負け犬じゃなくて,花の「独身貴族」だったんですよ(笑)。 - 小ネタ - 2005年01月07日(金) 以前(去年それとも一昨年だったか?)プチ改名で名前をひらがな表記にした方が画数がいいと言われたのだが、別の友人に相談したところ、感じのままの方がいいとのこと。外格がそれでも微妙らしい。う〜ん。 ++ 今晩の有動アナウンサーはピンクをテーマ(アイカラー、ニット)にヘアスタイルもかわいらしいです。 ++ ▼<シルミド事件>韓国国防省が真相究明へ 映画大ヒットで だそうな。 韓国では政権交替の際、革命のように政権の座に前についていたものが追い立てられる歴史があったが(これからは変っていくんだろうか)、かつての政権を追求することで自分達の支持率をアップさせようと言う裏もあるんだろうか? それに対して、日本では社民党が政権をとった時も連続性があった。 善くも悪くも、それが既存のものに対する批判を産みにくくしているのかも知れない。 - - 2005年01月06日(木) 寒の入り。暖冬と言われていたが、暦通り寒い。 寒いのもあってか、疲れが沈着して来ている感じ。 - 始業 / 友人のメンテナンス / 恐るべし冬ソナパワー - 2005年01月04日(火) 今日から大学授業再開。 賀状を書きあげた後、明日までの調べものをしていて目がしばしば。霞みまする。いい加減、視力回復器をまた買おうかしらん(昔使っていたのはもう壊れた)。 ++ 届いた年賀状が去年に比べてがたっと減った(ように感じる)。 もっとも、私自身が昨年中に出さなかったので、同じように来た賀状だけに返事しようという方とは、必然的に疎遠になる要素があらわれる。 そもそもこの数年、バイトだの学校だの目の前のことに一所懸命になって、社交に私は余り力を注いで来なかった。つまり、友人のメンテナンスを大してしていなかったのである。 先月、ふと、かつては人と人をつなぐのは私の十八番だったなあと思い出し、懐かしくなった。 その頃は単に人間関係に依存していただけかも知れない。 しかし、最近、人とつながる力が薄れているのも事実だと思う。 もちろん、日常的に接している友人で、賀状抜きの間柄の人も沢山いるし、「虚礼廃止!」と謳っている人もいるので、年賀状だけが友情ではない。 また、友人の人数が多いのは良いことだが、無限に気が合う友人ができる訳でもない。だからこそ友人は得難いのであり、メンテナンスもまんべんなくできるわけはないから、減っても気にしないことも大事だろう。 その上で、今年は儀礼賀状がほぼなかったので、それでも賀状をくれた方々は有り難いというか、本当に季節の挨拶だった気がする。 そして、ただ閉じこもるのでもなく、とある友人の様に、自分のペースで、自分の足で立って(何回この言葉を繰り返したことがあるのだろう!)自分で自分がかかわることに責任がとれるような、自律/自立した自由人として生きていきたいと思い始めた年頭である。 ++ ▼イラクでクルド語版『冬のソナタ』放送へ ▼エジプトで『冬のソナタ』放送へ かつて「おしん」がアジアに輸出されていたことを思い出す。 映像は余程雄弁に国と国を結びつけているようだ。 おしんと冬のソナタは毛色の違う作品だが、韓国の良い宣伝にもなるだろう。 - - 2005年01月03日(月) 「死刑執行人サンソン〜国王ルイ16世の首を刎ねた男」(集英社新書) を読んでいます。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087202216/wakakospicnic-22 新書ながら重厚で読みごたえがあります。 久しぶりにわくわく歴史書を読んでいます。 なぜだろう? ジョルジュ・ラ・トゥ−ルの絵を見に行きたいから? 彼は17世紀人だけれども。。 昔ものすごくすきになった本、「鳴り響く鐘の時代に」にも、死刑執行人が出て来たな、と思い出しながら。 ++ 年末はやる気がでなかったため、これから頂いた賀状の返事を書きまする。 - 映画「ハウルの動く城」 - 2005年01月02日(日) 映画「ハウルの動く城」を観にいった。ネットのニュースで迫力に欠けるハウル,宮崎監督は宮崎神話にあぐらを書いてしまっている,というのを読んだが,その記事どおり,夏頃,予告編を見て期待していたほどではなかった。キムタクや倍賞千恵子が声をやっているからどうなの?とも思う。原作があって脚本を仕立てているためか,メッセージも分かりにくく,また,ストーリーも説明不足だ。たとえば,主人公ソフィーの魔法がなぜ取れたのか,またなぜ時々魔法が解けて若返っていたのか,想像はつくにしてもよく分からず,それに対する言及がない。 さらに,物語が粗いだけでなく,なんとなく画面全体が荒っぽく感じる。色使いといい,背景の処理といい。あたかも,印象派時代のモネが柔らかに丁寧に光を描いていたのに対し,晩年,視力を失ってから,色が調和を超えて派手になり,さらに描かれるものが形を失っていくかのようだ。 声優さんが声を担当し,一部の人が評価していたころ,そしてじわじわと観客を増やしつつあった頃の,「ナウシカ」や「ラピュタ」はたまた「紅の豚」のころのほうが作品のできもよかったし,期待通りの大作だった。 久しぶりに結構歩いたような一日。 - あけましておめでとうございます - 2005年01月01日(土) 旧年中は、多くのお力添えを頂き、ありがとうございました。 本年も御指導のほどよろしくお願い申し上げます。 年頭にあたり当HPにいらした 皆様のご健,御多幸をお祈り申し上げます。 平成十七年 元旦 -
|
| ||||