惜春別日乗
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2003年01月31日(金) 遊べる余裕?緊張してんのかな

今日は少しお天気が良かったので、風はあったけど外に出てみました。

買い物だけじゃ娘が可愛そうだなぁって思っていたので、少し暖かくなってよかったです。

近くの公園に行って、ブランコに乗ったり、滑り台や木馬で遊んだり。

久しぶりで私も楽しかったです。こんな余裕、ずっと無かったから・・・。

でも頭のどこかに「遊びに出さなきゃ」ってあったのも事実だったりする。

まだまだ子供と一緒になって遊んじゃう、っていうところまで余裕がありません。


今、取りあえず、一番嫌いな「夕飯の支度」はそれほど苦しくなくできます。

前は台所に立つだけで冷や汗が出たり、具合が悪くなったりしましたが、今はエイヤって感じでやってしまいます。

お掃除しても気分が良いし、何か今日も頑張ったなぁ、って身体が疲れていると嬉しい。

まだまだ半分もできていないのでしょうけど、私のしたかったことって、

「安らぐ家庭を持つこと、妻になること」だったのかなぁ、って思ったりしています。

テレビをぼーっと見ている間も、常に子供のしていることに注意が向けられる・・・今まではあまりできなかったことです。

今もいつも見ている、注意をしている自信はありませんが、前よりはずっとしているつもりです。

不安だし、自分のペースでやれないと辛いときもあるので、保育園に預けようと決めてはみたものの、

締め切りは終わってるし、4月から預ける場所があるかないか・・・どこも一杯なんですよね。


なんだかんだ親として不安だったり、義務を果たそうとやっきだったりするわけですが、

娘をみていると笑みがこぼれます。

最近、「はーい」とお返事だけは上手になったので、可愛いです。

ベネッセの「こどもちゃれんじ」を始めていたんですけど、それのビデオで「お返事」っていうのがあって、

「はーい」ってお返事するんですよ。最初キョトンとしていましたけど、ちゃんと覚えていたみたい。

手を挙げて「はーい」、それはあかんで、と禁止しても「はーい」(といって止めるけどまたする)

ずっこけますが、やっぱり面白くて笑ってしまいます。

あと、手づかみでご飯を食べようとし出したので、手が出てきたらニコっとしてあげると、

娘もちゃんと私の顔を確認してるから面白いです。

少しずつ、大人の言う事がわかりかけてきたみたいですし、

そうやって少しずつでもコミュニケートできると、こちらも楽だし楽しいですね。

あ〜やっぱり子供がいてくれて良かった、と実感する毎日です。

未だに夫婦の間はいびつですし・・・不安が無いと言えば嘘になる。

だけど、幸せだなぁ、と思って生活できたり、不安要素を思い出さないで済むのは、

お薬だけのせいじゃない。やっぱり子供が居るからなんですよね。

きっといつか・・・私の思いが通じて、旦那様の心が私にまた向いてくれる日が来ると信じます。



・・・・・・・・・早く来ないかなぁ。


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2003年01月29日(水) 診断ついて これから

月曜日、生育歴を書いたのを持って、受診してきました。

うちの場合、赤ん坊の時から複雑な家庭だったし、暴力や放置等もしばしばだったので、

はっきり断言はできないらしいけど・・・ともかくほぼ診断が確定しました。

やっぱり自覚したとおり、私は「注意欠陥障害」だったのです。



まず前飲んだリタリン(注意欠陥障害・・・以降ADDと書きます。それの典型的な処方薬)は合わなかったので、

今度はドグマチールとデプロメールという薬の合わせ技ということになりました。

まだ確定してないけど、何か良い感じです。

覚醒した、って感じがしないぶん、穏やかに効いていて、副作用も感じません。

確定した、さぁこれからだ・・・という緊張があるからまだわかんないけど、とても気分は良いです。

ハイになってはいないけどね。にこにこしていられるし、娘がいたずらしたりそそうをしても、ガミガミ叱らなくて済んでます。

前は 小さすぎて言ってもわかんないの、知ってるけど怒りに負けて、怒鳴ったりしてたのよね(汗

遊んであげる余裕もできたし、私がにこにこ笑いかけるので、娘も機嫌良く目が合うとニコッと笑い返してくれます。

幸せですねぇ、こういう瞬間。


障害である、と決まった時点で、私は何もしなかったら普通にできることができない、とわかってしまったということではあります。

だから後ろを向くとしんどい。他人が楽にできることが、私には無理だし、努力も空回りするってことだからね。

でも、お薬が合って、考え方とかも本を読んだりして学んでいけば、もっと明るく過ごせるって思っています。


実はね、病院で暇をつぶそうって、本を物色してたら、「マーフィの法則」本があったのね。

「前向きの考え方・・・」に惹かれて買っちゃった。

中身はほんとに今の私には必要な内容で、こりゃあ良いもの買ったなぁって得した気分です。

その本に書いてあったこと。「悪い結果を考えればそうなるし、良い結果を想像すれば良くなる」・・・

だから、私はもしかしたらこうかも・・・って下を向くのを辞めました。

明日もきっと気分が良くなる。元気に動ける。そう信じることに決めたの。

そしたら今朝もまた元気です。

本によると、


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信じる者は救われる!ってまさにこのことか(笑

あ そういえば、今日も昨日も、「嫌な考え」が自動的に湧いて頭を占領される、って無くなったな。

こりゃますますいいわ。落ち込まなくて済むもん。

考えたくないのに考えさせられる、ってヤダからねぇ。

明日もきっと元気。頑張ろう。


2003年01月23日(木) 生育歴を作る為に

土曜日、実家に帰ろうと思います。急ぎ足で一晩泊まったらとんぼ返りだけど。

母に会って(継母のほうね)、私の子供の頃どう感じていたか、どういう子供に見えていたか、訊こうと思っています。

ほんまは父や生みの母の話も欲しいところだけど、それは期待できないから、とりあえず自分のだけでも、

話をきちんとまとめて月曜日の受診に備えます。


それにしても 久々。3年ぶりくらいかなぁ、既に。この寒い時期に帰るの嫌ったら嫌なんだけど。

風邪も治らないし。

でも背に腹は代えられないというか、訊かなくてはという事が大きいから、診断のためには会った方が良いからね。


昔から 気の合わない人だし、言い方とか気にしたらとてもじゃないが疲れるんだけど、

その辺は割り切ってます。あくまでも情報をもらうため。

あとは歳をとった母の姿を見て、元気そうだなって安心したいというのと。

悲しいことだけど、結局旦那様より理解できるのかなぁ、という感触があるのよね、電話で話したけど。

全部が全部理解はしないだろうけど、否定してはかかってこないでしょ。

それだけでも救いですよ。


久しぶりに故郷の空気を吸い、好きな店の味を味わい、一人の開放感に浸るのもたまにはいいかもしれない。

多分夜、娘の声が聞きたくて寂しくなるだろうけどね(笑

娘の風邪が全快してないから心配なんだけど・・・。予定をずらすのはちょっと大変なので、

旦那様に頑張ってもらいます。


それにしても・・・


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普通ではない自分に誇りさえ持っていたけど、(人と違う=一緒じゃない、個性的でかっこいいとさえ思っていた)

やっぱり普通って一番楽なんだなぁと実感してしまった。



2003年01月20日(月) 通院してたけど 転院します

もの凄くいいドクターで、親身になってくれる人だから、離れるのは寂しいんだけど。

っていきなり話を始めちゃいますが、こんな所もADD/ADHDなところかもね。


専門知識があまりない、って正直に言ってくれたので、こないだから、確実な診断をもらうために、病院を探してました。

電話すっごい苦手。なんて話したら良いだろう、また舌がもつれて変な調子になりやしないか、ヒヤヒヤ。

でも勇気を出してかけてみた。大人のですけど、診断できますか?って。

歳を訊かれて、しばらくしたら「来てください」って返事がもらえた。

ほっとして、どーっと疲れた気分(苦笑)。



それで今日、通っていた診療所のドクターに紹介状を書いてもらったの。

いい人だし 離れるのやだな〜と思いながら、今度はしっかり診断を受けて、確実な投薬を受けたいなって思った。

リタリンもらってたんだけど、あんまし良く効いてる気がしないの。それに、副作用がきつくて しばらく飲んだらやめちゃった。

旦那様は「かえって悪くなった気がする。話毎日ふっかけてくるし、正直毎晩困ったよ」って。

私も、リタリンと安定剤もらって飲んでるから底上げはできたんだろうけど、それ以上どうっていうこともない。

かえって、今この現状は早く解決しなきゃいけない、話し合いをしてよりよくしていかなきゃって、焦る気持ちが増幅したような気がする。

薬の効果が切れる時間になると、決まってどっと疲れがくるし、寝ても治らない。

おまけに腹痛や下痢が酷くて、食事もまともに取れないから、2キロくらい体重が落ちた。

不健康な落ち方だから、筋肉がまた細くなっちゃったし、体力が落ちちゃったのを感じる。

飲むのをやめて、風邪を併発したから休んでいたら、ちょっと戻って来たから良かった。

かえって飲む前より今の方が絶対楽。話し合いも無駄になったわけじゃないしね、離婚は棚上げになったから。

取りあえず、自分のすべきことをやっていこうって気力が戻ってきたし。

夫婦の情愛はまだ先の望みにするしかないけどね・・・。思い出さないように封印しとく。

きっといつか、家族3人で楽しく生活できるようになったら、戻れるって信じようって、決めたから。

少なくとも、理解を示してくれたドクターが一人いたことで、私は救われたのかも知れない。


のんびり屋だけど、頑張っていこうと思います。

これからうまくいくかわかんないけど、やってみる。やってみる価値は大いにあるからね。


2003年01月11日(土) いつかきっと・・・多分。

見た目ではわかる障害じゃない。だから、普通の人、健常者にはわからないのは当たり前。しょうがないよね。

今までずっと、

「それは怠けだよ」「だらしない性格」「言ってることとやってることが違う」

「何でやらなきゃいけないことを忘れる?覚えないってことは、大事だと思ってないんだろう」

「いい加減 うんざり。何で同じ事ばかり言うの?」

と言われ続けてきた。


いろんな見方があるし、価値観も様々だけど、私のしているようなことって、

ずっと性格や人格の歪みだろうって思われてた。


今の日本の世の中じゃ、まだまだそう思う人の方が大半。


「障害という言い訳を見つけただけではないのか」「本当にそんなのは存在するのか?全部が全部、障害がなせることなのか」

私は当事者、その本人ですから、冷静に説明したところで、言い訳を言い、

責任から逃げようとしているようにしか見えないでしょうね。

そういう自分がいて何が悪い、しかたないじゃないか、と開き直っているんだと。

でも、ほんま、どうしたらいいんです?生まれつき持っていた性格とでも言いたい?

でもそれは違うと断言したい。

やりたくない仕事を避けて、遊びたいわけじゃない。

他人を不快にする言葉を使って、それで喜んでいる訳じゃない。仕方ないとも思っていない。

長々と怒り、または泣きたいわけじゃない。

誰も子供の頃から 怒られ、「変人」と言われ、避けられ無視されることを望んだわけじゃない。

いつだって、やらなきゃならない仕事をちゃんとこなし、優しい真心を伝えたい。

時間をうまく使えて、段取りよくこなしたい。

怒りや悲しみに簡単に染まらずに、明るく過ごしたいし、感情のコントロールをしたい。

無視されることなく、愛され、必要とされたい。愛し、喜び合いたい。

それなのに、何故かできない。うまく説明も出来ないし、成果も出せない。

苦しくてしかたなかった。

何でできないの?具合がどうしてすぐ悪くなるの?何で大事な事を忘れるの?

時間を何で忘れて 他のことを考えられなくなるの?

困るのは結局自分なのに!

自分を責めることでは免罪されないけど、どうか今までは許して欲しい。

愛することで私を許し、共に歩むことで生きる力を与えて欲しい・・・。

いつか、いつかきっと、共に明るく過ごせる日々を迎えるために。


2003年01月10日(金) 久々娘の話(しばし休憩?)

今日は 娘を一時保育に預ける初めての日です。

それまでも、旦那や舅が何度か預かってくれて、自分の時間を作ってもらっていましたけどね。

といっても、遊んでいいという時間じゃなくてね。

病院に行くからとか、用があるからっていうのが大半。

でも 私が障害を持っていて、日常生活を健常者が行うようにはうまくできない、ということで、

娘も1歳を過ぎたことだし、保育園に預けることで時間をつくり、うまくやる方向で相談していたんです。

そして 今日その日が来て、昨日まで準備をし(といっても昨日まで気分最悪で、私はほとんど何もできなかったけど)

今日慌ただしく 娘と旦那は家を出て行きました。

これで 娘もお友達と広い場所で遊ぶことができるし、親ほどでないにしろ、目が行き届いた育児ができる。

私も安心していられるし、一緒の時間は、もっと上手に母をすることもできるでしょう。

毎日ではなくて 一週間に何日かという「一時保育」ですから、

私もずっと子供が居ない寂しさは引きずらないで済みます。

どんな様子か、帰ってきた時の報告が楽しみです。


お友達大好き、親より子供や構ってくれる青年が良い。そんな活発な娘です(笑)。

ヨタヨタ歩いてるくせに、一生懸命寄っていって、でかい声で威嚇(?)しながら両手で掴みにかかる。

笑顔満面、きゃははははと笑いながら。私より旦那似ですね、こういうところも。社交的です。

何処へ行っても愛想は良いし。

いいなぁ、こういう性格。愛されやすいものね。

すくすくこのまま伸びていって欲しいなって思う毎日です。

だから・・・今日の様子を聞くのがとても楽しみ。私が見たわけじゃないのがちょっと悔しいけどね。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

3歳まで一緒にいて、普通の親のように育てたかったけど、これが私のスタイル。

そう思ってある程度諦めようって思っています。

自分の仕事を持っている人だってしていることなんだし。

専業主婦だからって、何でもできる人ばかりじゃないはずだもん。

子供と私のために、よりよい毎日を過ごせるように。


2003年01月06日(月) 夫婦ってなぁに

毎度神経すり減らしつつ何とか生きてます。

話し合いは感情をぶつけ合うこともなく、淡々と続いています。

あまり遅くまで話し合わない方向で、私も抑えることができるようになりました。

というより、感情を爆発させる元気も既に無いというのが正解かもしれません。

鬱々とした気持ちは自分の生きる力を削いで行きますね。

多少お腹は空くから、まだ少しだけは余裕があるのかな(苦笑)。

でも何を食べても美味しくはないし、適当でいいんですよね・・・自分的には。



何を言っても、私の気持ちは充分話したつもりでも、かたくなになってしまった旦那の心を向けさせるには、

特効薬のような出来事もないし、解決するまでは、ほとほと時間がかかりそうです。

でも説得できる確信もないし、自信なんて全くない。劣等感と自己否定でいっぱいになってしまって、

私自身何をするにもしんどいんです。

もう既に鬱にまた罹ってしまったのかもしれない。ずっと横になっていたいし・・・考え続けたくないのに、

容赦なく嫌な考えは襲ってくるし。

食べてもお腹が痛くなったり、胸が悪くなったりします。

どこかに消えてしまいたい。自分が無くなってしまえば、こんな辛さに苛まれなくても済むのだから。



「喜びも苦しみも共に分かち合う」・・・私はそれが夫婦だと思っていたし、旦那も辛いときは一緒に考えたかった。

でも私はそれが出来ていないんだって言われた。何の助けにもならなかったし、支えてもらっているという感じは全くないと。

だからこれから支え合っていこうとしても、甲斐がないと思えて、やる気が出ないそうな。


でも・・・自分の望んでいる形で返ってこないから、していないことになってしまうんだろうか。

ぶっきらぼうでも、感謝しているし 愛している、そういう人だって大勢いると思うし。

どんなにつっけんどんで辛辣な事を言ってきても、一番心配していると信じることはできないものなのか。


普通でない私は結局、人に疎まれ 愛されることも望めず、人並みの幸せも掴めないまま、生きるしかないのだろうか・・・。


2003年01月03日(金) 新年早々 辛いな

明けましておめでとうございます。

今年はきっと良い年に・・・そう思って邁進します。

1日の夜 早々に揉めて、泣き腫らし、離婚寸前の状態にしたのは私です(苦笑

今年こそはきっと夫婦仲を元に戻し、幸せを掴みたいとは思っておりますが・・・。

仮面夫婦をしなくてはならないようです。

私たち夫婦に(というより旦那様に)は愛がありません。

でも、子供が居ますし、娘の為に夫婦を続けてくれるだけです。

私は私で、旦那様の愛が欲しいと訴えたい(訴えてもみた)けれど、今はもう望みがないとわかりました。

でも離婚は嫌なんです。

誰も他に愛してくれる人はいませんし、他に見つかる事をも考えられません。

私は普通とは違っている。だから愛してもらえません。

愛してもらうことを諦める代わりに、側にいられるなら・・・今の辛い生活も慣れる事にします。


それが 一般的に 夫婦でいたいと思う人のすることだそうだから。


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透雪 |MAILDusk of the Black HoleShine&Shadow