Sotto voce
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2004年10月31日(日) |
もう今日言いたいのはこれだけ。 |
お願いだから、私のいる場所に『彼女』を連れてこないで。
・・・もう、いいよね?
できない無理は、しなくていいよね?
仕事もプライベートも恋も何もかも
心に嘘をつかないと続けられない状況
今素直になったら 何もかもぶちまけたら
一体あたしはいくつのものを失うだろう?
こうやって、こういうところでしか自分の心境を
毒づくことでしか吐き出せない自分の汚さ
でも、あたしはあたしであることに終止符を打てない
あたしがあたしであることを拒んでも
最後の最後にあたしがあたしであることを否定することさえ拒もうとする。
同じ国の中で生きたくても生きられない人
突然起こった天変地異に全てを失った人がいる
ぎりぎりの状況の中精一杯行き抜く人々に対して
こんなことを願うこと自体が間違ってるし甘えてるのかもしれない。
それでも心の中で葛藤と自問自答を繰り返す。
もう終わりにしてもいいですか?あたし自身を。
でも、あたしは自分の手で自分を終わらせることができない
生を選ぶこともそれを放棄することも自分の手ではできないんだ・・・
2004年10月26日(火) |
眠い、眠い、眠い、眠い・・・ |
今月の前半は、眠れない日々が続いた。
そのあとは、眠くて仕方ない日が続いた。
ここ数日は特にひどく、どうしても進めないといけない仕事があるのに
逆らえないほどの強烈な眠気に襲われる。
睡眠時間が足りないわけじゃない。
むしろ会社で睡魔に襲われてる部分も加味すると、十分すぎるくらいだ。
別に眠剤の類を使っているわけじゃない。
それなのに、まるで発作のように強い眠気に襲われる。
今上司がいないからいいが、同僚たちが気づかないはずがない。
きっと心の中で、あいつは仕事もせんと居眠りしてる・・・とか何とか想いつつ軽蔑しているのだろう。
どうにかしたいのにどうでもできないほど自分がコントロールできない。
社会人として、・・・「最悪」、ですよねえ・・・・・。
『私は、誰からも愛されない 誰からも必要とされない』
そんな傲慢な台詞を平気でつぶやく私のエゴイズム。
…誰かが私を見守ってくれている温かさ
それは十分感じているのに 感謝しているのに
大切な人が私から離れていく 私を置いていく
追いかけたい でもそれは許されない
「私を置いていかないで ひとりにしないで」
幼い頃から何度この言葉を飲みこんできただろう
誰かに甘えることが罪悪であるかのような
そう言う考え方を植え付けられて私は成長した
たとえそれが親兄弟でも友達でも彼氏でも
誰に対しても自分の本音をぶつけられずに
誰かが差し延べてくれる手の暖かさに素直に甘えられない女になってしまった。
2004年10月23日(土) |
『ずっさらしい』にも程がある!!(激怒) |
今日は土曜日、社長もいない♪…と、珍しく私にとっては気分の良い1日になるはずだった…が。
朝、駐車場に車を入れたときに、倉庫の方から歩いてきた現場監督のOさんとすれ違う。
倉庫の前には不燃ゴミの袋…嫌な予感。
ラジオ体操と朝礼を追え、土曜恒例の「朝掃除」に取りかかる前に…と、
先程のゴミ袋を倉庫の一角のゴミ置き場に置こうとした瞬間。
そばにいた事務所の後輩:O青年に向かって思わず瞬間湯沸機の本性が(滝汗)。
「これOさんが持ってきたの!?これ受け取ったの誰!!!!」
私のあまりの怒りっぷりにO青年真っ青な顔でうなずくしかなく…
ごみの分別が叫ばれる昨今、
現場で出たゴミを事務所の倉庫に持ち込めば、ゴミ当番の私が指定日に出すのだが、
Oさんの現場から出るゴミの分別の甘さにむかつくものの、
角を立てるほどじゃないと敢えてなにも言わずに来た。
だけど今回はあまりにもひどかった。
事務所で食べたコンビニ弁当やお惣菜の容器を、
残飯が残ったまま洗いもせずにゴミ袋に入れていたおかげで、虫が涌いているという有様。
しかも、このビニールプラゴミの指定日まであと2週間ある。…分別せねばなるまい。
袋を開けた瞬間から漂う悪臭と、水をかけたぐらいじゃ死なない虫の大群に吐き気を催しながら、
なんで自分がここまでしないといけないんだろう、そう思いながら、
今度Oさんがこんな真似をしたら絶対に許さん、そう思いながら。
結局2時間かかってゴミの分別と容器の洗浄を追えたのでありました…。
贈収賄事件で、役所側と業者側の癒着が問題になるのは、
大概が建設業界と、その管轄官庁だ。
どんなに摘発されようと、未だにこの手の事件が後を絶たない。
昨日、業者の担当者と役所の担当者が逮捕された。
その、役所側の人はうちの会社が請け負った工事の監督官でもあったから、
「まさかあの人が!」ってな感じで社内に衝撃が走った。
うちの会社は、さすがに役所担当者に賄賂を渡すような真似はしない(と思う)が、
私的に頼まれて贈答用の焼酎や食料を調達したこともあったし、
節目節目には中元歳暮に挨拶状を欠かさなかった。
体調を崩して寝ていた社長も、さすがに気になったのか
会社に出てきて営業や現場担当と打合せをしていた。
建設業界で、事務員とはいえその世界で仕事をしていると
「こんなのがばれたらまずいんじゃないの?」と思うような事例に出くわす。
公共工事の施工が会社の主な収入源である以上、
役所との関係は密にしておかなければならないし、
時には地元選出の国会議員のところへ陳情にいったりもする。
そのパイプが太ければ太いほど工事受注に有利だったりするから、
同業者からはいかにして足を引っ張ろうかと言う対象で見られるし、
場合によっては右翼左翼に目をつけられたりもする。
選挙のときなどは仕事はさておき選挙運動優先と言うのが暗黙の了解だし。
どんなに時代が変わろうと、この業界の根っこにあるものは
変わることがないんだなあと言うことを痛感する。
2004年10月18日(月) |
「相当、お疲れですね」 |
先週行ったアロママッサージのおねーさんにも言われ。
昨日は行き付けの美容院で担当さんにしみじみと言われ。
そらそうだろう、髪を切ってもらいながら、
身体を揉んでもらいながら、そのわずかの間に爆睡してるんだもん。
それも完全に脱力モードで。
髪切られてる最中、あまりにもあたしの頭がかくかくするので、
アシスタントのお嬢ちゃんが頭支えてたもん(苦笑)。
…土曜の夜は、結構早めに寝た。
日曜の朝、いつもの起床時間より2時間遅く起きた(とはいえ起きたのは7時半)。
なのになぜ。
普段眠れないから土曜日は久々に良く眠れた−って思ってたのに
行く先々で強烈な睡魔に襲われて。
今年は冷え込むのが早いように思う。
年によっては11月の頭にクーラー入れたり半袖でいたりするときもあるのに。
あまりの寒さに眠れずに、押入れから掛け布団を引っ張り出す。
本当なら一度陽に干してから使いたかったが、背に腹は代えられない。
布団をかぶると一気にあたたかくなって、
朝起きると布団の温もりから逃れたくなくて布団の中でうだうだしてみたり。
布団の中で、今日しなければいけないことを考える。
・・・今日も、仕事に行かなきゃいけない。
そう考えたとたんにわいてくる吐き気や頭痛をこらえて渋々起き上がる。
こんな考えは社会人としてなってないというのは百も承知だ。
でも、こんな思いしてまで会社に行かないといけないのかな
胃の痛い思いをしてまであの会社にしがみつく必要があるのだろうか。
このまま誰にも迷惑かけずに引きこもれていたら、どんなに幸せだろう。
社会人、失格ですよね・・・。
父と母、正式離婚。
父が役所に離婚届を提出して、紙切れ一枚で繋がってた夫婦関係もついにジ・エンド。
今更何の感情も起こらないけどね。
私たち姉妹が小中学生だったときから離婚するしないと騒動してたけど
あの時にしてくれなかったことだけは、感謝しますよ。
もしもあの時両親が離婚なんてなったら、
多分泣いて縋って、「素直ないい子ちゃん」だった私もさすがにぐれただろうし?(笑)。
一応、会社カレンダーでは「休日」なんですよねえ?
なのになんでみんな出勤してるの。
思うところあって、ほとんど眠れなかった昨夜。
友達とチャットして、彼とメールでけんかして。
いろいろ考えてたら眠れなくなって朝が来て。
三十路の身体にほぼ徹夜、というのは堪えるし、
何より、会社に行くと吐き気を伴う頭痛に悩まされてる今日この頃。
PCのデスクトップの時計とにらめっこしながら、
時がたつごとにひどくなっていく頭痛と眠気と闘っていた。
日に日にひどくなっていく頭痛や吐き気をとめる術はないのだろうか?
仕事に支障をきたすときは早退はしたいが、
そうそう何回も体調不良を理由に早退してれば
さすがに上司同僚も黙っちゃいないだろうし。
久しぶりに触れたいとしい人の肌のぬくもり。
その人と一線を引こうと思ってるのに、その思いが揺らぐ。
何もしないでただ素肌で抱き合うだけでも、どうしてあんなに心地よいのだろう。
朝から吐き気を伴った頭痛が続いていた。
原因はすでにわかっているし、薬を飲むと仕事に支障が出るので放置していたが、
ついに耐えられなくなって午後4時で早退。
精神的な疲れが、肉体をさらに蝕んでいるっていうのはわかってたから。
さらに、上半身がぱんぱんに張っていたから、
車の中で仮眠後、わらをもすがる思いで、この間行ったアロママッサージ屋へ。
私がラストの客だったらしく、
今日はサービスで「レイキセラピー」なるものをつけてくれる、とおねーさんの申し出。
その「レイキ−」とやらは、どうやら「気功」の類のようで、
肌にはほんの少ししか触れないのになんだか身体がじわじわぽかぽかとしてきて。
時間的には10分程度だったのだが、
おねーさんにオイルマッサージ施術のための着替えを促されても
反応できないくらいに脱力しまくりだった。
その後、オイルマッサージを受けたら完全に動けなくなり、
「よっぽど疲れてるんですねえ…」とお姉さんに妙な感心をされる始末。
オイルマッサージのとき、いつもはおねーさんが使用するオイルを聞いてくるのだが、
このオイルの香りが実に私のツボ!!で。
もともとユーカリとかティーツリーなど「木系」の香りが好きなのだが、
この「パインニードル」はまさにジャストミート!!って感じだった。
帰りに、アロマオイルを置いてる雑貨屋を回ってみたが、
ついに「パインニードル」とは出会えなかった。
鹿児島市にあるアロマ専門店に行ったら、これを買わねば、と今から心に決めている。
私の心も身体も何もかも
全ての息の根を止めるかのように
あなた自身の手で私を壊してほしい
あなたになら、何をされてもかまわない。
私に優しくしないで
私を甘やかさないで
あなたのいつもの冷たさで
あなたに対してこれっぽっちも希望ももてないように
つけ入る隙を与えないくらいに
あなたのありったけで私を拒絶してほしい。
父と母が正式に離婚すると、
母は旧姓に戻り、その母と同居する妹は
苗字こそ変わらないものの、母の戸籍に入る。
書類上は他人になるけれども、籍は抜けても親子に変わりはないといいつつも
あからさまに落胆しているのがみえみえなんですけど、父よ。
その後、あなたが飲んだくれて私に言った言葉、一生忘れないから。
2004年10月04日(月) |
ガキに喧嘩を売ってみる。 |
自分の使う言葉が清く正しく美しき日本語だとはぜーったいに言えないけど 、 これでもものを書くことを趣味にして早二十数年、
日本語の持つ独特の表現、日本語の美しさというものを愛すと同時に、
それをあえて崩してみるというのも好き。
自分だって(笑)とか(滝汗)とか、時々2ch用語みたいなのを使ってみたり、
顔文字を入れたりして文章の中で遊んでることも多々あるから
あまり偉そうなこともいえないんだけども、
でもこれだけは何があっても使おうとは思えない、
どーーーーーーしても理解しがたい、最近ネットで氾濫する言葉遣い。
あれですよ、小中高生の間ではやってるんですかね?妙な小文字使い。
「ゎたしゎ」とか「きょぅわぃぃ天気」とか・・・(←これ書くだけでなんか疲れた(苦笑))
もちろん、友達同士とか、ギャル語OKなサイトならいいんだろうし、
私と同じ世代の方でこれを不快に思わない方もいるんだろうけど。
私は大嫌いですね。お前らバカか!?と暴言の一つも吐きたくなる。
仮に私が今学生だったにしても絶対使わないと思う。
(うちらが学生時代にはやった丸文字とか絶対につかわねえ!!って思ってたし)
あんな言葉の使い方して、馬鹿丸出し!!なんて思・・・わないんだろうなあ、
実際にところかまわずこんな文章書いてるおこちゃまたちは。
ネットや日常会話の中だけで使ってると思うけど
まさかこれを公式の文章、たとえば作文とかで
これが正しい言葉なんだとばかりに使ってるんじゃないのかと思うと・・・。
使うなとは言わない、だけど、少なくともいろんな世代が集う場所では
使うべき言葉じゃないと思う。
これもネットマナーの一つだと思うんですけどね。
もちろん、私より若い世代にもすごく綺麗で丁寧な言葉を使う人はいる、
場をわきまえた発言や心遣いができる人もたくさんいるからね。
今、小学校から授業の中でコンピューターを取り入れてるけど
ネットを推奨するのなら、使い方以上にマナーを教えてやれ!!って
指導する立場の方には言いたいですね。
たとえ小学生だろうが、一度ネットの世界で発言しようと思ったら
「私は小学生だから(多少の無礼も許してね)」ってのは通用しないと思うんですよね。
社長からおつかいを頼まれて、かつての同僚・Tさんの家に行った。
ちょうど夕食が終わった頃に家につき、Tさん手作りのおはぎを御馳走になる。
このTさん、社長も一目置く・我々社員が母親のように慕うオアシス的存在のひと。
我々現役はもちろん、元同僚の人たちも会社を辞めて何年経とうが、
この人を慕い、遠路はるばる訪ねて来るほどの偉大なお人。
いつだって笑顔で、元気で、肌だって私よりもつやつやピカピカしてて。
たとえるならばドラマ「ちゅらさん」シリーズの「おばぁ」のようなひと。
私とTさんは、祖母と孫といってもおかしくない年齢差だが、
もともと父と顔見知りだったのとカラオケ好きのおかげで、
一緒に飲み会食事会に行ったりして、お付き合いさせていただいている。
おいしいおはぎを御馳走になりながら話が弾む。
若輩者の私の話にも熱心に耳を傾けてくださるTさんと話をしているうちに、
気持ちが楽になっているのに気づいた。
別に自分の悩みを打ち明けるでもなく、会社の話が中心の世間話だが、
ここ最近・家でも会社でも誰かとこんなに長く会話することがなかったから。
大きな声で語り・笑うと言うことは、当たり前のことだけれども大切なのかもしれない。
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