メインのサイトに、「歓迎すべからざる客」がちょくちょく来ていることは、前に書いた。 私のホームページと知って、愉しみに来ているとは思えない。 「有害図書」と決めつけたものを、敢えて見に来る理由というのが、私には理解出来ないのだが、例えてみればコワイもの見たさであろうか。 子どもに、「あんなもの見てはいけません」と禁止しておいて、自分はこっそり見に行く母親の心理に似ている。 こちらも、そんな人に覗いて欲しくないので、コンテンツの大部分を非表示設定にしたら、いつも訪れてくれているネットのゲストの方々から、「そんな人のことは気にしないで、愉しく過ごしなさい」という忠告をいただいた。 ありがたいことに、このささやかなホームページを、愉しみに来ていますという言葉もいただいたのである。 「歓迎すべからざる客」のために、他の大事なお客さんを閉め出すことはない。 しばらく考えて、コンテンツを、徐々にもとのように表示することにした。 その後、件の客がばったり来なくなったので、喜んでいたら、またこのところ見に来ている。 その客の喜びそうなものは何も置いてないのに、何のために来るのだろう。 向こうには、何も見せるものはないから、一方的な話なのだが、案外と、こちらが見破っていることに気づかないのかも知れない。 知っていて、来ているとしたら、相当な神経の持ち主である。 その人にはいずれ「厚顔無恥賞」でも差し上げるとしよう。 きょうは暑い一日だった。 梅雨はまだまだ続く。 家の中が何となく湿っぽい。 梅雨の晴れ間を縫って、洗濯物を干したり、道路を掃いたりする。 やまももの葉が、毎日落ちる。 あるじが、朝晩掃いているが、かなりの量になる。 ひとつ嬉しいことがあった。 15日の日曜日、結社の同人会があり、私は捌きを仰せつかった。 私より先輩の巧者を連衆にして、歌仙一巻を挙げた。 校合して、送ったら、そのうち最も先輩の人から、「良くできてます。申し分ありません」との返事が、ファックスで入った。 あれこれ、欠陥を指摘されるだろうと思っていたので、ホッとした。 連句歴、足かけ10年になる。 でも結社の例会では、滅多に捌きは回ってこない。 昨年、「捌きを」と言われたのに、ためらった末、辞退してしまった。 今回は、ベテランの人たちの会で歌仙をやることがわかっていたので、話があった時、素直に引き受けた。 うるさ型のベテラン達が揃っている会での捌き。 しんどいが、進行はやりやすいし、勉強にもなると思ったのである。 これもこわいもの見たさであろうか。 結果は、大変愉しくうまく運んだ。 自分で言うのはおかしいが、それ程物怖じせずに捌けたと思う。 この1年、インターネット連句を運営してきた。 それも、原因のひとつにあるかも知れない。 またボード連句を再開することにした。 長く使っていたボードを閉鎖、新たに別のボードを設定してのスタートである。 メンバー構成も少し変えた。 「感動と詩情に満ちた」愉しい付け合いになるだろう。
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