沢の螢

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炊き込みご飯
2003年05月30日(金)

昼前母から電話。
「いつ来るの?」と訊いている。
ゴールデンウイークに、我が家に来て、6日間ほど滞在したが、その後、私も顔を見ていなかった。
予定がたて込んでいて、忙しかったせいもある。
先週の金曜日、行こうかと思って電話したら、ちょうどは医者に行くところで、「来週ゆっくり来て頂戴」というので、やめた。
母がこんな返事をした時は、あまり来て欲しくない時なのである。
多分、妹でも行っているのだろうと察し、じゃあと電話を切ったのであった。
両親が、今のところに行くまでには、私と妹たちとの間で、いろいろ確執があり、この数年、ほとんど顔を合わせないような状態になっている。
それについては、簡単な話ではないので、いずれまとめてなにかに書くつもりである。
とにかく、母は、私たち姉妹が、顔を合わせないように、いろいろ気遣いするのである。
90歳という年になって、母にそんな気を遣わせているのは、子どもの立場として、まことに恥ずかしいことなのであるが、無理に修復しようとして出来るものでもないので、そのままにしてある。
一つ言えることは、私も妹たちも、誰ひとり悪意はないのである。
それぞれ、年老いた親を思い、庇い、そのために起こったひずみなのであった。
ともかく、先週は出鼻をくじかれたので、今週になって昨日か今日のうちに、顔を出そうと思っていたところへ、母からの電話なのである。
「じゃ、昼過ぎに行くから」と返事をし、急いで、干してあった洗濯物を取り込んだ。
「タッパーウエアがいくつかそっちに行ってるでしょう。持ってきて」というので、母の処から持ってきたままになっていた入れ物を、まとめて家を出た。
母のところに行くと、いつも、煮物などを作っていて、持たせてくれるので、容器が溜まっていたのである。
母たちは、西武新宿線沿線の駅からすぐの、ケアハウスに住んでいる。
父の誕生日が27日だったことを思い出し、遅まきながら、夏用のメッシュのチョッキを買い、持っていった。
父も母も、私の家から帰ってから、特に変わりなく、元気にしていたとのこと。
「届きものがあったからちょうどよかった」と母はいい、九州の親戚から届いた枇杷を二箱、紙袋に入れてくれた。
そして、やはり、手作りの煮昆布、それに、筍ご飯を作ってあった。
しばらく、話をし、お茶を飲んで、帰ってきた。
紙袋の中の、まだ温かい炊き込みご飯のぬくみを感じながら、バスに乗り、いつまでたっても、母親であり続けようとする九十歳の母を、偉いとも哀しいとも思ったのであった。



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